社長の三行日記

2012.12.27

今年を振り返って No.2336

明日が会社大掃除のため、本日が今年最後のカキコミとなります。今年も1年間いろいろとお世話になりまして有難うございました。やはり振り返ってみて、今年は激動の年ではなかったかと思います。
 
第一に長年連れ添ってくれている女子事務員が、年が変わってすぐの1月下旬に倒れてしまいました。幸い後遺症はほとんどなく8月中旬に復帰できたものの、その間、多くの人たちにもご心配をお掛けし、励ましの声も頂きました。
 
半年以上の長期離脱は会社にとっても、資材調達等を預かる立場からいろいろと大変でした。また会社の窓口となる電話応対にも彼女が出られなかったことから、お客様にもご迷惑をお掛けすることが少なくなかったことと思われます。
 
改めて彼女の存在を思い知らされたものです。それから昨年12月より中国から再来日した、弊社技術員、劉慶くんの目覚しい成長ぶりについても触れなければいけません。
 
3年間の研修期間を経て一時帰国したのが、ちょうど東日本大震災の起こった直後でした。そのときの空港での模様はこの欄でも触れたかもしれませんが、彼以外のほとんどの外国人はまるで日本から逃げ出すような慌てぶりでした。
 
でも彼は無事研修期間が終わり、たまたまその時期が重なっただけですから、お互いの再会を固く約束して別れたわけで、別れという感傷的なものは一切ありませんでした。
 
ただ中国内での諸手続きが思ったより手間取った関係で、再来日には半年以上の期間を要してしまいました。その間、彼は自国で結婚までして、日本でのその後の生活も描きながら準備をしてくれていたのです。
 
こうして正式に技術員として再入社したわけですが、決して割り切った仕事ぶりだけではなく、本当によくやってくれています。日本語の習得も優れていて、来年か再来年、顧客の中国工場進出計画に向けては単なる技術員としてではなく、大きな力を発揮してくれるのではないかと思っています。
 
また私個人的には夏から秋に掛けて、いっぺんに二人の可愛い娘のおじいさんになることができました。長女の娘が8月、そして次女の娘が11月に誕生したのです。この欄でも初めの孫については紹介させていただきましたが、どちらも本当に可愛い存在です。
 
長女の方が由稀(ゆき)、そして次女の娘が羽菜(はな)と呼ぶわけですが、二人の存在で家の中がこんなにも和むかなと思えるほど、賑やかになるものです。
 
こうして孫とともに迎える初めての正月ですが、来る年が穏やかで皆の無事息災を何よりも願いたいものです。今年も1年間、いろいろとご愛顧をいただき、有難うございました。どうぞ皆様も良いお年をお迎え下さい。
 
来年は1月7日より営業となりますが、8~9日は年始の挨拶回りのため、カキコミは9日より再開します。よろしくお願い申し上げます。

2012.12.26

被災地からの年賀状 No.2335

大震災の被害を受けた東北各地には、2度目の年越しがやってきます。依然として復興が進まず、まだ本当にお気の毒な現況なのですが、一足早く被災地から寄せられた年賀状が紹介されていました。
 
■ママ、げんきだよ 

岩手県釜石市鵜住居町の保育園児、川崎遥斗(はると)君(4)は天国のママに宛てた。 元気いっぱい遊び、帰ってくるとぐっすり眠る。楽しく遊ぶ様子をママに知らせたくて保育園でピクニックに行くときのバスの絵にした。

名前は自分で、「げんきだよ」の文字は祖母の弘子さん(55)に手を添えてもらって書いた。 昨年の大津波の4日後、遺体安置所で母真理子さん(当時25)と対面した。その夜、遥斗君は弘子さんに「ママ、治るかな?」と聞いた。今年の七夕の短冊には「ママ、会いに来てね」と書いた。

「飛行機で空に上がり、ママを連れて帰ってくる」。最近はこんなことを言うようになった。育てる弘子さん夫妻は真理子さんの死を何度か教えており、以前ほどママの話はしなくなったという。それでも会いたいのだ。その気持ちはママにきっと伝わっている。

■支援に感謝 新居決まりました 

福島県相馬市の仮設住宅で暮らす阿部洋子さん(66)は、ボランティアで野菜などの支援物資を何度も運んでくれる長野県小諸市の男性に宛てた。「感謝の心を伝えたいから」 

津波で家を流され、消防団副分団長の長男健一さん(当時39)を亡くした。いまでもふとした時に涙が出る。 

仮設住宅暮らしは1年半を超えた。自宅跡から2キロほどの高台に出来る災害公営住宅に移ることがようやく決まった。地元に近い場所に住める。「希望の春」にその思いを込めた。

