会長の”三行日記”

2014年12月

2014.12.26

1年の終わりに感謝します No.2668

 NHKの朝ドラ「ごちそうさん」で共演した夫婦役の杏さんと東出昌大さんが、本物の夫婦になるとニュ-スで伝えられていました。元日早々に結婚式を挙げるとのことですが、おめでたいことです。二人とも背が高く、大型カップルとなるわけですが、ドラマでの役柄同様、仲の良い微笑ましい夫婦になればいいですね。

さていよいよカキコミも今年最後となりました。1年間振り返ってみますと、会社にとって今年は良い年だったと思います。伝えられているアベノミクス効果というよりは、ある特定の顧客の仕事が続いていたことから、年間通して仕事が切れるようなことがなく、順調だったように思えます。

そんな忙しい中、社員の皆さんの奮闘には本当に感謝しています。過日も榛原で少し経営報告をさせてもらったとき述べたように、やはり「企業は人なり」を改めて強く実感した年でもありました。

個人的には年初に次の7項目を掲げ、日々の実践目標にしていたのですが、目標到達はほぼ半分ぐらいでしょうか。まだまだ甘いところが多く見られるものです。

① 朝7時15分まで出社  ② 人の話を最後まで聞く  ③他人の悪口を言わない  ④1日一回ありがとうを言う  ⑤感情的にならない  ⑥新しい発見に努め、感動する  ⑦ 整理整頓を心がける

以上の行動目標だったのですが、⑥、⑦が全然ダメですね。昨日も経営指針を創る会に出たとき、話が出たのですが、人が感動するということは結構、大変なものです。自分の予想や期待を大きく上回らなければ、なかなか感動はしないものです。

また毎年のことですが、整理整頓がいつまで経ってもできません。つい目先の仕事に追われて手一杯のような言い逃れをしがちですが、毎日それように少しでもしっかりと時間を割けばきっとできるものです。引き続き、来年に向けての大きな課題となっています。

とにかく自分にまだまだ甘さが多く見られるものです。来年は年が明けるとすぐ65歳、いよいよ前期高齢者への仲間入りです。でも人間としてはまだまだ未熟ゆえ、もっともっと精出して励まなければなりません。

どうぞ今年同様、来年も一層の温かいご支援、ご交誼をお願い申し上げます。1年間、いろいろとお世話になりました。27日の夕方より出張工事で大晦日まで仕事で出掛けますが、年始は5日より営業いたします。

このカキコミは年始早々挨拶回り等ありますので8日より再開させていただきます。どうぞよいお年をお迎えください。

2014.12.25

ささやかな晩餐 No.2667

 昨日のクリスマスイブはいかがだったでしょうか。仕事が少し忙しいので家に戻ったのは8時近くになったのですが、我が家でも出産直後の次女とその子どもたちを交えて、ささやかな晩餐を過ごしました。

今年はチキンの類がありませんでしたが、長男が自分の仕事の関係でケ-キを2個も買ってきて、それにあやかりました。この日は自宅でクリスマスをやりたいと御殿場に戻りましたが、つい先日までは長女とその娘まで家にいたから、家の中は大賑わいです。

長女の娘が2歳4か月、そして次女の上の娘がちょうど2歳ちょっと、また今月15日に生まれた長男が加わりましたから、家の中はてんてこ舞いです。この長男、名前を蔵之介と名付けたとのことです。

字はちょっと違いますが、生まれた前日の12月14日は忠臣蔵四十七士の討ち入りの日です。別にあやかった訳ではないでしょうが、何となく奇妙な縁を感ずるものです。

そして年が明けると今度は長女の二人目が春ごろに出産予定となっています。またその二人目が双子だというものですから大変です。従って春になると私たち夫婦はいっぺんに5人の孫に恵まれることになるわけです。

有難いことです。世の中、少子化うんぬんといろいろ騒がれていますが、とりあえず我が家の娘たちは何とかその責任をクリヤ-できそうです。あとは無事生まれてくることを願うだけです。

このようにお金はそんなに無くても、健康で家族揃って楽しく集まれることが何よりも幸せだと思います。日頃、仕事に追われなかなかこうした至福のときを味わうことができませんが、いざそんな場所に自分が置かれてみると実感できるものです。

