社長の三行日記

2012.03.30

津波対策 No.2185

わが街・沼津の津波対策が大きく新聞に掲載されていました。と言ってもこれは行政指導のものではなく、地域住民が自分たちで真剣にこれからのことを考えた結論です。
 
沼津市の南に当たる、内浦重須地区の話です。この地区は湾に囲まれ、想定される東海地震がくると、一説には11m近い押し寄せてくると推定されている津波が、さらに湾だけにもっと増幅されるのではないかと言われているところです。
 
それだけに住民の不安は一層大きく募っているところですが、このたび住民の協議の結果、高台への集団移転をめざすことを決めたそうです。以下その掲載記事を紹介します。
 
自治会の総会で出席者の8割以上が賛成。今後、地区内でさらに意見集約を図り、正式に市に要望する。国土交通省によると、被災前の予防型高台移転が実現すれば、全国初のケースという。

同地区は伊豆半島の西側北部にあり、居住地域は内浦湾に面した海抜1.7~7.9メートルの海岸線に集中。山間部が近くまで迫る入り組んだ地形で、県の被害想定では東海地震発生時、県内最大の10.4メートルの津波が到達すると予想されている。

これまで住民らは防潮堤の建設を市に要望していたが、東日本大震災の津波被害を受け、高台移転への関心が高まったという。

18日に開かれた総会には同地区107世帯(約440人)中、委任状を提出した世帯も含め92世帯が出席。「次世代の子ども、老人が安心して住める地域をつくる必要がある」「安心して眠るには高台へ移るしかない」などと、移転を支持する意見が相次いだという。

 
賢明な選択ではないでしょうか。やはりあの東日本大震災の被害を目にすれば、子々孫々の代まで何らかの手を打たなければ安心してその地に住めないというものです。
 
また永年生まれついた愛着ある土地を離れるということは、東北・被災地でもそうですが、辛く忍びがたいものです。それゆえ地域住民が一緒になってすぐ近くの高台に集団移転すれば、そうした問題も軽減できるように思えます。
 
あとは行政がこれをどのように前向きに取り組んでくれるかです。依然として沼津市でも西側にある我が地域は、津波襲来の際の避難場所が明記されていません。それだけに早急にこうした対策に取り組んで欲しいものです。駅高架などの問題より、こちらの方がずっと差し迫る課題だと思うのですが...

2012.03.29

進化し続ける人 No.2184

メジャ-リ-グが開幕しました。しかもこの日本で行われたのです。イチロ-選手がいるマリナ-ズと、昨年まで松井選手が所属していたアスレチックスとの試合です。
 
開幕戦初めての日本でのゲ-ムということもあり、イチロ-選手は気合が入っていましたね。第一打席、今シ-ズンから座っている3番の打順が紹介されると、満員のスタンドからは大歓声が上がり、無数のフラッシュがたかれていました。
 
これでは選手冥利に尽きるというものです。その期待に応え、この日は得意の内野安打2本を含む、4安打の大活躍です。しかも最後のヒットは延長戦での勝ち越した後、駄目押しともいえるタイムリ-でした。
 
やはりこの人の持っているものは違います。聞くと毎年、そのバッティングフォ-ムを変えているとのことです。あれだけの大選手になっても、まだいろいろと試行錯誤を繰り返しているのです。
 
今シ-ズンはノ-ステップに近いフォ-ムで、昨年までの振り子打法を変えているみたいです。テ-クバックからバットの出る角度が良くなっているようで、その年齢に即した一番無理のない方法を選んでいるのでしょう。
 
こういったところが、この選手の凄いところです。普通、あれだけの実績を残している人なら、今までの方法を無理に変えたり、いじったりしないものです。でも逆に、これだから進化をし続けることができるとも言えるのでしょう。
 
しかしこのイチロ-選手でさえ、オ-プニングゲ-ムとなったこの試合の序盤では、恐ろしいほどの緊張感に包まれたと言います。やはり最初で最後とも言える日本での開幕戦と、開幕戦本来の持つ異様なまでの雰囲気からでしょう。
 
このゲ-ム、4安打を放った以上に、専門家が褒めちぎっていたことが別にあります、延長11回、駄目押しのタイムリ-を放った打席、3球目の甘いストライクを見逃し、1塁走者の2塁への盗塁を助けたことです。
 
テレビで観ていた人ならお解かりでしょうが、初回、イチロ-選手がヒットで出た後、2回も盗塁を試みたのですが、4番打者の何も考えていないようなスイングで潰されてしまいました。
 
この辺がただの選手とイチロ-選手との違いなのです。見逃してしっかりと2塁へ進めたランナ-を、自分のバットでホ-ムまで還しているのです。さすがですね。
 
とにかく一番好い打者が座るといわれている3番という定位置に、今年から座るわけですが、今までとはまた違ったイチロ-選手の魅力が引き出されるのではないでしょうか。ダルビッシュ投手と併せ、今年のメジャ-は楽しみです。

2012.03.28

AIJの社長 No.2183

AIJ投資顧問の浅川社長には腹が立ちますね。衆院の財務金融委員会に呼ばれても、テレビで見る限りでは心から謝るといった様子が全く感じられません。
 
そもそも顧客から預かった多額の年金資金を消失させてしまった責任を、どのように捉えているのでしょうか。委員会では「最初からだます気はまったくなかった」などと、釈明するほうに終始し、いまいち正式な謝罪が伝わってきませんでした。
 
それからその報酬額を聞いてびっくりしました。月額で何と600万円、年収は7000万円前後だと言われています。またAIJとして、過去9年間に顧客から合計で約27億円の報酬を得ているとのことです。
 
とにかく矛盾点がいっぱいあります。伝えられている問題はまず 「リーマン・ショックではプラスが出ていた」という発言です。リーマン・ショックのあった08年度の損失は37億円、09年度には501億円に膨らみ、02年度から9年間で黒字は一度もなく、損失額は計1092億円にも上っていることです。
 
