社長の三行日記

2011.12.22

今年最後のカキコミ No.2130

明日23日より大晦日の31日まで出張工事で会社を留守にするため、今年最後のカキコミとなります。巷でいろいろと伝えられていますように、弊社にとっても今年を振り返ると、あまり良い年ではなかったように思えます。
 
でもちょうど震災直後の3月18日、3年間の研修・実習期間を終え、故郷・中国に戻っていた劉君が在留許可が下りたことで、今月の12日に再来日し、新たに技術員として貴重な戦力となってくれています。
 
今でも思い出すのは彼の帰国の際、成田空港まで送っていたときの、空港内の異常なまでの混乱です。原発事故から日本を脱出しようとする、海外からの研修生や留学生などの慌てぶりです。
 
あのとき、つくづくこの人たちはやはり外国人なんだと感じたものです。祖国ではない日本など、いつでも捨てられるのを感じ、ある意味では非情さや虚しさのようなものを感じたものです。
 
そんな人たちに紛れ、晴れて3年間無事勤め上げて帰ろうとしていた、弊社の劉君が周囲から同じような目で眺められているのではないかと、少し気の毒に思ったほどです。
 
でも帰国してからほぼ9ヶ月、申請手続きをしてからも2ヶ月ぐらい要しましたが、劉君は約束どおり日本に戻ってきてくれました。
 
その間、日本語も忘れることなく、というか帰国してからも日本語を耳から音楽のように聴き流していたようですが、しっかりと運転免許の取得や自身の結婚など、再来日の準備を図ってくれていたようです。
 
やはり可愛い社員ですね。そこには日本人だとか中国人という分け隔てが全然ないものです。来年は彼の力ももっと借りて、益々小回りのよい、お役立ちのできる会社を目指したいと思っています。
 
1年間、いろいろな意味でお世話になりました。来年も変わらないお付き合いを是非、よろしくお願い申し上げます。ちょっと早いですが良いお年をお迎え下さい。
 
新年は6日より営業いたしますので、カキコミも併せて再開させていただきます。

2011.12.21

ちょっと良い話part86 No.2129

新聞の投稿欄から拾った、「日本人の心の温かさを知った」という、今年最後になる、ちょっと良い話です。殺伐としているような今の世の中で、これが本来の日本人だと知らされた話でもあります。
 
中国から11年前に来日した当初、日本に溶け込めず、日本人の冷たさを感じる時期があった。その後も違和感のようなものはあったが、先月の出来事が私の気持ちを大きく変えた。

1歳の長男と名鉄瀬戸線の森下駅で降りる際、開く扉の戸袋の隙間に息子の右腕が引き込まれてしまった。乗客の男性が非常ボタンを押し、周囲の人と戸袋の隙間を力いっぱい広げようとした。

大泣きする息子に男性は「大丈夫!もうちょっとだから」。乗務員さんが手動で扉を開け、息子の腕が抜けた時、歓声が上がった。駅員さんが病院に付き添い、翌日も見舞いの電話をいただいた。

私は驚いた。見知らぬ子どものために、たくさんの人が必死に助けようとしてくれたことに。日本では「渡る世間に鬼はない」というが、本当だ。人の心の温かさに触れ、幸せな気持ちになった。

 
ちょっぴり心の和むお話です。でもこれが私たち日本人の本来の姿ではないでしょうか。人が困っていたら、そのまま見過ごせない。そして「袖すり合うも他生の縁」という言葉もあるくらい、関わりあう人たちは全くの他人ではないという、旧来の教えです。
 
今年、不幸にして東日本大震災が起こり、多くの人たちが犠牲になり、信じられないくらいの尊い命まで奪われてしまいました。今でも当時の映像や、その後の変わり果てた、それぞれの地の様子を眺めると、本当に身につまされる思いで胸がいっぱいとなるものです。
 
そんな思いから、せめて自分にできることは何かと考えた結果が、全国から寄せられた、かつてないほどの多くの善意ではなかったでしょうか。
 
一部の方は今でも定期的に被災地でのボランティアを続けています。本当に頭の下がる思いです。触れたくはありませんが、これが先日少し紹介した、中国での2歳の女の子が車にひかれたのに、18人もの人たちがそれを見過ごし通り過ぎていった、ということと根本的に違うところです。
 
