社長の三行日記

2011.06.30

褒めるのか、叱るのか No.2036

褒めて伸ばすのか、また叱って鍛えるのか、教育や指導についてはいろいろと考えさせられるものです。特派員メモとして、新聞にもアメリカの日本との違いについて、触れていました。
 
それによると、特派員の中学生の息子が地元の野球チ-ムに入っているそうですが、アメリカでは良いところを見つけて、盛んに褒めようとしているところが見られているとのことです。
 
やはり日本同様、親たちも熱心で一緒に応援するのですが、ちょっとその応援風景に違いがあるようです。ヒットやファインプレ-にはもちろん大歓声なのですが、空振りでも「グッド・スイング!}。またエラ-した子に対しても「グッド・トライ!」と叫んでいるのです。
 
思わず笑ってしまったそうですが、やはりお国柄の違いなのでしょうか。この特派員も同じように書かれていましたが、かつて私も高校まで野球をやっていて、指導者である監督から褒められたような記憶はほとんどありません。
 
褒められるどころか、怒声を浴びせられたり、顔も見られないような態度に出会ったのは、しょっちゅうです。従って正直、現役当時、野球をやっていても楽しかったという記憶があまりなかったくらいです。
 
ですから監督の顔を見るのが嫌で、練習が始まってから、その途中で登場する時間がたまらなく嫌だったことをよく憶えています。でも今となっては良い思い出で、かつての監督であり恩師に当たる方とも、今では一緒に酒を酌み交わしたり、一昨年は尾瀬へのハイキングなどにも出掛けるほどです。
 
しかし、こうして歳を喰ったからこそ、分かり合えることなのですが、現役当時はそうはいきません。今になって考えてみると、もう少し褒められるというところまでは行かなくても、せめてあまりうるさく、ガミガミ言われない方がのびのびと、できたのではないかと思うことがよくあります。
 
本当に才能のある、野球漬けになっても大丈夫な選手には、事細かくうるさく言っても這い上がってこれるでしょう。でもそこそこの人間で、精神的にもあまり強くないような選手には、萎縮してしまって、かえって逆効果のような気がします。
 
ですから、対する人それぞれなのでしょう。でも指導者の方の苦労を思えば、そんなこともなかなか言えないかもしれません。甘やかすとつけ上がったり、辛抱や努力ができなくなる人間もいるからです。
 
このように、なかなか人を育てるということは難しいものです。ただ、これだけは言えると思うのですが、人は褒められると、とても嬉しくなるものです。ですから5つ怒られる中に、1つぐらい良いところを見つけて指摘してやるのもよいかもしれませんね。

2011.06.29

言葉は大切に No.2035

残り少ない日々、言葉は大切に」という、ちょっと身につまされるような投稿文を読みましたので、紹介させていただきます。
 
珍しく夫が私のジャケットを褒めてくれた。それも、洗濯を終えてハンガ-につるしたときにである。「京都の着物のような柄でとてもいいよ。センスがいいね」だって。「着ているときにそれを言ってよ」と言って大笑いした。

夫の言うとおり縮緬柄。でも正絹ではなく、ポリエステル100%の安物である。手触りと柄は本物そっくりで高価に見えるため、外出の時にはインナ-を替えて楽しんだ。

夫は老妻が日常どんなものを着ているかなど気にもしていないだろうと思っていたのに、ちゃんと目にとめていたのか、と嬉しかった。

お互いに高齢者。残された日々の言葉も限られてくる。いたわり励まし合うためにこそ言葉は使いたい。物忘れが進んでも「ありがとう」「おしあわせに」だけは覚えていたい。

今朝も趣味の山に出かける夫に、私は「ヨッ、万年青年、気をつけて行ってらっしゃい」と声をかけた。

 
何とも、ほのぼのした夫婦の情感が伝わってきます。糟糠の妻という言葉があります。永年苦労して連れ添ったくれた妻のことを、そう呼ぶそうです。
 
投稿文のような、とても円熟した域にまで達してはいない当方ですが、教えられるところは少なくありません。まずお互い相手に関心を持つ会話についてです。
 
上記のように、相手がどんな出で立ちなのか、まず関心を持つことはもちろんですが、相手の変化に対しても見逃してはなりません。
 
例えば美容院に行って髪をきれいにしてきた後とか、目新しい料理を作ってくれたときの、こちらの対応についてです。まず気がついたら声に出して伝えなければなりません。
 
それが男というものは、気がついていてもなかなか口には出さないものです。永年連れ添っている、テレみたいなものがあるためでしょうか。「おお、ちょっと今日は綺麗だな」と思っていても、重い口が開きません。
 
これがまずいのですね。口に出さなくても、相手は分かってくれているだろうという思いは大間違いなのです。お相手はやはり、私には無関心なのだと思うしかないのです。
 
こちらはまだまだ、残り少ないというほどではないにしても、「いつまであると思うな、親と金」ではないのですが、我慢して連れ添ってもらっている間に、そろそろ、こちらも今までの習慣を改めなければなりません。
 
言葉に出しながら、ちょっとした気遣いをみせる、例えば親しき仲にも「ありがとう」という言葉を掛け合うことなどが、夫婦円満の秘訣ではないでしょうか。反省すること然りです。

2011.06.28

世界遺産登録 No.2034

小笠原と平泉が世界遺産に登録されました。人類の至宝とも呼ばれる、この世界遺産への登録は本当に喜ばしいことです。
 
2つのうち、小笠原はまだ一度も訪れたことがありませんが、平泉にはここ4~5年で2回ほど行かせていただきました。まず代表するのは何と言っても中尊寺です。金色堂でよく知られた中尊寺ですが、平安時代の後期、約百年続いた奥州藤原氏の初代、藤原清衡(きよひら)が建立したと言われているお寺です。
 
奥の細道で知られた俳人・松尾芭蕉の詠んだ、「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」という句も、ちょうど今頃の時期、草いきれの高台に立ち、この地で非業の死を遂げた源義経らを偲んで生まれたとも言われています。
 
またこの中尊寺には3000点以上の国宝・重要文化財があり、今日まで私たちに守り伝えているとのことです。きらびやかな金色堂を除き、この中尊寺からは何とも言えない、東北の落ち着いた厳かな雰囲気が伝わってくるものです。
 
それからもう少し足を延ばすと、やはり素敵な毛越寺(もうつうじ)というお寺があります。越という字はつうとは読みませんが、”おつ”と読むことから、もうおつじとなり、それが”もうつじ”、”もうつうじ”と変わっていたようです。

