社長の三行日記

2013.04.26

エイジシュ-ト No.2386

 ジャンボ尾崎選手が凄い記録を打ち立てました。エイジシュ-トと言って、自分の年齢以下のスコアで回ることを言うのですが、男子プロゴルフ・つるやオ-プンの初日、66歳のジャンボは何と62という驚異的なスコアで達成したのです。

もちろん62というスコアは、コ-スレコ-ドタイともなる好スコアで、初日、ト-ナメントの首位にも立ちました。エイジシュ-トは日本のレギュラ-ツア-での達成は初めてとのことですが、世界的に見ても、何人も達成者がいるわけでもなく、それも1打か2打スコアが下回るものです。

ですから4つも下回るエイジシュ-トは過去にも例がないわけで、ジャンボの凄さを改めて知らされるものです。でも体調はいまいち芳しくないようですね。2006年オフにずっと悩まされてきた坐骨神経痛から、腰椎分離症の手術を受けたくらいで、今でも腰があまりよくないようです。

それでも長年日本ツア-を支えてきた第1人者としてのプライドもあり、シニアツア-には参加せず、今でもずっとレギュラ-ツア-に出場し続けているのです。今回のつるやオ-プンも比較的距離は短めだと言っても、やはり一流プロが集まる競技ですから、そこそこの距離はあるわけです。

それをロングホ-ル2オンしてきて、イ-グルまで奪っているくらいですから、年齢からすれば化け物みたいな存在ではないでしょうか。改めてその凄さを感じさせられるわけです。ご存知の通り、ジャンボ尾崎選手は県立徳島海南高校時代、甲子園の選抜大会優勝投手です。

そして当時の西鉄ライオンズに入団したのですが、同じチ-ムに入った池永投手を見て、こんな凄い投手がいるのなら自分はとても投手ではやれないと、早々に投手に見切りをつけ、打者に転向してしまったのです。

でも打者に転向しても一向に花開かず、3年後プロ野球をやめて、その後プロゴルフに転向したのです。プロゴルフ入りしてからの活躍は、ここでお話しすることもないくらい目覚ましいものですが、3年間のプロ野球記録を見て、少し安心したところがあります。

あのジャンボでもプロ野球の3年間では、通算46打数2安打、打率043と1割にも満たなかったのです。ですからゴルフでは天才のように呼ばれているのですが、やはり人知れない努力でその地位を築いたのではないでしょうか。今回の好成績で今年初めて予選通過して、決勝ラウンドに進めると言われます。

やはり華やかに見えて、勝負の世界は結構厳しいものです。とても私たちなど比べようにもならないものですが、昔に比べて飛距離が落ちたと、ただ落胆しているばかりでなく、ジャンボ選手を見習って、まだまだいろいろな努力に励まなければなりません。やはり私たちの手本ともいえる中高年の星ではないでしょうか。

来週からは連休中、出張工事等で会社を留守にします。従って6日までカキコミは休ませていただき、7日から再開いたします。

2013.04.24

余分なこと No.2385

 安倍内閣のメンバ-がまた余分なことをしてしまいました。靖国神社の春季例大祭に合わせ、麻生副総理兼財務大臣などがこぞって参拝したことに伴い、中国と韓国が激しく非難していることです。

中国はこれに反発するかのように、問題の尖閣列島海域に、今まで最多の海洋監視船8隻が領海侵犯をしてきました。まさに靖国参拝の抗議に併せたかのようにです。

また同じく韓国は参拝に抗議し、予定されていた日韓外相会談での尹炳世(ユン・ビョンセ)外相の訪日を取りやめにしました。日韓両国で新政権が発足して以来、初の外相会談となるはずだったのですが、中止されてしまいました。

この会談は、緊迫する北朝鮮情勢への対応を協議するとともに、昨年8月の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領)による島根県・竹島への上陸を機に悪化した、両国の関係改善の糸口を探ろうとしていたのです。

また日中韓の首脳会談実現に向けて、この韓国外相が日本と中国をそれぞれ訪れ、個別に調整をとろうとしていたのです。ですからギクシャクしていた3国間が、これにより少しでも歩み寄ろうとしていた矢先のことでもあるわけです。

それだけに、この時期、変に中韓相手国を刺激することはないものです。いくら私人での参拝と言っても、受け取る相手が元々こちらの理屈など、通用するところではありません。天声人語にも、「中韓のもろもろのナショナリズムにも辟易(へきえき)するが、不仲と不信が高じるのは芳しくない。北朝鮮の独裁者を喜ばせることにもなる」と記されていました。

また一方、こうした中韓の態度を受けての安倍首相も、極めて強気の姿勢を崩しません。先週のこの欄にも書きましたが、参院選を前に、少しおとなしくしていたタカ派の側面が、いよいよ頭を持ち上げてきたようです。

問われた国会答弁でも、「我が閣僚はどんな脅かしにも屈しない自由を確保している」と、俄然、強気の姿勢を打ち出しているのです。どんなに強がってみても、相手の嫌がることをしたらまずいというのは、子どもでも教えられていると思うのですが...