今年も残り少なくなり、ちょっぴり内輪の話題で辛気臭くなりましたがどうぞご容赦下さい。とにかく今年は2020年の東京五輪開催に湧き立ったものの、相次ぐ土砂災害や思わぬ御嶽山の噴火、そしてSTAP細胞などによる混乱等、波乱の多い1年でした。

できれば来る年は穏やかな波乱のないことを願いたいものです。改めて家族が揃うことの大切さを実感しています。

2014.12.24

人身受け難し No.2666

 最近は忙しさにかまけて少しご無沙汰しているのですが、月に1回開かれる座禅の修養会で唱えるお経の中で、三帰衣文というものがあります。その冒頭に「人身受け難し、今すでに受く」という一節があります。

この意味を何も知らずにただ唱えていただけですが、先日あるところでちょっと教えてもらいました。以下のようなことらしいのです。

人間として生まれようと思って生まれた人は誰もいません。また命を保証された人もいません。つまり危うい命を生きているとも言えます。従って「あたりまえ」と思って人間として生活していることが、実はたいへん有難いことだと言われるのです。

確かに私たちが今こうして当たり前のように生きていますが、その起源を考えてみると、到底その真相にはおぼつかない、実に深いものがあるわけです。

生まれてくる親を選べるわけでもなく、果たしてこうして日本人として生まれてくることができるとも限りません。またそれ以前に人間かどうかも判りません。

ですからこうした現実を否定的に捉えるのではなく、ありのままで生かしていかなければいけないというのが、その教えではないかと思われます。次のように説いていました。

今日も朝起きて、食事をして、少しの用事をこなし、夜には眠るあたりまえの生活を過ごしています。しかし、私が生きて、今ここに生活していることは、目に見えない様々な縁が整っていなければ叶わないことなのです。

何かのきっかけで、あたりまえと思っていた生活があっという間にくずれてしまうこともあるのです。私たちは「あたりまえ」という自力の思いで生活しています。でも生きている事実は不可思議であり、有ることが難しい中を生かされている他力なのです。

「あってあたりまえ」の自己中心のはからいを超えて、「おかげさま、ありがとう」の仏の眼をいただきたいものなのです。このように皆が考えるようになると、世の中ずいぶんと変わるのではないでしょうか。私もせめて一日1回は「ありがとう」の言葉を出せるよう心がけています。

2014.12.22

困った中国人観光客 No.2665

 今年もいよいよ営業最終週となりました。年末に控える工事に向け27日夕方より移動し、多分大晦日まで出張することになると思われます。そのため、全員揃っての年末大掃除は今年はできませんが、それより忙しい仕事に恵まれていることをむしろ喜ぶべきでしょうか。

さて、またとんでもない話題がネットを賑わしていました。あきれた中国人観光客の話です。何と飛行機の中でカップ麺のお湯を客室乗務員にかけ、顔にやけどを負わせたというのです。

伝えるところによると経緯は下記のようです。事件は2014年12月11日、バンコクのドンムアン空港発中国の南京空港行きのタイ・エアアジアFD9101便で起きた。中国メディアが報じた目撃者の話を総合すると、離陸の時点で中国人の4人グループが、お互いの席が離れたことで紛糾していた。

ある女は、離陸中にカップ麺のお湯を注文したが安全上の理由から断られ、男は、お湯が来るのが遅いのと支払いでもめていた。中国語が分かるCAが状況を説明しようとかけつけると、男は「爆破するぞ」とCAを脅迫し、女はやっと届いたお湯をCAにぶちまけた。

CAが一連の行為に抗議すると、一団は「飛び降りる」などと窓を叩きながら暴れたという。このトラブルの結果、飛行機はバンコクに引き返し、4人はタイの警察当局に引き渡された。4人は5万バーツ(約18万円)の罰金を支払ったという。

いやはや、あきれてお話になりません。かねがねそのマナ-の悪さに、世界中の観光地からバッシングを受けている中国人観光客ですが、この事件の他にも伝えられることは少なくありません。

タイ・バンコクの有名なお寺でも、やはり中国人の一行が壁画の前に設置された柵を倒したとのことです。幸いタイの国宝に指定されている壁画が傷つくことはありませんでしたが、彼らは謝罪しないばかりか、係員をののしり始めたと言います。

自分たちのせいではないと主張したかったみたいですが、係員が監視カメラの映像があると伝えると、おとなしくなったそうです。 また重慶から香港に向かう飛行機の中でも、子どもがうるさいということで口論になり、乗客同士が殴り合いの大乱闘にまで発展するということもあったみたいです。

