社長の三行日記

2015.10.30

企業のコンプライアンス No.2781

 第4戦がカギと言った日本シリ-ズもヤクルトが踏ん張ることができず、そのままソフトバンクの流れのまま終わってしまいました。それにしても投打ともソフトバンクの強さだけが目立った日本シリ-ズでした。ヤクルト完敗ですね。

さて昨今、デ-タの改ざんといった問題が一般市民に大きな不安をもたらしています。まさに企業のコンプライアンスを大きく問われている事件です。1つは既に大きな問題に発展している、10月中旬に発覚したマンションの傾きという問題です。

横浜市都筑区にある大型マンション4棟のうち、1棟が2センチ余り傾いているということですが、調査の結果、この棟の基礎工事で打ち込まれたくい52本のうち、調査が既に終わった28本中8本が硬い地盤に達していないか、達し方が不十分だったことが判ったのです

このくい打ち施工を担当したのが旭化成建材ですが、元々の施工主が三井住友建設で、その下請けが日立ハイテクノロジ-、その下の孫請けに当たります。記録を調査したところ、くいを適正に打ったときに測定した電流の数値を、この棟を含む3棟38本に転用して記載していたことが判りました。

問題のマンションは10~12階建てで2007年12月に完成したものです。ですから住民は既に8年近くここに暮らしているわけですが、いったいこの先、どういった解決策があるというのでしょうか。

ではこのようなことがなぜ起こるのか、先日テレビでも採り上げていました。一番悪いのはもちろんデ-タを改ざんした旭化成建材に違いありませんが、あまり表には出てこない、ゼネコンである三井住友建設にも責任がないわけではないとも言えるものです。

くい打ちが果たして固い岩盤に届いているかどうかの最終チェックは電流計等で行うわけですが、それを本来は施工主である三井住友建設がやるべき責任があるのではないでしょうか。

そして工期を延長できない、こうした施工の構造的問題に原因があると言われます。日本のマンション分譲は外国と違い青田売りといって、建物ができる前に販売を開始し、購入者は別棟の販売センターで模型や完成予想図、モデルルームを見て購入を決めると言われています。

それからその後、金融機関に住宅ローンを申し込み、審査に通ると、売り主の不動産会社と売買契約を結ぶのです。この時払うのは分譲価格の1割程度に当たる手付金で、残りの代金は、建物が完成し、引き渡し時点で支払います。

ですから住宅ローンを組む人は、建物の引き渡し時点でローンが実行されるわけで、大規模マンションであれば、数百の金融取引が建物引き渡し日に向けて進行していて、簡単にこの日を動かすことができないと言われているのです。

またもう一つのデ-タ改ざんは東洋ゴム工業 による、免震装置の性能偽装の問題です。震度5強程度なら十分な耐震性があるなどとの発表だが、その基準を満たしていないことが判明したのです。

そしてそれ以外にも、鉄道車両や船舶に使われる防振ゴム製品でもデータ改ざんが明らかになったのです。まさに全く言い逃れができないくらいの不正が堂々と行われていたのです。これでは企業の信頼度は地に落ちたとも言えるものです。

こうした不正は今に始まったものではなく、永年の積み重ねに起因しているように思えます。さらに次々といろいろな所から出ているこのような問題に対して、ユ-ザ-や住宅主の大きな不安や悩みをどうやって解決していくのでしょうか。他人事とも言えない、あまりにも大き過ぎる問題です。

2015.10.28

日本シリ-ズ No.2780

 ようやく昨日はヤクルトが一矢を報いました。1戦、2戦とソフトバンクの強さだけが目立った今年の日本シリ-ズですが、本拠地・神宮に戻り、ヤクルトがセリ-グの覇者としての意地を見せてくれました。

この試合、何と言っても圧巻だったのは山田選手です。初回に先制の2ラン、そして2-2に追いつかれた3回、今度もセンタ-バックスクリ-ン左に勝ち越しのソロホ-ムラン、そして3-4とビハインドの5回、レフトスタンドに逆転の2ランと、何と3打席連続のホ-ムランを放ったのです。

過去に2戦にまたがり3打席連続ホ-ムランは長嶋さん、また3打数連続は金本選手がいるものの、1試合でこの快挙を達成したのは山田選手が初めてと言われています。まさに長嶋、金本選手に並ぶような大選手になったとも言えるような快挙だったのです。