こちらの理屈の通らない相手では、何が何でもこちらの言い分を通すのではなく、まずその立場を思いやりながら一歩下がって交渉を進めていったり、変に相手を刺激しないのが解決の近道だと私は思うのですが...

明日25日は私用でお休みをいただくため、カキコミは休ませて下さい。

2013.04.23

クラウドの活用 No.2384

 クラウドという言葉をご存知でしょうか。私もこのセミナ-に出る前にはよく分からなかったのですが、ようやくその概要が分かってきました。クラウドとは主にそのサ-ビスを総称している言葉で、一口で言えば導入や運用管理に初期の設備投資の要らない、マイクロソフト社などの既存のいろいろなサ-ビスを定額で受けるシステムのことです。

ですから極端な話では、サ-バ-やパソコンなどは一切会社には置かず、端末だけでいろいろな業務機能を果たすこともできるわけです。弊社のHPを担当している(株)ア-ティスティックスさんが主催して頂いた、このセミナ-では、4人の講師の方がそれぞれの立場から「クラウドでビジネスが変わる」という内容でお話ししていただきました。

まず第1部・船井総研の斉藤芳宜さんからは「激動の2013年を生き抜くマ-ケティングのコツとは」と題して、目覚しい時代の変化に、このクラウド経営が対応しやすく、投資対効果の面からもこれからの時代に不可欠とのお話をいただきました。

確かにIT技術は日進月歩でめまぐるしく変わっていきます。大企業と違い中小企業の私たちには、設備も含めてそれらに全て対応していくことは不可能です。でもクラウドというサ-ビスの提供を受ければ、そうした一流企業が利用しているシステムを利用することができるのです。

それは数箇所の異なる場所にいても、それぞれがさも目の前にいるかのような、映像や音声、資料等を共有したオンラインの会議ができるようなもの(リンクというコミュニケ-ションツ-ル)や、災害などがあっても会社蓄積のデ-タを安全に守ってくれ、さらにサポ-ト体制のあるセキュリティ-・デ-タセンタ-の活用などを可能としています。

まさに少額の定額費用でいろいろな機能を持つことができる、持たざる経営の強みとも言えるわけです。それぞれの講演ではいろいろな活用事例も映像で紹介されていました。セ-ルスフォ-ス社のCRMソリュ-ションなる顧客管理のシステムは、旅館や文房具のアスクル社、経営研究所等に活用されていました。

その1つである、陣屋という老舗旅館では、今までの顧客情報が分厚い台帳からアイパッドのような一元管理のできるような媒体に移行し、全ての従業員への情報共有が可能となり、売上げなどの業績にも反映していることも紹介されていました。

旅館では顔なじみの顧客などの料理の好き嫌いや、特記事項、また各種伝言などを紙やホワイトボ-ドなどに書き留め、調理場や仲居さんなどが連絡を取り合わなければなりません。しかしデ-タが古くなってしまうと、台帳から見つけるのも大変ですし、多くの人間が情報を共有するのも難しいものです。

でもセ-ルスフォ-スのようなものでは、パソコンを今まで使ったことのない70歳ぐらいの人でも、これにログインし、チャッタ-と言って、自由に書き込みの出来るシステムを使えば、全ての人の端末に情報が伝わり共有が可能となるわけです。

まさに、こうしたクラウド活用が業務改善に繋がり、一人当たりの生産性向上をもたらしてくれることにもなるわけです。このように少ない費用で上手に他者の力を借りるといった、今までの概念にはない、ビジネスモデルの変更が今、私たちに求められているものです。

2013.04.22

元気な101歳 No.2383

 季節外れの寒さというのでしょうか。ここ2~3日は冬にまた戻るのではないかと思わせられる天候です。東北の桜がやっと咲いたというのに、テレビからは雪に覆われ、哀れな姿が映し出されていました。3月が異常に暖かく桜の開花を早めたり、また今、各地で地震の群発が続いています。何か恐ろしいことがなければと祈っています。

さて、毎週末に掲載される101歳の日野原重明先生のコラムに目を通すのですが、先週分には先生は背骨を骨折されていて、それでも大した入院もすることなく、元気に復帰しているような話が載っていました。凄い話です。