日本人の持つ、生来の人間的な優しさがあるからでしょう。今年は総括的に良い年ではありませんでした。でも今年を象徴した言葉「絆」を改めて見直し、さらに強めていく転機にもなったような気がします。

2011.12.20

金正日総書記の死亡 No.2128

あの大変な国からビッグニュ-スが飛び込んできました。北朝鮮の金正日総書記が亡くなったっとの報です。移動中の列車の中で、急性心筋梗塞で倒れたというのです。
 
これによりお隣の韓国はじめ、周辺の諸国は大混乱です。何しろ後継と言われる金正恩氏はまだ20代、その政治的はじめ国家をまとめることのできる手腕が全く未知数だからです。
 
一部には軍による主導が強くなるのではないかという不測の事態に備えて、我が国をはじめ、安全保障面でその情報収集に躍起となっています。とにかく何が起こるか判らない国だけに、不気味です。
 
それにしても、この国の奇怪さをまたまた感じたものです。現地の映像からは平壌だと思われるのですが、人々の総書記を偲び、泣き崩れる姿が映し出されていました。
 
またテレビでこの訃報を伝えるアナウンサ-は、ここ2ヶ月ぐらい消息不明となっていた名物女性のアナウンサ-でした。喪服に身を包み、悲しみから搾り出すように伝えていた声が異様に思えたほどです。
 
この平壌という街そのものが軍の関係者や、政府の要人などが多く住むということから、大声で泣き叫ぶ姿など、わざと流されていたようにも思えるものですが、本当に心から悼み悲しんでいるのか疑問に思いました。
 
何しろ悪の枢軸ともアメリカに言われたこの国を、独裁的に仕切っていた人です。一般国民は干ばつなどの影響から飢えと貧困に苦しんでいたというのに、自らを省みず、ぬくぬくと特権階級として生き抜いてきました。
 
ですから一般国民の間では涙など、とても流せるどころの心境ではなかったものと思われます。しかしながら金正日総書記の死亡により、否が応でも新しい体制が敷かれることとなります。
 
この体制如何によっては周辺諸国の緊張は一層高まるものではないでしょうか。またある意味では、金正日体制では全く解決の糸口が掴めなかった拉致問題が、少し前向きの展開が見えるかもしれません。
 
でも苦しんでいる国だけに、こちらから求めていくというやり方ではなく、相手の弱点をうまく誘い出すという方法でなければ活路は見出せないかもしれません。とにかく、あまり期待は持てませんが、独裁者が亡くなっただけに、いくらかの可能性は見出せるかもしれません。それに期待したいものです。

2011.12.19

ブランド引き抜き作戦 No.2127

ソフトバンクのエ-スとも言える杉内投手の巨人入団が決まりました。一言で言って、非常に残念です。「ブル-タス、お前もか」という感じなのですが、ベイスタ-ズの村田選手、そして同じソフトバンクのホ-ルトンまで同じ巨人入団とも伝えられています。
 
またまた巨人のブランド引き抜き作戦が始まりました。折角、チ-ム内で育成選手などの台頭が近年出てきたばかりなのに、これでは元の木阿弥となってしまいます。
 
そういった生え抜きの選手たちのやる気というものも、少しは考えているのでしょうか。清武の反乱などと伝えられた今回の事件、決して清武さんのやったことが全面的によいとは思っていませんが、清武さんが下積みから頑張っている選手を引き上げようと努めていただけに、ある意味ではこうしたやり口への不満も含まれていたのではないでしょうか。
 
それにしても、そのやり方だけを眺めていると、他所の球団のことなど、どうでもよく、自分のところだけが良くなればいいというやり方に見えます。まさに財力にものを言わせた、横暴とも言えるやり方です。
 
これが球界の盟主と呼ばれる、あの長嶋さんも言う、栄光の読売巨人軍のやることでしょうか。定着してきたドラフトは各球団の戦力均等を考えて実施されました。そしてその結果、次第にセ・パリ-グや各球団のバランスがとれてきています。
 
一方、巨人軍の方はというと、それにより思うようにスタ-選手を集めることができなくなってしまいました。中には今年のドラフト1位のように、何が何でも巨人でなければダメという選手もいますが、ほとんどは各球団に分散されていきました。
 
