社長の三行日記

2011.02.28

第7期経営指針を創る会卒業式より No.1964

昨日までの26~27日の2日間、県同友会の主催する経営指針を創る会の、最終発表会となる卒業式が地元・ウェルサンピア沼津で行われました。
 
今期が第7回目を迎えるものですが、当初の受講生15人のうち、最終発表に臨んだのは10人と、1/3の方々が参加できず少し寂しい思いもしましたが、それでも会社を何とか変えよう、社長である自分自身がまず変わらなくてはと、強い決意で臨んでいる方々の卒業式はやはりさすがなものです。
 
私もこの卒業式に限らず、昨年6月から始まっているこの会にスタッフとして例年通り参加しているものですが、受講生の方々から最後に、スタッフが本当に自分のことのように考えてくれて取り組んでいたことに感謝しますと、お礼を述べて頂きましたが、そういった義務感より、むしろ自分自身の学びを深めることの方が少なくなかったものと思われます。
 
学んだことをいくつか紹介したいと思いますが、まず業種はそれぞれ違っても、置かれている経営環境は誰しも決して楽なものではないということです。
 
ですから、そこから逃げ出したくなる気持ちは解らないわけではないのですが、社長である自分の責任とその使命は大きいことです。従って共に歩んでいる社員の生活を少しでも豊かにできるよう、しっかりと会社を守り、発展させていかなければいけない役目を一層強く感じたものです。
 
近年、業績が悪くなるとすぐ廃業してしまったり、また倒産して夜逃げまでしたりする、社業を投げ出す例が少なくありません。やはり借りたものは何としてでも返していかなけれないけない、大きな責任を自覚すべきです。
 
2日間に亘る受講生それぞれの持ち時間では、報告と共にアドバイスや鋭い指摘が飛び交います。中には本当に厳しいものがあるかもしれませんが、それを自分自身がいかに前向きに受け取るかに掛かっています。
 
受け取り方次第でそれは大きく変わるもので、この機会を良いチャンスとして出発点にしなければと考えます。何しろ、当たり前のことを当たり前のようにやっていたら、生き残れない時代になったからです。
 
そしてこうして1冊の指針書にまとめあげたことは何よりも評価できることですが、大切なことは指針の成文化ではなく、いかにその内容にあるものを1つ1つ実践していくことにあります。
 
また今回培われた、かけがいのないメンバ-との熱い絆や同友会会員の持っている貴重な情報源を、宝の宝庫として十分活用していかなければいけません。
 
以上のような学びは決して受講生だけのものに限らず、私たちも毎回味わうことができるゆえに、益々虜となって抜けられないことになっているのかもしれません。改めて今のままではいけないという、自社の変革をしっかりと考えさせられた卒業式でした。

2011.02.25

ニュ-ジ-ランド大地震 No.1963

こちらでは春を思わせるような暖かな朝を迎えました。ところが海の向こうでは大変なことが起こってしまいました。ニュ-ジ-ランド第2の都市・クライストチャーチで起こったM6.3の大地震です。
 
既に死者は100人を超えると伝えられていますが、生存の可能性の限界とも言われている72時間を迎えようとしている今、現地での日本をはじめとした国際緊急援助隊による捜索は急ピッチでその作業が進められています。
 
特に語学学校「キングス・エデュケーション」の入居する建物崩壊では、富山からの留学生など、まだ数多くの日本人を含む被災者が取り残されていると言います。
 
その中で救助された一人である、富山外国語専門学校の学生である、19歳の奥田さんのことが新聞に紹介されていました。
 
記者の撮影した、入院中のベッドの上で、明るく気丈にVサインまで出して振る舞う姿の写真が掲載されていましたが、母親のコメントにあるように、周囲を安心させる為にとったポ-ズだと思われます。
 
というのも、もう一人の比較的軽傷で救出された女子学生と違って、奥田さんは右足が瓦礫に挟まれていたため、救助の際、切断されたというのです。
 
切断しなければ救助できなかったのか、それとも挟まれていた為、足が壊死を起こして、放っておいたらその毒が全身に回って死の危険が迫る為だったのかは、定かではありませんが、助かるために切断せざるを得なかったのです。
 
聞くと高校時代はサッカ-部のキャプテンだったと言われます。大切に使い続けた右足を、まさかこんな所で失うとは夢にも思わなかったはずです。
 
また救出されるまでの間を次のように伝えています。昼食をとっていたら、大きな揺れが来て、いきなり床が落ちた。周りのみんなは「痛い」などと言いながら下に落ちていき、自分は気づいたら真っ暗な中で何かに右足を挟まれて動けなくなっていた。 

最初は助けが来るかどうかも分からずパニック状態だったが、一緒に埋まった先生が「落ち着いて」「長期戦になるかもしれないから体力を残そう」と声をかけてくれた。「みんなで生きて帰ろう」と呼びかけ合い、励まし合って救助を待った。挟まれたまま、兄に携帯で電話をし、ここにいることを大使館に連絡してもらった。

 
その兄への電話では、「兄ちゃん助けて」「真っ暗で挟まっている」と訴えたそうです。ずいぶんと不安で長かった時を過ごしたのではないでしょうか。
 
この奥田さんが言われるように、是非、行方不明になっている多くの仲間にも助かってもらいたいものです。また私たちの住む所も、この地と同様な地層形態であると言います。それだけにいつ降り掛かってくるか判らないだけに、他山の石とはしないことです。犠牲者のご冥福を心からお祈りします。

2011.02.24

おはよう先生 No.1962

昨日は朝から賑やかな通学の子ども達の声がしないと思ったら、学校は休みだったのですね。この2月23日は富士山の日ということで、県内の小・中学校(中学校は分かりませんが)はお休みだったようです。
 
奇しくも昨日、この富士山のことに触れたのですが、そんなこととは露知らず、何か以心伝心のようなものがあったのでしょうか。全く偶然な話だったのです。
 
さてこのすぐ近くにある小学校には、毎朝、多くの生徒達が我が家の前を通り過ぎて行きます。またちょうどこの前が信号機の交差点で横断歩道があるため、ほとんど毎日と言っていいほど、小学校の校長先生が交通整理に立ってくれています。
 