これでヤクルトが1勝2敗となったわけですが、少しシリ-ズが面白くなってきました。1、2戦を観た限りでは万全な投手力に加え、野手全員が波に乗っている打撃陣が揃ったソフトバンクには、とてもヤクルトは歯が立たないと思っていました。

そのくらい圧倒的な強さを感じたわけですが、やはり本拠地に戻ると精神的なものも加わって少し流れが変わるものです。要は次の第4戦が大きなポイントになるのではないでしょうか。

ヤクルトの第4戦先発は第3戦でないかと思われていた館山投手で間違いありません。信頼のおけるこの投手でゲ-ムをものにすれば、神宮球場といった独特の熱狂的な応援も加勢して、逆王手となる可能性もないわけでありません。

逆に館山投手で落とすようなことになれば一挙にソフトバンクに追い詰められる結果となるわけで、何とか踏ん張ってシリ-ズを更に面白くしてもらいたいものです。そんなわけで今日の第4戦からは目を離すことができません。

余談なようなものですが、昨夜の立役者の山田選手、東京への移動の最中、福岡空港で前ベイスタ-ズ監督の中畑さんからアドバイスをもらったみたいです。高めに手を出しすぎていることと、もう少し上から球を叩けということを指摘されたみたいです。

また引っ張らずに逆方向を意識しすぎて打たされていて、しっかり振っていないから力負けしてポップフライになると分析されていたそうです。こんなちょっとしたアドバイスが功を奏したのかもしれません。とにかく今日の試合、セリ-グの名誉ためにも是非頑張って欲しいものです。

明日29日は隣組の葬儀等の関係で会社を離れるため、カキコミは休ませて下さい。

2015.10.27

歌丸さんの一言 No.2779

 最近病気がちで長い間務めている笑点の司会を休むことがあり、ちょっと心配された桂歌丸さんですが、今は元気に復帰されました。でも少し痩せているのがまだ気になっているところです。その歌丸さんが戦争についての個人の想いを綴っていました。

1945年5月29日、当時、千葉県に疎開していた歌丸さんは、東京湾の対岸に上る黒煙を見ていたそうです。生まれ育った横浜市が、米軍のB29などによる大規模な空襲を受けていたのですが、自分を育ててくれた祖母がそこに残ったままだったのです。

ただただうちの者がどうなったろうっていう、そんな心配ばかりでした」そして8月15日、歌丸さんは周りの大人たちと、ラジオから流れてくる玉音放送を聴いたのです。

今でも覚えていますよ。えらい暑い日でね。戦争に負けたと聞いてほっとした。しめた、横浜に帰れるって思ったんですよ」。そのとき9歳の誕生日を迎えたばかりの歌丸少年は喜んだそうです。

そして迎えに来た祖母とともに帰った横浜は、一面焼け野原でした。歌丸さんの自宅は同市中心部、現横浜スタジアムの近くにありましたが、バラックのような家の中に座ったままで北東に山下公園、南は磯子区の八幡橋が見渡せたと言います。

数百メートル先にある今の横浜中郵便局近くで市電が止まると、何人が降りて何人が乗るか数えることもできたそうです。「なんにもないんだもん。それぐらいすごかった

そんな戦後の貧しさの中、庶民に潤いを与えたのは、ラジオなどから聞こえてくる落語でした。「昭和の名人と言われていた師匠連中が、お客様をうわうわと笑わせていた」。

週2回の落語の放送の熱心なリスナーだった歌丸さんは「これだ」とひらめき、小学4年生の頃に落語家になろうと決意したのです。学校でまねごとをしては友人らを笑わせ、中学3年で弟子入りしました。

そして今や、芸歴60年以上、落語芸術協会の会長にもなった歌丸さんが「だいぶ後で気がついた」ことがあると言っています。「人間、人を泣かせることと人を怒らせること、これはすごく簡単ですよ。人を笑わせること、これはいっちばん難しいや」。

涙や怒りはあっても、「人間にとって一番肝心な笑いがないのが、戦争をしている所」と感じているのです。また今の日本の政治家は「怒り顔」や「ぼやき顔」が目立ち、「油断できない」と話しています。

最近は、メディアで自身の戦争経験を語り、「今、日本は色んなことでもめてるじゃないですか。戦争の『せ』の字もしてもらいたくないですよね。あんな思いなんか二度としたくないし、させたくない」と結びました。

この想いが真実ではないでしょうか。戦争の体験者の声をつぶさに聴くべきです。少しも自身はそうした惨い体験をしていない、時の総理の戦争への語りはあまりにも説得力のないもので、この国をどうしたいのか、少しもその意図が見えません。

