社長の三行日記

2012.05.31

日本女子バレ- No.2218

日曜日、日本女子バレ-がやっと五輪出場を決めることができました。まさにやっとという表現がぴったりではないでしょうか。2セット取れば出場が決まるというセルビア戦、2セット取った途端、力を使い果たしたのか、試合は結局敗れてしまったのです。
 
ですから、この世界最終予選で1位となり、ロンドン五輪ではメダルを狙うといった当初の目標は大幅に狂い、ギリギリの4位で何とか出場権を獲得しただけに過ぎなかったのです。
 
テレビでしっかりと観戦していたのですが、他の強豪チ-ムと違い、ここに回せば絶対という選手がいないように思えます。エ-スの木村沙織選手もイマイチのように感じましたし、江畑、荒木といった選手も絶対とは言えません。
 
それにロシア戦などを観ると、相手の高さでことごとくブロックに引っ掛かっている始末です。こんな状態ではとてもメダルに手が届くどころか、その出場すら危ぶまれていたものです。
 
以上は私たち素人の眺めた感想なのですが、この日本でもまだまだ十分、メダルの可能性があると断言している記事を見ました。それによると、一つは、世界最先端の技術を持つ情報アナリストをそろえ、対戦相手の情報分析が充実していることを挙げています。
 
それは試合前だけでなく、試合中でも分析結果が随時生かされるようになったと言われています。確かに眞鍋監督がいつもその手に、I-padを抱えながら試合に臨んでいます。
 
このデ-タ分析が役に立つと言うのです。またもう一つは日本が今大会で特に目立っていた、サ-ブにあると指摘しています。今までのフローターサーブやスパイクサーブから、今大会からほとんど全員がジャンピング・フローターサ-ブに変えました。
 
4年前ぐらいから使用されている国際公認球は、打つ選手がよりコントロールしやすくなるように、ボール表面のパネルの枚数が減ったそうです。このため、変化球サーブを打つと、以前のボールより変化しやすくなったと言われているのです。
 
この新しいボ-ルの研究を監督が大学の研究室に依頼し、どのくらいのスピ-ドで打つと最も変化しやすいか調べたところ、特性を一番活かせるのがジャンピング・フローターサ-ブにあることを掴んだそうです。
 
こうしてそのサ-ブに取り組んだ結果が今回だったのです。確かに日本のサ-ビスエ-スはロシア戦でも12本と、いつもより断然多いものでした。またセルビアの試合でも、日本の86本のうち、セルビアがセッターにピタリと返した「成功レシーブ」は、わずかに17本だけだったと言われます。
 
でもそれだけでは勝てないものです。残り2ヶ月を切ってしまったロンドン五輪まで、日本女子バレ-はどう建て直しを図っていくのでしょうか。個人的にはバネのあるジャンプから鋭いスパイクを放つ、迫田さおり選手をもう少し多用した方がよいのではないかと思っています。
 
とにかく、残り期間でまたガラッと生まれ変わった日本バレ-を観てみたいものです。今のままでは燦然と輝くメダルには、ちょっと手が届かないと思われるものですが...

2012.05.30

人間の潜在的能力 No.2217

希望が人間の潜在力を開花するという記事が載っていました。世界の平和を願い、ナチスによる生体実験の後遺症に苦しむポーランドの女性たちや、原爆で両親を失った日本の「原爆孤児」のために、自身の生涯を賭してその活動を実践していった、ノ-マン・カズンズ博士という方がいます。
 
その活動を称え、“アメリカの良心”と呼ばれたそうですが、このカズンズ博士によると、人間の体内には神経系や免疫系、循環系などよく知られたシステムのほかに、「治癒系」と「信念系」という2つの重要なシステムがあると言われています。
 
以下、次のようにその説明をしています。「治癒系」とは何か。人間は病気と戦う時、身体の総力を動員する機能をもつ。これと共同して働くのが、精神の「信念系」だという。

信念系における希望や愛情、生きようという意欲、使命感、楽観などの前向きな精神的活動が、治癒系を活性化し、人体という一大薬局を活発に働かせることになる。

かくいう博士自身も、多くの闘病の経験をもつ。10歳で肺結核となり療養所に入所した。それは1920年代のこと。結核が死病と恐れられていた頃であった。また50歳の時には膠原病となる。

65歳で心筋梗塞に倒れた。そのたびごとに、「さぁ、やるぞ」とのエネルギーを沸き立たせ、希望を胸に戦いを開始し、すべての病魔に打ち勝ってきた。

「人間の脳が、考えや希望や心構えを化学物質に変える力ほど驚嘆に値するものはありません。すべては信念からはじまります」。カズンズ博士の言葉である。

 
また次のように語っています。「おそらく人間には、2つのタイプがあります。問題が起こったとき、解決のために『行動すべきだ。しかしむずかしい』としり込みする人。一方、『むずかしい。しかしやるべきだ』と挑戦する人です」
 