これでは同じ中国人として、とても耐えられず恥ずかしいという声もあちこちから出てくるわけです。私がバンコクを訪れた時も彼らのマナ-の悪さを目にしなかったわけではありません。やはり観光客で賑わうお寺巡りの時ですが、2~3歳の幼女を連れた父親か祖父らしき人間が、ごみを捨てる籠の中に幼女の排泄をさせているのです。

いくら人々で混んでいるとはいえ、日本では考えられないことです。極端な話、これでは中国人というだけで世界中から相手にされ兼ねなくなる怖れだって出てきます。やはり一人っ子政策やバブルで浮かれ過ぎた影響が出てきているのでしょうか。とにかくしっかりと考え対処してもらいたいものです。

2014.12.19

出てきた財布 No.2664

 3日前の火曜日のこと、お客様主催の関連業者懇親会が夜、磐田で開かれ、夕方電車で出掛けました。いつもは遠方とあって車で出掛けることがほとんどなのですが、この日はお酒も出る席ということもあって車は置いていくことにしました。

こうして60人を超える出席者の懇親会は盛大に開かれたのですが、会が終わって家路に着いてから問題になるようなことが起こっていたのです。会場から磐田駅まではタクシ-、そして駅に着いてからは小銭がいっぱいあったのでそれで帰りの乗車券は購入しました。

そして何も心配するようなこともなく、お酒も入っているからホンワカ良い気持ちで家まで戻ってきて、その日はバタンキュ-で眠りにつきました。翌朝、会社に出掛ける際、いつものとおりズボンのポケットにいろいろな物を入れてきたつもりなのですが、なぜか財布が見つかりません。

不安になって昼休みに家に戻ったのですが、家の中をどこを探しても財布は見つかりません。そしてやっとここになって初めて、財布を落としたのではないかということに気がついたのです。

まず一番怪しいと思ったのがタクシ-です。運賃を払う際、お金を出したのは覚えているのですが、よくあるのはポケットへのしまい忘れです。それに気がつき、幸い領収書ももらっていたことから電話番号も分かり、タクシ-会社に電話をしたのです。

あって欲しいと願いながら恐るおそる電話をしてその旨告げると、「お名前は」と聞かれたので「秋山です」と答えると、「カズタカさんですか」という相手の女性からの返事です。一瞬、この言葉だけでもう嬉しくなりましたね。

そうなんです。親切なタクシ-会社の運転手さんが車内への落し物に気がつき、会社に届けてくれていて、財布の中に免許証も入っていたのでこちらの名前まで知っていたのです。そして多分、午前中いっぱいこちらからの電話があるのを待っていたのではないかと思われます。

しかしながら私が気づいたのが遅かったため、お昼に電話したちょっと前、ご親切に警察に届けてくれたということを知らされました。でも、何よりも財布が出てきてくれて大助かりです。こうして一旦は警察との厄介な郵送でのやりとりを希望したのですが、時間が掛かることから本日、直接そちらまで出向き受け取ってきたのです。

暮れの忙しいとき、まさに私の仕出かした大チョンボです。財布の中には現金はたいして入っていませんでしたが、免許書はじめクレジットやETCのカ-ドなど、いろいろ入っていましたので本当に助かりました。

改めて親切で善良なタクシ-会社に感謝いたします。タクシ-会社は磐田の遠鉄タクシ-株式会社です。この暮れの忙しいときだけに、こちらのチョンボを救ってくれた善意の有難さをつくづく感じ入っております。

そうそう、警察では落し物などの係は会計課というところで担当しているとのことですが、ここでも親身になって接してくれた担当も感じの良い親切な方でしたので、付け加えさせていただきます。世の中捨てたものではありません。

2014.12.17

外で戦ったら日本は終わり No.2663

 故林家三平さんの奥さんである海老名香葉子さんが戦争の悲惨さを訴えていました。戦時中、我が街・沼津にも疎開していてご縁のある方です。先日もこの疎開当時、通っていた小学校の同窓生と70年ぶりに対面したとの記事も読ませてもらいました。

その海老名さんが「外で戦ったら日本は終わり」と強く言っているのです。「私は自国を守る自衛隊には反対ではありません。でも武器を持って外に出て行って戦うことは絶対に避けるべきです。そんなことをしたら日本はおしまいです。