それというのも、2月上旬、咳の後で背中に原因不明の激痛が走りました。検査の結果、椎骨(背骨)の骨折と分かり、自身の聖路加国際病院で「セメント注射」と呼ばれる、椎骨形成術なる療法を受けたと言われるのです。

この方法を使うと、極めて短い2~3日の静養で退院できるというのです。それは背部の左と右から椎骨めがけてPMMAという、アクリル系のセメント剤の液にバリウムの粉末を混ぜ、病巣の椎骨部に約4㏄注入するのです。

すると椎骨の形が正常に近くなり、痛みは直後または2日以内に消えると言います。日野原先生はこの手術を受けた結果、今まであった激痛もあっという間に消え、その後、従来どおり講演活動や原稿の執筆にも支障なく行えるようになったとのことです。

椎骨骨折の場合、普通は3ヶ月間寝たきりで鎮痛剤を飲み、痛みが落ち着くとやっと在宅保養になると言われています。それだけにこの「セメント注射」なる療法は凄いものです。日野原先生も人間ドックで年齢の割には骨密度が高いと言われ、自分は大丈夫だと過信していたのを反省しているそうです。

やはり鉄人・日野原先生でもこうした骨折を招くのです。それだけにお年寄がよく背中が痛いと言っているのは、こうした骨折の疑いがあるかもしれません。それにしても、こうした素晴らしい療法の情報がすぐ手の届くところにあるから羨ましい話です。

私どもの会長である、90歳になる父もここのところ、自宅にいてよく背中が痛い、いたいと嘆いています。おそらく、こうした骨折の疑いがあるかもしれませんが、日野原先生のようになかなか直ぐに診てもらうというわけにはいきません。

やはり素晴らしい情報をすぐに得られるかどうかで、対処の仕方に大きな違いが出てくるものです。とにかく、日野原先生も書かれていましたが、体の痛みは大きなアラームであり、どれだけ早く反応できるかがポイントです。

2013.04.19

元気に歩く No.2382

ハイキングには絶好のシーズンとなりました。物好きな私もあちこち歩くのは大好きです。そんな私に、定年を迎え第1線からリタイヤし、悠々自適な毎日を送る同級生の仲間からも、いろいろとお誘いをいただけます。

できればその全てに参加したいのですが、中小零細企業を営む我が身はそうはいきません。また休日でも他に好きなソフトボールの試合などもあることから、重なってしまうとなかなか、好きな山歩きもままならないものです。でもやりくりがつけば、出来る限り参加しようと心がけています。

こうした暖かな陽気に誘われての山歩きについて、初めての人でも出掛けられる注意事項が載っていました。どんなところに注意したらよいのか、元々素人から毛が生えたような私ですから、改めて学ぶ意味でも書き記してみます。

まず整備された平らな道が多いところなら運動靴でもよいと言います。登山靴は足場の悪い泥道や勾配のきつい場所に適していて、滑りにくく、くるぶしまで保護されていることから足首を痛めません。

また服装としては動きやすくて汗が乾きやすい、冬なら保温力に優れたものを選んだほうがよいとされます。ですから汗で濡れると乾きにくい綿は登山には向かず、化繊で伸縮性のあるものを選べよと言っています。

そして持ち物としては山の天候が変わりやすいことから、雨具と軽い折りたたみ傘は必携です。その他、両手が自由になるザックに荷物をまとめ、水筒かペットボトルや、暗くなると歩きにくくなることからヘッドライトの用意が必要です。

それから歩き方としては、最初は速く歩きたくなるかもしれませんが、ゆっくり歩くことを心がけたほうがよいそうです。また30分歩いたら5分休むというように、休憩を入れながら一定のペースで歩くことがよいと言われています。

歩幅は狭く、つま先の前にかかとを出すくらいの気持ちで、足裏全体が地面につくようにしっかりと踏みしめることです。大股で歩くと滑ったり転びやすく、太ももの筋肉を痛めやすく、つま先で歩くとふくらはぎが痛くなる恐れがあるそうです。

その他、こまめに水分を補給し、あめやチョコレートなどを少し食べるのもよいとされます。とにかく山に登り、美しい景色を眺めながらいただく食事は最高です。来るゴールデンウィークにお天気に恵まれ、少しでもチャンスがあれば是非チャレンジしてみたいと思っています。きっと気持ちよくリフレッシュできるでしょうね。

2013.04.18

挫折からの変貌 No.2381

大企業はその効果で収益を上げているようですが、私たち中小企業にはまだ、いまいち実感のないアベノミクス効果ですが、生み出しの当事者である安倍首相の動静が気に掛かります。

新聞のコラムには、一度挫折したくせに何だとか、だいいち体は大丈夫なのかという話が続くと思えば、逆にその支持率が堅調となると、挫折から学んだとか、決められる安倍政治の成功の秘訣という話に豹変するのはうんざりだと載っていました。