つまり「もう、だめだ」と思ったら、そのとたん「もう、だめだ」という脳の命令に従って、自身の体全体がその方向に動きはじめ、その逆もまた同様だと言います。
 
そうした意味で人生には2つの生き方しかないのではないかと説いています。「やらなかったから、できなかった」ということか、それとも「やれば、できる」ことを証明する生き方です。
 
このように、人間の潜在的な能力は大きく、希望と挑戦の意欲こそ、その開花につながると述べています。諦めず、たとえコツコツでも目標に向かって歩き続けなければいけません。やはり、いつも前向きでいたいものです。

2012.05.29

生活保護問題 No.2216

生活保護の問題で揺れています。漫才コンビ「次長課長」の河本準一さんが、売れっ子で多額の収入があるのに、母親が14~15年前から生活保護を受けていたというのがその始まりです。
 
先日、記者会見で深く謝罪していたようですが、常識的にも少しおかしな話です。確かに受給し始めた最初の頃は、河本さんも年収が100万円を切っていたようですが、5~6年前からは売れっ子となり、テレビ出演もしていたのですから、高収入に変わっているはずです。
 
それでも女性週刊誌に取り上げられ騒がれ始めた、つい最近までそのままの状態で、母親が受給を続けていたのです。そしてこの4月になって生活保護を打ち切ったと言いますから、今まで他のよんどころのない事情があって、面倒を見れなかったわけではないのでしょう。
 
本人が言うとおり、甘く考え過ぎていたのではないでしょうか。それともう一つ、河本さんは自分の母親を何度もネタにしていたという事実です。このオカンを漫才のネタにしていたり、本まで書いていたのでは釈明が苦しくなるのではないでしょうか。
 
とにかく面倒がみれるのなら、しっかりとその扶養義務を果たすべきです。またこれに続き、やはり「キングコング」の梶原雄太さんにも同様の事実が発覚しています。
 
こちらは昨年の3月からのようですが、梶原さんが女手一つで育ててくれた母親にマンションを購入し、銀行で長期ロ-ンを組めない関係から、毎月40数万円のロ-ンと共益費を負担していた事情があるようです。
 
でも厳しいようですが、マンションに住んで生活保護というのもおかしな話です。このように生活保護そのものの仕組みもおかしいものでしょうが、もらえるものなら黙って頂こうというところがあるのではないでしょうか。
 
世の中にはいくら苦しくても、生活保護など受けず、必死に働きながらギリギリの生活をしている人たちが少なくないものと思われます。そうした人たちより、働かず遊んでいながら生活保護を受けている人のほうが、ずっと裕福な暮らしをしているケ-スもあると言います。
 
こうした頑張っているのに報われない人との不平等と不公平を、早急に見直すべきではないでしょうか。謝れば済むといったものでもなく、ただ過去の受給額を返還すればよいといった問題では決してないように思うのですが...

2012.05.28

福岡市長の決断 No.2215

先週の土曜日は次女の結婚式でした。昨年の夏に長女が結婚したばかりですので、そんなに慌てて二人も嫁いでいくこともないのにと思うものですが、こればかりは仕方がありません。ですから彼女と歩くバ-ジンロ-ドは慣れたものでした。まあ、無事に終わって何よりです。
 
さて、福岡市の高島市長が去る21日に、1ヶ月間の自宅以外での禁酒令を発令致しました。これは教職員も含む、市の全職員を対象としたもので、公私を問わず、外での飲酒を禁じたものです。
 
ですから結婚式などに招待されても、原則アルコ-ルは駄目で、ソフトドリンクで対応するようにとのお達しです。もっとも職務命令ではないことから、違反しても直ちに処分対象にはならないとのことです。
 
でもこの期間に飲酒して、もし不祥事を起こした場合は通常より処分が重くなるそうです。この発令は職員の相次ぐ酒を飲んでの不祥事から、市長が苦肉の策として、思い切っての決断を下したものです。
 
実施から1週間が経ったわけですが、次第に賛否両論の議論が広がっているようです。市役所の近辺は居酒屋や飲食店が多いだけに、その売り上げが減ってきたのが顕著に示されていたり、多くの職員はあらかた容認に回っているというものの、不平不満は役所の中にもくすぶっているようです。
 
どうでしょう、もし自分たちがその立場になったらと考えると、行き過ぎだと感ずるかもしれません。しかし思い出されるのは、2006年8月の幼児3人が亡くなってしまった、福岡市職員の飲酒運転による追突事故です。
 
この欄でも取り上げましたが、何とも痛ましい事故で幼き尊い命がなくなってしまいました。こうした伏線が過去にあるにもかかわらず、一向に職員の飲酒による不祥事が減らなかったからです。
 
一部には、地元テレビ局・九州朝日放送の元アナウンサー出身の市長による、世論の風を大いに意識したパフォ-マンスとも呼ばれていますが、一向に改善されなくては仕方がないものと思われます。
 
多くの反対意見も当然予想できていただけに、やはり毅然とした決断ではなかったでしょうか。
 
私も娘の晴れの日に向けて、多くの方々がお祝いに駆けつけて頂いたお陰で、ここ数日はおいしいお酒を少し飲み過ぎたようです。そのお酒の効力から、楽しいのには違いないのですが、ついつい気が大きくなるものです。やはり飲み過ぎは慎まなければいけません。