またAIJ側の報酬のうち、27億円を関連のアイティーエム証券(ITM)に手数料として支払ったと証言していますが、両者の言い分が食い違っていることです。これでは年収7000万円前後ということが、更に上回る可能性もある点です。
 
それから損失が発生していたにもかかわらず、自らが水増しした、偽の運用利回りの数字などを入れ、顧客向けの運用報告書を改ざんしているのに、「詐欺というつもりはまったくなかった」と強調しています。
 
これがお客をだますということでなければ、何がだますことに当たるのでしょうか。とにかく運用に大きく失敗して次は何とかといって、大きなばくちのようなことに賭けて、成功した例は1つもありません。
 
これではギャンブル好きの、どこかの製紙会社の御曹司と何も変わらないではないでしょうか。一説にはマ-ジャンなど負けが込むと、朝までやっても取り返そうとしていたと言います。
 
会社が積み立てている年金資金は、こんな簡単なことに左右されるものではなく、極めて貴重なものです。ですからこの社長は自らの報酬をもってしてでも、今回の事態に対処すべきです。
 
まじめにコツコツと働いている一般からは、大きくかけ離れている報酬を得ているのですから、弁済の一部に当てるのは可能でしょう。でも何とか、かんとか、言い逃れてその責任はきっと取らないのでしょうね。全く腹の立つ話です。

2012.03.27

施して報いを求めず No.2182

施して報いを求めず 受けて恩を忘れず」という言葉があります。仏教で布施というのは、目上の者が目下に施してやるというふうには使っておらず、その逆で、布施することによって、物欲とか財物への執着の心を捨てさせて戴くと解釈しているみたいです。

まさにこれが大乗仏教の大切な考え方で、布施することによって仏道の実践ができると言われています。こんな話が紹介されていました。

博多に仙厓さん(1751~1837)というお坊さんがおりました。寺に帰ろうとすると、一天にわかにかきくもって夕立が来そうになりました。

急ぎ足になって足に力が入ったとたん、プツンと下駄の鼻緒がきれてしまいました。門前の豆腐屋のおかみさんが見つけて、頭にかぶっていた手拭いを裂いて鼻緒をすげてくれました。

仙厓さんは丁寧におじぎをして駆け去りました。「あの和尚、偉いという評判だが、例も言わないとんでもない坊さんだ」と、ぼやきました。

世の中には、これを告げ口する親切な人がいて、仙厓さんの耳に入りました。すると仙厓さんは「なんだ、豆腐屋のおかみさんは、礼を言って欲しかったのか。わしは、一生忘れんつもりだったのに」と言ったそうです。

おかみさんは仙厓さんを見た時、無心でとんでいったのに、時間の経過と共に「親切をしてやったぞ」という功徳意識が沸いてきたのでしょう。

さりげなく他人に施す、結構、これが難しいことではないでしょうか。どうしても相手にその見返りを求めたくなるものです。ですから誰がしてくれたのか、気づかないように振舞える人って、やはり凄い人なのでしょうね。

とかく自分の責務もしっかり果たさない人に限って、ちっぽけなことをやったに過ぎなくても、自己アピ-ルをしがちです。なかなか真似のできない生き方ですが、さりげなく徳を積み重ねている人は素敵です。

2012.03.26

ちょっと良い話part89 No.2181

またまた石巻工に関係する新聞記事に、ちょっと胸が熱くなりました。残念ながら試合は鹿児島の神村学園に、善戦したのですが敗れてしまいました。でも終わった後にこんな、ちょっと良い話があったのです。
 
心を打たれた光景だった。22日にあった第2日の第3試合。試合後の整列で、神村学園(鹿児島)の選手が帽子とグラブを地面において石巻工(宮城)の選手に歩み寄り、両手で握手をした。

「選手が、片手でなく両手で握手したいと。我々は不自由なく野球できる。震災で苦労しながら、ここまで来た相手への敬意です」。山本監督が説明した。

やりにくさはあったと思う。球場の雰囲気は「頑張れ、石巻工」。報道陣の質問も、被災地のチ-ムと対戦することについてばかり。弥栄(みえ)主将が「なぜ自分たちのことを聞いてもらえないのか」と漏らしたこともあったという。

それでも、相手を敬うことは忘れなかった。石巻工の阿部翔人(しょうと)主将は「神村学園の主将からありがとうと声をかけられ、本当にうれしかった」。

開会式で阿部主将の宣誓を胸に刻んだ神村の選手たち。野球を通じて、心の輪が広がっていく。

 
何とも爽やかで良い話ではないでしょうか。石巻工も序盤、4点差をひっくり返し、絶対あきらめないという言葉どおりの試合展開を見せてくれました。
 
やりにくかったのはこの神村学園です。何しろこれでスタンドも大いに盛り上がり、ほんどのお客が石巻工側についていたからです。
 
でもさすがは九州一と言われている神村学園です。4-5と逆転された直後に、相手のエラ-を絡めて9-5と再逆転したのです。でも試合中は相手を気遣い、ガッツポ-ズは控えていたと言います。
 
こうした心配りが本当に嬉しいものです。一方の石巻工にしても、21世紀枠での出場を果たしたのですが、一部では震災枠などと陰口をたたかれていたそうです。
 
だがそんな陰口も吹き飛ばすことのできる、強豪を向こうにまわしての、少しも恥ずかしくない試合だったのではないでしょうか。再度の挑戦を期待したいものです。

2012.03.23

早起きの効用 No.2180

配信されるメルマガに、朝方人間へのお勧めという記事が載っていました。とにかく生活を朝型に変えると良いことがいっぱいあるとのことです。
 
それによると、元来人間の身体というのは朝型にできているということで、猫のように2時間眠って3時間活動するようなパターンを繰り返す動物と違い、日没後暗くなってからまとめて睡眠をとるのが人間だと言われています。
 