安倍晋三首相は息子の襲名披露にも出てくれて借りはありますが、戦争だけは絶対にだめですと言いたい」80歳を超え、戦争を体験した海老名さんだからこそ、こう言えるのではないでしょうか。

昭和19年7月に東京本所から沼津市に一人で疎開してきた海老名さんですが、その時は10歳、家族と別れる前に白いご飯を食べたそうです。母がくれた新しい防空ずきんに、大好きな友禅の切れ端が縫ってあって喜んだら、母は嬉しいわと言って涙を流しました。

またかわいい弟の4歳の孝之輔さんに「空襲警報が鳴っても泣いちゃだめよ」と言い残してきたとのことです。その両親や弟はじめ、祖母、長兄、次兄は1945年3月10日の東京大空襲で全て亡くなってしまったのです。

ただ一人生き残った中一の兄である喜三郎さんがその3日後に沼津にやってきました。唇は腫れ上がり、服はぼろぼろの出で立ちです。家族が亡くなったことを初めて知るのですが、母は4歳の弟を抱いて伏せ、父はその上に覆いかぶさっていたと聞きました。

そしてその後、叔母夫婦と石川県に移り終戦の玉音放送を聞いたのです。叔母が「お父さん、お母さんは犬死だね」と言って泣き、本人も心が折れてしまいました。こうして親戚からも見放され、戦災孤児となってその日生きることに必死な毎日が続いたのです。

こんな悲惨な体験者だからこそ、もう二度と繰り返したくないという思いが人一倍強いのでしょう。海老名さんは80歳を超えてはいますが、あと30年は生きて、戦争の悲惨さをご自身の体験談を通して伝えたいと言います。

このように実際に体験した人の言葉は何よりも重いものがあります。それだけに現在の日本から、こうした惨い戦争体験者がどんどん少なくなっていることが残念です。日本の行く末を、まさに机上の空論で感情だけが先走った結論は本当に危険だと考えています。

明日は私用で一日会社を留守にしますので、カキコミを休ませて下さい。

2014.12.16

自民党の大勝 No.2662

 大方の予想通り自民党が大勝しました。公明党と併せると絶対安定多数の議席を獲得したことになります。これで安倍政権は益々強気になるわけで、昨日の会見を聞いていると、集団的自衛権の行使容認を国民から支持されたなどと述べています。

また来年に控える自民党総裁選再選はもちろんのこと、憲法改正を視野に入れた今後の展開にまで触れています。前日、この選挙特番の開票速報番組で面白かったのは、テレビ東京の「池上彰の選挙ライブ」でした。

例によって歯に衣を着せない池上さんの自由なト-クがあちこちで見られたのです。翌日のネットでもその無双ぶりが健在だったと伝えられている通り、自民党圧勝がいち早く伝えられる中、どこよりも早く占うポスト安倍と称して、総理大臣の椅子を頂上にした山を作って予想解説をしていました。

また選挙結果からも各党の幹部にも、鋭い質問を浴びせて池上節を存分に披露していました。こうした中、安倍さんには投票率が低かったことから、まず「低い投票率の中での勝利、自慢できないのでは?」とグサリと突き刺しています。

そして集団的自衛権からの憲法解釈についても、街頭演説でもあまり触れていなかったのではと突っ込むと、安倍さんの方も声色が変わり、「そんなことありませんよ。街頭演説は限られているしテレビ討論では何回も申し上げている」と少し剥きになりながら反論していました。

それくらい痛いところを突かれたということではないでしょうか。確かに今回の選挙では、アベノミクスの成果を問うというところにポイントが置かれていましたが、憲法改正や集団的自衛権といったことにはあまり触れていなかったように思えます。

このままいくとそんなに遠くないうちに、憲法改正ということになるかもしれません。何しろ自公併せて326議席となり、憲法改正の発議に必要な2/3(317議席)を上回っているからです。そうなったら日本が世界に誇る平和憲法に手が付けられるだけに大変なことになるわけです。

とにかく選挙前にも触れましたが、今回の選挙に何の意味があったのか、今もって私達国民には理解できません。まさに与党の党利党略そのもので、暮れのこんなに忙しいときに莫大な費用まで掛けてやることに大きな無駄を感じているものです。

ただ一つだけ少し救われているのが、公明党・山口委員長の談話です。今回の選挙で自公が勝利を収めたからと言って、全てが国民から信任を受けたわけではないと言っていることです。