2012.05.24

命運をかけて No.2214

大リ-グ・ブリュワ-ズに所属する青木宣親選手の話です。やっと出番が増え始め、実力を発揮してきた青木選手ですが、まだまだ十分満足のいく起用方法はされていないようです。
 
それと言うのも、日本人野手の評価が下がっていることにその原因があるみたいです。以前にも少し触れましたが、青木選手は日本で3度も首位打者に輝いた選手です。
 
その選手がテストまでしなければいけないといった入団の仕方です。そして何とかその力が認められ入団した後でも、春季キャンプでも打率2割9分9厘という好成績や、チャンスに強いといった結果を残したにもかかわらず、なかなか最初から起用されず、レギュラ-扱いされなかったのです。
 
これではなかなか青木選手といえども、結果は出すことができません。代打起用が多く、打率が2割1分1厘まで落ちる不調の時期までありました。
 
しかし5月の中旬になって、ようやくスタメンで起用される試合があり、そこで4打数2安打を放ったのをきっかけに、その後に先発起用された3戦はすべてマルチ安打し、何とか打率3割にまで乗せています。
 
このへんがやはり非凡ではない、実力を証明しているところです。また現在レギュラ-であるライバルのモ-ガンが打率2割そこそこと低迷していることもあり、やっとセンタ-の定位置まで手が届きそうなところまで来ています。
 
でも打撃の職人とも言われる青木選手だから、ここまで這い上がってくることができたのでしょう。普通ならあれだけの日本の実績がある選手なら、もっとすんなりとレギュラ-の一角として歓待を受けていたものと思われます。
 
そうできなかったのが前述のとおり、日本人選手の全体的評価が低くなっているからです。イチロ-、松井選手は別として、彼らの活躍のお陰もあり、松井稼頭央、井口資仁、城島健司選手らはそれぞれスター待遇で所属チームに迎えられたと言われています。
 
ところがその後の井川慶選手に始まり、福留孝介、川上憲伸、西岡剛らの選手はすべて失敗補強として、契約金の割には評価が低く、その価値が下がっているのです。特に野手ではないのですが、オリックスに戻ってきた井川投手などはその責任が小さくないものです。
 
こうして日本で活躍したからといって、大リ-グで通用するとは限らないという見方が強くなっているのです。こうしたまともな影響を、もろに被ったとも言えるのが青木選手とも言えるのではないでしょうか。
 
とにかく、青木選手の両肩に、これからの日本人選手の命運が賭けられているとも言えると伝えられています。不遇とも言える現在の苦しい状況を乗り越え、しっかりと結果を残してくれるものと固く信じています。
 
26日の土曜日、次女の結婚式がある関係で、明日は準備やら来客の接待で休ませていただきます。ご了承下さい。

2012.05.23

東京スカイツリ- No.2213

東京スカイツリ-が昨日開業しました。生憎のお天気だったようですが、事前に予約のできた多くの人たちが押し掛けたようです。この入場者も7月10日までの50日間は完全予約制で、既に申し込みも締め切られています。
 
それ以降の11日からは、日時指定の個人入場者がインタネットでの先着順により、予約を受け付けているとのことです。また350mの高さにある天望デッキまでの料金は、7月10日までは日時指定の要素が含まれていることから大人2500円とのことですが、それ以降に発売する当日券は2000円となっています。
 
ただ450mの天望回廊の入場券はそれとは別で、事前での購入はできず、天望デッキで購入する当日券だけとのことです。ですからこのスカイツリ-ブ-ムが少し収まるまでの間は、入場は難しいと考えておいた方がよいのではないでしょうか。
 
もっとも私は天邪鬼(あまのじゃく)のためか、人が多く押し寄せる所には、あまり行ってみたいとは思わないものです。いつになるかは判りませんが、ブ-ムの沈着後、空いている時にでもゆっくりと訪れたいと思っています。
 
さて、ここで注目したいのはスカイツリ-建設に駆使した、日本企業の最新技術のレベルの高さです。まさに足元からてっぺんまで技術の粋が凝らされているのです。
 
まず塔の真ん中にある「心柱(しんばしら)」の制御システムです。設計した日建設計によると、日本古来の木造建築「五重塔」をヒントにしたとのことです。
 
鉄筋コンクリ-ト製の高さ375mのそれは、ツリ-本体とは分離して立つことにより、地震などでは本体と違う動きをして、ツリ-全体の揺れを抑える役目があると言います。
 
また東芝製の天望デッキまでのエレベ-タは、40人も乗れて約50秒で到達することができます。この分速600mというものは、一般的なマンションなどと比べ、10倍近い速さとのことです。
 
その他風に強いアンテナや、従来より強力な素材の鋼材など、日本企業の面子をかけた技術がふんだんに駆使されていると言います。さすがはその高さで世界一となった東京スカイツリ-です。名実共に世界に誇れる最高技術の結晶とも言えるのではないでしょうか。
 