■10歳、会えない友達へ 

小学5年生の紺野ななさん(10)は原発事故で福島県浪江町から避難し、同県二本松市で再開した浪江小に通う。ふるさとで同じクラスだった仲良しの女の子に書いた。

土日も放課後もいつも一緒に遊んでいたが、今はどこに避難しているのかわからず、宛先が書けない。「遊びに行く時はいつも手をつないでいたから、今度会った時も手をつなぎたい」。そんな思いを込めた。

■川内村 よみがえれ! 

原発事故で住民の避難が続く福島県川内村の遠藤雄幸村長(57)は村再生への思いを込めた。今年1月の「帰村宣言」を経て3月に役場は元の場所に。ただ、戻った村民は半分にも満たない。

例年、年賀状にはその年の目標を書く。「強く思えば思うほど思いは通じる。だから、明るい未来しか想像しない」 

■気仙沼から、宮崎のカツオ漁師へ 

宮城県気仙沼市の芳賀清成さん(85)はカツオ一本釣り漁船が朝日を浴び気仙沼漁港を出て行く様子を水彩で描いた。長年付き合いがある宮崎県日南市の第21愛宕丸の元漁労長に宛てた。 

入港すると、野菜や焼酎につけた渋柿を土産に持たす。逆にカツオの塩辛を大量にもらうことも。 津波で長女を亡くし、年賀状を出すのは2年ぶり。気仙沼を支えるのは今もカツオ。

だから「黒潮とともにお出(いで)下さい」と書いた。被災後しばらく酒を控えていたが、今年秋、愛宕丸の乗組員らと酌み交わした。酒も魚も漁師も本当に好きだ。 

 
私たちが当たり前のように暮らしている裏には、不自由な仮設住宅や、愛する故郷を離れ、ただ遠くから想いながら、このように暮らさなければならない方々がまだまだ少なくありません。
 
早く元の暮らしに戻れるよう、祈るしかないものですが、少しでも幸せのお裾分けをみんなで届けてあげたいものです。来年はもっともっと良い年になれるように!

2012.12.25

有馬記念から No.2334

いよいよ暮れも押し迫ってきました。年賀状もまだ手をつけていない自分にとっては、やはり気ぜわしい年の暮れですね。毎年思うことですが、もっと早くから手をつけていればと思うのですが、いつまで経っても変わらないものです。
 
さてクリスマスを挟んだ休日の日曜日、年に1回のファン投票で選ばれる人気馬による有馬記念が行われました。日頃、競馬はやらない私ですが、この日だけは周囲に刺激されて馬券なるものを買ってみたくなるものです。
 
もちろん、そんなわけですので当然、当たりはしなかったのですが、レ-スはさすが有力馬によるものだけに、面白かったみたいです。と言うのは、所詮は、にわかファンたるところで、馬券は買ったもののレ-スなど全然見ていないのです。
 
でも聞いたところによると、私が買ったル-ラ-シップなどはスタ-ト直後、ゲ-ト内で大きく立ち上がってしまって出遅れ、スタ-ト直後に10馬身ぐらい離されてしまったというのです。
 
これでは地力は出場馬の中でも抜けていると言われても、3着に浮上するのがやっとで、最後の伸びに欠けてしまうものです。むしろよく3着にまで上がってきたと思えるもので、懸念されていたスタ-トが悔やまれてしまいます。
 
こんな中、優勝したゴ-ルドシップは3歳馬ながら、古馬に交じっても全然臆することなく強い競馬をしたみたいです。最後の第4コ-ナ-を回った時にはまだ10番手と、圏外とも思える位置だったのですが、大外を回ってからの末脚がさすがと思える凄いものでした。
 
まさに伝えるように21世紀の芦毛の怪物かもしれません。このように同じ3歳の、牝馬でもあるジェンティルドンナ同様、若くて強い馬が出てくると、私たち競馬をよく知らない人間でも興味を持つものです。
 
このジェンティルドンナの父はあのディ-プインパクトです。またゴ-ルドシップについては、母の父と言うから祖父に当たるわけですが、やはり一世を風靡したメジロマックイ-ンです。どちらも良血に恵まれているのを十分活かしていると言えるのでしょう。
 