その結果、プロ野球が少しずつ面白くなっていったのです。昔のように新人を思うように集めることのできなくなった巨人軍は、その後、戦略を変えFAという制度に着目し始めました。ある球団に何年か一定の期間所属していると、自由に所属する球団を選ぶことができるという制度です。
 
こうしてFA資格を有した選手を、今度は金の力で集めようとする戦略に変じていったのです。そして実施されたのが落合、広沢、清原、工藤、江藤、そして近年では小笠原という、各球団の主力選手とも言える獲得だったのです。
 
ですがこんなことを繰り返していっても、球団の人気は一向に上がらないどころか、むしろ下がるばかりです。やはり人々の間に、バランス感覚というか、判官びいきの心情があるからでしょう。
 
それにしても、これだけの選手を集めてみても、もし優勝に手が届かなかったときはどうするのでしょう。アンチ巨人の私たちは昔のように、憎らしいくらい強い巨人をまた見たいところもありますが、野球は結構、良い選手ばかりでも強くなるというものでもありません。果たして来年はどうなることでしょうか。

2011.12.16

由紀さおりさんの大ブレ-ク No.2126

由紀さおりさんがアメリカで大ブレ-クしています。由紀さおりさんと言ったら、夜明けのスキャットなどで知られる、私たちの年代ではよく知られた方なのですが、なぜ今?と思わせられる不思議さを感じています。
 
つい先日も新作アルバムが欧米で大ヒットしている関係で、アルバムの共演者であるピンク・マルティ-ニのニュ-ヨ-ク公演に、ゲスト出演したと伝えられていましたが、約1500人の満員の観衆から盛大な拍手を送られていたとのことです。
 
公演では「夜明けのスキャット」の他、「ブル-ライトヨコハマ」「真夜中のボサノバ」など、私たちにはお馴染みの昭和の歌謡曲のほか、「ホワイト・クリスマス」を日本語の訳詞でしっとりと歌い上げたそうです。
 
あの澄んだ綺麗な歌声が外国人を魅了するのでしょうか。でも私たちの年代ならその良さは解るのですが、今の若い世代の方々にも、このように驚愕とも言える、大きな歓声に包まれるなんて、ご本人すら予期せぬことだったのではないかと思われます。
 
それだけ今を生きている方々が癒しを求めているということなのでしょうか。「夜明けのスキャット」といったら発売が1969年と言いますから私たちの学生時代のことです。
 
深夜までニッポン放送の「オ-ルナイト・ニッポン」などをよく聴いていたことを懐かしく思い出します。この曲が150万枚のミリオンセラ-となり、その年の紅白歌合戦にも初出場し、由紀さんは歌手として着実に歩み始めたのです。
 
それから最近まではお姉さんの安田祥子さんと共に、童謡などの愛唱歌をよく歌われていました。それだけになぜ今?という思いが一層募られたわけです。
 
由紀さんはニュ-ヨ-クの舞台で、アメリカからの東日本大震災への支援に触れて、感謝の言葉を英語で語りかけたそうです。いつ何が起こるか、全く判らないこの時代だけに、こうして生きていることへの感謝の気持ちを、お互い改めて感じ合っているのではないでしょうか。
 
そして由紀さん自身が語っているとおり、歌の中の日本語の響きが優しくてきれいということで、日本語をそれなりに受け止めて頂いたということでしょうか。とにかく、ある日突然のブレ-クに思えるようなことでも、やはりそれなりの下地や要因はきっとあると信じたいものです。

2011.12.15

野田政権の問われる真価 No.2125

今週の月、火、水と3日間、忙しい仕事でバタバタしていましたので、カキコミができず失礼いたしました。やはり年末はいろいろと立て込み、気忙しくなるものです。
 
恒例の今年を占う漢字1文字が発表されました。いろいろなことがあった本年、私の予想したとおり「絆」で決まりました。とても良い言葉ではないかと思っています。
 
この不幸な震災を契機として、「」を深め、もう一回本来の日本人の持つ、お互いの思いやりや優しさという人間性を見直すチャンスでもあるように思えます。
 
また、この漢字の発表がなぜ清水寺なのかということも、テレビで伝えていました。以前その講演をお聴きしたことがありますが、貫主の森清範さんが達筆ということからのようです。
 