毛越寺にある浄土庭園と呼ばれる庭園には、とても癒されたものです。大泉が池という、真ん中に位置する池に船が浮かべられていて、当時の平安衣装を纏った人たちが、池の向かい側まで優雅に漕ぎ出していました。
 
またその周囲には築山や州浜のようなものが設けられ、池に注ぐ小さなせせらぎには、句をしたためた色紙をそっと浮かべていたものです。ですから、ほとんど平安時代そのもののような雰囲気にさせて頂いたのが強く記憶に残っています。
 
こうした極楽浄土の世界を表現したと思われる庭園なのですが、やはり当時の3代続いたと言われる藤原氏の力が強かったのでしょう。それが義経と親しくなったばっかりに、源頼朝の怒りに触れ、滅亡への道を辿ってしまったのです。
 
そうした栄枯盛衰が、後にこの地を訪れた俳聖・松尾芭蕉の心に止まって、あのような名句が生まれたのではないでしょうか。とにかく一見には十分値する、素晴らしい地域です。是非これを良い機会として、被災地・東北振興に役立つことを何よりも願うものです。
 
また船で片道25時間半という、半端な距離ではない楽園・小笠原の地にも、是非一度は訪れてみたいと思っています。併せて固有種保全の為、外来種の持込禁止を貫くこの地が、今同様、いつまでも美しい自然遺産のままでいることを願っています。

2011.06.27

夏に向けて No.2033

高校野球夏の県大会の組み合わせが決まりました。我が方は16日の1回戦で浜松日体と当たります。島田球場で1回戦とは朝早く、選手にとっては少し厳しいものですが、そんなことも言っていられないでしょう。
 
この沼津東高野球部壮行会が、昨晩、保護者会主催により地元ホテルで開かれました。例年恒例となっているものですが、OB会からも代表の挨拶ということで、一言激励の言葉を述べさせていただきました。
 
まず年々出席するたびに思うことが、その規模がどんどんと膨らんでいることです。何しろ女子マネ-ジャ-を含んで、総勢48名の大所帯なのです。それにほとんど両親が加わっていることから、会場もそれなりの広さがなければ開くことができなくなっているのです。
 
3つほど激励の言葉を贈りました。まず自分の学校にプライドを持ちなさいということです。我が校は野球ばかり長時間やっているような学校ではありません。通常では19時半には完全下校となるような、もっと練習をやりたくても叶いません。
 
ですから練習量からしたら、強豪と呼ばれるチ-ムの比ではありません。それがいざ本番を迎えると、そうしたチ-ムに対しても、そこそこの試合になります。近年でも静岡学園、またその前には常葉菊川、そして創立100周年の時までさかのぼると、東海大翔洋との試合でも、あわやと思わせるゲ-ムにもなりました。
 
それは何なのでしょうか。やはりただ負けるわけにはいかないといった、学校としてのプライドがそうさせているのではないでしょうか。また戦後間もなくと言っても、かつては甲子園にも出場し、50年ぐらい前までは常に県下でも指折りのチ-ムとして、名を知られていた伝統の強さかもしれません。
 
それから”あきらめない”ということを言わさせていただきました。最近の若者の傾向としてはあきらめが早いところがあります。野球でも自分の判断で勝手に読んでしまうところが見られます。サッカ-のような時間に支配されているのならまだしも、野球は9回2死を取られても何が起こるか判りません。
 
それだけに最後まであきらめず、必死で喰らいついていくことです。そして高校野球の経験者なら誰しも感ずることなのですが、練習が辛くあれだけ嫌だった高校野球がもうやれないと思うと、その寂しさは半端なものではありません。
 
ですから1日でも長く、この高校野球をやり続けていてもらいたいと望みました。近年、我が県の野球レベルは以前ほど地域差や学校差がなくなっているように思えます。
 
ですがこの暑い中、6回も7回も勝ち続けていくのは、かなりしんどいことでもあります。勝負は時の運、また勝ち続けていくうちに、一戦一戦力をつけていくこともあります。それだけに、私たちOBのみならず、同窓生全員が待ち望んでいる悲願達成を是非、後輩達に託したいと思っています。

2011.06.24

日本がめざす節電とは No.2032

未曾有の大災害のあと、日本中で節電が叫ばれています。今まで我が国では、ずいぶんと電気の無駄使いが行われてきました。そういった意味では大変意義あることと思われますが、ただ節電、節電と叫ばれていて、その目的が明確ではないような気がします。
 
何と言っても一番の目的は、ピ-ク電力を抑えることにあります。これから暑い夏に向け、電力の消費はどんどんと増すことになるでしょう。そのときを迎えたとき、私たちが今までどおりに電気を使っていたら、その使用量は供給量を上回ることになります。
 
こうなったらどうなるでしょう。当然、供給先の電力会社からは送電がストップし、停電となり、私たちは電気を使えなくなるのです。これが一番怖れることなのです。
 
こうならない為の節電を呼び掛けているのですが、いつの間にか、何でもかんでも節電という世の中の動きになってきました。こうしてそこまではやらなくてもよいものまで、必要のない所まで電気の需要を抑えるようになってきました。
 
例えば一般道路のトンネルの中は真っ暗です。また通常の道路の街路灯まで消されているため、先日のように夜、横断歩道を渡っていた老人に気が付かず、トラックがはねてしまったという、痛ましい事故まで起きています。
 
そしてもう一つ、何でもかんでも電気を使わなくなってしまったら、供給先の電力会社はどうなるのでしょう。電気を売って営業しているわけですから、当然その営業収入は減ることになります。
 
そしたら今一番騒がれている東京電力など、どうなるのでしょうか。つい先日、避難住民に対する原発の被害補償に一人当たり12万円の支給などが決まりました。それだけで1000億円近い金が必要となってくるのです。
 
もちろん他のいろいろな補償を考えたら、とても東電一社だけでは対応はできないものでしょう。従って国のバックアップがあると言っても、企業ですから採算が合わないときは当然、その売り価格に反映させなければなりません。
 
こうして私たちが一番嫌がる、電気量の値上げに繋がっていくのです。私はだからと言って決して東電の肩を持っているわけではありません。東電が企業として存続していく上には、やはり採算ということを考えなければいけなくなり、電気が売れなければ原料高の影響もあって、高くせざるを得なくなるからです。
 
ですから目指すべきものはただ一つ、夏のピ-ク電力を抑えることにあるわけです。このためにエアコンの使用をやめるとか、それぞれの明確な課題が出てくるわけです。その目標が明確でないと、やっぱり暑いからと言って、みんなが一斉に使い始めたら今まで節電してきた意味がなくなってしまいます。
 
これでは全く本末転倒な話になってしまうわけです。自分たちのことで精一杯に見える政府も、もっと国民に、こうした意味を解りやすく説明する必要があると思うのですが...