この女性の校長先生が素晴らしく良い方なのです。子ども達ひとり一人に「おはよう」の挨拶を掛けるのはもちろんですが、見ていると注意してそれぞれを観察しているようです。
 
今日はお兄ちゃんはどうしたのかとか、具合はどう?といったようにです。またすぐ近くがゴミの集積場の関係で、近所の人もここを多く通り掛かるのですが、その人たちにも丁寧に「おはようございます」と、声を掛けられています。
 
その声がとても明るく大きなものですから、私たちは家の中にいても校長先生がやってきたのがすぐ分かります。ですから私たちの間ではこの校長先生のことを「おはよう先生」と呼んでいるくらいです。
 
また先生が犬が大好きなことから、交通整理の合い間をみて我が家にもやってきて、愛犬としっかり遊んでくれてもいます。こうしたことから私たちともずいぶん親しくなっているわけです。
 
学校は何か事故とか間違いがあると、この校長先生が全責任を負うことになっています。ですから子ども達に何か不測の事態がなければよいと思い立ち、その前の時代から校長先生自らが先頭に立ってこの交通指導に当たっているわけです。
 
でも眺めていると、おはよう先生はそうした義務感だけではなく、やはり子ども達のことが愛しく好きなのでしょう。また生来の天真爛漫さに加え、女性ならではのきめ細かさを備えているように感じます。
 
やはり学校はこうした地域に根ざし、開かれたものでなくてはなりません。そうした意味ではおはよう先生は自ら積極的に声を掛けて、早く地域に溶け込むよう努めているように思えます。
 
モンスタ-ペアレントなる親が昨日もテレビで紹介されていました。先生が携帯を取り上げたら、その使えなかった期間の料金を、基本料金の日割りでよこせという親も少なくないと言います。
 
このため鬱に悩まされている先生も全国には大勢いると言いますが、是非そんな、とんでもない親には屈せず、負けないでもらいたいと思っています。
 
蛇足ですが、2月23日は皇太子さんの誕生日でもあるわけですから、近い将来、国民の休日となって、富士山の日イベントも大いに盛り上がるのではないでしょうか。

2011.02.23

恵まれた地域 No.1961

ちょっとグズグズしていると、朝の愛犬との散歩が6時近くになってしまうのですが、以前は真っ暗だった6時の時間帯が今ではだいぶ明るくなってきました。着実に春の訪れはやってきているのですね。
 
さて、中東の混乱する民主化運動の影響で、我が国もその例外でなく、依存する原油高の関係でガソリン価格が軒並みに上がってきています。また数年前のように、160円とか170円にならなければよいのですが果たしてどうなることでしょうか。
 
こうした少しずつ値上がり傾向にある物価に比べて、依然として伸びないのが消費者の購買意欲です。まあ、その責任は一向にらちが明かない、混乱する政府にあると言っていいものですが、ほとんどの人から、もう当てにされていないと言ってもいいのではないでしょうか。
 
そんな中、一部でこの日本を支えていると言ってよいのが日本への観光旅行客です。そして大多数を占めているのが中国人旅行者です。
 
この日本への中国人旅行客を調査した結果、その訪れたい場所として、東京や京都を抑えて我が地元の富士山が堂々の2位であるとの記事を読みました。
 
1位は7割以上の人が望んでいる北海道ですが、富士山がその次に37%を占めたと言われています。それは日本の象徴であると同時に、景観の美しさやパワ-スポットとして知られていることが人気の理由のようです。
 
日本を知っていて富士山を知らない人はまずいないでしょう。年々その形がほんの少しずつ崩れているような気がするのは、私だけではないと思うのですが、やはり霊峰富士とも言われているとおり、日本に来たら一度は眺めてみたいと思うのでしょう。
 
そんな富士山を朝晩毎日のように眺めることのできる私たちは、本当に恵まれているとも言えるものです。家内の父などは沼津にやって来る度に、この富士山を撮りまくっているくらいです。
 
また日本で体験したいことと言ったら。温泉がトップでダントツとのことです。そして食べたいものはすし・刺身が一番人気であるそうです。
 
ということは、手前味噌かもしれませんが、富士山を眺めて温泉に入ることができ、そして美味しいお寿司や刺身をいただけると言ったら、我が地域しかないのではないでしょうか。
 
改めて、今住んでいるところの豊かさを感じないわけにはいきません。こうした恵まれている所に住んでいるだけに、ただノホホンと暮らしていてはいけないものです。自戒させられますね。

2011.02.22

横浜国際女子マラソン No.1960

日曜日の昼下がり、テレビ中継されていた横浜国際女子マラソンを観ました。いつもなら途中眠くなって、観ながらすぐ寝てしまうものですが、この日は違いました。
 
それと言うのも、日本人選手の活躍があったからです。優勝した尾崎好美さんはもちろんのこと、2位にもマラソン2回目の中里麗美さんが入り、タイムも世界選手権選考基準の2時間26分を大幅に切る結果となったからです。
 
この標準記録を意識しての、3人のペ-スメ-カ-が良かったとも思える30km地点までのレ-ス展開でしたが、抜けた後もポルトガルの選手1人に日本人選手が3人もいたのが、まず目の離せないところでした。
 
そしていつもなら日本人選手が徐々に脱落していくというのが、今までのパタ-ンでしたが、今回に限っては、マラソン初出場の永尾薫さんは36km過ぎに抜けたものの、ほぼ3人が互角のように見えたからです。
 
そして圧巻は残り3kmとなった地点です。突然尾崎選手がスパ-トをかけ、他の二人をぐんぐん引き離していったのです。伝えるところによると、これは本人の意図ではなく、山下佐知子監督の夫であるコ-チの指示だったとのことです。
 
ですから予定していたより早めのスパ-トだった関係で、残りの距離がだいぶきつかったみたいですが、後でポルトガルの選手が残り2kmになったら仕掛けるつもりだったと話しているように、勝因はここにあったように思えます。
 
従って観ている私たちにとっては、何度も最後になって期待を外されているだけに、とても溜飲を下げる思いにさせてもらったものです。
 
また今をときめく、あの斎藤佑ちゃんと同郷で同年齢だと言われた、中里選手も見事でした。前回の自己記録を10分も短縮した2時間24分29秒というタイムは、これからに大いに期待の持てるものではないでしょうか。
 