さて月に1回送られてくる時流レポートにこんなことが書かれていました。野田内閣が誕生して3ヶ月、国民の幻滅と怒りを買った鳩山・菅前政権と違って、少し期待が持てるのではないかと思っていましたが、案外期待外れに終わっているというのです。
 
それはなぜかというと、こうありたいと思ってていても、そこに到達する手段とか根回しがないという理由からです。TPPや消費税にしたって、日本の将来的なことを考えれば、やはりその方向性は間違ってはいないと言うのです。
 
ただ、やるべきこととやれるかは違うと指摘していました。まず目標をポンポン言ったり、それも突然に、しかも外国で言ったりするのは、私たちが感じているとおりいろいろと問題が多いのです。
 
TPPの問題にしても、日米首脳会談後のアメリカ側発表では、野田首相から全ての品目とサ-ビス分野について、その交渉の場に乗せるという発言があったというのに対し、そんなことは一言も言っていないと、全く食い違っています。
 
たぶん多少のリップサ-ビスがあったのを、そのように捉えられたのではないでしょうか。とにかく毅然とした姿勢が求められるものです。このTPPでアメリカから突きつけられると思われる、3つの大きな問題があると触れていましたので紹介しておきます。
 
第1に牛肉です。BSEの関係から日本は生後20ヶ月以下でないと輸入はしていませんが、他国は30ケ月です。それをいつまでも突っ張っていないで、そろそろ緩和しろという要求です。
 
それから第2に、保険の問題です。アメリカは農産物と金融ぐらいしか武器が残っていないという指摘です。簡保が80兆円、農業共済の契約高は44兆円、この乗っ取りを狙っているというのです。
 
もう1つは自動車です。日本の自動車規制が多いから米車が売れないという、アメリカの見方です。自動車重量税の40%、同取得税の70%が交付金として地方に行っているということですが、このあたりが狙われそうだという指摘です。
 
とにかく、いろいろと突きつけてくる無理難題が多いものと思われます。お隣の国、韓国もFTAを米と結び、ISD(投資家対国家紛争)という、投資家の利益を国家の政策に対して保護する条項を押し付けられたそうです。
 
それだけに軽々しく協定の場に乗ると、日本はえらい目に遭わないとも限りません。またこのTPPに関しては改めて取り上げたいと思っていますが、我が国の首相、TPPと消費税という大きな難題に、少しでもその舵取りを間違うことができないものです。

2011.12.08

あなたへ No.2124

被災者の方々はこの寒い冬を迎えて、どんなに厳しい思いをされているのでしょうか。この震災で亡くなった旦那さんに奥さんからの「あなたへ」という手紙です。
 
ひぐらしがうるさい位鳴いています。きょうは八月二十一日、日曜日、お盆を過ぎて街は静かになりました。あなたが突然いなくなって五ヶ月と十日、もう五ヶ月、まだ五ヶ月ととても複雑です。

あの日忘れようにも忘れられない東日本大震災が起きました。あなたは迎えに行った私と手を取り合った瞬間、凄まじい勢いで波にのまれ私の目の前から消えました。

いったい何処へいってしまいましたか。あの時から私の心はコンクリ-ト詰めになり、山々が新緑に覆われても桜が咲いても、何も感じることができず、声を上げて泣くことすらもできずにおります。

そして息子達も私も語り尽くせぬほどの様々の事があって今日に至ります。突然いなくなったあなたに伝えたいこと、聞いてもらいたいことが山ほどあって、心の整理がつかないけれど手紙を書くことにしました。

お店のこと心配していますか。お店はたくさんの方々の応援をいただいて四月二十三日仮店舗をオ-プンしました。13坪の土地に3坪のプレハブ、テントをひと張り、混乱の中で息子達はほんとうによく頑張りました。

そのお店の真向かいには一軒家も借りることができ、家族五人で暮らしています。全国の皆さんからはたくさんの支援をいただいてその上素晴らしい方々とも出会うことができました。

また私が書いたお酒の「負けねえぞ気仙沼」のラベルがとても好評で、多くの方々に買って頂いています。ある方に「これは旦那様が書かせてくれたのよ」と言われました。

私もきっとそうだと思っています。何も言えずに別れてしまったから、ありがとうと伝えたくて切なくて悲しくて、どうしようもないけれど、38年間一緒にいてくれて仲良くしてくれてほんとうにありがとう。