従ってその生理として暗くなったら眠り、明るくなったら活動し始めるというはたらきが組み込まれていて、もっとも活動的な条件が体内に整うのは体温が一番高くなる午後2時頃だというのです。
 
ですから近頃のように、朝5時半にはもう明るくなっていますから、この時間には活動する準備はできているわけで、条件を効率的に生かすには、理想的には午前5時くらい、少なくとも午前6時には起床したほうがよく、仕事の能率もアップすると言われているのです。
 
しかしながら近代人はその傾向として、起きる時間が遅くなったのに睡眠時間が減っているというのです。それは自宅に仕事を持ち帰ったり、家事や家族のこと、またいろいろな趣味に時間を割かれ、就寝が遅くなって、翌朝はギリギリまで床の中に入っているのです。
 
この起床が遅れ睡眠時間が減ると、単なる時間のズレなどの問題だけでなく、睡眠の質の違いから正しいサイクルから外れ、疲労が蓄積したり脳機能の回復がはかられなかったりといったことに繋がるそうです。
 
そして、うつ病などの精神的な病理に発展する条件を生み出すことまで論証されているのです。うつ病はストレスの多い職業や長時間勤務の職場に起因することが多いのですが、この睡眠の質と量が大きく関わっていることが明らかにされているのです。
 
ですからライフスタイルを、「早起き」を基本とした生活に建て直していけば、自然の摂理にかなうわけで、自律神経失調症やうつ病の克服にも繋がっていくと言われているのです。
 
また早起きの効用は仕事の能率アップに限られず、体調面でも血圧調整を行なうカテコールアミンのような分泌物が適度に生まれるようになるなど、疲労回復や成人病予防にも大変有効だそうです。
 
でも「言うは易く行いは難し」で、早起きという、この当たり前の積み重ねがなかなかできません。ではどうしたら“朝型人間”になれるかということですが、目当てをもち、決意を繰り返すことだと言っています。
 
それには朝の散歩やダイエットの体操でもよいし、読書の時間を30分作ることでもいいから、そうした目当てをつくり、強い決意を持って繰り返すことだと言います。でも失敗してもいいそうで、何度でも失敗しながらやることが定着に繋がっていくのです。
 
このように考えてくると、私などは本当に愛犬のお陰です。彼がいなければ、冬の寒い朝に毎日、きっと早くから起きることもないでしょう。
 
本文にも書いてあったとおり、こうした早起きの習慣化は静かな気持ちで内省、仏教の言葉でいえば内観することに繋がり、精神の安定と向上には大きなプラスになるでしょうね。とにかく、朝早いのは気持ちにも余裕が出て、すこぶる爽やかな気分になるものです。

2012.03.22

見事な選手宣誓 No.2179

いや-、感動しました!昨日から始まった春の選抜高校野球大会の開会式のことです。ここで石巻工の主将が選手宣誓をやると聞いていましたので、こっそり、その時間だけテレビの中継を盗み見したのです。
 
宣誓者の阿部主将はやはりこうした事前では唇が乾くのでしょうか。さかんに何度も唇を舌で舐めながら、いかにも緊張している様子がテレビに映し出されていました。大丈夫かなと心配しながら見守っていたのは、決して私一人ではなかったものと思います。
 
そして高野連会長の励ましの言葉が終わり、いよいよ選手宣誓です。阿部君の宣誓は私たちの心配を全く振り払う、完璧で見事なものでした。以下、その全文を紹介いたします。
 
東日本大震災から1年、日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には、苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみにくれている方がたくさんいます。

人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。

しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう、日本の底力、絆を。

我々、高校球児ができること、それは、全力で戦いぬき、最後まであきらめないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います。

平成24年3月21日

選手代表 宮城県石巻工業高等学校 野球部主将 阿部翔人

 
大きなハキハキとした声で、それはそれはしっかりと、多くの人たちにその想いが伝わったことと思われます。思わず聞いていて胸がいっぱいになるくらい、被災地・東北を代表しての言葉だったのではないでしょうか。
 
甲子園への出発前、阿部主将は父親から託された、「お前には『震災に負けない』という被災者の思いを全国に伝える義務がある」という言葉どおり、しっかりとその大役を果たすことができました。
 
さあ後は思う存分プレ-に専念してもらいたいものです。まさに東北人の持つ、粘り強く、絶対あきらめない、ここ一番での芯の強さを感じさせてもらいました。大きな修羅場を潜り抜けてきた人は、やはり強いものです。
 
その石巻工は今日、3試合目で鹿児島・神村学園と対戦します。悔いのないよう、持てる力を存分に出し切って欲しいものです。

2012.03.21

立場の違い No.2178

私たち日本人にとっては、とっても良い結果が出た昨日の大リ-グオ-プン戦でした。今をときめくダルビッシュ投手の3回目の登板となった対ブルワーズ戦の話です。
 
というのも、このダルビッシュ投手が4回投げ、打たれたヒットがたった1本、これがタイムリ-となり唯一の失点に繋がってしまったのですが、打たれた打者が今シ-ズンからブルワ-ズ入りした、ヤクルトにいた青木宣親選手だったのです。
 
ここまでなかなか結果の出なかった青木選手だったのですが、1打席目のこのタイムリ-に気を好くしてか、3打数3安打3打点1盗塁の大活躍でした。
 
映像でも少し写されていましたが、タイムリ-を打った回の終了時、引き上げるダルビッシュ投手が青木選手に「打たないでくださいよ」と話しかけたそうです。
 
これに青木選手は「僕の方が立場は危うい。生き残りに必死なんだよ」と答えたとおり、まさに執念の一打だったのでしょう。何しろ破格の契約金や年俸で大リ-グ入りしたダルビッシュ投手に比べ、不遇とも言える待遇なのです。
 