この世界最高レベルの技術が、世界中で多くの受注を生み出し、日本経済が心機一転、大きな巻き返しとなって再活性化されることを何よりも祈りたいものです。

2012.05.22

靴磨き No.2212

最近、靴磨きのおじさんを見掛けなくなりました。以前はガ-ド下など、路上で店を広げる人が結構いたものです。見掛けなくなったのは、やはり時代のせいなのでしょうか。
 
そんな数少ない靴磨きの中で、この道60年以上のベテランの方2人の記事が新聞に載っていました。お一人は東京・上野に近い、JR御徒町駅北口のガ-ド脇に店を構える82歳の元島さんです。
 
戦後間もなく、富山から上京して上野で靴磨きを始め、御徒町を仕事場にして50年になると言います。かつて同じ路地に靴磨きは6人いたそうですが、そのうち4人は女性で、東京五輪の頃は1日で100人以上の靴を磨いたこともあると言います。
 
当時はまだ舗装されていない道も多かったためか、サラリ-マンが仕事途中でも土ぼこりを落としに立ち寄ったとのことです。でもほとんどがアスファルトに舗装され、合成皮革の靴が増えたため、客は激減してしまったのです。
 
そして駅にも自動靴磨き機などが置かれ、靴修理を行うチェ-ン店が増えたことにより、とうとうこの辺りでは元島さんだけになったと言われています。
 
靴磨きで道路を使うのには、警察や行政の許可が必要です。また、もともと戦災で職を失った人のために、1代限りで特別に許可をしていたため、都では現在新規の許可を出していないそうです。
 
このため、かつては都内には500人いた靴磨きが、現在では道路使用の許可を持って営業しているのはたったの12人にまで減ってきているとのことです。
 
またもう一人、新橋駅前には90歳になる沢村さんという女性がいます。10代のときに新潟から上京したのですが、夫を結核で亡くしてから28歳のころから、この仕事を続けているそうです。
 
沢村さんにこんな話があります。数年前、関西から就活で来た学生が茶色の靴で店にやってきました。「古い人の中には、面接に茶色の靴でくる学生をよく思わない人もいるよ。合皮でいいから、黒いのに履き替えなさい」とアドバイスを送りました。
 
後日、その学生が黒い靴で現われ、「おかげで就職が決まったよ」との報告があり、孫のことみたいで、とても嬉しかったと喜んでいます。こんなことも、この商売ならではの話ではないでしょうか。
 
だんだん、こういった人たちがいなくなってしまうのも寂しいものです。顔も上げず、ただ黙々と台に載せられたお客の靴を、靴墨の染みこんだ布とブラシで磨き上げていく、こういった仕事もプロの技です。いつまでもお元気で働いてもらい、もっともっと、この方たちにも光を当ててもらいたいものです。

2012.05.21

ここ一番 No.2211

朝早くからメガネを持って待ち構えていたのですが、残念ながら我が地域では曇っていて、金環日食は観ることができませんでした。それでも7時ごろには雲の間から太陽が覗いていましたので、右上が欠けた太陽を少し観れました。
 
多くの人が楽しみにしていただけに残念です。でも日本では所によって、しっかりとこの金環日食を眺めることができた地域もあったようです。今度は2030年、北海道で観ることができるそうです。でも果たして、それまで元気で生き延びていることができるでしょうか。
 
またもう一つ残念だったのが、昨日の大相撲です。37場所ぶりに日本人の優勝力士が出るかと期待されていたのですが、これも叶わぬ夢と消え去りました。横綱・白鵬が今場所不調だっただけに、絶好のチャンスだったのですが、なかなか思うようにいかないものです。
 
責めるわけではないのですが、大関・稀勢の里に何とかしてもらいたかったものです。でも優勝を意識してから、変に相撲が硬くなってしまったようです。やはりここ一番という、勝負強さが外人と日本人に違いがあるのでしょうか。
 
朝日新聞の天声人語に、現在の大相撲を指して、「ウィンブルドン現象」という奇怪な言葉が登場していました。経済用語とのことですが、市場開放した結果、国内企業が外資系に食われる有り様を、地元勢が活躍できない英国のテニス大会になぞらえて、そう呼んでいるそうです。
 
国技を自負している我が国の大相撲も、それに似たような「場所貸し」の状態ではないかと指摘していたのです。やっと国技館に日本人力士の優勝額が飾れると、期待していた方も多かったのではないでしょうか。
 
これでは来るロンドン五輪でも、推して知るべしの結果に終わるかもしれません。その実力というよりはむしろハ-トの問題のような気がします。また我がチ-ムが昨日の県大会のシニアソフトボ-ルで優勝したのですが、私自身の結果からすれば、あんまり人のことを言えたものではないかもしれません。
 
それだけ、プレッシャ-の掛かった場面では、なかなか十分実力を発揮できるものではありません。ここで発揮できるかどうかで、その真価が問われているものです。
 
付け足しになってしまいましたが、優勝した旭天鵬関は37歳、先場所は引退まで考えたというだけに、本当に良かったですね。モンゴル力士の草分け的存在で、横綱・白鵬も涙したと言います。永年の努力が報われ、皆に慕われていたからこその優勝だったのではないでしょうか。