それから惜しくも途中で脱落し、4位になった永尾選手にも期待が持てるものです。監督である、Qちゃんこと高橋尚子選手を育てた小出監督も、将来性といった点では太鼓判を押している選手です。
 
また中里、永尾両選手は共に22、21歳と年齢も若く、これからの飛躍がさらに望めるものと思われます。そうしてみると、高橋尚子、野口みづき両選手の華々しい活躍の後、しばらく低迷していたかのように思われる日本女子マラソンに、ようやく灯りが差してきたように思えます。
 
是非、今年の8月、韓国で行われる世界選手権で結果を残し、ロンドン五輪に繋げていってもらいたいものです。とにかく、久しぶりの日本人選手のアッパレな勝利は、やはりとても気分がよいものです。

2011.02.21

五体不満足のその後 No.1959

土曜日は仲間内の新年会で、やはり恒例となっている仲間の一人が営む民宿で行われました。この民宿が諸事情で今年3月一杯で営業を終了するということですが、今までずいぶんと楽しませて頂いただけに、とても寂しく思っています。
 
でも心置けない同級生の集まりは、いつも賑やかで楽しいものです。永年続くそのやりとりは年が変わっても少しも変わるものではないのですが、やはり捨てることのできない貴重な繋がりです。さてこのベ-スがなくなってしまう来年からは果たしてどうなるものでしょうか。
 
話題は変わりますが、あのベストセラ-となった「五体不満足」の著者である、乙武洋匡さんが今度は保育園を作るという記事を見ました。昨春までは3年間、東京杉並区の小学校教員として勤められていた方です。
 
ご存知の通り、乙武さんは生まれつき両腕と両脚がない、先天性四肢切断という障害を抱えているのにもめげず、都立の高校から早稲田大学政経学部に進み、その大学時代の活動と生活体験を綴った著書「五体不満足」が大きな反響を呼んだものです。
 
特に「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」という言葉は、人々の胸に大きく刻み付けられ忘れられないものとなっています。
 
この乙武さんが大学卒業後、一時期、スポーツライターとしての時代を経て、以前より教育について関心が高かったことから、教員免許を取得して先生となったのです。そして2001年には結婚して、今は既に二人の男の子の父親でもあるわけです。
 
そして3年間の小学校の教員生活を無事に務め上げ、今度は保育園にチャレンジすると言うのです。伝えるところによると、保育園は地域に根ざした開かれたものにしたいとのことです。
 
園舎の入口には園児の作品を展示したギャラリ-や、地元のパン屋さんがプロデュ-スするカフェも開くと言います。また地域コ-ディネ-タ-を専属で置き、園の紹介や地域住民と園児と親が交流するイベントなどを手がけたいとのことです。
 
近年、園児や児童への危害を恐れ、安全を重視し門扉を閉ざして、地域との結びつきが弱まる傾向が強くなっていますが、これを改善しようというものです。また教員経験から「子育てに悩んでいる親や、大人の愛情が不足している子どもを地域で助ける必要がある」との考えからです。
 
さすが乙武さんですね。少しもその体の不自由さを感じません。絶えず前向きに突き進むその姿に、本当に敬意を表するものです。体に少しも不便は感じなくても、心に障害を持つ人がいっぱいいるだけに、是非その前向きな話を聴かせてやりたいものです。

2011.02.18

ちょっと良い話part72 No.1958

自販機と若者という、地元の人が書かれたちょっと良い話です。
 
バスが遅れて沼津駅に着いた。8時28分の電車に乗りたくて、身近な自販機に千円札を入れた。950円という表示が出るはずなのに...機械音で何かを言っている。

「エ-ッ!?」と見直す。オレンジカ-ドの自販機だった。あわてて呼び出し釦を捜して押した。

きっとすごい表情をしていたのだろう。「どうかされたのですか?」背の高い若者。私は恥ずかしく照れながら「私って馬鹿なの、静岡への切符を買おうとして違う自販機にお金を入れてしまい駅員さんを待っているんです」

彼は「馬鹿ではなく、間違えただけですよ、僕が駅員さんを呼んできますよ」と行ってしまった。私は決心して他の自販機で切符を買ったところへ、彼と駅員さんが来た。事情も話してくれたらしく、すぐお金は戻った。

お礼もそこそこに電車に飛び乗った。片浜、原と景色が移る頃、私の息も整ってきた。先ほどの好青年のことが思い出された。

呼びに行ってくれたのに待たずに行動したこと、丁寧にお礼を言わなかったこと、彼は自分の乗る電車に間に合っただろうか?

何と失礼なおばさんだろうと思っているのだろう。ひと電車遅らせても、きちんとやれば良かったという思いが一杯になった。

彼はおっちょこちょいのおばさんだと思って通り過ぎず、事情を知り「間違っただけですよ」との言葉はとても嬉しかった。

メガ等の現代社会の中で、次第に誰かのお世話になっていくだろうとつくづく思った。

 
よくある話ではないでしょうか。親切にして頂いたのに、自分の用のことで頭がいっぱいで、お礼もそこそこにその場を立ち去り、後から申し訳ない気持ちに駆り立てられる経験が、誰にもきっとあることと思います。
 
それにしても「間違っただけですよ」という言葉は、素敵な言葉ですね。なかなか言えそうで言えない、この言葉を発することのできる人は、やはり心豊かな優しい人なのでしょうね。

2011.02.17

大学連携講座より No.1957

一昨日、お客様とのお付き合いが終わるや否や、静岡に飛び、静大連携講座・評価会議なるものに出席してまいりました。産学連携で先に静大で行われた、14回にも及ぶ同友会13人の講師陣による講義の集大成としての評価会議です。
 
平たく言えば、講義への出席と提出されたレポ-トの採点から、学生の成績付けと言ってよいでしょう。成績は秀、優、良、可、不可の5段階に分かれており、そのうち不可のみは単位が与えられないことになっています。
 