2011.06.23

マキロイの強さの秘密 No.2031

今週もあまりはっきりしない天気でパッとしませんね。今朝も東北では震度5弱の地震がありました。なぜ東北だけと、本当に気の毒になってしまいますが、早く一連の動きが収束してもらいたいものです。
 
さて先日全米オ-プンに勝った、ロリー・マキロイ選手の記事を少し読みました。こちらはちょっと勘違いしていたのですが、記事からとても裕福な家に生まれついたわけではないことを知りました。
 
彼を支えてきたのは、何と言っても両親でした。父のジェリーは自宅近くのハリウッドGC(北アイルランド)で、午前中はクラブの掃除、夕方はバーテンダー、さらに夜はバーの裏方を務めるなど、3つの仕事を掛け持ちしていました。
 
そして母のロージーは近所の工場で夜勤に従事し、1歳でゴルフクラブを握った息子のために、日々懸命に働いてきたそうです。ですから母は毎日夜遅くまで働いているし、父も仕事でほとんど家に居なかったため、彼は日本で言う、かぎっ子だったかもしれません。
 
でもそんな両親が、マキロイのゴルフについては、とやかく何も言うことはありませんでした。ですから彼が「今日の優勝は、両親のおかげ。ここにいる父と母国で優勝を見守ってくれた母にこの栄冠を捧げたい」と何を差し置いても言うわけです。
 
私のような門外漢が考えるに、普通幼少の頃からゴルフをやっていると言えば、誰しも裕福な家に生まれ育っているからだと思います。でも現実には違っていて、ハングリ-な部分も潜んでいるのですね。
 
ある意味では、両親が小さな頃から自分の子どもに秘めたものを見抜いていたとも言えるわけです。そしてそれを伸ばす為に、苦労も厭わず頑張り抜いてきたのでしょうね。
 
やはり子を思う親の心には凄いものがあるものです。日本の石川遼君だって同様なことが言えるのではないでしょうか。ただ二人を比べた場合、違うのは修羅場を潜った経験の差ではないでしょうか。
 
マキロイ選手は今年、マスタ-ズの3日目を終わって2位に4打差をつけて、一番優勝に近い位置にいました。それが守ろうとして攻撃性を潜めたのか、最終日に80を叩いて、優勝から遠く圏外の結果となってしまいました。
 
この経験が今回に大きく活かされています。あれだけリ-ドを保っていても、攻め続ける姿勢を貫き、逆に2位に大差をつける記録まで狙っていたと言います。こうした1つの失敗から次に大きく活かしていくことが必要となるわけです。
 
マキロイ選手同様、我らの遼くんもきっといつか成し遂げてくれるものと思っています。それにはただ順風満帆に突き進むだけでなく、たまには大きな壁に当たることもよいかもしれませんね。とにかく若い人の活躍はフレッシュで見応えがあるものです。

2011.06.22

バッテリ- No.2030

球児たちの夏が始まろうとしています。我が県は来月9日からこの熱戦の火蓋が開けられるものですが、被災地でも復旧活動の中、例外でなく、この夏に挑まなければなりません。将来、この甲子園を目指す少年たちの、こんな悲しい出来事が紹介されていました。
 
東日本大震災の大津波で、宮城県石巻市の少年野球団「釜小ヤンキース」の団員2人が死亡し、1人が行方不明になった。投手の沢田佑(たすけ)君(11)=5年生=は震災のショックで同市立釜小から転校し、一時は野球をやめようとした。

思いとどまらせたのは、亡くなった捕手の松川空(そら)君(10)と交わした誓い。「空と一緒に野球をしたい」。沢田君は松川君の分まで野球に打ち込もうと捕手にポジションを換え、白球を追う。

いま、あなたの宝物は何ですか?「バッテリーを組んで、6年生の県大会で優勝しよう」。沢田君と松川君は4年生の時から誓い合っていた。「空は自分が投げたいところにサインを出してくれた」と沢田君が話すように、2人は練習でも学校生活でも息の合った仲間だった。

だが、大津波で松川君と鈴木秀和君(当時6年)が死亡し、島悠菜さん(同)が行方不明になった。沢田君は自宅にいるところを大津波に襲われ、2階に逃げて無事だったが「家が船のように浮かんで400メートルくらい流された。近くの家も流されて周囲は湖みたいになった。怖かった」と振り返る。

震災後、沢田君は「空がいないので野球はできない」と感じ、ボールを遠ざけた。「波が来ない学校に行きたい」と家族に訴え、港から約2キロ離れた母親の職場に近い市立山下小に転校した。

沢田君に再びボールを握らせたのは、松川君だった。松川君の自宅を焼香で訪れた時、松川君の母や祖母から「佑君は空のために野球を続けてね」と言われた。その後、団長からは「みんな生きているんだから頑張ろう」と励まされ、団の練習を再開する方針を伝えられた。

5月1日に行われた松川君の告別式。沢田君は泣くのをこらえながら別れの言葉を振り絞った。「空、元気か。おれは元気だ……。気持ちが切り替わった。空と一緒に野球をしていきます」

沢田君は釜小ヤンキースに戻り、グラウンドでは生き生きとした表情で練習に励む。「野球をしていると、どんな球でも捕ってくれた空のことを思い出す。それでも今は野球ができて楽しい。空の分まで頑張りたい」。沢田君は再び親友と誓った。

 
野球でバッテリ-と言ったら、それこそ捕手が女房役と言われるくらい、切っても切れない仲です。よく少年時代のバッテリ-がそのまま高校、大学と進み、活躍している例も少なくありません。
 
それだけに、この掛け替えのない相棒を失ったショックは半端なものではないはずです。今回の予期せぬ大災害はこんなところにまで影響が及ぼしているのです。でも立ち止まっていては何も変わりません。是非もう一度勇気を奮い立たせ、しっかりと夢の目標に突き進んでもらいたいものです。