2012.05.18

小田義人さん No.2210

小田義人さんってご存知でしょうか。現在はヤクルト球団のスカウト部長を務める方ですが、先日、機会があり一緒にお酒を飲める会に同席させていただきました。
 
と言うのも、私たちが野球をやっていた高校時代、静高いや静岡県と言ってもよいかもしれません。ス-パ-スタ-であった小田さんと、我が母校・沼津東高が夏の大会で対戦し、1-1で引き分け、翌日再試合を行ったご縁があるからです。
 
と言っても私はまだ駆け出しの1年生、2級上の3年生と1級上の2年生が、その試合に挑んでいたのです。当時から強打者で知られていた小田さん、この引き分けとなった試合でも、センタ-オ-バ-の大飛球を放ち、それをフェンスに激突しながら我が校先輩の野中さんが、ス-パ-キャッチで凌ぎ、何とか守り切ったのです。
 
そして翌日の再試合はこの小田さんのホ-ムランもあり、残念ながら0-4で敗れ去ってしまったのですが、試合後、フェンスにぶつかって額を切り、そのまま入院してしまった野中さんの見舞いに、病院まで小田さん自身が駆けつけてくれたのです。
 
こんなご縁もあり、やはり我が校の先輩・川島さんが早稲田の同級生でもあり、親しくされていることから、何十年振りかの再会の機会を持てたのです。
 
ス-パ-スタ-・小田さんは静高卒業後、阪急からドラフト6位指名を受けましたが、これを拒み早稲田大学に進学しました。その後、一塁手として、六大学のベストナインにも選ばれるほどの活躍でしたが、卒業後、大昭和製紙に入社し、都市対抗で活躍することになります。
 
そして社会人2年目の1972年、ようやくドラフト2位でヤクルトへの入団が決まったのです。この入団時の約束で、他球団へはトレ-ドに出さないとのことでしたが、大杉勝男選手をどうしても獲りたいという球団の事情で、日本ハムへの移籍となったのです。
 
移籍してもその打棒は一向に衰えず、1975年にはパリ-グの首位打者を獲得した、打率.3193の白仁天(太平洋)選手と、6毛差の.3187で最後まで激しい首位打者争いを演じました。
 
こうした華々しい球歴を持つ小田さんなのですが、全然そうしたひけらかすところなど見せず、至って真摯に私たちと普通に接してくれました。こういったところが小田さんの人間性なのでしょう、およそ2時間あまり、球界の裏話や高校時代の思い出話など、本当に楽しく気さくに話して頂きました。
 
やはり「実るほど頭を垂れる稲穂かな華々しい過去を有していても、謙虚に振舞うことのできる人は見事です。現在、大リ-グ・ブルワ-ズに所属する青木宣親選手も、小田さんがスカウトで獲得した一人とのことです。大好きなヤクルト球団にいつまでもいてもらいたいと思った、素敵な小田さんのお話でした。

2012.05.16

金環日食 No.2209

本州で129年ぶりという金環日食が来週の月曜日、観ることができます。地球と太陽の間に月が重なり、リングのように輝くからそう言われています。
 
これに纏わる商売合戦も激しいものがあり、観測に使われる日食グラスと呼ばれる、専用のメガネもあちこちで売り出され、既に品薄とも言われているくらいです。
 
でも、どうやらこの専用メガネでないと、相手が太陽だけに目を傷めるとも言われ、普通のサングラスやゴ-グルなどでは駄目みたいです。
 
またこの他、写真撮影用の器具なども売れ筋になっていますが、「金環食の下でプロポ-ズを」と触れ込んだ金の指輪まで登場して、このブ-ムにあやかろうとしています。
 
と言うのも、あの人気グル-プのドリカム(ドリ-ムズ・カム・トゥル-)の名曲・時間旅行の歌詞の中に、「指輪をくれる? ひとつだけ 2012年の金環食まで待っているから-」という一節があることから、その影響もあるみたいです。
 
ですから、日食の日にプロポ-ズをしたいから指輪が欲しいといった、問い合わせも少なくないようです。ところでこの金環日食が観られる日本は、世界の中でも特等席だと言われています。
 
月が太陽全体を隠すのは「皆既日食」と言われていますが、それよりも太陽の真ん中だけ射抜くように隠す「金環日食」の方が、太陽がリングのように輝くだけに、ずっと綺麗で素敵ではないでしょうか。
 
日食が始まる時間は東京が午前7時31~32分、名古屋が7時29分~30分と言われていますから、我が地域は差し詰め7時30分頃でしょうか。子どもたちにとっては通学の時間帯にも当たり、可哀想なところですが、何か特別な配慮があるものでしょうか。
 
とにかく、今回のように日本国内の広い範囲で観測できるのは、実に約930年ぶりとも言われていることから、見逃すこともないものです。私も早速ネットで日食観察グラスを購入致しました。
 