同友会事務局で細かくまとめてくれた評価の一覧表には、履修した学生全員の各講義への出席状況や提出レポ-トの採点が記載されていました。
 
また事前での学生への通達事項として、この14回の講座を4ク-ルに分け、1ク-ル各3~4回の講座のうち、レポ-トは1回分だけ選択提出すればよく、全体でも少なくとも2ク-ル分(2回)以上の提出を義務付けているものです。
 
ですから、言い換えると14回のうち、2回以上の講義で指定されたテ-マに添ってレポ-トを書けばいいわけですから、そんなに大儀なことではないと思われます。
 
一覧表を眺めてまず驚いたのは、14回の講義に1回しか、もしくは全然出席していないにもかかわらず、レポ-トを4回も提出している学生が2名いたことです。
 
これは明らかにテ-マだけを後で調べ、それに添ったような形でレポ-トを作成して提出したのです。また私自身の講義へのレポ-トも9通ほどあったのですが、1名を除き、そのほとんどがテ-マにただ添ったような形で内容を作成してあり、講義内容には全然触れていないのです。
 
まさにこれなどはネット等で調べて、テ-マに添うよう取り繕ったとしか考えられないもので、少し寂しい思いがしました。人によってはネットの関連サイトに記載されたものをそのままコピ-、貼り付けしているのかもしれません。
 
もちろんこの会議では、講義への出席もなく、ただレポ-トを提出すればよいといった学生は認められませんでした。またこうした反省を踏まえて、こちら側で定める学生へのレポ-トテ-マについても、ただ取り繕うだけでは作成ができないよう、検討されたものです。
 
やはり当代気質と言うのでしょうか。テ-マにある共通の語句を入力すれば、ネットからあらゆる関連文書が飛び出してくる当世ですから、これを使うなと言うのが無理かもしれません。
 
しかし、おざなりに労力も掛けず、ましてや自分の考えが何も入っていないレポ-トは、大学生としてはあまりにもお粗末過ぎると言えるものです。
 
もちろん、大部分の学生がそうであるわけではありません。ほとんどの学生が14回全部の講義に出席していて、4ク-ル分のレポ-トをしっかりと提出してくれていたことを補足しておきます。

2011.02.16

投高打低の気配 No.1956

2月16日、あの北朝鮮・金正日の誕生日です。チュニジア、エジプトと相次いで独裁政権が崩壊し、次は北朝鮮なのでしょうか。聞くところによれば韓国の口蹄疫が北朝鮮にも広がり、国民が大変な思いをしているのに、贅沢に誕生日の祝いもないものです。
 
国民の怒りが爆発するのも、そう長い先のことでもないと思われるだけに、そうそう枕を高くして眠ってもいられないものと思われます。
 
さて話題はガラっと変わりますが、今年のプロ野球はいつになく投高打低になりそうで、ちょっと目が離せなくなるかもしれません。それというのも、日ハム、西武、広島に入団した早稲田の3羽ガラス以外に、各球団即戦力の新人投手が活躍しそうだからです。
 
ご存知の通り、斎藤佑ちゃんは先日の韓国・サムスンとの練習試合で、なかなか良いピッチングを見せました。1回を投げただけですが、空振り三振を含む3者凡退で抑えました。やはりクレバ-で実戦向きな投手なのでしょう。
 
また昨日は巨人の沢村投手が紅白戦で初登板し、2回を無安打1三振と、文句なしのピッチングを見せたようです。ストレ-トもキレがあるし、スピ-ドもこの時期では異例の150km近い球を投げ込んでいたとのことです。
 
アンチ巨人のこちらとしては、あまり望むところではないのですが、この沢村投手は結構イケるのではないでしょうか。何しろこのスピ-ドボ-ルに加え、スライダ-とフォ-クまでその武器として兼ね備えていると言います。
 
また勝負度胸もありそうだし、負けず嫌いの性格がそのまま出ているような、精悍な顔つきがいいですね。厄介な対戦投手となりそうです。
 
まだ自軍の紅白戦ですから早呑み込みはできませんが、あの野茂、松坂、田中将大といった、今をときめく大投手でも、その自軍での実戦のデビュ-戦は散々だったようです。
 
そうした意味からも、早稲田出身の3投手へのライバル意識も強そうで、かなりの活躍が期待されるのではないでしょうか。このように野球は打つだけでなく、良い投手をいかに攻略するかも見どころです。
 
そしてそれが球界全体のレベルアップにも繋がるわけです。その多くがアメリカ・大リ-グへとなびく今日だけに、日本球界の救世主が是非、現われてもらいたいものです。

2011.02.14

一小燈、一隅を照らす No.1955

エジプトのムバラク政権が崩壊しました。先週末、その大統領職を辞任し、全権限を軍に移譲したとのことです。これで30年にも及んだ長期強権体制が終焉を迎えたのです。
 
そもそも、このきっかけとなったのは、チュニジアの独裁政権を倒した市民の民主化運動に始まり、それがエジプトに飛び火して大きな暴動にまで発展したのです。
 
また過日の朝日新聞記事によれば、チュニジアの大規模デモの始まりは、リヤカーの荷台で果物を売って生計を立てていた、一人の青年の抗議の自殺だったというのです。
 
この青年は昨年12月の朝、いつもの路上で商売を始めようとしたところ、そこへ役人3人がやってきました。そして営業許可がないからと言って、罰金(日本円で約2万3000円)を要求されたのです。
 
しかし青年の売り上げは1日でわずか290~400円です。法外な金額をふっかけ、いやがらせをする役人は、チュニジアでは日常茶飯事でありました。商売道具のはかりを奪われ、激しく抵抗しましたが、さんざん殴られたり蹴られた上に果物まで持ち去られました。
 
怒りが収まらない青年は、地元知事の事務所を訪れたが相手にされず、近くの商店で買ったガソリンを頭からかぶり、ライターを手に火をつけると叫んだそうです。
 
こうして誰も耳を貸さず、とりあってくれないことから、ついには火をつけ抗議の自殺を図ったのです。この衝撃的な事件があっという間に広がっていき、我慢に我慢を重ねていた民衆の怒りがとうとう火を噴き出したのです。
 
ですから、こんな小さな出来事がそもそも、その始まりだったと言うのです。それにしてもネットの威力の凄さを改めて知らされたものです。昨日もテレビでこの影響が大きいと言われている、フェイスブックのことを採り上げていました。
 