2015.10.26

イベント仕掛人 No.2778

先週1週間は業務に追われ、カキコミが全然できませんでした。その気になれば1日や2日はできたかもしれませんが、何となく慌ただしく、気持ちに余裕がないことから、とうとう1日も適いませんでした。どうぞご容赦下さい。

さて日曜日の朝、よく観ているテレビですが、「がっちりマンデ-」という番組で儲かるイベント仕掛人を採り上げていました。それぞれの分野で活躍し集客を図っている3人を紹介していたのです。

まず最初は物産展の仕掛人です。よくデパ-トなどでは見掛けるこの物産展ですが、この方はデパ-トではなくス-パ-での物産展を仕掛けている人です。それも30km以内にデパ-トがなく、そこそこに人口の多い地域を狙ってのイベントを図っています。

ポイントは出展者がやる気を出してもらうことです。出展者の一番の悩みは交通費と運搬費が掛かることと言っています。これを解決するため、キャラバン方式といって、1つの会場が終わったら次の物産展会場へ移動する方法を考えていました。

これにより約15万円ぐらい節約になると言い、この仕掛人の集客により売り上げも1500万円にも達すると言われていました。一方、場所を提供するス-パ-の方も相乗効果で、いつもより900万円ぐらい売り上げが増えたとのことです。

2番目は運動会の仕掛人です。子どもではなく、見たところおじさんばっかりの運動会です。テレビでは住友電工の会社の運動会を紹介していました。家族も含めると総勢で2700人にもなる大運動会です。

この規模の会社になると部署が違うと、ほとんど顔も知らないし話すらしたことがないと言われます。それを部署対抗ではなくクジ引き等でいくつかのグル-プに分け、それぞれのグル-プごとお揃いのユニフォ-ムで挑むのです。

そうすると普段知らない人でも仲間意識が高まり、知らない間に仲良しになるというのがこの狙いらしいのです。それにピッタリなのが全員で参加できる大玉送りという競技で、また一番盛り上がるのが役員対抗障害物競争と言っていました。

こうした運動会の費用はト-タルで1千万以上にもなるとのことでしたが、会社の中で団結心も生まれ、仕事にも良い効果が出ることから、決して高いものではないかもしれません。

それからもう一人は移動動物園の仕掛人です。狙いはお子さんのいる家族が多く集まる場所です。それはショッピングセンタ-や住宅展示場といった場所などですが、客寄せ的な役割が一層増すようです。

入口付近にインパクトの強い動物を置き、子どもたちに人気のある動物との触れ合いスペ-スを作っているのです。また季節感も持たせて、夏はペンギン、冬はアルパカなどといった動物を揃えて、お客のニ-ズにできるだけ応えるよう努めています。

このようにその誰もが当たり前のことではなく、今までにない他との差別化を図っています。言い換えれば、ただ今まで通り当たり前のことをしていただけでは人は集まらないということです。私たち企業にも参考になるのではないでしょうか。

2015.10.16

ちょっと良い話126 No.2777

 ネット上で商人の鑑(かがみ)とか、顧客と丁寧に向き合わないと書けない文章などと言われて話題になり、称賛されているメッセ-ジがあります。書いたのは羊羹などの老舗で知られる、虎屋17代の黒川光博社長です。

これは本社ビルの建て替えに伴い、今月7日いっぱいで赤坂本店の営業を一時休止することを知らせるための内容です。その話題になっているメッセ-ジをちょっと紹介させて下さい。

「十七代 黒川光博より 赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ」

「3日と空けずにご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。

ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。

入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。

このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています」

まさに長い歴史の中で迎えたお客様とのやり取りを、行灯(あんどん)をモチーフにした本社ビルの思い出などを振り返りながら語っている文章です。虎屋さんの御殿場工場とは弊社もお付き合いがあるのですが、その歴史は古く、創業は室町時代後期とも言われています。

京都で菓子屋として始まり、御所にも納めていたそうで、明治維新後、東京に本拠を移し、小豆と砂糖、寒天でつくる羊羹の製造販売で有名になったのです。また黒川社長は銀行勤務を経て69年に入社されたとのことです。

そしてネットで反響を呼んでいる関係から会社に取材をお願いすると、取材の礼を述べながら社長の想いはホ-ムペ-ジに掲載した通りで、丁重に辞退させて頂きたい旨、広報課からメ-ルが届いたそうです。