2011.06.21

プロ野球交流戦から No.2029

1ヶ月以上に亘るプロ野球の交流戦が終了しました。ソフトバンクが圧倒的な勝率で、セパ交流戦の優勝を飾ったわけですが、毎年、なぜかパリ-グの圧倒的な優位が示される、この交流戦です。
 
今年で7年目を迎えるわけですが、過去の優勝は全てパリ-グで、一度もセの球団が優勝していません。今年の結果も全144試合で、パの78勝57敗9分けだったそうです。
 
この原因はいったい何でしょうか。1つにはパのチームは各球団とも、エ-ス級の投手を2,3人揃えていることです。ざっと眺めただけでも、ソフトバンクには和田、杉内、西武は涌井、帆足、そして日ハムはダルビッシュ、武田勝、また楽天には田中とケガで出場できないがエ-ス岩隈、ロッテは唐川、成瀬と、好投手の役者が揃っています。
 
一方、セリ-グを見渡してみると、安心して任せられる投手が1人ぐらいはいますが、2人以上となるといまいち心もとないものです。
 
こうしたことに加え、2連戦の各カ-ドがいっそうパに後押しをしているように思えます。上記のパリ-グ投手のうち、ソフトバンク・山田を含む8人が何と防御率1点台なのです。これは1試合9イニング換算で2点は取られていないということなのです。
 
それではなぜこのように、好投手がパに集まっているのかというと、セとは違う指名打者制が1つにはその理由に挙げられるのではないでしょうか。
 
この指名打者制では投手はバッタ-ボックスに立たなくてもよいため、セリ-グのように、接戦の土壇場で投手に代打を送って代えなくてもよいからです。ですからその内容がよければ、8回や9回まで投げさせることができます。
 
こうした環境が明日に繋げる、若手投手を育てている原因にもなっているのではないでしょうか。やはり投球機会が多ければ多いほど経験を積めるというものです。
 
それからもう一つ、今シ-ズンから実施されているセパ両リ-グの統一球も、少なからずその要因になっているのではないでしょうか。統一球はご存知のとおり、以前よりボ-ルが飛ばなくなりました。
 
従って打者より投手の方が条件が良くなり、好投手を揃えているパの方が有利とも言えるのです。こうなってくると、セが勝つのには良い投手を揃えて、守りを強化しなければならないということになるわけです。
 
こうした結果からではないでしょうが、セの一部有力チ-ムのご意見番が、必ずしもこの交流戦を評価していないように思えます。例によって、自分のことしか考えない身勝手さからだと思われますが、プロ野球の魅力がこの交流戦により増しているのは事実です。
 
無視すればよいことでしょうが、有力選手を金の力で集めてみたところで、必ずしもその結果に結びついていない現状からも、もっと日本プロ野球の発展という、大きな視点から物事を考えてもらいたいものです。

2011.06.20

高速道路割引制度終了 No.2028

毎日、朝早くからテレビにかじりついて眺めていた全米オ-プンも、22歳のロリー・マキロイが圧勝とも言える、堂々たる優勝を飾って幕を閉じました。何と2位に8打差をつける16アンダ-という、驚異的なスコアで優勝したのです。
 
しかも初日から独走という形でトップを走り続け、とうとう4日間危なげなく完結したのです。一部の人がテレビで全米オ-プンというよりは、全遼オ-プンではないかと皮肉っていたテレビ放送だったかもしれませんが、我らの遼くんも、このマキロイのプレ-を見ていたら、まだまだ課題が少なくないようです。
 
さて昨日の19日で、高速道路の日曜休日上限1000円の特別割引が終わってしまいました。その最終日の昨日は各地、最後の割引でと、だいぶ遠出した車で賑わったようですが、いざ終わってしまうとなると、もう少しその延長を望みたくなるものです。
 
できればこの制度を使って、北陸や新潟の方にまで足を延ばしてみたいと思っていました。何しろ1000円というのは魅力ですからね。この割安感から高速道の各地SAやPAでのレストランや売店は、だいぶ潤ったようです。
 
でも、この廃止財源が東日本大震災支援に回されると聞けば、何にも言えなくなるものです。またこの被災者の方々には、新たに今日から東北道などが無料になる制度が開始されるとのことです。
 
そして中型以上のバスやトラックも同じく無料になるそうです。このことは被災者の便宜が図れるのはもちろん、全国から東北へ向かう観光地振興や支援にも繋がることができます。
 
大変良いことではないでしょうか。振り返ってみれば1000円割引制度を使い、家内の実家はもちろん、その先、高松や松山の道後温泉、そしてしまなみハイウェイまで足を延ばすことができました。
 
そう考えると、この制度がなかったら果たして行けたかどうか、分かりません。ですから、ずいぶんとその恩恵を受けたとも言えるわけです。また先日、小田原に出掛けた際、1年間の無料化社会実験の対象道路となっている箱根新道にも、20日から無料化終了との掲示がありました。
 
もっともこの箱根新道は1ヶ月は有料になるものの、その後はまた無料道路になるそうです。このため、立ち寄った箱根のそばの売店は、ちょうどその日で店じまいとのことでした。
 
有料道路でなくなると、いろいろな補助がなくなるからでしょう。お客様感謝とうたって、その日は割安で食事ができたのですが、長いこと親しまれてきただけに、名物の箱根のそばがなくなるのは寂しいものです。
 
こんなところにも思わぬ余波があるもので、1つの制度が変わることにより、いろいろな人たちに対してそれなりの影響があるものです。

2011.06.17

夢を持ち続ける No.2027

栗城史多さんという若い登山家がいます。夢を持てないという若者や、そんなことができるはずがないと思っている大人の方には、この人の挑戦を是非知ってもらいたいと思っています。
 
栗城さんは世界一高いエベレストで、単独無酸素登頂に挑んでいる方です。また登頂の間でも、自らカメラを回し、極限の状態にいる自分自身の姿を世界へ同時発信しています。
 
そんな前人未到なことに挑む栗城さんでも、かつてはニ-トと呼ばれていて、生きる気力さえ失いかけていたと言います。そんな彼からの、私たちみんなへのメッセ-ジを少し紹介したいと思います。
 
まず山に登ることだけが目的ではないと、次のように語っています。「僕が目指しているのは冒険の共有です。登頂することも大事だけど、それ以上に登るという困難な過程をみんなで共有したい
 