さすがは東大法学部卒弁護士出身の山口さんです。人柄は温厚で敵もいないし、明快な理論づけて語れる人です。こうなったら山口さん率いる公明党に頼るしかないかもしれません。とにかく政府の強引なやり方にしばらくは目を離せないものです。

2014.12.12

ピーナツ副社長 No.2661

 米ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港で、大韓航空の女性副社長が自社の客室乗務員の接客に激怒し、離陸直前の旅客機を滑走路から引き返すという問題が起こりました。

そもそもその発端はファーストクラス内で起こったのですが、 ある乗務員が、他のファーストクラスの乗客と同様、乗客として搭乗していた趙副社長に、「ナッツを召し上がりますか?」と聞いた後、袋に入ったまま出したことがその始まりです。

その途端、趙副社長は「サービスがなってない!!」と突然声を荒らげ、この乗務員に「飛行機からおりろ!」と命じたのです。規定では乗客の意向を聞いてからナッツ類を皿に盛って提供しなければならないということには一応なっていたといことです。

でも乗務員がマニュアル通りだと言ったことから事務長まで呼びつけられ、副社長のあまりの剣幕に事務長があたふたしていたことでその怒りが増幅していったのです。そして乗務員の代わりに今度は事務長に飛行機から降りろと大声を張り上げて、結局は飛行機を搭乗口まで引き返させたのです。

その怒鳴り声はエコノミー席まで聞こえるほどだったと言います。このため飛行機は出発時間が遅れたわけですが、250人の乗客にはその間、何も知らされなかったと言います。

お客として乗っていたとはいえ、大韓航空の内部の人間が自分たちの都合で飛行機の発着に勝手に関与するとは、もっての他のことです。それも責任者とも言える立場の人間ではお話になりません。

このことで、さすがに韓国国内でも「ピーナツ副社長(趙氏)は韓国の恥だ」などという表現で、大ブーイングの非難の声が挙がっています。また大韓航空の本社と仁川空港の出張事務所にも強制捜査に乗り出したとも聞かれます。

この趙という副社長、大韓航空を中核企業の1つとする財閥・韓進(ハンジン)グループの2世会長、趙亮鎬(チョ・ヤンホ)氏の長女にあたるということです。いわば金持ちの苦労知らずの令嬢が、その能力を問わず、世襲で職に就いたようなものなのです。

手腕や評判も必ずしも良いとは言えず、鳴り物入りで始めた機内での免税品販売は、販売ノルマを課された乗務員の自腹買いが関税法違反ではとの疑惑まで報じられているほどです。また書類の束などで殴られたと証言する従業員は数えきれないほどで、周囲にも暴言を浴びせることが少なくなかったと言います。

とにかく滑走路に向かっている旅客機が搭乗ゲートに引き返すのは、機体に異常が発見された場合や乗客の安全に問題が生じた場合に限られ、客室乗務員のサービスを問題視して引き返したのは前代未聞の話です。まさに越権行為以外の何ものでもありません。全くお粗末な話で言葉もありません。

15日の月曜日は年末のお客様への挨拶回りで、一日会社を留守にするためカキコミは休ませていただきます。

2014.12.11

ゴルフ賞金王 No.2660

 今年のゴルフ賞金王に小田孔明選手が輝きました。いかつい風貌なのですが、最終戦の日本シリ-ズで3位となり、賞金王が確定したあとインタビュ-を受けたのですが、胸いっぱいみたいで目に涙さえ浮かべていました。結構、ここまでの道のりが苦しかったのでしょうね。

この小田孔明選手に対して、同じプロ仲間からも、本場アメリカで十分通用する技術を持っている人だと絶賛する声が挙がっています。何しろドライバ-は飛んで曲がらないし、その上アイアンの切れが凄いみたいです。

そのアイアンの球筋が低い弾道ゆえ、風とかの影響を受けにくいからです。ある日一緒にラウンドした、本人も憧れるジャンボ尾崎選手からも、「お前のアイアンは一流だ」と言われて感動したとも言われています。

でもここまで至るのには必ずしも順風満帆ではなかったみたいです。ゴルフとの出会いは先の日本プロゴルフ選手権で優勝した手嶋多一さんとの出会いからです。手嶋さんは中学、高校とアマチュアでは九州に手嶋ありと知られた方だったのですが、手嶋さんの実家が経営していたゴルフ練習場でその姿を見たのが始まりです。