変にこうした騒ぎに便乗しないところがまた奥床しくてよいものです。やはり老舗というものは本来こういうものなのでしょうね。何よりも今日まで会社が存続できているのはお客様あってのものという、感謝の気持ちが滲み出ている挨拶文です。爽やかな気持ちになりますね。

2015.10.14

そばと健康 No.2776

先日は飲んだ時のラ-メンのおいしさについて触れましたが、今日はそばの話です。私はどちらかというと、最近ではラ-メンよりそばの方が食べたくなっているものですが、先日、御殿場のお蕎麦屋さんに寄ったら、そばと健康というチラシがありましたので、そこから紹介したいと思います。

まずそばは生活習慣病を予防する健康食だと載っていました。中高年ともなると、糖尿病や肝疾患、高血圧や動脈硬化など、知らず知らず生活習慣病にに陥っている人は多いと言われています。

それは長年の偏食や高カロリ-食、不摂生、運動不足やストレスが原因となるものです。同様な生活を送れば10代や20代の若年層や子どもたちも例外ではありません。その生活習慣病の予防策として、見直されている食品がそばだと言われているのです。

もともとそばは良質の栄養分をバランスよく含み、体の生理機能を正常に働かせて、老廃物を排泄することが知られていたそうです。その昔、山中で修業する行者や修験者はそば粉を清流や湧水で溶かして飲んだり、そば粉を練って梅干しを混ぜた丸薬を持ち歩いて食べていたということが伝えられています。

満足な食事もままならない山の生活で精力を保ち、厳しい修業に耐えられたのも、このそばのお陰とも言えるのでしょう。またこのそばを常食としている中国の山岳地帯では、高血圧や糖尿病の発生率が極めて低いそうです。

そんなわけでこのところ欧米人の間でも、動物性脂肪の少ない日本食の良さが認められていますが、とりわけそばは低カロリ-で、栄養バランスのよいヘルシ-食としても人気が高く、代表的なものと言えるのではないでしょうか。

私のように歳をとってくるとギトギトしたラ-メンより、あっさりとしたそばの方を好むのはそういった意味からは道理に適っているとも言えるものです。またその他にも効能があって、女性などの悩みの1つである便秘症の解消にもそばはお薦めとのことです。

そしてそば好きには呑んべえが多いそうですが、脂肪肝や肝硬変、ガンを予防する成分も含むことから、お酒を飲んだ後、ラ-メンではなくそばを食べるということも正しい選択と言えるということです。

このように至って健康的な食品とも言えるそばですが、ただ1つのネックは少し価格が高いということかもしれません。お店によって格差はあるものですが、総じて値段が高いように感ずるのは私だけでしょうか。

特に少し知られた名高いお店になるとその傾向が増します。まあ原料が安くないからでしょうが、おいしく割安に食べることができたらこんなに良いことはありません。それとそうしたお店を見つけるのも結構、楽しみの1つかもしれません。

明日15日は一日、会社を留守にするためカキコミは休ませていただきます。

2015.10.13

お店の信用 No.2775

 この3連休の初日、いつものご近所5組の夫婦で熱海の星野リゾ-ト(リゾナ-レ熱海)に泊まりました。噂には聞いていましたが、さすがに良いところですね。懐石の料理もおいしいし、ゆったりとくつろぐことができました。

そして一晩泊まった後、熱海の起雲閣などを見学し、一日時間を潰して地元に戻ってきました。相方は全て家庭の主婦ゆえ、家に帰ってから夕飯の支度も大変だということで、軽く夕食を外で済ませようということになったのです。

では寿司でも食べようかということで、2、3軒寄ったのですがいずれも休みの日ということもあって満員です。メンバ-の中に魚が苦手という人もいることから、それなら回転寿司に行こうということになりました。

お店の名誉のため、何処とは触れませんがこのお店、回転寿司とは言ってもどこにもあるような1皿100円寿司ではないのです。ですからネタは新しいし、いずれを取ってもおいしいのです。こうしてすこぶる満足して家に戻ってきたのですが、家に着いてから家内にその話をすると、ちょっと反応が違うのです。

何かと尋ねてみると、お店の中である出来事を眺めていたというのです。それはこのお店の売りにしていることかもしれませんが、お客から見えるところで職人さんがお寿司を握っていて起きたことです。