エベレストの単独・無酸素登頂はこれまでに一人しか成し遂げておらず、重さ4キロの送信機を8000m地点まで持っていき、ビデオカメラを回すというのはその労力はもちろんとして、膨大な資金と人力が必要となります。
 
企画の段階から、たくさんの人と出会い、輪が広がっていくのがうれしい。僕がやろうとしていることは、一人じゃできないことだから」。特に山に興味があったわけではなく、高校卒業後は夢も目標もないニ-トでした。
 
そして始めたきっかけも、山好きな彼女にふられたからだと言います。世界第6位のヒマラヤ・チョ・オユ-に登る前、ニ-トや引きこもりの人たちから「登れるわけがない」という、否定的なメッセ-ジが寄せられたそうです。
 
でも一度は頂上手前で断念し掛かりましたが、3日後に再出発、見事頂上を極めた後に、彼らから届くメッセ-ジは否定でもおめでとうでもなく、ただ「ありがとう」というものでした。
 
そして昨年のこのエベレスト挑戦には失敗したものの、決して下を向かず、こんな素適なメッセ-ジを贈ってくれました。「成功の反対は失敗じゃなくて、何もしないことだと思う。”できない”という壁は自分が勝手につくり上げているもの。僕はそんな幻想を打ち破りたい
 
そしてさらに「苦しみは立ち向かうと、さらに苦しくなる。逃げても追っ掛けてくる。だから受け入れるしかない。そして苦しみに感謝する。すべてを受け入れると、うまくいくんです
 
そして「誰もがそれぞれのエベレストを持っているし、生きることそのものが冒険だから」という、栗城さんからの味わい深い言葉です。私たちも「ありがとう」という言葉に、背中を押されて前に進めるような生き方を工夫していきたいものです。

2011.06.15

坂本光司先生講演からその3 No.2026

実践例として、実際に地域から愛される会社をいくつか紹介してみたいと思います。坂本先生の著書「日本で一番大切にしたい会社」とダブるかもしれませんが、やはり愛されている会社はどこか違うものです。
 
まず35もの審査項目をクリヤ-し、日本で一番大切にしたい大賞で100点満点中、99点と堂々の1位が岐阜にある未来工業です。何と800名の社員全員が正社員と言います。また創業以来、46年間赤字なしで一番の低利益率でも5%と聞きます。
 
そして過去10年間で、定年等以外での離職者は全くいません。その定年年齢も70歳で、給与ピ-クが60歳でそれ以後は横ばいだと言われます。また極め付きは年間143日もある休日です。5年に1回は社員全員が海外旅行に行き、4/1入社時から有給休暇が40日もあるという会社です。
 
過日の新聞でも、この素晴らしい会社を紹介していた記事が目に触れました。1日の労働時間は7時間15分、しかも残業は原則禁止です。日本人の律儀さを信じ、ノルマを課さず、制服や作業着もなく、社員の自主性とやる気に最大現任せているというものです。
 
ですから、社長が作ってくれと望んでも、組合もできない会社です。社員の家族の誕生日にまでケ-キを贈り、有名なのはちょっとしたアイディアでも奨励金を支給する社内提案制度です。
 
この制度により、年間の意匠登録件数は、名だたる大企業と肩を並べるほどだと言われています。私もかつてこの会社を見学させてもらえる機会があり、目にしたのは工場中の至るところに掲げられているスロ-ガンです。
 
常に考える」「Always thinking」という言葉を見つけたものです。現在は相談役になっている、実質の創業者でもある山田昭男さんは次のように語っています。
 
休みを与えれば、社員が感動する。また創意工夫して頑張ってくれる」社員の会社行事への参加率は極めて高いと言われます。それだけ会社への社員の心を表わしているのではないでしょうか。
 
山田さんはこの会社を立ち上げる前、劇団を主宰していたと聞きます。やはりそうした斬新なアイディアの持ち主なのでしょう。先の紹介の新聞にも、創業45周年を記念した今年7月の旅行はマレ-シアに行くと載っていました。
 
この行き先である現地でクイズを出し、全問正解した社員には実質1年の休暇が与えられるそうです。何ともユニ-クでモチベ-ションが高められる話ではないでしょうか。やはり人という要素は企業にとって、一番大きいものです。
 
紹介はたった1社だけで終わってしまいましたが、まだまだその他にも素晴らしい会社はあります。また次回紹介させていただきます。
 
明日16日は所用で1日、私は会社を休みますので、カキコミを休まさせていただきます。

2011.06.14

「被災地で何が起こっているのか」報告会より No.2025

一昨日の日曜日の午後、沼津大好き塾という、地元の市会議員が主催する、「被災地で何が起こっているのか」という報告会に出席してまいりました。
 
まず最初に、ここで報告していただいた、三島市会議員の古長谷稔さんという、素晴らしい方を紹介させて下さい。古長谷さんは現在39歳、今年4月に行われた三島市会議員選挙においてはトップ当選を果たした方です。
 
そして現在首相補佐官を務める、民主党・細野豪志議員の以前、公設秘書を務めた方でもありますが、原発停止運動を進める中、細野議員に迷惑が掛かるのを恐れ、自主的に退いたという経歴の持ち主です。
 
こうした経歴やトップ当選うんぬんと聞くと、どっぷりと政治色に浸かっている方かと思われるかもしれませんが、実態は全然違っていて、今回の4月の選挙にしても、震災直後の16日から合計8回に亘る被災地支援で現地に乗り込んでいて、選挙運動など行うことができなかったと聞きます。
 
ご本人の話では、こうした非常事態だから選挙など、とても行なえる状況ではないという判断から、直ちに自分ができることをいうことで動き出したそうです。
 
また2006年に出版した著書「放射能で首都圏消滅」の作者でもありますが、出版当時、人々から見向きもされなかったものが、ここにきて現実に起こっており、俄然注目を集めているとのことです。
 
全体的な話の核としては、著書でも示されているとおり、東海地震が叫ばれている中、一番危険な場所に位置する浜岡原発を何としてでも稼動停止にしなければいけないと訴えていました。
 
現在、浜岡原発は首相の指示により運転は停止したものの、いつでも再稼動できる状態にあります。従って今のような状態では、東日本大地震のような震災に襲われた場合、全く福島と同じ事態を生ずると言われるのです。
 