年俸はヤクルト時代の1/4に減った7700万円、しかも過日も触れたとおり、日本で何度も首位打者をとり、年間200安打を2回も達成した実績があるのに、テストでの入団だったのです。
 
ですから本人が言われたとおり、レギュラ-の保証が何もないから、このオープン戦で結果を残さなければ出場も危ぶまれているのです。
 
またこの試合までの打率は1割台で苦しんでいました。でも必ず打てる時が来ると信じ、早朝の打撃練習や、自宅に帰ってからも近くの公園で素振りを毎日欠かさず、メジャーに適応する打撃フォームを追求していたそうです。
 
こうした成果が少しずつ現われてきたのでしょう。元々仲の良い二人と聞きます。でも入札額40億円以上で鳴り物入りのダルビッシュ投手に比べ、その1/20にも満たない1億9500万円と、立場が大きく違っている青木選手にはそれなりの意地があることでしょう。
 
是非これをきっかけとしてレギュラ-を獲得し、青木ここにありというところを見せてもらいたいものです。とにかくダルビッシュ投手もそこそこの結果を出し、青木選手が浮上のチャンスとなった、この試合は私たち日本のファンにとっては最高の結果だったのではないでしょうか。

2012.03.19

蔵開き No.2177

昨日の日曜日は友人のお誘いで、富士宮にある富士錦酒造の蔵開きに行ってまいりました。初めて蔵開きなるものを見させてもらいましたが、一口に言って、そのイベントの凄さと参加者の多さに驚いたものです。
 
元々その語源は、年の初めに、吉日を選んでその年初めて蔵を開くことやその祝いとのことで、多くは正月11日に行い、鏡餅を雑煮などにして食べたと言われています。また江戸時代、大名が米蔵を開く儀式をしたのに始まっているそうです。
 
ですが、こちらはお酒が無事仕込み終わったことを祝って、開催するお祭りなのです。富士山を眼前に控える、柚野の里と呼ばれるこの地域に酒蔵を構えて300年になると言います。
 
そうした地元に根ざした造り酒屋が300年もの長い間、やってこれたのも守り、支えてくれたこの土地があるからと、この一年、改めて故郷とは何かという想いを強く感じた年でもあったと、そのホ-ムペ-ジで語っています。
 
ですから、こうした地域への感謝の気持ちが人一倍大きいのでしょう。朝9時にはオ-プンとなる、このイベントも開始前から多くの人たちが並んでいるとのことです。
 
私たちが着いたのは9時半前だったでしょうか。既に大吟醸やしぼりたて原酒など、この日に限り特別価格で購入できる売店への列は多くの人で賑わっていました。
 
そんな列の横をすり抜け、受付なるところに行き簡単な記入を済ませると、記念の盃(おちょこ)を1個頂けます。この盃を持っていけばお酒の試飲ができるのです。
 
大吟醸酒、純米酒、本醸造酒、ワインなどと銘打った、それぞれの試飲コ-ナ-には既に多くの人たちが並んでいます。私たちもよく分からないまま、その列の後につくと、近づくにつれ大吟醸の列だったことに気づきました。
 
あとは既に先乗りしてくれて、場所を確保してくれていた友人たちとの酒盛りです。これも近所の農家の方々の協力があるのでしょう。田んぼの中にブル-シ-トを敷き詰めて、それぞれのパ-ティ-が小宴会を開ける場所を提供してくれているのです。
 
またつまみとなる、いろいろな食材も手ごろな価格で多くの売店が出て、売られているのです。今年は16回目と聞きました。ですから毎年来ている人たちにとっては、絶好の集まりの場所を提供してくれているのでしょう。ガスコンロなども持参して、よろしくやっている人たちも少なくありませんでした。
 
生憎、午後からは雨がちらつくようなお天気でしたが、晴れたこの時期なら絶好の春爛漫を味わえるのではないでしょうか。とにかく一酒造会社だけではなく、地域全体の協力で盛り上げていることを強く感じました。
 
やはりHPに記されていたとおり、故郷にある酒蔵として、私達に何が出来るのだろうか?私達が300年の時を経てなお、この土地で生かされている理由は何だろう・・・という想いをしっかりと心に持ち、常に考えているからこそ、為し得ているものと思われます。
 
こうして無料の試飲のお酒を何回か飲み続けたためか、すこぶる良い気持ちになってその場をあとにすることができました。でも余分なことですが、タダほど高いものはやはりないものです。多くの参加者に限らず、帰りの私たちの手にも、しっかりと何本もの購入したお酒が添えられていたものです。

2012.03.16

同友会福島全国経営研究集会より No.2176

先週出掛けた福島全研での総括をしたいと思います。まず何よりも感じたのは、地震・津波・原発・風評被害という4重苦、いや故郷の喪失等もありますのでそれ以上の苦難を強いられているこの地域で、同友会が頑張っているということです。
 
原発の影響があり、まさに今尚被害に直面しているとも言えるわけですが、全体会でのパネルディスカッションでは「私たちは負けない」と題し、中小企業家同友会の会員が先頭に立って、雇用を守ろう、地域を再生しよう、との強い思いで行っている、復旧復興の取り組みを聴かせていただきました。
 
報告者のお一人は被災地・いわきで建設会社を営みながら、しいたけ栽培も手懸けている方ですが、震災直後、全く情報が途絶え、ライフラインも全て止まった関係で、社員の安否が確認できた後、直ちに3月いっぱいは会社の営業を停止させたとのことです。
 
幸いにも社員で亡くなった方はいなくても、家を流されたり壊された人は少なくありません。それにもかかわらず、震災翌日には全員が会社に出てきたというのです。ですからこの社員の方々の雇用を絶対守ろうと、社長が強く考えたに違いありません。
 
それから4月13日ぐらいまでは、全くお金を使わない生活を余儀なくされていたというのです。普通であることがどれほど大事か、また社員との繋がりや信頼を実感したと言います。
 