それも小学1年生の時、父親に連れて行かれたのがきっかけで、練習する手嶋さんの上手さに心奪われたみたいです。そして手嶋さんの父親の勧めもあって、それから小田さんの父親とのマンツ-マンの練習が始まったのです。

練習は想像以上に厳しいもので、学校から帰ったら、腹筋、腕立て、スクワット、鉄アレイを毎日300回ずつ、それが終わるまでは遊びにも行けないし、晩御飯も食べられないような超スパルタ教育のものでした。

その練習を小学校2年生から続けたそうですが、初めのころは晩ゴハンにありつけるのは9時ごろだったと言います。でも振り返ってみると、その練習があったからこそ人一倍強靭な今の体力ができたと、本人は語っています。

そして小学校の卒業時、大人になったら何になるかという問い掛けで、賞金をいっぱい稼げるプロゴルファ-になりたいと言ったところ、クラス中の皆に笑われたそうです。このクラスの嘲笑には本人もかなり口惜しかったみたいで、その後の闘志に少なからぬ影響があったみたいです。

こうして2000年ゴルフ場の研修生からプロテストに受かり、プレイヤ-としてのゴルフ人生が始まるわけですが、ツア-デビュ-が2003年、それからシ-ドを獲れるまでには3~4年の期間を要しているくらい、必ずしも順調なスタ-トとは言えなかったものです。

でもシ-ズンのほぼ全試合に出場できるようになってからは、先輩のプロゴルファ-達からも自分のゴルフを褒めてくれるようになり、それがまた自信と変わっていき、本来持ち前の才能が徐々に頭角を現わして現在に至ったのです。

こうして今年初めて賞金王に輝いたわけですが、冒頭触れたようにパワ-があるゆえ長い距離の本場アメリカでも苦にならないものと思え、海外ツア-での期待が高まります。その意味では今シ-ズンの実績と大きな自信は今後のゴルフ人生に大きなプラスとなるのではないでしょうか。とにかくメジャ-ト-ナメントで日本人のプレイヤ-が一人でも多く活躍することを願いたいものです。 

2014.12.10

掃除道 No.2659

 イエロ-ハットの鍵山秀三郎さんの掃除道という本の中に、こんな話がありますので紹介します。

中国の大学のトイレ掃除の後、学生さんと先生を対象に講演させていただきました。その後の質疑応答で、生徒から質問がありました。そのなかの一つ、立派な体格をした学生からの質問は

「私は大きなことをやるために大学へ来て勉強しています。掃除のような誰にも顧みられない小さなことにこだわっていては、大きなことができないのではないでしょうか」というものでした。 

そこで私はその学生に、「あなたは、大勢の人が見ている前で、道に落ちている一本のタバコの吸殻を拾うことができますか」と尋ねたところ、「拾えません」「恥ずかしいから、とてもできません」という返事でした。 

「私は、毎朝、大勢の目の前で、ゴミ拾いをやっています。なんとなく気恥ずかしいのはわかります。その人たちの足元に落ちている吸殻を拾うには、相当抵抗があります。しかし、人間というのは、そうした抵抗を超えていくことで心が鍛えられ、より成長できるものだと思います。

ですから、吸殻を一日に少しずつでも拾って歩けば、そのたびに大きな勇気が得られることになります。 私は、この吸殻や空き缶などをただ拾うことだけが目的ではなく、日本をゴミ一つない国にしたいと思っています。

これを小さなことだと思いますか?」と尋ねました。学生は即座に「大きいことだと思います」と明快にいってくれました。 「そうでしょう。やっている行為は小さく見えても、実は大きな意味があるんです」とお話ししました。

小さなことでも、それを実行するには大きな勇気が要ります。ですから、道に落ちているゴミも、日々自分を鍛えてくれる大事な条件だと考えることもできるのです。 

まさにこの話は禅の哲学で知られた、安岡正篤先生がよく使われる「一小燈、一隅を照らす」という言葉そのものです。一人一人がたとえ小さくても、一隅(片隅)を照らす生き方を貫くことによって、全体が輝き始め、世の中は良くなっていくという教えです。

時代の豊かさにあぐらをかき、周囲を見渡しても腹立たしいことがいっぱいあります。そうした多様な時代だからこそ、今一度自分の足元を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。なぜ「自分だけが」ではなく、「せめて私達からでも」でないと、世の中、いつまで経っても良くはならないものです。