日頃は宇宙や天体観測などに何も興味を示さない私ですが、やはり物好きな輩の一員なのでしょう。あとは当日の晴天を祈るばかりです。でもちょっぴり、そのお天気が気になるようなことも伝わっています。何とか日本中、多くの人たちが楽しみたいものです。
 
明日17日は5月連休の振り替えで、個人的に一日お休みを頂きますので、カキコミは休ませて下さい。

2012.05.15

妬まないこと No.2208

自分が大した努力もしていないのに、他人の成功を妬むようなことがよくあります。「あいつはたまたま条件が良かった」とか、「置かれている周囲の環境に恵まれた」というような話です。
 
桁外れの差があるときには、階級や身分が違うから仕方がないと言って、あきらめたりするものですが、同級生や同程度の相手の場合ですと、自分の劣りや非のほこ先を自分に向けるのではなく、他人に向けてしまうことが少なくありません。
 
また隣の芝生は青く見えるとも言うことがあります。本質はよく見えていないのに、うわべだけでそのように判断してしまうことです。また極端に「幸せは他人の不幸が見えたとき」などと、自分のことは棚に上げ、他人より劣っていると、その人に好意を持てなかったり、相手の失敗にほくそえんだりする人までいます。
 
よく言われる島国根性というものです。ある書に書かれていましたが、こうした日本人社会のことを樽蛇社会と呼んでいるみたいです。
 
大きな樽の中に蛇をたくさん入れて板で蓋をします。そして板の中央に蛇の出れるだけの穴をあけておきます。1匹の蛇がその穴から外へ出ようと首をもたげ、穴のところまで近づくと、他の蛇がからみついて、元のところへ引きづり下ろしてしまう現象をそう呼んでいるのです。
 
別に日本人に限ってのことではないでしょうが、狭い国土がこのような性格を生み出したのかもしれません。また縦割りの社会が横の絆を弱めたのかもしれません。
 
だからこそ、日本人特有の、また日本人だからこそ受け継がれている、思いやりの心や情深き心を大切にしなければいけません。またそれなくしては日本人と果たして言えるでしょうか。
 
とにかく人の成功は素直に喜んであげ、自分の至らなさや足りないところに早く気づき、追いつけ追い越そうという、前向きな気持ちに駆り立てなければなりません。それが自分への成功の近道ではないでしょうか。

2012.05.14

侮れない春山 No.2207

5月の連休中に、北アルプスで8人もの人が亡くなるという遭難事故が相次ぎました。亡くなられたのはいずれも私たちの年代や、それ以上の人たちばかりです。
 
そのうち6人が亡くなったのは白馬岳を目指した一行です。一行は3日から2泊3日で、長野県小谷(おたり)村の栂池(つがいけ)から白馬岳を往復する予定で、3日夜に栂池ヒュッテに宿泊し、4日の早朝、弁当を2人前ずつ持って山に向かったとのことです。
 
このパ-ティ-は医師を中心とした九州の人たちですが、宿泊したヒュッテから白馬岳への所要時間は速い人で6時間、天候や雪質によっては8時間以上は必要と言われています。
 
ところがこの日の午後1時半ごろ、途中の小蓮華山頂上にいた登山客が、登ってくるこれらしきグループを見掛けています。もしそうだとすると、それから白馬岳を目指すには時間的にとても遅過ぎるというのです。
 
また登山を開始した時点での天候は晴れということで、この時期にしては暖かい陽気だったとのことです。それゆえ、6人は長袖シャツにベスト、ズボンという、夏山でも歩く格好だったと言います。
 
決して死者に鞭打つつもりはないのですが、こうした引き返す判断や、何が起こっても対処できる用意周到の準備を怠っていたのではないでしょうか。
 
ちょうどこの少し前の29日に出発する、北アルプス・常念岳に登る1泊2日の登山に、お客様からお誘いを頂きました。生憎、連休工事で忙しかったため、お断りさせていただいたのですが、こちらの方は全く無理のない工程で組まれていたようです。
 
お客様の学生時代からの親友が、昨年、この常念岳で無念の死を遂げた、追悼の意味合いを込めた登山だったのです。亡くなられた方もヨ-ロッパの有名な山々にも挑戦していた、超ベテランの登山家でしたが、この春山の思いもしない天気の急変に還らぬ人となってしまったのです。
 
ですから、それくらいこの時期の山は6月中旬まで雪が降ると言い、冬山と何も変わらないくらいの危険と隣り合わせなのです。従ってそのいでたちにしたって、発熱効果のある下着、フリ-ス、風を遮る上着、防水透湿性のある雨具が欠かせないと言われています。
 
こうしたことから今回の追悼登山にしても、当初の無理のない計画でも、相当な荒天の場合は中止すると、うたわれていたくらいです。やはり春山は侮れないのではないでしょうか。事故後、新聞にある大学教授がこんなことを話していました。
 
「高齢者は自分が思う以上に、体力の消耗が進む。不調を感じたら、なるべく早く引き返したり、雪洞を掘って避難したりする対応が必要だ」。くれぐれも慎重な計画と、用意周到な準備が求められているものです。