情報が途絶えていた時期、同友会が使っているパソコンのネットワ-クサ-ビス・E-doyuが活用でき、会員の安否や緊急を要する情報などを入手できたそうです。やはりこうした緊急時には情報が大切なのでしょう。
 
とにかく大企業にはない、こういった時だからこそ、地域密着の自分に何ができるのかを考えた、ネットワ-クを駆使した地道な活動を行っていったのが地元同友会なのです。
 
ですから他の団体にはない、いち早い復旧作業の支援活動は地元の方達にも大変喜ばれたそうです。まさに大会のスロ-ガンに掲げられた「震災一年 強い絆のもと われら断じて滅びず」の言葉どおり、熱い福島の仲間の不屈な闘志と、大きな感動を存分に感じさせていただいた研修会でした。
 
最後に佐藤福島県知事が挨拶で述べられたとおり、1600名近く集まった全国からの友が、それぞれの地に戻り、福島はとても元気で頑張っているという発信をしなければいけない責任を痛感したものです。

2012.03.15

ル-ル違反 No.2175

今朝の朝日新聞のトップに、巨人6選手に高額契約金という記事が載っていました。球界で取り決めた契約の最高標準額を超えた額を、過去に払っていたという内容です。
 
それによると、プロ野球は93年のドラフトから、選手が入団したい球団を選べる逆指名制度を採り入れました。これに伴い、球団間の争奪戦で契約金の高騰を懸念したため、新人選手の契約金の最高標準額を1億円(翌年からプラス出来高払い5000万円)ということで、全球団合意で申し合わせました。
 
この1億5000万円が94年から新人選手の契約最高額と決まっていたのですが、巨人は97年から2004年までの間入団した選手6人に、一人10億円を筆頭に合計27億円を超過する、36億円もの途方もない契約金を払っていたというのです。
 
その記事から推察する限り、明らかにル-ル違反です。でも一方の巨人側では、この取り決めた標準額はあくまでも標準であって上限ではないと言い張っています。
 
しかし、かつては横浜(現在のDeNA)や西武でも同様のケ-スがあり、罰則はないにしても厳重注意処分を受けています。またその支払いを複数年に掛けて行わないと、ル-ル違反が判明するから一括払いでない方がよいと薦めた文書まで、契約選手に渡されたことが判明しています。
 
これが事実だとすると、ル-ル違反を承知の上やっていたことにも繋がります。そして今回、6人の当該選手に対しても、球団から一切のコメントをしないようにとのかん口令をしいています。
 
仮にも球界の盟主といわれる巨人軍がこんなことでいいのでしょうか。また江川問題にはじまり、こうした自分のところさえ良ければいいという類のことは、今回に始まったことではなく、いろいろと少なくありません。
 
それでなくても一流選手をメジャ-に引き抜かれ、日本のプロ野球が全球団、力を合わせてやっていかなければいけない、ある意味では危機的な状況に置かれているときです。自分さえよければよいといった、こういった体質に本当に腹が立つものです。
 
それにしても朝日新聞のこのスク-プは、読売に対してのナベツネ問題等、何か怨念でもあるのでしょうか。そういったことまで勘ぐりたくなる、今朝の記事でした。

2012.03.14

ちょっと良い話part88 No.2174

こんなプロポ-ズもあるのですね。ちょっと良い話に入れさせてもらいます。
 
あれは私の誕生日の6月5日。主人と付き合って3度目のバースデーのこと。いつもより少しいいお店でディナーをし、私の年齢と同じ25本の色とりどりのバラの花束をプレゼントしてもらった。

胸いっぱいお腹いっぱいの帰り道、主人はおもむろに車をUターンさせると、側道に車を止め、大阪駅前の陸橋に向かい走り出した。

私が「も~、どうしたんよ」と話しかけても全く無視。とりあえず私も汗だくでついていった。そして陸橋の真ん中についたとき・・・。

「りえ、あれ見て!」と主人が指差す方向に目をやると、「大スキなりえ、君とこれからの人生一緒に歩きたい。だからりえ、結婚してくれ!!」と駅前のマルビルの電光掲示板に流れているではないか!

あっけにとられている私に、主人は「結婚しよう」とささやいた。私はコクンと頷いて号泣してしまった。あとで考えると、あの日は主人はやけに腕時計を見て時間を気にしており、「早く帰りたいのかな~」と私は少し不安になっていた。

21時ちょうどにメッセージが流れるよう予約していたため、予定通りに陸橋に着かなくてはと焦っていたようだ。走っているとき携帯電話をずっと耳にあてていたのも。時報を聞いていたからだったそうだ。

主人の熱烈なプロポーズの甲斐あって、私たちは昨年結婚した。将来子供ができたら、必ず私のこの貴重な体験を自慢すると思う。これからの人生、二人で仲良くやっていきたいです!!

 
仲良きことは美しきかな」。こうやって結ばれることはとても喜ばしいことですが、できればいつまでも末永く添い遂げてもらいたいものです。一人のみならず、またまた姓が変わり、家を出て行きそうな娘の様子から、ちょっぴり寂しさを伴うものの、ただただ願うばかりです。

2012.03.13

会社にとって大切なもの No.2173

昨日は仕事の終わった後、社員と一緒に夕食に出掛けました。このところ、ずっと忙しい仕事を強いられていた彼らが、ようやく一段落したからです。
 
それともう一つ、過日の朝礼での社員からの一言で、少し気づかされたためです。その話はある休日、社員さん同士でドライブに出掛け、先輩社員が帰りにご馳走をしてくれたという内容です。
 
話をしてくれたのは中国からこちらに戻り、晴れて正社員となった後輩社員です。忙しい中を縫っての、たまの休日で、先輩のそうした気遣いがとても嬉しかったからでしょう。
 
良い話だなと思って聞いていたこちらも、聞いているうちにだんだん穏やかではなくなっていきました。それというのも、自分の胸に手を当ててみて、そうした機会を近頃全く作っていなかった自分に気がついたからです。
 