運転は停止しても圧力容器の中の燃料棒はそのままです。ですから必要なことは原子炉を廃炉にしなくても、圧力容器の中から燃料棒を取り出し、使用済みの燃料プ-ルを作ることが、高さ何mの防潮堤を作ることなどより、何よりも優先しなければいけないと述べていました。
 
また著書を読んだ上で、必要なことは追って紹介していきたいと思っていますが、浜岡原発は起こると想定されている直下型地震であることや、プレ-トの境界で起こっていないのはここだけという事情や、極端に弱い地盤の条件など、重ね合わせれば他に位置する原発とは全く違うということです。
 
こうした古長谷さんの真摯な取り組みを知った以上、その必要性を一人でも多くの人たちに伝えていかなければいけない使命を感じたのは、決して私一人ではなかったものと確信しています。

2011.06.13

ちょっと良い話part78 No.2024

東日本大震災の影響で、就職内定を取り消された福島県の若者が、遠く離れた滋賀県で新たな職場を見つけ、第2の人生を歩き始めた(&という、勇気をもらえる、ちょっと良い話を紹介します。
 
今春高校を卒業したばかりの18歳で、正式採用を目指して実習に励んでいる。夢をあきらめない懸命な姿勢に支援の輪が広がっている。

野洲市のビジネスホテル「セントラルホテル野洲」で実習中の西坂隼人さん。福島県の温泉旅館に就職を予定していたが3月11日に地震で損壊し、閉鎖が決まった。だが、西坂さんは内定を失ってからもホテルで働くことにこだわり続けた。

西坂さんから相談を受けた高校の就職支援員が兄に話をしたところ、兄の親友にホテルの支配人がいることが分かった。兄弟から就職支援の依頼を受けたのが、同ホテルの川口廣治支配人だった。

川口支配人がホテルの経営会社と相談したうえで面接に応じることが決まると、西坂さんは母と妹を置いて宿泊先も決めずに深夜の高速バスに乗り込んだ。4月14日の面接では「お客さんに喜んでもらえる仕事がしたい」との思いを訴えて合格し、翌日から半年間の実習が始まった。

現在はフロント業務や客室清掃などに励む日々で、「地元から離れることになったが、滋賀県ですばらしい人たちと出会えた自分はラッキーだと思う。このチャンスを生かして一日も早く職場で必要とされる人材になりたい」と決意を新たにする。

実習をめぐっては、県中小企業団体中央会が支援に動いた。実習経費などを助成する国の新卒者就職応援プロジェクトを適用し、正式採用を後押ししている。

これまでに同プロジェクトを通じて被災地から求職者を受け入れた県内企業は2社で、同中央会は「被災地を支援するため県や関連機関と連携して引き続き就職支援に取り組みたい」という。

 
3重苦とか4重苦とも言われている福島の人たちです。一向に原発は収束の気配すら見せていないことから、避難されている方々にとっては、いつ終わるとも思えない耐乏生活を強いられていて、全く慰めの言葉もないほどです。
 
そんな中、一人の若者が決まっていた勤め先が地震により損壊し、存続できなくなったという、全く思いもしなかったアクシデントにもめげず、自分の夢を貫いたという話です。手放しで祝福してやりたいお話です。
 
木、金の2日間、参加した静岡での同友会女性経営者全国交流会でも、懇親会の冒頭で、被災地から参加した岩手、宮城、福島の会員からも現状報告がありました。
 
それまでは600名を超える参加者ゆえ、少しざわついていた会場が、報告が始まった途端、水を打ったようにシ-ンとなり、その報告に耳を傾けたものです。またそんな大変状況の中、駆けつけてくれた会員の方々に対しても、感謝と激励の大きな拍手が鳴り止まなかったほどです。
 
でも私たちにできる支援は、とてもちっぽけなものです。それだけに同じような状況にいる若者はじめ、窮地に立たされている人たちに対して、政府と行政による、早急な支援が求められているものです。
 
とにかくあの日から3ヶ月経っても、何も変わらないのではあまりにもお粗末過ぎるというものです。つまらない政党間の駆け引きなど早急にやめ、政治家は被災地復旧に全力を尽くすべきです。

2011.06.08

ガソリン節約のコツ No.2023

エコドライブ通信から頂いた情報です。最近は少し下がってきましたが、ガソリン価格が依然として安くはありません。従って少しでもその節約ができればと願っている人たちには、貴重な情報だと思われますのでお届けしたいと思います。
 
ガソリン節約のコツとしては、日頃のメンテナンスが大切だということです。このメンテナンスをこまめにすることにより、リッタ-当たり0.1~0.2kmの燃費が十分に節約になると伝えていますが、努力次第で効果はもっと上がるものではないでしょうか。
 
まず第一に空気圧チェックをこまめにすることです。空気圧なんて簡単に変わりはしないと思っているのは大間違いで、給油時に毎回チェックしてもらうとよいと言います。特にエアが少なかったりすると、負荷がそれだけ掛かるのでしょうね。
 
次にエア-クリ-ナ-を掃除することです。油汚れで目詰まりを起こしていると、エンジンの性能が落ちると言われます。車関係の消耗品で、燃費改善に最も効果があるのがこのエア-クリ-ナ-です。ですからこまめにチェックすることにより、全然燃費が違うと言うのです。
 
それから3番目として、ラジエ-タ液を定期的にチェックすることです。その交換の目安としては2年間で、ほとんどは車検のときに交換しているそうです。内部の腐食やエンジンの冷却効果の低下にも繋がるので、車検時でいいから交換されているか、チェックをしましょうと呼びかけています。
 
その次にはタイヤ交換で燃費をよくすることです。タイヤが転がるときの摩擦が少なければ、燃費は良くなるはずです。だが摩擦が少なくなれば雨の日にスリップしやすくなるわけで、この兼ね合いからタイヤ交換時、燃費についても注目したいと言っています。
 
そして最後にエンジンオイルをこまめに点検することを挙げています。車のエンジンオイルは人間で言えば血液に相当するとのことです。血液がドロドロになると、人間でも体調不良を招くと同じように、車のエンジンオイルも汚れていると危険ですし、燃費も悪くなると言われているのです。
 
やはり、ほんの少しの気遣いで燃費は改善されるものです。リッタ-150円としても、1リットル当たり10km走る車が11kmまで延びれば、満タンで50kmも走行距離が延びることになり、金額的には750円も節約できます。
 