2012.05.11

とにかくお元気 No.2206

昨年100歳を迎えられた、聖路加国際病院理事長の日野原重明さんの記事が載っていました。とにかくお元気でびっくりさせられます。講演内容だと思われるのですが、教えられることがいくつもありますので一部抜粋で紹介させて下さい。
 
朝日新聞beに「あるがまま行く」という題で毎週書いていますが、毎日あるがままに生きています。やりたいことを十分にやる。やりたくないものはない。もうやりたいことばっかりで選択に困るくらいです。

2年前、何か新しいことをやろうと考えて、俳句を作り始めました。そして今年のお正月、箱根駅伝をみて、パッと一句出てきました。「100歳はゴ-ルではなく関所だよ」

駅伝は一つのステ-ションから走って次にバトンタッチしますが、私はバトンタッチする必要がない。ずっと走っています。ゴルフの始球式をやりますし、ソフトボ-ルのシ-トノックもできる。

病院の理事長で、レントゲンやMRIやら、いろいろ高価な2億、3億円する機械の値段交渉もやって、安くたたく。現役の現役です。ゴ-ルはない。通過する関所があるだけです。

お昼はご飯なし。牛乳だけです。朝もご飯もパンも食べていません。牛乳とオレンジジュ-ス、バナナ1本だけ。それでも空腹感はありません。集中して仕事をしていれば空腹感を感じません。

太平洋戦争が始まった年はちょうど30歳。戦争中は食べるものが少なく、みんなやせていました。ところが戦後、食事が豊かになってだんだん肥満になってきました。日本人の寿命が長いのは、肥満者がいなかったから。だんだん太って寿命が短くなってきました。

私は毎日体重を測って、増えそうであれば糖分をとらないようにしています。そして、できるだけ運動をする。ストレッチを週に1回、コ-チに来てもらってやっています。

1万2千人が会員の「新老人の会」というのをやっていて、生き方の3つのスロ-ガンがあります。1つ目は「愛すること」。愛し、愛されて生きることが必要です。2つ目は「やったことがないことを始めること」。

そして3つ目は「耐えること」。耐えることで感性が高まって、苦しんでいる人をサポ-トすることができます。子どもに平和を教えて、戦争はあってはならないこと、命とは何かを教えます。

私は子どものために時間を使っています。そのことが、自然に長生きをまっとうさせることになっています。皆さんも子どもに接することで、生き方を考えて下さい。どうよく生きるかは、どうよく死ぬかということと一直線にあります。私がこれからも「あるがまま」を続けます。

 
う-ん、下手なコメントができないほど、なるほどと思わせられることばかりです。常にやりたいことを追い続け、食べ物は少なくとも腹八分に抑え、人を愛し、耐えることを学び、子どもと多く関わりなさいと教えています。さすがですね。そしていつまでも輝いていて、とても素敵です。

2012.05.09

メジャ-の厳しさ No.2205

やはり予想したとおり、ダルビッシュ投手がその実力を発揮してきました。先日のインディアンス戦こそ初めての負け投手となりましたが、これも内容からしてみても、そんなに悪いピッチングではなかったようです。
 
この試合、自身最多の三振11を記録するなど、苦しみながらも何とかゲ-ムを繋いできたのですが、味方のエラ-に足を引っ張られたこともあり、初黒星がついてしまいました。
 
でもここまでの防御率も2.54と、悪くはありません。特にキレのある変化球に打者が惑わされていることが多いみたいです。やはり当初予想したとおり、メジャ-で十分通用する投手として、活躍が期待されるのではないでしょうか。
 
一方、今シ-ズンのスタ-ト時でもまだ所属先が決まらず、宙に浮いていたような形だった松井選手が、ようやくタンパベイ・レイズとの契約が決まりました。残念ながらマイナ-契約とのことですが、そこはゴジラ・松井選手のことですから、その実力ですぐ上に這い上がってくれるでしょう。
 
でもこのレイズというチ-ム、結構強力なチ-ムみたいです。過去4年間で3度もプレ-オフに進出しているし、昨年はシ-ズン終盤、大きく離されていたレッドソックスとのゲ-ム差をひっくり返し、奇跡的とも言われたプレ-オフ進出を果たしたのです。
 
そして守りを重視するチ-ムと言われていることから、なかなか足に不安のある松井選手では、守備機会は少ないかもしれません。でも監督は日替わりのオ-ダ-を組むことや代打を、多用するとも言われていて、DH等での出場機会は増えるのではないでしょうか。
 
とにかく、夏男とも呼ばれ、どちらかと言うとシ-ズン後半の方が活躍する松井選手だけに、大いに期待を持てるものです。また大試合など、ここ一番という時に力を発揮してくれるのが同選手です。
 
それだけに、もう一花、是非咲かせてもらいたいものです。それにしてもメジャ-というところは厳しいですね。青木選手や川崎選手も、結構活躍しているみたいですが、常時スタメンではなかなか起用してもらえません。
 
従って日本を代表する選手として、「男・松井ここにあり」という大きな存在感を是非見せつけて欲しいものです。また彼の力して、これで終わるような選手では絶対ないものと信じています。
 