守ってくれて支えてくれてありがとう。感謝しています。これからはあなたが必死で守ってきたお店ののれんは、私が息子達と守ります。大丈夫です。あなたはきっと何処かで、私達のこと見守ってくれているのでしょう。

季節の巡りは早く、間もなく涼風が吹いて秋がやってきます。願わくは寒くなる前に、雪の季節が来る前にお帰り下さい。何んとしても帰ってきて下さい。

家族みんなで待っています。私はいつものように、お店で待っています。只々ひたすら、あなたのお帰り待っています。

 
手を取り合った瞬間に、津波に呑まれて目の前からいなくなってしまったのでは、何ともたまらない思いでなかなか心の整理がつかないのではないでしょうか。このような方がもっといっぱいいられることと思われます。
 
あまりにも運命の残酷さが伝わってくるものです。この手紙が書かれてから、もう4ヶ月近く経ちます。宮城県気仙沼はもうすっかり厳しい冬が訪れていることと思います。
 
厳しい寒さの中でほんとうに大変だと思われますが、生きている方々が精一杯頑張って努めていくことが、亡くなった方への供養にも繋がるのではないでしょうか。
 
明日は早朝より静岡及び平塚に出張のため、カキコミは休ませていただきます。

2011.12.07

なでしこジャパンの与えてくれたもの No.2123

今年の流行語大賞は「なでしこジャパン」と決まったようです。女子サッカーが、日本女性の優雅な“美しさ”をたたえる意味として用いられている 、“なでしこ”という呼び名の大合唱を巻き起こすまでに、国民的な共感を与えてくれたということからです。
 
不幸にして招いてしまった未曾有の大地震から、日本中が暗く落ち込んでいるとき、なでしこジャパンの大活躍は私たち日本国民に大きな勇気と感動、そして希望を与えてくれました。
 
ですから流行語大賞などと聞くと、ちょっと下衆な響きがないわけでもないので、もっと今年全体を振り返ってという意味でも、一番の立役者ではなかったでしょうか。
 
その彼女たちのリ-ダ-的存在であった、沢穂希さんが書かれた「負けない自分になるための32のリ-ダ-の習慣」という本を少し眺めることができました。
 
はじめにこんなことを書かれています。私は昔から「有言実行」のタイプで、夢や目標は積極的に口にするほうでしたが、最近では「言霊(ことだま)」って本当にあるのかな、と思うようになりました。

言葉には魂がある。だからこそ、それが力になるし、同時に責任も生まれます。言葉にすることで自分の中でもイメ-ジがしやすくなり、鮮明になります。そして、それが実現したときのことを思うと楽しくなります。

 
そして32もの挙げていた習慣のうち、主だったものを少し紹介させて下さい。
 
・ 夢や目標は、積極的に「言葉」にする
・ 自分で自分の限界を決めない
・ リ-ダ-は「背中」で見せる
・ リ-ダ-だからといって、完璧でなくていい
・ 何にでも「ありがとう」という感謝の気持ちを持つ
・ まったく別の世界の人と交友関係を持つ
・ 前例のあるなしで、物事を決めない

 
やはり初めから不可能だと思わず、何でも前向きに挑戦していく姿勢が求められています。そして心の中にただ、しまっておくのではなく、絶えず口に出したりして、夢を現実に近づけていかなければいけないのでしょう。
 
あの決勝戦、最後のPK戦の直前、なでしこの面々が素敵な笑顔でいたことが思い出されます。他人に勝つより、まず自分に負けないことの大切さを知らされているように思えます。

2011.12.06

善意が仇 No.2122

先日少し触れた、横浜DeNAベイスタ-ズの監督候補に挙げられていた工藤さんは、その就任が実現できませんでした。GMの高田氏との信頼関係が築けなかったとのことですが、新生球団ゆえ、フレッシュな工藤さんみたいな方なら面白いと思っていただけに残念です。
 