一方、3着に敗れたル-ラ-シップは秋の天皇賞、ジャパンカップに引き続き、ゲ-トでつまづく悪い癖が直らないことで、ここで引退かなどと囁かれていますが、上記の2頭同様、良血馬だけに本当の力を1回見せつけて欲しいものです。
 
このように毎年恒例の有馬記念が終わると、年の瀬がぐっと迫ってくるものです。今年を代表する漢字が「金」ということのように、有馬記念も見事、その金で締めくくりました。こちらにはとんと縁のない「金」ですが、来年は是非それにあやかれるよう祈りたいものです。

2012.12.20

女性新大統領 No.2333

保守と革新の一騎打ちとなった韓国大統領選では、与党の朴槿恵(パククネ)氏が勝利を収めました。女性では初めての大統領だと言われます。また父親は元大統領で、軍事クーデターで権力を掴んだ朴正熙(パクチョンヒ)氏です。
 
こう紹介すると強権政治が復活するように思えるかもしれませんが、この方、結構その生い立ちが大変だったみたいです。父の大統領就任に伴い、中学2年のときに大統領府で暮らすことになり、経済発展の基礎を築いた父や、それを支える母の仕事ぶりを間近に見ながら育ちました。
 
しかしフランス留学中の22歳の時、父を狙った流れ弾で母を亡くし、その父も5年後に側近の銃弾で射殺されたのです。この母が「国母」と言われるくらい、多くの国民の嘆願に耳を傾け、慕われていたみたいです。
 
でも新聞で初めて知ったのですが、新大統領は独身だったのですね。それで「私には面倒をみる家族も、財産を譲る子どももいない。国民だけが私の家族であり、国民の幸福だけが政治をする理由だ」 と、選挙中に述べた理由が解りました。
 
ですからやはり孤独で寂しい境遇なのでしょう。そして愚直なまでに原則と信念を曲げない一途な性格だと言われています。それゆえ敵も少なくないわけでしょう。
 
我が国の衆議院選挙と違い、今回の大統領選はまれに見る激戦だったと言われます。従って国民は保守と革新の真っ二つに割れたわけですから、これからの政治運営は国民をまとめていくのに大変だと思われます。
 
それゆえ朴大統領の手腕を問われるわけですが、苦労人だけに男が持っていない、母のような優しさをいかに国民に向けていくかです。
 
考えてみたら、これで我が国をはじめ、この韓国や中国そしてアメリカと、4つの国の全ての政治指導者が替わったわけです。ですから旧態依然としたものではなく、それぞれ新しいリ-ダ-シップを発揮し、今までと違った世界を創っていってもらいたいものです。
 
朴大統領は節約家とも言われ、同じ靴を10年以上も履いていることもあるそうです。またピアノやギタ-を演奏したり、教師を目指していた時代もあると言いますから、感性にも富み、庶民感覚も持ち合わせているのでしょう。是非、竹島に乗り込んだ前大統領の愚行などないよう祈りたいものです。
 
明日21日は終日、挨拶回り他で会社を留守にするため、カキコミは休ませて下さい。

2012.12.19

平和憲法の危機 No.2332

朝日新聞の「ひと」という欄に、こんな話が載っていました。気骨ある高齢者ならではのもので、ご自身が悲惨な戦争を体験しているだけに、絶対許したくはないという強い気持ちからなのでしょう。
 
きっかけはテレビの党首討論だった。「国防軍」「憲法改正」。そんな言葉が飛び交っていた。 21歳で陸軍歩兵として中国戦線に送られ、目の前で仲間が次々と死んでいった。

政治家は戦地には行かない。犠牲になるのは弱者や貧乏人なんだ――。気持ちが高ぶった。いまこそ若い人に伝えなければ。公示日前日、埼玉12区から立候補することを決意した。

供託金は「葬式代」としてためていた300万円をあてた。「じいちゃんがそこまで言うなら」と神奈川県に住む長女(62)が夫と一緒に支援に駆けつけてくれた。

体調を考えて街頭演説は2日間に絞った。毛筆のたすきをかけ、手押し車に腰掛けて「川島良吉、94歳」「日本国憲法は最高! 第9条を守ろう」と訴えた。

寒風の中、靴下を脱いで足裏をもむ健康法を披露し、聴衆を沸かせる場面もあった。好物はチーズやナッツ類。常に最安値をチェックして、年金をやりくりしながら質素な一人暮らしを続けてきた。