まさに友達の輪みたいなものなのでしょう。クチコミで良いことや悪いことが、忽(たちま)ちのうちに広がっていくのです。また気が合えば、その場で友だちになれるような仕組みになっているそうです。
 
こうしてひとり一人の力は小さなものですが、大きな塊りとなって終には政権までひっくり返す大きな力となったのです。まさに禅の哲学でいうところの「一小燈、一隅を照らす」と言えるのでないでしょうか。
 
それにしてもムバラク大統領の隠し財産は5兆円を超えるとも言われ、何とも驚かされるものです。国民が貧困に喘いでいる陰で、我が身はせっせと財産作りですか、とても許されるものではありません。
 
「市中引き回しの上、張り付け獄門」と、遠山の金さんに言われても仕方のない罪状です。悪い奴ほどよく眠るとも言われていますが、今はとてもおちおち眠ってはいられないのではないでしょうか。とにかく悪いことはできないものです。
 
明日15日は一日、お客様からの招待で会社を留守にします。カキコミは休ませて下さい。

2011.02.10

ひとりじゃない No.1954

人生は出会いから何を学ぶかによるもので、目標に向かって歩き続けることである」先日のある会で、友人が改めて言って頂いた言葉なのですが、人の繋がりがどん底の自分を支えてくれたという話です。
 
過日のワ-ルドカップでの8強進出をかけたPK戦、ご存知の通りPKを外してしまったのは駒野友一選手です。この駒野さんが失意のどん底から這い上がることができたのは、自分がひとりじゃないと気付いたからです。
 
そのPKは本人が自信を持ってゴ-ル左上に蹴ったものです。でも無情にもクロスバ-をたたき、ゴ-ルのはるか上に跳ね上がってしまいました。そしてパラグアイの5人目がゴ-ルを決め、日本のW杯8強進出の夢は潰えたのです。
 
泣きじゃくった自分に、チ-ムメ-トは代わる代わる肩を抱き、胸を張って日本に帰ろうと励ましてくれました。でもロッカ-ル-ムに戻っても、皆に申し訳なく涙が止まりませんでした。
 
そして2日後、日本に帰ったのですが、気持ちはまだ下を向いていて、空港での出迎えてくれた時や記者会見の席でも、その視線が怖かったくらいです。「みんな怒っているに違いない」そう思いこんでいたのです。
 
会見後、所属のジュビロ磐田が用意してくれた車に乗り込み、スタッフから差し出された書類に、車内のわずかな灯りを頼りに目を通しました。
 
そこに書かれていたのは、「胸を張って帰って来て」「私たちはあなたを誇りに思います」「勇気をもらいました。ありがとう」という、サポ-タ-からの温かいメッセ-ジで、その数は2000を超えていました。
 
お陰でようやく「もう一度前を向いてみよう」と次に進める気になったのです。でも誰もが羨むそのサッカ-人生が決して順風満帆だったわけではありません。
 
中学3年の秋、父親を亡くし、進学予定だった地元の私立強豪校をあきらめ、お金の掛からない寮のあるサンフレッチェ広島ユ-スを選びました。そしてその後は左ひざの靭帯を切り、その直後エコノミ-症候群にも掛かったり、鎖骨の骨折、失明の恐れがあるブドウ膜炎など、度重なるケガや病気に悩まされたのです。
 
そんなくじけそうになった時、自分なりに努力して乗り越えてきたのですが、そればかりではなく、ユ-ス時代、洗剤などがぎっしりと詰まった送り続けてくれた母や、後に奥さんとなる映己子さん、またトレ-ナ-、医師、チ-ムメ-ト、ライバル、サポ-タ-など、多くの人たちに支えられて今日があるわけです。
 
またザッケロ-ニ監督になってからでも、初出場の昨年の韓国戦、右腕を骨折し、ピッチに立てないままリハビリに励んでいる現在です。このように災難続きのようですが「自分はひとりじゃない」と思えば、少しも不安や焦りはないとのことです。
 
以前にもこの欄で触れた駒野選手ですが、無縁社会と呼ばれるような今日に、やはり人の繋がりの大切さを知らされる話です。「自分はひとりじゃない」と思えば、もっと前向きに明るく生きていけるのではないでしょうか。
 
一昨日の講演でも、故林家三平師匠の遺言が紹介されていました。「明るく元気で一生懸命」やはりこれですね。

2011.02.09

アルツハイマ- No.1953

日曜日の昼間、暇にまかせてテレビのスイッチをつけていると、アルツハイマ-の病を扱ったドラマをやっていました。萬田久子さん演じる「あの海を忘れない」という、若年性アルツハイマ-病を支える物語です。
 
少し年上の恋人を持つ息子は、ある日おかしな言動をいろいろと繰り返す母親の姿に直面します。アルツハイマ-らしきその事実を、なかなか受け入れることのできない心の葛藤に悩まされながらも、終いには恋人に別れを告げ、母親と一緒に住んでその面倒を看ることを決心します。
 
12歳も年上とあってその訳も聞き出せないまま、理由も知らされず離れることになった年上の恋人は、やがてその事実を知り、共に支えていきたいと決意して二人で母親の面倒を看ることになります。
 
こうした幸せの矢先に潜んでいた、アルツハイマ-という現実の問題を若村麻由美さんたち、出演者の熱演で視聴者に問い掛けていたドラマでした。
 
まさにそれはこれからの高齢化時代を暗示しているようで、自分達が直面した場合、どう対処していくのか、考えさせられることが少なくなかったように思えます。
 
アルツハイマ-とは脳の神経細胞が減るために起こるもので、患者の多くが65歳以上の老人性アルツハイマーであるのに対して、40代~50代に発症するのが若年性アルツハイマーと呼ばれています。
 
これは痴呆の症状を伴う病ですが、詳しい原因は未だに解らず、完治に至る薬や治療法は十分解明されていないとのことです。ただ伝えられるところによると、かかりにくくなる要素として次の3つが予防効果として認められているとのことです。
 