家内はじめ、他の奥さんもたまたま眺めていたらしいのですが、握った巻きずしを切っている途中、ポロッと1つ下に落としてしまったそうです。どうするか見ていると拾った寿司をしばし眺めた後、何事もなかったかのように他のものと一緒にお皿に乗せたのです。

それがたまたま私たちの奥様方が頼んでいたものだったらしく、回って席に届いたのですが、一部始終を見ていたわけですから誰も手を出すことはありません。そして他のお客もいることだから、事を荒立たせないようにその場は何も言わなかったというのです。

ですから隣の席にいた私たち男性陣は何も知らなかったわけです。そしてお勘定の時、その事情を話したらその2枚の分はお金を取らなかったということです。でもお金の問題ではなく、お店の信用ということを考えると、果たしてそうした行為はどうなのでしょうか。

まだ若い職人さんだったということですが、たかが1個のお寿司など落ちたものは捨ててしまえばよかったものの、戻してしまったばっかりにお店の信用というものに傷がついてしまいます。今のネット社会なら、こうした光景を写真にでも上げられてしまえば、それこそ死活問題にまで発展しかねません。

そもそもガラス張りのところで握っているということは、そうしたお客の目を意識していて安心感を植えつけるところに狙いがあるはずです。それゆえ、常に見られていると思っていれば、絶対やってはいけないように思えるものです。

こんなことを知ると、私たちの目に触れないところではどんなことが起こっているのかと、勘ぐってしまいたくもなります。とにかく、こうしたお店に限らず、人の目があろうとなかろうと、ズルすることなく自分自身に恥じない行為が企業の信用という観点からも求められているものです。

2015.10.09

ノ-ベル賞受賞その2 No.2774

もう一人のノーベル賞受賞者は物理学賞の梶田隆章さんです。56歳とまだ若い梶田さんですが、 物質を構成する素粒子の一つである「ニュートリノ」に質量があることを示したのが認められたのです。

ニュートリノそのものが何だか解りませんが、これに質量があると証明した成果は、現代物理学の基礎となる「標準理論」を覆し、研究の新たな地平を開いたそうです。

またニュートリノの性質を明らかにすることは宇宙の成り立ちの解明にもつながり、この分野での日本のさらなる貢献が期待されると言われています。

ニュートリノに質量があることは、何を意味するのか、この宇宙の成り立ちの解明について次の説明が記載されていました。スーパーカミオカンデなどでの観測の結果、ニュートリノの質量は電子の100万分の1より軽く、質量がある物の中で最も軽いことが分かってきた。

ただし、質量が極めて小さい素粒子には、極めて質量が大きい「相棒のような素粒子」があるとされる。こうした素粒子は現在ではほとんど存在できないが、極めて巨大なエネルギーの中では存在したと考えられている。

つまり、ニュートリノの質量の由来を知ることは、ビッグバン直後の宇宙の姿を知ることにつながる。また、ニュートリノを使って天体や宇宙を観測する「ニュートリノ天文学」にも期待がかかる。太陽よりも巨大な星は死ぬと超新星爆発を起こす。

この時、爆発エネルギーの99%はニュートリノとして放出されることが分かっている。さらに他の物質とほとんど反応しないため、光よりも早く星から飛び出す。87年に小柴氏らが観測した超新星爆発のニュートリノも、光より早く地球に届いていた。

このビッグバン理論とはこの宇宙には始まりがあって、爆発のように膨張して現在のようになったとする説のことを言うらしいです。こう聞いてもまだよく解らない私ですが、梶田さんがこの受賞は自分個人だけのものではなく、100人を超えるというグループでの研究成果によるものと指摘しています。

また先に2002年にノーベル賞を受賞した小柴昌俊さんと、故戸塚洋二・東京大特別栄誉教授という先輩研究者との出会いが今日の研究を支えていたみたいです。特に戸塚教授に関してはその功績が非常に大きく、生きていれば共同受賞の可能性もあったと言われています。

しかしながらここまでの道のりは決して平坦ではなく、研究施設であったスーパーカミオカンデのセンサーの過半数が破損する事故も発生し、5年がかりで修復した研究チームにとって最大の試練も掻い潜ってきたみたいです。

またスーパーカミオカンデでも、1日に観測できる大気ニュートリノは2個程度に過ぎないと言われ、梶田さんは535日間にわたるデータの蓄積で精度を上げ、98年に成果を発表するという地道で根気の要る研究を続けていたのです。