さて、ある意味では、中国らしい出来事が新聞に載っていましたので紹介したいと思います。弊社の研修・実習生の故郷でもある、河南省鄭州での出来事です。
 
大根を300トン無料で差し上げます」、ここで農家を営む人がこんな呼びかけをしたところ、1万人以上が殺到し、畑が荒らされる事態になったというのです。
 
農民の韓紅剛さんは約4万ヘクタ-ルの畑に、今年300トンの大根が育ったと言います。しかしあまりにも採れ過ぎたために、生産過剰による価格暴落で、出荷しても採算が取れないと判断しました。
 
そこで腐らせるよりましと思い、地元メディアに連絡し「無料で市民に食べてもらいたい」と伝えました。このことが報じられたその日から、韓さん宅は大変な騒ぎとなりました。
 
電話は鳴りっぱなしで人々が畑に殺到します。呼び掛けた大根は翌日昼にはなくなり、そうすると今度は「だまされた」とか「ガソリン代を損した」という苦情が殺到したのです。
 
おまけに大根以外のホウレン草やサツマイモ、唐辛子なども、近くの畑から勝手に掘り起こして持ち帰ってしまったのです。持ち主の韓さんは畑で何度もサツマイモはダメと叫び続けたのですが、あまりにも押し寄せる人のため、声がかれただけで無駄な抵抗に終わったようです。
 
その被害額は100万円にも上ったそうですが、1農家の善意による呼びかけが仇となってしまったのです。まさに略奪ともいえる騒動にまで発展してしまったのです。
 
群集心理とも言うのでしょうか、またタダなどと言われれば、貰わなければ損という気持ちが働いてのことでしょう。誰しも持っているこうした気持ちが、ずいぶんとエスカレ-トしてしまいました。
 
もし同じことの呼びかけが日本であったらどうでしょうか。かつての日本だったら、とてもこのような事態を招くことはないでしょうが、現在の日本ではちょっぴり心配になりました。でも我が国では絶対ないと、いつまでも信じていたいですね。

2011.12.05

ノンアルコ-ルの台頭 No.2121

12月に入り忘年会のシ-ズンとなっています。自分も既に2つほど済ませ、これから会社の分を予定に入れなくても5~6回入っています。嫌いではないだけに、つい飲み過ぎには注意したいものです。
 
そんなお酒のシ-ズンで賑わうこの頃ですが、ノンアルコ-ル飲料が俄然人気を博しているようです。これは飲みたくても体質的に飲めない人や、車の運転などの関係で飲めない人に、その場の雰囲気を壊さず楽しめているからです。
 
確かにいくら飲めないからと言っても、お酒の入るような場では会話も弾むし、楽しい話題も豊富に出てきます。そんなとき、一人しらけることもなく、普通の飲料よりノンアルコ-ルの方が一緒にその雰囲気を楽しみやすくなるからだと思われます。
 
このノンアルコ-ル飲料が登場して2年半、ビ-ルやワインは人気がうなぎのぼりで、その市場が3倍にも膨れ上がっていると言われています。
  
アルコ-ル度0.00%のビ-ル・キリンフリ-を初めて出したキリンでは、当初よく酒を飲む男性をその対象に想定していたみたいですが、蓋を開けてみると購入者は男女が半々で、女性からの人気も高いようです。
 
これは育児中の女性が、急に子どもを病院に送迎しなければいけなくなったり、また妊娠中のお母さんがアルコ-ルを飲めないことなどから、その用途は高まっているそうです。
 
また昼間からあまり酒などを飲むことのできない、お昼時の商談や接待にも活躍しているようです。気分だけ盛り上がって乾杯もでき、次の仕事に影響が出ないためには打ってつけの材料とも言えるわけです。
 
まあ、お酒などはある程度、その雰囲気で飲んでいるところもあるからでしょう。とにかく開発した人の先見性や技術力は優れたものです。その場にいる全員がフリ-で乾杯することなんて、一昔前では考えられなかったことです。改めて新市場の発見や開発の必要性を学ばせられたものです。

2011.12.02

新生横浜DeNAベイスタ-ズの誕生 No.2120

横浜DeNAベイスタ-ズが正式に承認されました。各球団のオ-ナ-会議で認められたものですが、楽天を除く他球団の異議がないことから、プロ野球への正式参入が決まりました。
 
それにしても反対した楽天は、いくら同じIT業界とはいえ、少し尻の穴が小さいように感じられたものです。もちろんプロ野球は私利私欲を求めるものではなく、公共性を併せ持たなければいけないものですが、逼迫していた球団ゆえ、もう少し寛容的でもよかったのではないでしょうか。
 