① 1回20分以上の有酸素運動を週に2回以上行うこと
② 話し相手を持ち、会話を努めて行うこと
③ 生活習慣病にならない食生活を心がけること

 
またこのアルツハイマ-にはだれでもなる可能性はあると言います。そう言えば、私も以前に比べて人の名前が直ぐ出てこなかったり、なかなか思い出せない言葉や事柄がぐっと増えたような気がします。気をつけなくてはいけないものです。
 
昨日の夜も法人会5支部新年合同研修会があり、講師の漫才師・林家カレ-子さんが、やはりボケ防止で次の4つを挙げていました。①一生懸命に歩く ②社会参加をする ③生涯学習 と、やはり同様なことのように思えます。
 
そして4つ目に挙げたのが「帽子をかぶる」ということです。ボケ帽子(防止)...お後がよろしいようで。

2011.02.08

家族の後押し No.1952

プロ野球のキャンプが始まり、今年は斎藤佑ちゃんが人気を独占しているようですが、もう一人の国民的ヒ-ロ-、ゴルフ界のアイドル・石川遼君について少し触れてみたいと思います。
 
ご存知の通り、今年も彼が最もあこがれているゴルフの祭典、マスタ-ズト-ナメントから招待状が届きました。何しろこの招待がなければどんな実力者だろうと、一切出場できないわけですから夢の祭典とも言われる所以です。
 
これに向け、本番前6試合のアメリカツア-出場の為、先週末早々にアメリカへと飛び立っていきました。ですから4月のマスタ-ズまではアメリカに滞在し、腕を磨きながら本番に備えるわけです。
 
このマスタ-ズへの思いは私たちの想像をはるかに超えるくらい、強いものがあるようです。何しろ高校時代、プロ転向を促したときも、父親の反対があったものの、マスタ-ズで勝ちたいから早く上手くなりたいとの思いで、必死になって懇願したとのことです。
 
これは最近、父親の勝美さんが講演会で明かしたらしいのですが、他にも親子の知られざるエピソ-ドが紹介されていました。それによると、インタビューの受け答えやスピーチに定評のある彼も、小さな頃から母親より読み聞かされたイソップ童話や、「野菊の墓」「伊豆の踊り子」などの本を読んだことにより養われたのではないかと言われます。
 
また、ねづっちではないのですが、親子の間でなぞかけが盛んに行われていたようです。「~とかけて、~ととく、その心は?」といった繰り返しが、人の心を捉える言葉を生み出していったのでしょうか。
 
また遼君の初ラウンドは小2のとき矢板CCで赤ティから134。でも小3では82、83くらいで回ってくるようになったとのことです。そして日本のトップクラスに上り詰めた今でも一番怖いのがこの父親で、また一番尊敬している存在だとも言われています。
 
中日クラウンズ最終日に驚異的な58というスコアを出したのも、「そんなパットをしていたら、お前のファンは減るぞ」と、この父親が一喝したことから始まったのは有名なエピソードです。
 
とにかく、2年連続という予選落ちを経験して、3度目の正直と挑む今年のマスタ-ズです。もちろん、ここまで来れたのも、この素晴らしい家族の後押しがあったからこそのことですが、さらにもう一押ししてもらい、いつの日か日本人初の夢の扉を開いてもらいたいものです。
 
月曜の早朝にアメリカから送られてくる画像に、日本人が誰もいないのはとても寂しいことです。先日のサッカ-のアジアカップ同様、日本人の多くが寝不足になるような日が来るのを是非願いたいものです。

2011.02.07

失敗を怖れるな No.1951

大相撲の春場所が中止となりました。やはりしっかりと疑惑を解明してからでないと、ファンを惹きつけることはできないでしょう。その信頼を取り戻すことが何よりも先決です。
 
また当初の予想通り、名古屋では河村陣営の圧倒的な勝利となりました。市民目線に立って、今までにないやり方での施政が求められているのでしょう。これで東国原前知事の去就が見ものです。
 
さて世界の建築家・安藤忠雄さんが新聞に次のように書かれていました。その要約を紹介しますが、かなり的を得た見識に、これからの時代、真剣に考えていかなければいけないことのような気がします。
 
失敗を乗り越える力を持てというメッセージを贈って、現在の若者たちに、そのどっぷりと浸かっているぬるま湯から抜け出よと、以下のように言い放っていました。
 
笑えない話ですが、外出先で具合の悪くなっているおじいさんが若い人に助けを求めた。おなかが痛い、心臓が苦しいと言ったら、「ああ、そうですか。頑張ってください」とだけ言って、その場から立ち去ってしまったそうです。

そんなバカなと思いましたが、それだけ今の若者は他者に対して無関心で、普段から余計なことには関わらないようにしながら生きているということでしょう。

だから人の命にかかわるようなことが目の前で起こっていても、その場から遠ざかることしかできない。それというのも団塊世代にあたる、今の若者の親たちが、子どもには失敗のない人生を送って欲しいという思いから、過保護に育ててきたことが原因ではないかと思います。

(中略)私は数年前に、東大の入学式で祝辞を頼まれて出席した時、絶望的な気持ちになりました。東大では3000人の入学生に対して、保護者が6000人来るんですよ。

「これから懸命に学んで自立していけ」と、親が子どもから手を離す時なのにいつまでも一緒にいる。私は2階席にぎっしりと並んでいる親たちに向かって「今日は子どもの自立の日だから、2階席の方は出て行ってください」と言いました。(笑)

若い人は失敗を怖がりますが、それは、生まれてからずっと過保護に育てられ、与えられた道の上だけを歩んできたからです。自分はぬるま湯につかってきたんだと気付かなければなりません。

 
仕事は、失敗してそれを克服するから面白いのです。仕事力とは「失敗を乗り越える能力」のことですから。
 
安藤忠雄さんはこう言って、日本の元気のない現状を残念に思い、何とかできないものかと焦りさえ感じています。でも日本人の底力は決してこんなものではないと、最後に付け加えられていました。
 
言われるとおり、10人のうちの1人でも2人でも、自分がぬるま湯につかっていることに気付いて、そこから抜け出す努力をして欲しいものです。何しろ、これからのニッポン、そうした若い人の力に支えられていくしかないわけですから...