そしてご本人が言われているように、今回の受賞に対しては「この研究は何かすぐに役立つようなものではなく、人類の知の地平線を拡大するような研究を、研究者個人の好奇心に従ってやっているような分野。純粋科学にスポットを当てていただいたことは、非常にうれしい」という価値あるものだったようです。

それゆえに私たちの住む宇宙は、このようにまだまだ未知な部分を秘めているゆえ、短い時間の研究では解決できず、多くの人が興味を持って長い年月を掛けて謎解きに参加する必要があると付け加えています。とにかく素晴らしいの一言です。若い人に是非引き継いでもらいたいものです。

2015.10.07

ノ-ベル賞受賞その1 No.2773

 日本人が今年もまたノ-ベル賞受賞です。しかもノーベル医学・生理学賞に大村智(さとし)さん、また物理学賞に梶田隆章さんという二人もの方が受賞したのです。何とも素晴らしい快挙ではないでしょうか。

まず大村さんですが、アフリカなどで感染症に苦しむ人々を救う「イベルメクチン」という薬の開発に貢献したと言います。現在、北里大特別栄誉教授ですが、高校教師時代を経て、改めて研究者としての道を歩んだという異色の経歴の持ち主です。

大村さんは「研究を経営する」という独自の考え方を持っている方で、産学連携の草分け的存在としても知られています。また一方、私財を投じて温泉施設や美術館を設立するなど研究以外の分野でも大きな功績を残していると言います。

研究者としての原点は高校教師時代にあり、山梨大卒業後、東京都立高夜間部で教鞭をとっていた頃、自分と年齢の変わらない生徒たちが昼間は働き、夜に勉強する姿に心を打たれたそうです。

自分は大学まで出してもらった。それなのになぜ、あまり勉強しなかったのか」。この経験が「もう一度勉強し直して学問をしよう」という決意につながったとのことです。

山梨大の助手を経て、北里研究所の技師補となると、抗生物質研究室で本格的に研究者としての道を歩み始め、北里研究所の室長時代は、どこにでも小さなポリ袋を持参し、ありとあらゆる場所の土を採取して“微生物探し”に没頭したと言います。

そして大きな節目となったのは74年、伊東市にある川奈ゴルフ場の土から新種の放線菌を見つけ、寄生虫や昆虫をまひさせる機能を持つ抗生物質「エバーメクチン」の発見につなげたのです。

この化学構造を改良し、米製薬大手メルクが開発して家畜の寄生虫駆逐剤「イベルメクチン」が誕生したというのです。こうして薬剤は発症すれば失明などの恐れもある「オンコセルカ症」に極めて高い有効性があることが判明され、治療薬としてアフリカや中南米など延べ10億人以上に無償提供され、多くの人々を失明の危機から救ったのです。

ですからその貢献度は絶大なものとも言えるわけです。そしてこの人の凄さはそれに留まらず、「研究を経営する」という考え方どおり、実用化されたら売り上げに応じた特許料を研究室に入れる-といった「産学連携」に力を注いだのです。

このイベルメクチンの開発で得た特許料など200億円以上は北里研究所へ贈られていると言われています。また研究以外にも氏の活動範囲は広く、故郷の山梨県韮崎市に「韮崎大村美術館」を設立し、美術品の購入と建築費など総額7億円以上をかけた施設ですが、新築のまま同市に寄付したそうです。

またその美術館に併設した、露天風呂を含む「武田乃郷 白山(たけだのさとはくさん)温泉」と「そば処 上小路(かみこうじ)」という施設も、大村さんが私財を投じて作ったと言われ、地元の方々に親しまれています。

この大村さん、ゴルフ場の土から新種の菌を見つけたというだけあって、ゴルフも大好きで腕前もなかなかのものだと言われています。とかく大金を持つと人間がせせこましくなるものですが、そんなことはおくびにも見せず、全て研究のためにと気前良く投げ出しているのはさすがです。

やはり器が桁違いに大きいのでしょうね。お見事です!同じくノーベル賞を受賞した梶田さんについては次回に回させていただきます。

明日、8日は秦野に打合せ出張のため、カキコミは休ませていただきます。

2015.10.06

飲んだ後のラ-メン No.2772

朝晩はめっきり涼しくなり、今年は秋が短いのかなと思わせられるこの頃です。こんな時期になってくると、おいしくなるのがラ-メンです。それもお酒を飲んだ後のラ-メンが格別です。

どうしてこの飲んだ後のラ-メンがおいしいのか、そのわけを記したものがありましたので紹介いたします。だんだんと冬の匂いがしてきたこの頃、会社帰りにちょっと1杯体をあっために…なんて人も多いのではないだろうか。