元会社員の無所属新顔は、「暴走老人」を自任する石原慎太郎氏(80)に、泰然と「俺の方が年上だ」。ネット上で話題になり、海外メディアからも取材を受けた。

結果は2169票で最下位に終わった。ここでも自民が圧勝したが、絶望はしていない。「こんな右傾化の動きは長くは続かない。国民はそんなバカじゃないよ」 

 
おそらく居ても立ってもいられなくなって、貴重な蓄えまで、はたいて選挙に出たのでしょう。戦争に行ったことのある人は同じ経験を若者にさせたくないものです。私の親父も戦争経験者なのですが、私が生まれてからこのかた、一度も戦争には触れません。
 
そのくらい思い出したくもないのでしょう。益々少子化の傾向が進む我が国で、貴重な未来を担う若者を兵隊に捕られてどうするのでしょうか。何としてでも極端な右傾化は防がなければいけないものです。

2012.12.18

夢を追って No.2331

巷では自民党が圧勝した選挙と、これからの政局の展望の話で持ち切りですが、ちょっとそれからは遠ざかり、大リ-グの話題に目を向けてみます。
 
ご承知の通り、来季は阪神の抑えのエ-スだった藤川投手が、同じ縦じまのシカゴ・カブスへの入団が決まったり、また今朝のニュ-スでは西武ライオンズの中島選手がアスレチックスと契約したように伝えられています。どちらも以前からの夢を叶えたいという、強い気持ちからのものです。
 
二人がどのくらい通用するのか、また楽しみな来季ですが、一方では依然として居場所の定まらない人がいます。そうです、あの松井選手なのです。今季途中にレイズを解雇されてから、どこからもお声が掛からないのです。
 
従って来年のキャンプには未だどこにも行くことができないのです。こうした松井選手に対してアメリカの一部メディアは、「引退した方がいい。今なら、ワールドシリーズMVPの栄光とともにリタイアできる」とまで言われています。
 
でも私たちからすれば、まだまだやれると思うし、できればおめおめと日本に帰ってくるより、意地でももう一花向こうで咲かせてもらいたいと思っています。
 
それができる選手ですし、秘めている能力はやはり半端ではないと思うからです。またイチロ-選手はここでヤンキ-スと再契約をしたようです。何よりもワ-ルドシリ-ズに出て、チャンピオンとして輝きたいのでしょう。
 
長い間、マリナ-ズのような低迷しているチ-ムにいたからこそ、その思いは人一倍強いのではないでしょうか。その気持ちを証明するのが、今シ-ズンヤンキ-スに移ってから打率を大幅に上げました。このくらいの選手になると、モチベ-ションの違いで結果が大きく左右されるのではないでしょうか。
 
とにかく、日本人を代表している両選手の、二人揃って活躍している姿をもう一度見てみたいものです。イチロ-選手は日米通算4千安打にあと116本と迫り、メジャー通算3千安打にも残り394本と、できれば2年で到達可能です。
 
それだけに新聞にも書かれていた、決して過去の栄光を追ってはいない二人に、再度大きなチャンスが訪れることを何よりも願っています。

2012.12.17

衆議院選挙から No.2330

金曜日は仕事に追われていてカキコミができず、申し訳ありませんでした。さて昨日の選挙についてです。結果は自民党の大勝利、民主党の壊滅的大敗北、そして第三極の中でも維新の健闘、未来の伸び悩みといったところでしょうか。
 
見出しからすれば上記のとおりですが、大多数の国民の意思表示は大きな期待を持って迎えた、民主党政権の3年3ヶ月があまりにもお粗末だったことからの拒否反応で、非民主に票が大きく流れた結果ではないでしょうか。
 
ですから負け惜しみではないのですが、必ずしも自民党がよくて大きな票を集めたわけではなく、民主党が駄目だから自民党しかないといった、選択の結果だったと思われます。
 
それにしても民主党は8名もの現閣僚をはじめ、仙谷由人、鹿野道彦、川端達夫、平野博文氏等の大物閣僚経験者の落選が相次ぎました。また菅直人前首相や原口一博氏も辛うじて比例で復活当選を果たしたものの、小選挙区では自民党候補に敗れる結果となりました。
 
これらは不幸にして起こった東日本大震災など、被害を最小限に踏みとどめることができなかったことなど、国政を無用に混乱させた責任を問われたものではないでしょうか。今でも悔やまれるのは福島を陥れた、原発事故の適切な判断についてです。
 