まあ、それだけこのモバゲ-で知られるDeNAに対しては、改めて企業のPR的な価値ではなく、そうした使命を理解してもらわなければ困るわけですが、収益の上がっている企業ゆえ、もっとプロ野球を面白くするため、潤沢な資金を是非つぎ込んでもらいたいものです。
 
今、水面下で工藤監督擁立の話が進んでいるようです。工藤さんと言えば、昨年はどこにも所属できませんでしたが、48歳の現役最年長投手として224勝を挙げている大投手です。
 
またその投球フォ-ムは専門家からも、子どもが一番真似すべき理想的なものと言われています。それだけに現役選手に区切りをつけ、もうそろそろ後進の育成に手掛けてもいいのではないでしょうか。
 
それからこの球団、現在ジャイアンツを退団することに決まったラミレスを、獲得するような動きがあると聞いています。今までチ-ムの大砲となっていた村田選手がFA宣言し、その去就がわからないだけに、ラミレス獲得は是非実現させてもらいたいものです。
 
また巨人入りか、などと伝えられている、ソフトバンクでFA宣言した杉内投手の獲得にも乗り出してもらいたいと思っています。そして阪神から戦力外通告を受けたベテラン・下柳投手なども加われば、若手への刺激や育成という意味でも面白いのではないでしょうか。
 
それとあきらめず、主砲の村田選手の引止めにも努めてもらいたいものです。資金面でも豊富な親会社と思えるだけに、このような戦力補強が可能となればまた球団の魅力が増すものと思われます。
 
とにかく、DeNAはただその名前の売り込みを図るのではなく、魅力ある球団作りが求められています。結果的にはその実現が企業イメ-ジを高め、若年層を含んだ大きなファン層の拡大に繋がることと思われます。そういった意味からも、新生横浜DeNAベイスタ-ズ球団の使命は決して小さなものではないはずです。

2011.12.01

60歳のラストラン No.2119

先日朝のテレビで放映していた、「60歳のラストラン」という番組を眺め、爽やかな感動を覚えました。競輪暦41年、1950年12月生まれというから私より学年は1つ下ですが、60歳11ヶ月になる西村康博さんという競輪選手の最後の花道です。
 
もちろん現役3300人余りの選手の中で最年長になるわけですが、これまで通算614勝を挙げ、地元の佐賀県武雄競輪場で最後のレ-スに挑もうとしていたのです。
 
語呂の良い日を選んだのかもしれませんが、2011年11月11日のこの日、第7レ-スに出場した西村さんは惜しくも9人中4着に終わりましたが、追い込みが得意で鉄人レ-サ-と呼ばれるだけあって、最後のゴ-ルは横一線、ほとんど差のない勝負だったのです。
 
まずは60歳のこの年で、若い人に混じってこれだけやれることに驚いたものです。もちろん、ここまで走れるのには並大抵の努力ではないでしょう。日頃の練習や、生来の頑丈な体とその節制の賜物ではないでしょうか。
 
ラストランを終えた西村選手には、スタンドの観客から惜しみない拍手と賞賛の声が送られていました。まさに選手冥利に尽きるものでしょう。この日のレ-スが3801回目となり、614勝も挙げているのですからファンの期待にも応えているわけです。
 
その通算の3連対率は39.5%と言われますから見事なものです。レ-ス後、可愛い孫娘から花束を受け取る姿は、大きな役目を果たし終えた解放感からか、もう勝負師の顔からはすっかり離れ、素敵な笑顔のおじいちゃんそのものでした。
 
それから西村さんのコメントがまた良いものでした。「昨夜はあまり眠れなかったが、無事に終わってほっとした。両親が丈夫な体に生んでくれたこと、妻の内助の功のおかげで長く選手生活を続けることができました
 
やはり一人だけではなく、家族の大きな支えがあったからここまで続けられたのでしょう。支えてきた奥さんもこの日を迎え、本当に嬉しそうでした。
 
41年もの長い間、1つのことをやり通した人の顔は何とも言えない、素晴らしいものです。とてもこの西村さんの足もとには及びませんが、片鱗でもいいから、少しでもこの世を生き抜いてきたという証しを作り上げなければと感じさせられたものです。

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