1杯のつもりが、ついつい1時間・2時間と過ぎ、そろそろ店を出ようとするとき、なぜか気になってしまうのが、道行く途中のラーメン屋の暖簾。そのまわりには美味しそうな濃厚で芳醇な香りが漂い、なんだか無性にラーメンが食べたくなっている。

早く帰らなくちゃいけないし、こんな深い時間に高カロリーのラーメンなんて食べてしまったら、お腹の脂肪がどんなことになるのか解っているのに、気が付いたらもう店の中。

カウンターに座って熱心にメニューを選ぶ自分がいる。肌寒いこの季節、こんな経験をした人も多いのではないだろうか。オリコンが調べた「飲んだ後に食べたいラーメンの味」1位は王道のしょうゆ。

「飲んだ後は、あっさりタイプの昔ながらのしょうゆラーメンに限る」(35歳男性)「一番シンプルなものを食べたくなる」(41歳男性)「スープをのみほせる」(28歳男性)と、飲んだ後は、さっぱりとした醤油で締めたいという意見が多かった。

お酒を飲んだ後のラーメンは、本当においしい。しかし、なぜお酒を飲むとラーメンを食べたくなるのだろうか?飲みに行くときはお酒だけではなく、大抵は何か料理も一緒に頼んでいるはずだ。

しかも、居酒屋などで出てくる料理は揚げ物などを中心にボリュームのある高カロリーのものが多いし、つまんでいるつもりが、思った以上に食べている場合が多い。カロリー上ではお酒を差し引いても、結構な量を摂取している人が多いのだ。

では、なぜお酒を飲んだ後にラーメンを欲するかというと、お酒に含まれているアルコールが体内に入ると、アルコールを分解しようと肝臓がフル回転する。この時、肝臓は分解の為に血糖を大量に消費する。

人間は血糖が高い状態だと食欲が湧かないが、逆に低くなると「ゴハンの時間だよ」と指令が送られ、空腹ではないはずなのに、お腹が空いてくるのだ。

だから、別にラーメンだけが飲んだ後に最適な食べ物というわけではないのだが、大量にアルコールを摂取して麻痺した嗅覚や味覚にとっては、ラーメンのような濃さがちょうどいいのかもしれない。

この1杯を食べてしまえば、確実に体重が増え、明くる日の朝、胃がもたれているということは、十分にわかるのだが、この季節になるとついつい立ち寄ってしまう哀しい性である。

そんなわけで誰もが誘惑されるこのラ-メンですが、なかなか断ち切れないものです。私などは夏痩せするタイプではなく、逆にここでも2キロぐらい太ってしまいましたから、気をつけなければなりません。それにしても食欲の秋でもあるこの時期、食べるものほとんどがおいしくて、なかなか元に戻ることができないでいます。

2015.10.05

ヤクルト優勝 No.2771

 先週金曜日はカキコミができずご容赦下さい。この日、夜立ちで3~4日まで蝶ヶ岳から常念岳に出掛けたのですが、夜遅く宿泊地に着いてからスマホの情報で大好きなヤクルト優勝を知りました。

マジック点灯後、14年ぶりとのことでやはりプレッシャ-があるかなと懸念していたのですが、勢いでそのまま突き進んだアッパレな優勝でした。トリプルスリ-の山田選手はじめ、川端、畠山両選手などの目覚ましい活躍もあって、終盤の混戦もあれよあれよという間に征してしまったのです。

それというのも後半になって安定してきた投手陣に加え、打撃もチ-ムの中に本塁打王、首位打者、打点王がそれぞれいれば納得できるというものです。

今シ-ズン当初、このヤクルトの優勝を誰が予想できたのでしょうか。私はじめほとんどの人が全然考えてもいなかったはずです。優勝を伝える記事の中で、この3人はいずれも高卒野手であるということが載っていました。

そればかりか、この他にも雄平、中村、上田選手など、レギュラ-陣の中で6人もの高卒野手がいるのは12球団の中で最も多いとのことです。でもそれはたまたまといった偶然ではなく、ヤクルト球団の戦略でもあることを知りました。

かつてのヤクルトの黄金時代、チ-ムの顔として活躍した池山選手の成功を機に、数年おきに高卒の大型内野手を上位指名してきたのです。三木、岩村、野口選手などがそれに当たります。