確かに仕事が終了してから、何かといろいろな所用で出掛けることが多いにしても、それは全て外向きで、一向に一番大事な足下を見つめていなかったのです。
 
今回の福島全国大会で、私の選んだ分科会は「成長を続けるためのグロ-バル戦略」と題した、大阪で攪拌機製造を営む方の報告をベ-スの研修でした。
 
父親が57年前に創業した会社に入社後、2年目で倒産、先代との葛藤を経て平成8年に社長を引き継ぎ、年商6億とほぼ同額の借金を抱えた債務超過の会社を、中国進出を契機に見事立て直します。
 
そして今では年商12億、社員57名による業界2位にまで押し上げているという、素晴らしい内容の会社です。そこには確かに中国での生産開始という、新たな活路を見出した戦略がありますが、決してそれだけではありません。
 
一言でお話しすると、社員に明日に繋がる夢を持った会社創りを実践していったのです。詳しくはまた別の機会に触れますが、社員からは一切お金を取らず、全て会社の費用で海外研修という形で、毎年広く日本以外の国を見せたのです。
 
そして行き先で必ず一部、貧困の地域を入れていったと言います。つまり自分たちの立ち位置を知ってもらうのがその目的です。まさに報告者が持つ、良いものを知らないで夢が拡がるわけがないというポリシ-を実践していったのです。
 
弊社はとてもこうした良い会社の比ではありませんが、会社にとって一番大切なものは何かを改めて知らされたものです。ですから小さなものから、まずコツコツと積み上げていかなければと思っています。

2012.03.12

あの日から1年 No.2172

木、金と2日間、全国大会参加のため、少しカキコミの間が空いてしまいました。大きな感動をいただいてきた、この内容については、また後日触れたいと思いますが、福島は想像した以上に、苦境の中、頑張っていることを知らされました。
 
昨日で未曾有の大震災から、ちょうど1年が過ぎ去りました。まだまだあの惨劇が昨日のことのように思い出されるほど、被災者の蒙った傷はとても癒えてはいません。
 
そんな中、東京の国立劇場はじめ、各地で犠牲になった方々のご冥福を祈り、追悼式典が行われました。政府主催の国立劇場での式典には、先日心臓の手術をしたばかりの天皇陛下も、ご本人の強い希望で皇后陛下を伴い参列されていました。
 
本当に優しい人なのでしょう。お二人で深々と頭を下げられた後、述べられたお言葉にも、慈愛と心からのお悔やみの気持ちが満ち溢れているように思えました。
 
また皇后陛下も、しっかりと正装された、和服での喪服に身を包まれての参列でした。お言葉は出掛けていた車のラジオで聴いたのですが、消防団員はじめ、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事し亡くなられた方々への配慮も忘れてはいませんでした。
 
これは震災直後から、何度も被災地にご自身の足で訪れているとおり、お二人の犠牲者への思いが強く滲み出ているからでしょう。
 
こうした天皇陛下のお言葉に比べたら、その前に主催者を代表して行った野田首相の挨拶が極めてありきたりのようで、被災者への労わりの思いがいまいち感じられなかったのは、決して私だけでもないでしょう。
 
この1周忌のことを仏門では「小祥忌」と呼ぶそうです。亡くなって1年経つ頃には、同じ季節が巡ってくるため、喪失感がひときわ強くなります。そんな時期に営む法要で、大きな区切りをつけ、それ以降は新たな一歩を前向きに踏み出そうとするのがこの儀式らしいのです。
 
でも政府が取ろうとしている復興政策には、特に原発周辺の町村に見られるように、全くこの先目指すべき方向やどう対処していくのかが不明です。これでは被災者の抱える不安はいつまで経っても一向に消え去ることがないのです。
 
ですからいち早く、被災者の方々の心に区切りをつけ、「小祥忌」の言葉同様、新たな再出発の一歩を踏み出せるものにしていかなければなりません。それには決して生まれ育った故郷を簡単に切り捨てるのではなく、新たな地域の仕組みや連帯を生み出していくものを早急に考え出すことが求められているものです。

2012.03.07

鈴木という姓(名字) No.2171

秋山とか前田といった名字の話です。ある所で読んだ雑誌にこの名字について、いろいろと書かれていました。
 
それによると、日本で一番多い名字の双璧は、何と言っても佐藤と鈴木であるそうです。次いで田中、山本、渡辺、高橋、小林、中村、伊藤、斉藤、加藤の順番で続くと言われていました。
 
この鈴木はなんと全人口の14%を占めているそうです。そして佐藤という姓は藤原から分かれたものとのことですが、鈴木の名字の由来について触れていました。以下、その説明文です。
 
鈴木は元々「すすき」と読み、秋の収穫が終わり稲穂を田んぼに積んでおく状態を指す言葉だった。農民は積まれた稲穂の中に1本の木を立て、神に祈りを捧げる。

その木を伝わって神が下り稲穂に魂を入れると信じていた。平安時代に盛んだった熊野信仰の教えである。そんなことから熊野大社の神官は、だれもが鈴木姓を名乗っていた。

中世に入ると、熊野大社は全国各地に山伏を派遣して、布教活動を繰り広げた。その結果、信仰心の厚い武士やその支配下にある農民は、続々と鈴木を名乗るようになった。

熊野大社の末社が網の目のように広がっている東海や関東にかけて、鈴木の名字が多いのはそのせいである。静岡県のある村では、全人口の四割まで鈴木という村もある。

 
確かにイチロ-選手の名前のように、鈴木一郎さんなどの名前は、いろいろな書式などの見本にもよく書かれているほど、多くの人が知るところです。
 
でもこうした鈴木という、名前のル-ツまで知っている人は数少ないのではないでしょうか。またある特定の地域に偏らず、全国的にその名前があちこち多いのも理解できるというものです。
 