2011.02.04

八百長に揺れる大相撲 No.1950

節分も過ぎ、暦の上では今日から春です。昨日のニュ-スでは、あちこちの神社で豆を撒く著名人が紹介されていました。そんな中、横綱・白鵬関などお相撲さんの姿も少なくありませんでした。
 
この相撲界にまた一大事が生じてしまいました。八百長相撲をほのめかせるメ-ルの内容が暴かれたのです。伝えるところによると、この疑惑は先の野球賭博問題で、関係者から押収された携帯電話に残っていたことから浮上したものです。
 
そして今日のニュ-スでは名前の挙がった力士のうち、既に3人がその関与を認めたというのです。こうなると相撲の世界では、八百長が実際に行われていたということになります。
 
以前からその疑惑は週刊誌等で大きく騒がれていました。当時現役の力士だった板井さんなどの証言もありましたが、協会はその都度、事実無根として一切認めず、何らとり合いませんでした。
 
それが今回で根本から崩れ去ったのです。さあ、この先どうなっていくのでしょうか。ところでこの相撲協会は財団法人として、法人税等免除の優遇を受けているわけですが、それも公益法人として認められていたからです。
 
たまたま昨日も所属する沼津法人会が、新公益法人化に向けて動き出していることから、委員会とそのセミナ-が開かれ出席してきました。セミナ-によると、平成20年12月1日に公益法人制度改革関連3法というものが施行され、財団法人や社団法人が今までの制度から、新しい形に生まれ変わらなければなりません。
 
それは天下りの優遇などを抱える一部法人の体質や、無駄な税制の見直しを図る意味で行われるものですが、公益性を認められるのには18の厳しい基準をクリヤ-していかなければなりません。
 
そしてその認可をとりつけ、平成25年11月30日までに移行していかないと強制解散となり、いかなる財産も没収ということになるわけです。こうした意味からも、財団法人として今までぬくぬくとその温床に浸っていた相撲協会も、他人事ではないはずです。
 
こうした膿をすっかり取り払い、我田引水の甘やかされた体質を改め、万人に認められる公益性を証明しないと、新たな公益財団法人に移行できないからです。
 
もっとも、日本の国技としても位置付けられていることゆえ、お取り潰しにはならないでしょうが、多くの同様な団体からの監視の目もあることから、ごまかしはできないはずです。
 
改めてここでしっかりと襟を正し、外部の監査人を交えた新たな組織で、協会を立て直していかなければならないものと思います。
 
それにしても、今回の事件から、自分の携帯で一度は消したはずのメ-ルの内容が、実際には復元できることを初めて知りました。悪いことはできないものですね。

2011.02.03

ちょっと良い話part71 No.1949

またまた、ちょっと良い話を見つけましたので紹介します。おばあちゃんの緊急電話という、NTT西日本のコミュニケ-ション大賞に選ばれた、グランプリ作品ですが長文のため途中一部省略してあります。
 
彼に初めておばあちゃんを紹介されたのは、十九になる春だった。玄関先で出迎えてくれたおばあちゃんに挨拶した。明治生まれのおばあちゃんは、思っていたよりずっと大柄で、体格のいい彼はおばあちゃん似だと思った。おばあちゃんは、「チヅルはんと言うんか。」と、ニコニコして言った。

「いえ、チヅコです。」と、訂正したが、それを無視するかのように、おばあちゃんは中へ入ってしまった。きょとんとしている私に、彼が「気にしないで。」と、二階へ案内した。

彼とは同学年で、級友を通じて知り合い、お互い恋が芽生えて交際するようになった。油絵を描く彼と芸術的な雰囲気に包まれて談笑していると、突如バタンと戸が開けられた。驚いて振り向くと、おばあちゃんが小さなお盆を両手に持って仁王立ちで立っていた。お盆の上には、ティーバッグのひもが垂れたカップが二個載せられている。

「バァちゃん、唯でさえ脚が悪いのに…。」彼がおばあちゃんを気遣った。目の前に並べられたカップのソーサーには紅茶がかなり零れていた。おばあちゃんが階段の手すりを掴まりながら持って来てくれたと思うと、申し訳なく思ったが、とても嬉しかった。疲れ果てたおばあちゃんはへなへなと座り込み、私が帰るまでそこに座っていた。

「バァちゃん、よっぽど嬉しかったんやなぁ。オレの家、誰も来んからなぁ。お客さんが嬉しんや。バァちゃん、オレがおらんかったら、いつも独りぼっちやからなぁ。」彼が送ってくれながら言った。 

「じゃあ、私、ちょくちょく遊びに来るわ。」 それからというもの、私は頻繁におばあちゃんに会いに行った。クッキーを焼いたり、ケーキを作っては持って行った。おばあちゃんは、その都度、私の手を握って同じ昔話をした。私はそれをフンフンと、何十回も頷いて聞いた。

おばあちゃんは夫を早くに亡くし、残された二人の幼子を女手一つで育て上げてきた。行商から始め、田舎から大阪に出て、うどん店を持つまでになった。孫ができてからは、引退し、子守をするようになった。彼の両親は、おばあちゃんの後を継いで、その店を切り盛りしている。

そんな話を聞き、カギッ子として育った私は、おばあちゃん子で育った彼を少し羨ましく思った。おばあちゃんは、相変わらず私を「チヅルはん」と呼び、孫のように可愛がってくれた。

しかし、一年ほどして彼と私は、別れた。些細な事で喧嘩するようになり、彼への不満が募っていた。社会人として働き出した私の目に、彼が幼く見えた。 それから瞬く間に一年が過ぎた初冬、突然、おばあちゃんから電話が掛かってきた。

「剛士が交通事故や。病院は、○△や。直ぐに行ったって!」「えっ!? でも私、もう一年も前に別れてるし……。」 私の言葉を打ち消すように、おばあちゃんはガチャンと電話を切った。

一瞬、迷った。久し振りに聞くおばあちゃんの声。初めて聞くおばあちゃんのドスの利いた声……ただ事ではない。逆らえない……。命令されるまま、病院へ行った。

CTスキャンの台に乗せられ、全身を調べられている彼を見た。幸い、命に別状なく、左足骨折、一ヶ月の入院と診断された。私の姿を見て驚いている彼に、事情を説明した。彼は素直に喜んでいた。そして、何度電話をしようと思い、受話器を取った事かと、打ち明けてくれた。