また意外だったのが、思ったほか原発に対しての投票基準が小さかったことです。これを一方で示しているのが戦後最低とも言われる投票率の低さです。多くの人々の中では、自分に直接降り掛かってこないことからの、危機感が乏しいのでしょうか。
 
でも後の祭りでしょうが、選挙後早々に代表を辞任すると会見を開いた野田総理に対しては、落選議員はさぞかし恨めしく思っていることでしょう。何しろ勝ち目が全くない選挙に、自らの嘘っぱち呼ばわりが嫌で、突入した当事者だからです。
 
ですから今さら辞任したところで、覆水盆に返らずでどうにもならないものです。これで自民党・安倍政権が誕生することとなり、近隣諸国が早速懸念しているように、右傾化が強まることとなります。
 
衆議院は公明党と併せ、安定多数ともなる2/3の議席を確保し、参議院で否決されても再度衆議院で可決できる勢力を維持することとなりました。願わくば我が国が世界に誇る、平和憲法を守ってもらいたいものですが、さてどうなることでしょうか。
 
目には目を、武力に対しては武力をもって対処では、決して収まらないと思うのですが...世界で唯一の被爆国である、我が国独自の路線と立場を貫いて欲しいものです。

2012.12.12

右傾化への危惧 No.2329

16日の選挙まであとわずか、新聞の事前予想では自民党が圧倒的に優勢とのことです。でも益々右傾化が強まり、憲法改正とか国防軍などと声高々に叫んでいる安倍さんには、少し危機感を覚えるものです。
 
今さら軍隊を持ってどうするのでしょうか。今の日本、自衛隊以外に誰がすき好んで戦地に赴くのでしょうか。自衛隊だって同じことです。また韓国のように若者が徴兵制をひかれてよいのでしょうか。
 
もっとも平和ボケを少し戒めるためには、若者に少し危機感を覚えさせるのはよいかもしれませんが、親の私たち自身が兵隊にも駆り出されていないわけですから、そんなことを押し付ける権利はないはずです。
 
誰かが言っていましたが、それなら安倍さんを筆頭に国会議員が国防軍の先頭に立ち、規範を示せばいくらか国民は動くかもしれませんが、そんな率先垂範の行動など、とても取れるわけはないでしょう。
 
こうした口先だけの右傾化に、同じ自民党の河野洋平さんが今朝の新聞で以下のように釘を刺されています。
 
「東西冷戦が終わり、共産党や社民党など左派の主張の根拠が弱くなり、保守が左派を気にせずに自由に発言する傾向が強まった。民主党政権でも武器輸出三原則を緩和し、集団的自衛権の行使検討を主張する人もいる。

政権与党と野党第1党が同じ方向を向き、右傾化まで先陣争い。昔の社会党と違い、チェック機能が働かなくなっている」 。「自民党は立党精神に『自主憲法』を掲げながらも非常に抑制的だった。保守の定義はあいまいだが、穏健で歴史を大事にして問題解決するのが保守の手法。

戦後の日本を全部否定するのは、保守ではない。内向きで、安っぽい民族主義を駆り立てる発言が国際的に通用するのか、大変心配している」 

 
そして河野さんがかつて新自由クラブから自民党に復党した時、総理だった中曽根さんがこう言ったそうです。「自分は右を押さえるが、これでレフトウイングが広がった」と。
 
またこのように、このまま右傾化がどんどん進むと、リベラル勢力が絶滅しかねないと危惧しています。やはり崖から落ちないよう歯止めが必要です。そのためには今度の選挙において、私たちの正しい選択が何よりも必要ではないでしょうか。
 
明日は製品の納入を兼ねて、挨拶回りで一日出張します。カキコミは休ませて下さい。

2012.12.11

夢を実現するためには No.2328

花巻東高・大谷投手が日本ハム入りを表明しました。大変喜ばしいことだと思います。一部にはこの日ハム入りに対して、約束違反だとか、本人や球団への批判の声も挙がっているようですが、何も問題なく気にすることはないと思います。
 
そもそも日本ハム球団は、100%日本球団入りはないとしていた大谷投手ですから、1位で指名しても昨年の東海大・菅野投手同様、入団する可能性は低く、2年続けてドラフト1位選手なしという事態だって想定されていたわけです。
 