熊野大社といえば、紀伊半島南部にあたるこの熊野の地と、伊勢や大阪・和歌山、高野及び吉野とを結ぶ街道の総称である熊野古道が思い出されます。
 
昨年9月の台風被害で、熊野古道中辺路・小広峠~船玉神社間など一部が通行止めとなり、大きな被害が出た関係で、友人と昨秋に計画していたツア-が今年へと延期になりました。
 
でも3月には迂回路なども整備され、復旧の見通しも立ったことから、7月ぐらいに仲間で訪れようと思っています。世界遺産ともなっているこの地ゆえ、鈴木姓の由来なども思い出しながら、是非満喫できたらと願っています。
 
明日8日~9日の2日間、被災地・福島(郡山)で開かれる、中小企業家同友会全国研究集会に参加致します。従ってカキコミは休ませて頂きます。この全国大会、当初1100名ぐらいの定員でしたが、それぞれの熱い思いからでしょうか、1500人もの会員が参加します。是非そのパワ-に与ってきたいと思っています。

2012.03.06

であい村・蔵ら その2 No.2170

”蔵ら”のお店の中をご覧いただきましょう。まず1階の靴を脱ぎ上がったすぐの部屋です。

そして2階には、このような素敵な展示が飾られています。まず奥側の部屋です。力強い作品なので、てっきり作者は男性だと思ったのですが、女性のア-ティストとのことです。ですから、さすがに色使いは綺麗なものです。

     

娘の子どもが生まれたら是非欲しくなるような作品もありました。それから手前の部屋にも、このように盛り沢山の作品が所狭しと並べられています。

     

また1階に下りると、このような可愛い作品がびっくりするような安い値段で置かれていました。本当に欲しくなりますね。

     

とにかく、ある人が言っていましたが、人が当てにされ当てにする、最後まで人間らしさを失わず、生きられる場を提供できることはとても素晴らしいことです。
 
家内も新事業立ち上げにつけ、大きな勇気を頂いたことと思われます。松崎までの距離が本当に短くなりました。

2012.03.05

であい村・蔵ら その1 No.2169

     

松崎にある”蔵ら”に行ってまいりました。伊豆・松崎・であい村”蔵ら”と呼ばれる、このお店は生まれ住む自分たちの地域を活性化しようと、ほとんどボランティアとも言えるスタッフが一昨年の10月にオ-プンされたものです。
 
私事で恐縮ですが、この4月からやはり地域のお年寄りのためにと、家内が地域友人の方々の力をお借りし、始める地元集会所でのコミュニティ事業開始に当たって、研修でいろいろと教えて頂いた先生はじめスタッフの方より、是非一度見ておいた方がよいと薦められたからです。
 
お店には先々週から2回ほど行かせていただきました。1週間も経たないうちにまた伺ったのは、家内がこのお店のことをうまく言い当てた「気取らない優しさ」があったからだと思います。
 
最初伺った時、”蔵ら”をまとめている代表者の青森千枝美さんにお会いしたのですが、不覚にもお会いするまでこのお店が、三島信用金庫の創立100周年事業で夢大賞を獲得したお店だと、少しも気づかないでいたのです。
 
お会いして挨拶を交わしているうちに、私の少し傷み始めている頭でも、どこかでお会いした人だなという記憶が戻ってきました。お会いしているのではなく、100周年記念事業でやはり会場に詰め掛けていた私たちの客席から、壇上で表彰されている青森さんをお見掛けしていたのです。

     

そうしたお店ですから、私がいろいろとお話しするまでもなく、素晴らしいお店とその取り組みには何も違いがなく、最近ではテレビなどメディアにも多く取り上げてもらえるほどです。
 
私と家内はこうした人気店と解っていた関係で、2回ともその訪問はわざと忙しいお昼時の時間を外し、お店が閉まる16時の1時間ぐらい前にお邪魔したのですが、どちらも本当に温かく迎えていただきました。
 
というわけで、評判のひる膳(500円)には与(あずか)ることはできませんでしたが、店内の手作り品や2階まで上がって、評判のア-ティストの作られた作品を眺めさせていただき、十分堪能することができました。
 
このいろいろある作品の説明をして下さったのは、青森さんの実の妹さんとの紹介があった深井さんという方です。お住まいは神奈川ということですが、元々そうしたショップの経験もあり、ノウハウが活かせることから、青森さんの取り組みにも共鳴し、強い味方になったのでしょう。
 
とにかく、全体で25人のスタッフがいるとのことですが、代表の青森さんはじめ、私たちがお会いした全ての方々の輝いている眼がとても印象的でした。この町おこしとも言える活動を通して、自分たちの貴重な生きがいを見出しているのでしょう。
 
そして青森さんが言われていた、「自分は今、年金をもらっているが、年金をもらっているからこそ、働かなければ申し訳ない」という言葉に強烈なインパクトを感じました。全ての人がこうあって欲しいものです。
 
お店の紹介文には、築150年の古い蔵というか民家が取り壊されようとしていたのを、青森さんたちスタッフが必死になって守り、新たにこのお店という形で蘇らせたそうです。
 
そうした建物はたとえ古いものかもしれませんが、そこに気楽に集い、まちをもっともっと元気にしたいという思いで頑張っている人たちの姿は、羨ましくなるほどの明るく新鮮なものでした。家内共々大きな元気をいただきました。何度でも行ってみたくなるお店です。

     

2012.03.02

首相の器その2 No.2168

民主党・野田首相と自民党・谷垣総裁が密談したなどと、大きく騒がれていますが、果たしてその真相はどうなのでしょうか。このきな臭い話は置いといて、先日少し触れさせてもらった、首相の器という続編です。
 
池上さんと御厨教授との話し合いでの結論は、首相が機能を果たせなくなったのは官僚を排除したことにあるというのです。欧米では大統領や首相の在任期間は5年以上という国が多いそうです。
 