明日10日は工事の引き合いがあり、現場調査のため早朝より出張いたします。カキコミは休ませていただきますので、よろしくお願いします。

2012.05.08

ちょっと良い話part91 No.2204

茨城と栃木を襲った大竜巻の被害は凄いですね。被災の建物は1500棟を超すとも言われています。この竜巻は温かい地上と、上空との温度差が大きいほど発生しやすくなるとのことですが、私たちの地域でも大粒の雹(ひょう)が降っていました。
 
やはり異常気象なのでしょうか。被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。さてこんな爽やかな話を投稿欄に見つけましたので紹介させていただきます。「さりげなく席を譲った優しさ」という話です。
 
電車に乗った時のことだ。その電車は始発ということもあり、空席があったが私は座らなかった。電車は進むうちに次第に混み出し、空席はほとんどなくなっていた。

ある駅に到着する間際に、ホ-ムで待っている老夫婦に気づいたらしい男性の若者が席を立った。彼はその駅で下車することなく、立ったまま本を読んでいる。まるで今までも立っていたかのように。

彼が作った一つの空席に老夫婦が向かうと、今度は男性の若者が作った空席の隣に座っていた女性の若者がさりげなく立ち、別の車両へ移っていった。

2人の若者に面識はなかった様子だったが、席の空け方が、どちらも絶妙なタイミングだった。老夫婦に席を譲ったことを、あえて知らせることはない、との配慮だったのだろうか。

私は席を空けたタイミングに、2人の優しさを感じたのだ。何をするにも、タイミングは大事なことだと思った。

 
連休中、ちょうど私が休みだった5日の夜、テレビで「阪急電車片道15分の奇跡」という映画が放映されていたのを観ました。ちょっと上の話とは意味合いが違いますが、電車の中で繰り広げられる、人々の心の触れ合いを描いていて、とても面白い作品でした。
 
全くの他人同士ですから、見過ごせば心の触れ合いなど、生まれるわけはありません。それがほんのちょっとの触れ合いから、お互い自分の持つ悩みや心の傷まで癒されていくのです。
 
上記の若者にしてもシャイなところがあるかもしれませんが、老夫婦に余分な気遣いをさせたくないという、優しい気持ちを持ち合わせていたのでしょう。
 
このように結構、電車の中にも様々な人間模様が生まれているものです。やはり基本はたとえ知らない者同士でも、相手への思いやりと優しさではないでしょうか。人とはしっかりと関わらなくてはいけません。

2012.05.07

プロ意識の欠如 No.2203

ゴ-ルデンウィ-クの長い休みが終わりました。と言っても、こちらは切替工事が重なり、休めたのは5,6日の2日間だけでした。それでもお陰さまで、順調に工事も進み、大きな問題もなく無事完了することができました。
 
やはりこの時期、私たち業界にとっては、仕事が何もなく、皆と一緒にゴ-ルデンウィ-クを楽しんでいるより、ずっと安心できるものです。まずは一安心、ほっと息をついているところです。
 
さて連休中、痛ましい交通事故が相次ぎました。中でも関越自動車道で7人もの方が亡くなった事故はとにかく悲惨です。事故が起こったのが、連休の初めでもある29日だっただけに、被害に巻き込まれた方々は最悪の連休となってしまったのです。
 
この事故、当初は原因が居眠りでしたので、運転手の過労によるものと思われていました。ところが調べが進むにつれ、どうも原因は別のところにあったようです。
 
1つには運行管理するバス会社・陸援隊のあまりにもずさんな体制です。事故を起こした運転手もいわゆる日雇いで、正式にこの会社に所属する運転手でもなく、月の勤務時間は100時間程度の軽微なものだったようです。
 
しかしながら、その雇用形態が違法とも言える名義貸しと言われるもので、大型2台、中型1台、小型1台の計4台のバスを所有するこの運転手が持ち込み、白バスのような営業を行っていたのです。
 
ですからバスの車検証には、使用者・陸援隊、所有者・運転手となっていたみたいです。また河野化山という、この運転手は実態のない会社「河野交通」という名前で、独自の営業を行っていたとのことです。
 
元々は中国出身の人間で、日本に帰化し日本国籍を取得しましたが、大型バスの運転免許を取ってからまだ3~4年とも言われている運転手です。従って接しやすい中国人観光客相手にバス会社の名義を借り、自らツア-の手配もしていたようです。
 
ですから事故を起こした路線の運転も初めてだったようで、アルバイトのようなものだったのです。これでは40人を超える乗客の被害者の方々は、本当にお気の毒とも言えるものです。
 
このような運転手に大事な吾が身を預けなければならなかったというのも、何とも悔やみきれないのではないでしょうか。とにかくプロ意識に欠けるこの運転手と、このような運転手を雇って運行を繰り返していたバス会社の責任は重大で、お話になりません。
 
とにかく昔と違って、大切な人命を預かる仕事に就いている方の中にも、そうした意識に欠けている人が少なくないとも言えるのではないでしょうか。一人のちょっとした不注意では済まされない、取り返しのつかない大事故です。

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