そんな大きなリスクがあっても、尚、チャレンジし続けた結果ですから、リスクの大きかった分、リタ-ンも大きくて当たり前ではないでしょうか。
 
また一方の大谷投手にしたって、ドラフト前から大リ-グ入りを表明していたのは、本人の純粋な気持ちからで兼ねてからの夢を追いたかったのでしょう。ですからそれは決してまやかしでも何でもなく、むしろ早く表明すれば、日本球界にも無用な混乱を起こさなくて済むという、気遣いがあったのではないでしょうか。
 
そうした本人の意志が変わり始めたのは、何と言っても栗山監督はじめ、日ハムのスカウト陣の熱意と人間性ではなかったのではないかと思われます。伝えるところによると、大谷投手本人にとって、夢を実現する一番良い方法を親身になって考えてくれたからです。
 
先に私も触れたように、いくら日本高校野球界で傑出した選手であろうとも、メジャ-デビュ-できるまでには少なくとも3~4年の時を経なければなりません。
 
その間、うまくいけばよいのですが、潰されることだってあるわけです。日曜日のサンデ-モ-ニングでは張本さんが、こうしたマイナ-の選手の中には一日一食でハンバ-ガ-だけの選手もいるくらいと言っていました。
 
また別の記事では、アメリカのマイナ-リ-グは3Aをはじめとして7階層に分かれていて、メジャ-球団は最大で250名もの選手を保有できるとなっています。ですからメジャ-の40人枠をめぐって、290人もの人間が争うわけで、その競争率は7.25倍にもなるのです。
 
一方、日本球団では一軍、二軍を併せても70名で、一軍枠28名を争うその率は2.5倍に過ぎません。その上、ドラフト1位の選手には、何よりも少数精鋭の囲い込み育成方法がとられることは明らかです。
 
これでは誰が考えても、日本で育ててもらってからという選択の方が賢明なのです。こうした大リ-グで活躍したいという大きな夢を持つ大谷投手は、まだまだ18歳の高校生に過ぎません。それだけに彼の夢を叶えてやる意味でも、私たち外野は温かく見守ってやろうではありませんか。

2012.12.07

浅草・スカイツリ-への旅その2 No.2327

      

浅草への研修旅行の続きです。浅草寺から仲見世通りを経て雷門を抜けると、その正面には浅草文化観光センタ-があります。同行した、建築に詳しい友人に教えてもらったのですが、建築家・隈研吾氏の設計によるものです。
 
ご覧のように、建物は氏の意欲作とあって、超個性的な外観に仕上がっています。ずいぶんとお金も掛かっているのでしょう。でも雷門の前は多くの人々でごった返していますが、この建物に興味を示している人はほとんどいません。
 
建物の屋上に上がってみました。ここからはこれから行く予定のスカイツリ-が綺麗に眺められます。また眼下には先程通ってきた、多くの人で溢れる仲見世がバッチリと見渡すことができるのです。

     

そしていよいよスカイツリ-です。正直、少し天邪鬼(あまのじゃく)の私はスカイツリ-など、皆が騒いでいるほど、そんなに昇りたいと思っていたわけではないのですが、技術の高さなど、やはり一見に値するだけのことはあるものです。

     

ご覧のような350mの天望デッキまでのエレベ-タは4基あって、内部はそれぞれ春夏秋冬を表わしているとのことで、往きは左側の冬、帰りは右側の夏に乗ってきました。

     

そして天望デッキから、その上の445mにある天望回廊までは、また別の料金1000円がかかるわけですが、20分待ちと比較的空いているということでしたので、昇ってみました。
 
お天気も良かった関係で、眺めは絶景でした。遠くにはたぶんディズニ-シ-ではないかと思われる所まで眺めることができました。

     

また帰りのエレベ-タに乗るため下った天望デッキからは、ガラスの床を通して、真下に広がる迫力ある眺めも味わえます。
 
さすが日本技術の粋を集めて造られたものだけのことはあります。このように浅草の街が持つ古き良きものと、最新鋭のスカイツリ-が奏でるOLD NEWを満喫させていただいた旅でした。

     

来週の月曜日、10日は私用にて休暇をとらせていただきますので、カキコミも休ませて下さい。

2012.12.06

ちょっと良い話part102 No.2326

高齢の三つの大事という、ちょっと良い話です。私も60を過ぎ、いつまでも若いなどと言ってはいられない世代になってしまいましたが、人生の熟年期を謳歌するのには、このことはやはり必要ではないでしょうか。
 