そんな欧米と比較し、我が国の「首相の器が小さい」というのは、単に政治家の資質の問題だけではなく、日本の政治的な特性かもしれないと言われるのです。仮にもアジアでは、他国に先駆けいち早く先進国の仲間入りを果たした我が国ですから、日本の政治が全く無能だったとは言えません。
 
では日本の首相はそもそも重要な存在なのか、という疑問が生じてきます。首相が短期で代わっても社会的混乱が起こらず、政治が機能していました。これは優秀な経済と優秀な官僚があったからというのです。
 
ですから極端に言えば、誰が総理になっても上記の2つの車輪がちゃんと機能していれば、大勢に影響はなかったとも言え、短命の首相たちや国そのものを経済と官僚が支えてきたと言っています。
 
55年体制以降は自民党内で首相になる競争が続き、勝った人間が首相となっていました。それでも多くの首相の在任期間は2~3年と短く、大局的には政策を進められない割には、何とか続いてきました。
 
こうしたリ-ダ-シップが首相に定着しているわけでもないのに、ある時を境に、この支えてきた官僚組織を政治の現場から排除してしまったというのです。
 
それは安倍政権の時からとのことです。お友達内閣を作り、自分に打てば響く組織を作ると同時に、官僚を行政の中心から追放してしまったのです。こうしてそれ以降の政権にも引き継がれ、民主党政権に至っては、誰もがご存知のとおり、官僚外しをますますエスカレ-トさせてしまったのです。
 
はっきり言って、今の政治家に単独で政治を動かす力があるとはとても言えず、行政を支えてきた官僚をうまく活用するのが現実策とも言えると指摘しているのです。
 
ですから官僚たちは仕事をしようにもなかなかやらせてもらえない、目立てば潰されかねないというのが現状なのです。これでは官僚の能力がどんどん落ちていき、質の低下にも繋がります。
 
かつて、「日本の官僚ほど優秀な人材はいない」と世界中で言われていました。それが官僚嫌いで有名だった菅首相のときには、御厨教授が議長代行を務めていた東日本大震災復興構想会議での提言を、官僚がまとめたことすら菅さんは知らなかったと言います。
 
官僚は信用できないと繰り返す菅さんに、彼ら官僚に手伝ってもらわなければ復興会議の委員は何もできないということを、伝えたくらいだというのです。
 
こうした政治家が機能せず、政治主導という言葉だけが独り歩きし、官僚から自主的行動を外したことから指示待ち体質に変わってしまったのが現在です。不幸にしてこんな時、東日本大震災が起こり、政治の混乱は更に増すことになりました。
 
そして政治が一番やらなければいけない必要なことを、時の首相はやりませんでした。それは全世界と日本国民に向けてのメッセ-ジの発信です。世界に向けても、日本は必ず立ち直りますから、ぜひ支援してくださいという発信です。
 
これが政治というものだと強調されるのです。そして官僚にもできない政治家の仕事、特に首相がやるべきことは、「メッセージ」と「決断」を下すことだと言われているのです。
 
こうした言葉が政治には大事なのですね。以上のことから、国を動かすのには、「メッセージを発信」し、優先順位をつけながらどんどん「決断する」というのが、首相の必須条件と理解できます。
 
こう考えてくると、他人の顔色など窺っている人間ではなく、強い信念の下で毅然として政策を進めていく人が首相の器なのでしょう。少し長くなってしまい申し訳ありませんが、残念ながら今の日本にはどこにもそんな人は見当たりません。この先に繋がる、明るい灯りが見えないようで、本当に残念なことです。

2012.03.01

格安航空会社(LCC)の運行開始 No.2167

いよいよ今日から3月です。でもこのところ雨が多いですね。この時期、菜種梅雨とも言われるようですが、一雨ごとに春が近づいて欲しいものです。
 
さて、3月1日今日からいよいよ格安航空会社(LCC)が運行を開始します。そのトップを切って、関西国際空港を起点とする、ピ-チ・アビエ-ションなる会社の札幌便が一番機として飛び立ちました。
 
同機に搭乗した感想文が記されていましたが、最新のボーイング787のような快適さは無理にしても、新品のエアバスA320だけに、他の機種と比べても座席の広さ以外は大きな差異を感じないと言われていました。
 
ですから思ったより我慢を強いられるということも少ないようです。ただ徹底したケチケチ作戦ゆえに、座席に映画などを楽しめる液晶モニターや、座席前のポケットに機内誌などはなく、機内食は全て有料となります。
 
でも利用者が一番気になる安全面では、格安航空会社3社とも新品のエアバスA320を使用しているとのことです。これは新しい方がトラブルも少なく、整備経費も安上がりで済むという理由からです。
 
そして日航を退職したベテランパイロットを多く雇った会社もあり、安全性は高いと言われていますから、安いからといって心配は要らないかもしれません。
 
ただ面白いのは料金に買い時ということがある点です。今回就航した札幌行き初便についても、売り出し初日の昨年12月27日時点では最安価格は14780円でした。
 
しかし、今年になって2月21日には4780円と大きく下落し、27日には7980円まで上昇、また前日の29日には廉価なハッピーピーチは受け付け終了でしたが、1個分の預け入れ手荷物料金や座席指定料金が含まれるハッピーピーチプラスは9480円と、その価格に大きな変動があります。
 
ですから結果的には売り出し初日が一番高いことになり、早く予約すれば安くなるというものではありません。そして予約は電話よりインタ-ネットの方が安いそうですが、一番安い運賃では預け入れ荷物や座席指定にも料金がかかるし、足下の広い座席も別料金とのことです。
 
でも安全面だけでもしっかり配慮してもらえれば、フライト中の多少の窮屈や不便さは我慢できるというものです。とにかく飛行機は高いものだと思っていただけに、格安運賃はとても歓迎できる嬉しいものです。

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