そう考えると、満更どうでもいいと、いうことにはならないと思われます。節電が騒がれている電気同様、ガソリンも無駄にはできないものです。
 
明日9日から10日まで、同友会女性経営者全国交流会が地元・静岡で開催されます。お迎えする開催県である静岡同友会は、設営を含む、男女問わず330名を超える会員で参加することになりました。このため両日はカキコミを休ませていただきますので、どうぞご了承下さい。

2011.06.07

敵は悪臭 No.2022

津波の被災地が悪臭に悩まされているということを聞きました。港の近くにある加工工場から流れ出た大量の魚や、とても収拾しきれない生ゴミが原因だと言われます。
 
湾から1キロほど離れた宮城県気仙沼の田んぼには、腐ったサンマやサバが散乱していて、30分もいたら皆、帰ってしまうほどの臭いだそうです。
 
この三陸の一大漁業基地である気仙沼では、沿岸にあった多くの水産加工会社の冷凍や冷蔵庫などの施設が壊れ、多くの貯蔵品である魚が流れ出してしまいました。
 
この散乱している魚などを市は何とかしたいと思っているものの、広範囲に亘っていることから対策が追いつかないそうです。また市内90箇所にある冷凍・冷蔵施設には、約2万トンもの魚や加工品が残っていて、これが腐敗しているとのことです。
 
こうしたことが悪臭の原因となっているわけです。また岩手県宮古市では、腐り始めて悪臭を放つ魚を山中に埋めていて、まるで魚の土葬のようだとも言われているそうです。
 
また一方では、石巻などご存知のとおり、震災で地盤沈下し、潮が満ちてくると道路が冠水してしまいます。このため、今までは週2回来ていた収集車が入れなくなっている状態となっていて、住民からはその収集や悪臭についての苦情が多く寄せられ、トラブルにまでもなっていると言います。
 
また高校前の空き地には、瓦礫の山が3階ほどの高さになるまで積まれているそうです。このため、臭くて学校の窓を開けられず、野球部員などはマスクをして練習しているような状態だと聞きます。
 
こうした影響で、一部の人たちの間では、頭痛やのどの痛みなど身体への影響を及ぼす、体調不良まで出ている始末です。これでは被災者にとっては二重、三重の被害とも言えるわけです。
 
また季節はこれから夏に向かっていて、だんだん気温が上がると、こうしたゴミや動植物の散乱物の腐敗がどんどんと進むわけです。悪臭が心理的ストレスにもなるわけで、被災地の方々のイライラが一層募ることにもなります。
 
沼津の同友会の友人にも、被災地の冷蔵庫に預け入れていた魚や加工物がこうしたことで、また違った大変な被害を受けたとも聞いています。未曾有の大震災は、このように予期せぬ所まで大変な被害をもたらしています。
 
遅々として進まぬ政府の復興対策にはあきれて言葉もありませんが、こんな時だからこそ私たち国民がひとり一人力を合わせて、自分にできる長い支援と協力を考えていかなければいけないものと思っています。

2011.06.06

中村紀洋選手の最後のチャレンジ No.2021

先週の木曜日、金曜日、そして今日の月曜日と、会社の営業日立て続けに3日間、葬儀への列席がありました。野球部の先輩、同友会友人のお母さん、そしてお取引様のご母堂様と、亡くなられた方は様々でしたが、なぜか葬儀が出始めると続きがちになるものです。それぞれの方のご冥福をお祈り申し上げます。
 
さて、中村紀洋という選手をご存知の方はきっと多いものと思われます。米大リ-グのドジャ-スでもプレ-経験のある、この選手は、顔が見えないなと思っていたら、昨年暮れ、楽天球団から戦力外通告を受け、しばらくの間、日本プロ野球から離れていたのです。
 
その中村選手が先月末になって、やっと横浜球団と契約が結べたのです。でもその契約額を聞いて少しびっくりしました。何と1年契約で、推定年俸500万円プラス出来高と言うのです。
 
少し前までは、おそらく億という単位で年俸をもらっていた選手です。それこそ砕け散ったプライドというか、紹介していた記事の表現に依れば、プライドという形をとどめていない砂のようなものかもしれないと言うのです。
 
それでも野球をやりたいという思いが強いのでしょう。昨季限りで退団をしたときにも、育成枠でもいいから野球を続けたいと訴えていましたが、とうとう獲得する球団は現れませんでした。
 
まだ37歳、そのキャリアには華々しいものがあります。通算378本塁打、1823安打、そしてメジャ-での経験と聞けば、それでは本人のプライドが許さないと、引退をしてもおかしくない状況です。
 
そして何度もメスを入れている左手首はボロボロだと言われます。右打者に左手首の故障は致命傷にもなりかねません。こうした状況でも野球をやり続けることを諦めなかったのです。
 
かつての監督である、野村克也さんから贈られた言葉があるそうです。「高下在心」という言葉です。その意味は、「ものごとがうまく進むかどうかは、自分の心の中にある」ということです。
 
おそらくその手首同様、ボロボロとなったプライドで、プロ野球選手としての最後のご奉公となるものでしょう。また一度栄華を極めた選手だけに、こうした本人にとっては屈辱的状況からの再出発には、門外漢の私などでも、心から拍手を送り応援したくなるものです。
 
ご本人のコメントにもあるとおり、信じれば夢はいつか叶うものです。そして下位に低迷する横浜の戦力となって、もう一度注目される日が来るのを是非、願っています。

2011.06.03

70歳のパソコンの達人 No.2020

新聞に「母が70歳でパソコンの達人に」という、見習わなければいけない投稿がありました。ちょっと紹介させて下さい。
 
母が孫の誕生をきっかけにパソコンにはまっている。孫の成長を日々知りたいと、まずは父親である兄からメールで写真を送ってもらい始め、その保存や印刷の方法を覚えた。

そのうち写真を眺めるだけでは飽き足らなくなり、パソコンでアルバムを作り出した。すると、「写真の色や大きさを調整したい」「コメントを入力したい」「イラストも描きたい」などと次々に欲求が出てきたようで、パソコン講習会にも参加し、本格的に取り組んでいる。

母はもともと機械オンチだった。それが今では本棚にパソコン関係の本がずらりと並び、周囲が驚くほどの腕前だ。人はいくつになっても成長できるのだろう。いま母は「70歳にして新芽が出た気分だ」と話し、生き生きしている。

 
70の手習いですか、素晴らしいですね。私はそれより歳が下ですが、やれアイフォンとかアイパッドなどと言われている、様々な昨今の新鋭機器に少しついていけなくなってしまっています。
 