私が経営しているお店のお客様で、浜田さんという女性がおられます。 浜田さんは、大阪府八尾市の元気なお年寄りが主体となっている「八老劇団」という劇団のお世話をされています。更に、八尾市議会の副議長もなさっている、若々しい元気な高齢者です。 

そんな浜田さんは人前で話す機会が多く、その中の一つのお話しをお聞きしました。 まず、「歳をとってからは、次の3つが大事です!」とみなさんに話かけられるそうです。「1番目は『がくれき』。2番目は『きょういく』。3番目は『きょうよう』です」 

ここまで話すと聞く人はしら-っとして、座はたちまち静まり返ります。「なんでこの歳になって、そんな話聞かされなあかんねん。今更、何ゆうねん」という表情。 

そこで浜田さんは、こう続けられるそうです。 「『がくれき』とは、楽しい歴史と書くんです。今までに楽しい事が、皆さんあったでしょう。2番目の『きょういく』は、『今日行くとこあるか』ということです。病院ばかり行かんと、ちゃんと予定を立ててますか?

3番目の『きょうよう』は、何を意味するかもうお分かりでしょう」 ・・・ 「『今日用はあるか?』です!何をしようか決めて実行すると、1日があっというまに過ぎてボケませんで-。」先程までしらけかけていた皆に、共感と爆笑が起こるそうです。

この話をお聞きして、私も納得し、笑楽生(小学生)になったひとときでした。歳をとると、楽しいこと、行動、用意(仕事)を意識してすることが大事。がんちくのある内容で、つい人に紹介したくなりました。

 
なるほどと思わせられるお話です。365日、毎日が日曜日になるなんて、とても今の自分には想像もできないことですが、そのような状況に置かれたら、無理やりでも何かをやり続ける計画を立てなければいけないということです。
 
そういった意味では、いつまでも仕事ができるということは、結構素晴らしいことかもしれません。美しく老いていきたいものです。

2012.12.05

トンネル天井崩落事故 No.2325

山梨県の中央自動車道・笹子トンネルで天井が落下し、9名の方が亡くなられました。コンクリ-ト製の天井板を、トンネル最上部にアンカ-ボルトで固定した吊り金具により取り付けられていたのですが、この吊り金具や一部ではアンカ-ボルトごと、抜け落ちたとのことです。
 
今朝のニュ-スによると、中日本高速道路の管理する同型の5つのトンネルのうち、この笹子トンネルだけ打音検査といって、ハンマーでたたいて内部の劣化を調べる検査を行っていなかったと伝えられています。
 
天井が高くて手が届かず、目視点検で済ませていたとのことですが、1977年の設置というから35年も経過しているだけに、もう少しその他に点検方法があったのではないかと、後の祭りですが悔やまれるところです。
 
この崩落は130mにも及び、たまたま、ここを通り掛かった3台の車が巻き込まれてしまったわけですが、事故当時およそ50台の車がトンネル内にいたのではないかと言われていますから、ゾッとさせられます。
 
そして犠牲者の中には閉じ込められていて、携帯で会社に電話してきている人もいたのですが、救出に時間が掛かったため、残念な結果になってしまいました。また後30mも走ればこの災害から免れたという車も見つかっていて、何ともその不運に言葉もありません。
 
そんな中で巻き込まれたワゴン車に乗っていた6人のうち、ただ一人だけ助かった28歳の女性がいます。どうやって脱出したのか未だに不明とのことですが、全く奇跡的だと言われています。
 
たぶん最後部座席に乗っていたのではないかと思われているのですが、車はことごとく押し潰されて隙間がほとんど見つからない状態だったとのことです。割れたガラスの小さな隙間から飛び出たのか、その後、車が炎上しているだけに、不幸中の幸いで持っている運の強さを感じさせられます。
 
それにしても行楽の日曜日の朝の出来事ゆえに、いくら上り線とはいえ、渋滞していなくて本当に良かったと思います。亡くなられた方には本当にお気の毒ですが、被害が拡大しなくてよかったのではないでしょうか。
 
こうした間違いがあれば閉じ込められてしまうトンネルだけに、くれぐれも安全点検はしっかりと行ってもらいたいものです。

2012.12.04

インクの適正価格 No.2324

早いもので、もう師走の時期になってしまいました。毎年思うことですが、なぜか12月に入ると気ぜわしくなるものです。お正月なるものがなければ、ただの1ヶ月に過ぎないのですが、まあ日本独特の暮れからお正月への、何とも言えない華やかな転換ですから仕方がないかもしれません。
 