高卒野手が成功し活躍すればレギュラ-を長く張れるのです。山田、川端両選手などが当てはまり、二人はまだまだ若く、そういった意味でもチ-ムは安泰が続くとも言えるわけです。

でもどの球団も即戦力投手を何より優先し、育成が必要な彼らの獲得は二の次になる傾向があると言います。しかしヤクルトは、これと見込んだ高卒野手をリスク覚悟で上位指名してきて今日の成功につながったのです。

またそればかりでなく、入団した高卒選手をすぐに上に上げることなく、二軍でじっくりと経験を積ませるというのです。山田選手がブレ-クしたのは4年目、川端選手も故障もあり6年掛かり、畠山選手に至っては規定打席に到達するまで8年も掛かったと言われています。

球団はこのように才能があると見込んだ選手を入団当初から、二軍でじっくり経験を積ませ、簡単にクビにはしないのです。その象徴的なのが畠山、雄平両選手です。二人は打撃には光るものがありましたが、守備面で課題があったらしく、すぐには一軍に上げませんでした。

パリ-グと違って指名打者がないことから、守備で致命的なミスをすれば失格の烙印を押されてしまうからです。そうしたことから二軍の指導者が本人のために一軍昇格のタイミングをしっかり見計らっているというのです。

この二軍指導者には以前は小川前監督、そして現在の真中監督も就いていましたので、一軍に上がっても選手をじっくり育てるという要素が強かったのではないでしょうか。どことは言いませんが、結果が悪ければすぐに下に落とすというチ-ムとはこのへんが違っています。

また後日、優勝の秘密を探ってみたいと思っていますが、この野球の世界だけでなく、私たち企業においても人を育てるということに関しては共通したものがあるのではないでしょうか。学ぶべき点があるものと思われます。  

2015.10.01

素敵なホテル No.2770

 シルバ-ウィ-クが始まる前夜、沼津の淡島ホテルに泊まってきました。なかなか高価で私たちがおいそれと泊まれるようなホテルではないのですが、お客様にその優待券を譲って頂いた関係で宿泊できたのです。

家内と家内の父、妹の4人で泊まったのですが、やはり噂に聞いただけのことはありました。以前に宿泊はせず2~3回食事等でホテルを訪ねたことはあるのですが、やはり宿泊ともなると違うものです。

島ですから船で渡るのですが、ものの5~6分で船着き場に到着した後、もちろん手荷物はそこから運んでくれ、ホテルの玄関に向かうとチェックインの手続きは何もすることなく、直ちに5階の部屋に案内してくれました。

このへんがちょっとくすぐられるところです。事前に宿泊者の名簿を出してある関係で、来られたのが誰なのか、人数と年恰好で判断しているのでしょう。ですから面倒なチェックインの書類の記入など不要なのです。

案内されたのは幸い西向きの部屋でしたので、窓からは駿河湾と富士山がバッチリです。これには何よりも家内の父が一番喜びました。何しろ小豆島から沼津に出てくる度に富士山の写真を撮りまくっている人です。まさに霊峰富士という感覚は普段見慣れている私たちよりずっと強いものがあるからです。

そしてしばしの休憩後、今夜のディナ-は洋食のフルコ-スです。お酒の値段が高いのは場所柄仕方ないものですが、そんなことが全く気にならないほど、出てくる全ての料理に舌鼓を打ち、まさに食事を十分堪能したと言えるものでした。

こうして一夜明け、島の周囲を父と散歩した後、圧巻は露天風呂から眺めた駿河湾に映えた綺麗な富士山でした。露天風呂を囲んでいる岩のすぐ向こうはもう海そのものです。ですから海の中の温泉に入っているような感覚なのです。

幸いこの時間帯、入浴していたのは私一人でしたので朝風呂をゆっくりと味わうことができました。そして次はちょっと遅めの優雅な朝食です。1階のレストランに向かうのですが、そこにはきちんと正装した総支配人が迎えてくれていたのです。

来られるお客全てに自ら気遣われていたのです。父と家内は朝からシャンパンなど勧められていて、至ってご機嫌の様子です。総支配人の様子を眺めていると、これがホテルを取り仕切る役職の仕事なのかと、つくづく感じさせられたものです。

やはり一流とは凄いものです。単純な私は部屋に戻ってから、その嬉しかった気持ちを直ちにアンケ-トに認めたものです。このようになかなか頻繁に行けるようなところではありませんが、また是非行ってみたいと思ったホテルでありました。

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