そして仕事上でもネットで拡販をと考えているのですが、一向にもう一歩踏み出せずにいる始末です。でも大切なのはいっぺんにあれもこれもと思うより、少しずつでもいいから段階的に踏み出していくことではないかと考えます。
 
前記紹介した70歳の達人も、必要に迫られて少しずつ習得していった結果が、娘さんにそこまで言われるようなことになっていったと思われます。ですから大切なのはまず一歩踏み出していくことだと思います。
 
小豆島に住む、家内の父も80を過ぎているにもかかわらず、やはり上記の方同様、PCで写真の編集とかメ-ルのやりとりまで行っています。前向きで意欲旺盛な方ですから、他にも好きな絵画等、PCに限ったものでもないのですが、その姿勢には頭が下がります。
 
もし自分がその歳になったらと思うと、なかなかそこまでの自信がありません。よく人生は死ぬまで勉強だと言われています。それだけに、もうこのへんでいいだろうなどと、へんにその歳に委ねて妥協するような生き方は慎まなければいけないと、自戒させられた投稿でもありました。

2011.06.02

日本人ってすごい No.2019

とうとう内閣不信任案が提出されました。この自公中心の不信任案に、民主党の小沢さんグル-プや鳩山さんなど60人あまりが賛成すると言われます。菅総理の資質はともかくとして、政治家が今そんなことをやっている場合ではないと思うのですが、どうでしょうか。
 
原発問題や、東北で未だに避難所暮らしを強いられている被災者のことはどうなるのでしょうか。もし可決でもされたら衆院解散となる見込みです。そうなれば当然、政治空白が生まれ、被災者のことなど、もっと放って置かれることになるわけです。
 
今の政治家はこれだから国民に信頼がないのです。自民、公明にしたって党利党略が先に立ち、復興問題のまずさなど口にはしているものの、その代案すら出していない状態で、単なる災害に便乗して自分達の都合しか考えていないようにも思えるものです。
 
また一方では民主党内の不穏な動きにしたって、離党して新党形成とか、もっと正々堂々と戦えばよいと思うのですが、表に出て来れない人の画策による、姑息の手段のように思えてなりません。もっと日本を大所高所から眺めることのできる、大モノ政治家の出現を待ち望みたいものです。
 
あまりにも政治がだらしないので、ついつい前置きが長くなってしまいました。こうしただらしない政治家に比べ、「日本人ってすごい」ということがこの大災害を機に世界で語られているとのことです。
 
先日の屋山太郎さんの講演でも述べられていました。アメリカのある人が、日本人は人類の誇り(理想)とまで称賛しているそうです。震災直後、救援物資の配給に駆けつけたアメリカの兵隊がまず驚いたそうです。
 
アメリカやその他の国でこうしたことがあると、まず配給された食糧の奪い合いになるとのことです。それが日本の被災地では一列に整然と並び、渡された食糧を手渡しまでして後の人に送っている姿が、そこにはあったからです。
 
この根底にはやはり武士道の精神があるからではないかと言われていました。また恥の文化というものが日本にはあるからです。自然災害とはいえ、何もかもこうして失った被災地の姿を見れば茫然自失にもなります。
 
それはあの戦争で全てを失った時以来です。一方では今回の災害ほど、被災してない多くの日本人までが、まるで自分のことのように受け止めていることもないと言われます。そうした日本人としての一体感は戦後初とも言えるのではないでしょうか。
 
石原都知事は天罰とか言って、その表現を間違えてしまいましたが、多分言いたかったのは、多くの日本人が自分さえ良ければいいと勝手に生きて来た今までを、見直す良い機会ではないかということでしょう。
 
終戦直後、全てを失った、ある親父さんはこう一言述べたそうです。「やり直すしか、ないだろう」。そして忘れていた日本人として誇れる、思いやりとか優しい心を取り戻す、絶好の機会とも言えるのではないでしょうか。

2011.06.01

坂本光司先生講演からその2 No.2018

もう6月になってしまいました。今年は梅雨入りも早いみたいで、場違いな台風が数日前、やってくる始末です。東北地方の被災地への影響が気になるところですが、潮が満ちてくるたびに冠水している石巻など、何とか早い復興ができないものかと願っているものです。
 
先日少し紹介した坂本先生の講演の続きをお話ししたいと思います。演題の地域に愛される会社とは次の要素を満たしているそうです。第1に社員とその家族を大切にしている会社です。
 
よく社員の誕生日にケ-キや切り花を贈っているのはめずらしくはありませんが、その家族の誕生日まで贈られている会社もあると聞きます。また次には社外社員とその家族を大切にしている会社です。
 
不況になったりすると、真っ先に手を付けたくなるのが外注先や納入先です。従ってコストダウンなどがすぐ要求されがちです。しかしこれでは真の協力業者となるわけがありません。そもそも外注先に依頼されるのは、その会社では納期とか加工が大変で面倒なものが多いわけです。
 
ですから喜びも悲しみも苦しみも共に分かち合う関係なのですが、大変なことだけ押し付けるような、誰かの犠牲により成り立っているのは正しい姿ではありません。それでは「今に見ておれ」といった、信頼協調関係が長続きできなくなるわけです。
 
それから第3に顧客に正しく接していることが挙げられます。ここにA,B.Cという3つの商品が販売されていたとします。Aはその会社が強く販売を推し進めている品物で、Cという品になると利益があまり出ないので会社はその販売を薦めません。
 
でも顧客の中には、Cの商品の方が向いているという所だってあるわけです。Cの方が幸せになるというのに、成果主義でAの販売を促進しているような内部問題が、逆に売上高を下げていることもあるわけです。
 
こうした会社の販売戦略に、嘘を言う、こうした仕事に疲れ果てたという社員が出てくるはずです。従ってお客との良好な関係を長続きさせたいなら、目の前にいるお客にとって、一番良いことを差し上げなさいと説いています。
 
この他にも4番目として、障がい者や地域住民のことをよく考慮していることを挙げていました。具体的にそれらを実践している、素晴らしい会社をいくつか紹介していましたが、また次回触れさせていただきます。
 
いつもこの坂本先生の講演をお聴きする度に、元気をもらえます。良いと解っていても、なかなか実践に踏み切らなければいつまで経っても会社は変わりません。いわゆる、茹でガエル状態になっている会社は少なくないと言います。弊社にしたって、耳の痛くなる話です。

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