そしてこの時期になると早く準備をしなければと思うのが、毎年の年賀状です。いつもそう思いながらギリギリになって、あたふたしてしまうのが慣例です。
 
この年賀状に付きものがインクジェットのプリンタ-なのですが、なぜかインクの値段の高さが気になる時期でもあるわけです。そのインクについて今朝の新聞では触れていました。
 
最近ではプリンタ-もずいぶん安くなり、1万円を切るものも少なくありません。でもそれと引き換え、使用するカ-トリッジのインクが滅茶苦茶高いのです。
 
極端なケ-スではプリンタ-とインクが同価格というものまで出てくる始末です。5~6色のカ-トリッジで5千円ぐらいするのですが、プリンタ-の安さに比べ、明らかにおかしいと思えるのです。
 
新聞の記述によると、それはメ-カ-の販売戦略だというのです。ずばり国内最大手のセイコ-エプソンに尋ねたところ、「消耗品のインクカートリッジで利益を出すことで、プリンター本体の価格を抑えるビジネスモデルだからです」と答えていました。
 
プリンタ-には必ず付きもののインクで稼ぐわけです。そしてセットで3000円台と安い非純正品も売られていますが、メ-カ-はそれを防ぐため、インクにICチップを入れ、それでなければ作動しなくなることまでやっているのです。
 
でもこうした戦略は日本国内のみで、新興国などでの販売は「ビッグタンク型」と呼ばれる、インクが大きくて安いものになっているそうです。その分、プリンタ-そのものの価格を3倍ぐらい高くして、ICチップなどの細工も施されてはいません。
 
あまりインクの需要がないからかもしれませんが、日本と同じようなものを売ってもタンクを使えるように改造してしまう業者が横行しているからだと言われています。
 
とにかく、この時期になると普段よりずっとインクの消耗が激しくなるゆえ、いくら販売戦略とはいえ、もう少しプリンタ-とインクとの価格差を考えてもらいたいものです。あまりえげつない真似をしていると、そのうち消費者から思いがけないしっぺ返しを喰らうかもしれません。

2012.12.03

遅咲きの賞金王 No.2323

男子ゴルフで43歳の藤田寛之選手が賞金王になりました。2年連続で外国人にこのタイトルを獲られていただけに、溜飲を下げた人も少なくなかったのではないでしょうか。
 
昨日まで行われていた最終戦、ゴルフ日本シリーズJTカップ で見事、初日から首位を独走し3連覇に輝き、文句なしの賞金王になったわけですが、真面目でストイック的に思われがちな藤田選手だけに、華やかさに少し欠けてもファンは少なくないものと思われます。
 
何しろそのスイングには独特なものがあります。バックスイングのトップで停まっているのではないかと思えるくらい、そのリズムにはゆっくりしたものがあります。これが私たちアマチュアが真似すべきところだと言われているのですが、なかなかできないものです。
 
特に私などはどちらかと言うと、テ-クバックから切り返しが速いだけに、見習いたいものですが見た目ほど簡単ではないものです。この藤田選手、168cm、70kgと体は決して大きくありませんが、40歳を過ぎてから飛距離も以前より増したそうです。
 
それには二の腕と太ももを覆うウエアがピチピチになるくらいの、弛みないウエイトトレ-ニングなどの積み重ねがあるからでしょう。師匠でもある芹沢信雄プロはそんな藤田選手を、以下のように語っています。
 
彼のすごさは、40歳を過ぎてもモチベーションが全く下がっていないこと。ドライバーショットの練習をしていても、左右のブレに対する許容範囲が我々とは次元が違う。「それで十分だよ」と言っても、「これじゃ、だめなんです」と言って練習をやめない。
 
そして「世界のメジャー大会に出場して、我々には見えないものが見えたのだと思う。人に優しく自分に厳しい男。師匠として尊敬している。」とまで話しています。
 
やはり妥協しない努力の人なのでしょう。 そして本人が言っているところの、「自分は古き良き時代の日本人。打ちのめされてもはい上がる。今時のプラス思考なんて違うよと言いたい」という、草の根魂を人一倍秘めているのでしょう。
 
かつてのAONや石川遼くんなどの、決して強烈なプロとしての華やかさは持っていませんが、それだけに私たちが応援したくなるというものです。遅咲きの選手はこれからも長く活躍できると言われます。
 
それゆえに来年は出場権がここで確定した、夢のマスタ-ズでの舞台で、日本人ここにありという、大活躍を期待したいものです。

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