私たちは、自然にこの一年間の空白が無かったように、普通に喋っていた。私は、彼が退院するまで毎日見舞い、おばあちゃんにも会いに行った。「おばあちゃんの迫力には負けたわ。おばあちゃん、カッコイー!」

「そうか。」おばあちゃんは笑っていた。私は、よたよたと頼りなげに歩くおばあちゃんの後ろ姿を見ながら、イザという時の明治女の気骨を見たように思った。それから半年、またいきなり、「嫁に来えへんか。」おばあちゃんからプロポーズされた。

私の横にいた彼の方がびっくりしていた。「オレより先に言うなよ。」 でも、私は返事した。「はい。」 こうして私は彼の元に嫁ぎ、今年で三十年になる。

おばあちゃんは、私が嫁いだ二年後、ひ孫の顔を見て天国へ旅立った。おばあちゃんがあの時、緊急電話をくれなかったら、今の私の幸せはなかったように思う。ありがとう、おばあちゃん。

 
二人の恋のキュ-ピットがこのおばあちゃんだったわけです。紅白出場からまたまた注目を浴びている「トイレの神様」もそうですが、私たちは先人から教わることが少なくありません。そういった意味からも、もっとその方たちの力を引き出せるよう、人に優しい社会を築いていきたいものです。

2011.02.02

春の訪れ No.1948

早いもので1月はもう過ぎてしまいました。厳しい大雪で日本海側は大変なことになっていますが、比較的恵まれている太平洋側では、そろそろ春の訪れを感じさせる話題が出てきています。
 
1つはプロ野球のキャンプが昨日から始まったことです。多くの球団が押し寄せるキャンプ地・沖縄では、斎藤佑ちゃん効果で大いに盛り上がっていますが、所属する日本ハムが沖縄県内に及ぼす経済効果は、何と例年の2~3倍の約15億円とも言われています。
 
たった一人の加入でこうも違うものでしょうか。凄いものです。大事に育てていきたいものです。そしてもう1つの話題は、春は選抜からと言われているとおり、選抜高校野球の出場校が決まったことです。
 
我が県でも今年は出場校が1つ決まりましたので、大会が楽しみです。そんな中、何と創部1年目で全員が1年生という、岡山代表の創志学園が選抜出場を果たしました。
 
文句なしの史上最速でのスピ-ド出場なのですが、それでは野球学校と言われる、それだけを目指して来た学校ではないかと思われがちですが、どうやらそうでもないみたいです。
 
その歴史は1884年創立と古く、ずっと女子校だった伝統校とのことです。そして2010年に普通科ができたことにより野球部を創設し、部員は中学時代無名の選手ばかりだったそうですが、猛練習に耐えた結果、昨秋の中国大会で準優勝を果たしたのです。
 
このチ-ムの監督が96年のアトランタ五輪で、女子ソフトボール日本代表のヘッドコーチを務めた長沢さんという方です。この人は2005年にも当時監督だった鹿児島の神村学園でも、やはり創部3年目で選抜準優勝という、輝かしい成績を収めています。
 
やはりそれなりの手腕を持っているものと思われます。そしてこの創志学園は学校のグランドが対角線50メートルしかない狭いグランドだと言われています。ですから野球漬けの恵まれた環境ではなく、練習環境のハンデを克服したとも言えるわけです。
 
また打撃マシンもないとのことですが、もう1校、21世紀枠で選ばれた秋田・大館鳳鳴高校と併せ、決して練習環境の善し悪しだけではないことを感じさせます。
 
創立113年目を迎える伝統校である大館鳳鳴高は、平日の練習は午後7時までで、短い時間でも練習を工夫しながら文武両道を実践してきた学校だと伝えられています。また雪の深い地域ですから、冬の間は除雪ボランティアにも励んでいる姿が評価されたと言われています。
 
こう聞くと、同じような環境にある我が母校など、練習は同じように短いかもしれませんが、グランドは広く打撃マシンもあります。それに冬の間でも雪がほとんど降らないわけですから、ずっと環境には恵まれているとも言えるのではないでしょうか。
 
こうした意味からも、母校も他山の石とはせず、創意工夫を持って躍進してもらいたいものです。またそれを願っている人たちが少ないだけに、自覚を持って是非前向きに取り組んでいってもらいたいものです。

2011.02.01

中学生の発明 No.1947

過日のテレビで、中学生が発明した装置が東京・築地市場で使用されているのが紹介されていました。ご存知のように、この築地市場内は混雑している為、その接触事故が頻繁に起こり、少しでもそれを防ぎたいということからです。
  
この装置は馬のひづめを思わせるようなもので、音の出るものですが、当時中学生だった藤原君という子が発明しました。使用後、市場関係者での評判は上々で悪くないということです。
 
多くの人たちや車が往来する築地市場では、荷物の運搬に小型運搬自動車が使われています。そして問題となっているのはこの新型タイプで、二酸化炭素削減の為、ガソリンから電動式に変えましたが、唯一の難点はこの電動車がほとんど音がしないことです。
 
このため、歩行者が車に気がつかず、車との接触事故が頻発しているというのです。発明装置は元々低速走行で音の小さいハイブリッド車用に考えられたものです。
 
タイヤの遠心力を利用し、回転することで、中の玉が動いてカチャカチャと音が鳴り、高速回転になると、玉が外側に張りつき、音が出なくなるという仕組みです。
 
市場で使われているのは、これが少し進化して、棒のようなものをひし形のような形に直し、小型運搬車用に改良したものです。
 
また音も分かりやすく特徴的なもので、取付もタイヤにはめ込むだけという簡単なものになっています。その結果、関係者の間でも評判は良く、今までの音楽によるものより、ずっと効果的だと言われています。
 
それでも発明した当事者本人は、満足し切ってはいない様子で、テスト段階のためこの先どうなるか複雑な思いでいるようで、既にもっと先を見据えているとのことです。
 
なかなか頼もしい話ではないでしょうか。こういった若い人たちの中に、新しい物を生み出す動きがあるのは何よりも心強いことです。
 
必要は発明の母である」とも言われています。若い世代にこのような人がどんどんと出てくれば、暗いニッポン、もう少しが明るく生まれ変わることができるのではないでしょうか。

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