こうしたマスコミの浅薄さに振り回されている首相にも同情しないわけでもありませんが、その安倍さんが明らかに変わってきたという記事を読みました。3月17日の自民党大会、首相の話法が違ってきたというのです。

そこには、ここ一番で最高権力者が自分のことをどう呼ぶかで、首相や政権の性格を的確に反映すると指摘していました。たとえば小泉純一郎首相の場合は三人称単数形です。「自民党がやれないことをやるのがコイズミだ

あえて自分を三人称で呼び、そのコイズミを自民党と対比させ、破壊者、挑戦者のイメージを植えつけようとしていたと言います。一方、2007年夏の参院選の安倍首相は一人称複数形です。「私たち自民党に大いなる力をお与えいただきますよう」と訴えていましたが惨敗です。

事後も「私どもの政策は間違っていなかった」とか、「私たちが約束を果たしていくかどうで批判があった」と答えています。そしてこの春、複数形である「ども」が消えたと言います。「私はTPP交渉に参加する判断をいたしました」とか、「必ず私は、日本の農業を、そして食を守っていきます。どうか私を信頼していただきたい」と、変わってきているのです。

明らかにこれは自分への自信の表われのような気がします。前回首相時の周囲側近の不祥事等、自らの足を引っ張ることが相次ぎ、政権挫折の遠因にもなったことに比べれば、現在の情勢の優位さが胸を張れ、この言葉に表われているのではないかと指摘しているのです。

自らの写真を載せた自民党ポスターにも、大きく日本を取り戻すと掲げていて、さもその通りのように進んでいるかに見える現在に、自信たっぷりの姿が推測されます。でもあまりにもひどかった民主党政権の後だから、全てうまくいっているように感じられているのではないでしょうか。

国民を変に刺激するような憲法改正のタカ派の姿は、参院選の前ゆえ、意識して抑えているようにも見えます。しかし4月28日に強行されようとしている、政府主催「主権回復の日」の記念式典は、「屈辱の日」として反対している沖縄県民の声にも全く耳を傾けようともしません。

この先、日本をどのような方向に向かわせたいのか、少しずつ垣間見れるものです。大きな問題も起こさず、このままスンナリ参院選まで突き進んだらその後が心配です。とにかく、政権運営が順調なだけに自信にあふれた強気な姿勢が懸念されるものです

2013.04.17

ル-キ-の活躍ぶり No.2380

 プロ野球もまだ4月で始まったばかりですが、セリ-グでは巨人の強さが光っています。元々投手と野手を併せた総合力ではダントツとの前評判だったのですが、ここまでの差が開くとは思いもしませんでした。

このまま突っ走ってしまうと、ペナントレ-スそのものが面白くなくなってしまうのですが、何とか他のチ-ムの奮起を期待したいものです。その中で唯一巨人に勝利を挙げている阪神が、今年はいいですね。

攻撃力も大リ-グから出戻りの福留、西岡両選手が加わり、また4番を任されているマ-トン選手も好調でその力が増しています。それから特に地元の甲子園で戦う阪神は、羨ましくなるくらいの応援が加わるから、また違った強さを発揮するものです。

そんな中にあって、高卒ル-キ-の藤浪投手が前評判どおりの力を見せています。先日はDeNA戦で待望のプロ入り初勝利を早々に挙げ、順調なスタ-トを切っています。高卒新人だけに、彼が潜在的に持っている無限の可能性が感じられるものです。

この藤浪投手、投げ込む右腕の角度がイニングにより微妙に変わってくると言います。普通、疲れてくるとこの腕の角度が下がってきて制球力などが落ちるものですが、この人に関しては違っていて、球種によっては逆に制球が良くなることもあるそうです。

ということはそれが武器にもなるわけで、自由に振り出す腕の角度を変えれば、当然打者にとっては打ちにくくなるものです。とにかくこの先、末恐ろしい選手です。また入団の経緯からあまり好きではありませんが、巨人の菅野投手も前評判どおりの活躍を見せています。やはりいい投手なんでしょうね。

それから大好きな球団だけに、改めて後日、詳しく触れたいと思いますが、ヤクルトのル-キ-・小川投手が良い働きを見せています。ノ-ラン・ライアンばりの足を高く上げるフォ-ムで、早、2勝を挙げています。大いに期待ができる投手ではないでしょうか。

そんな好調な新人投手陣の中にあって、ソフトバンクの東浜投手だけがいまいち調子が出ません。亜細亜大学では東都の星と呼ばれ、通産完封記録を22まで伸ばしたくらいの逸材です。今年の新人王間違いないとまで言われた選手だけに、2軍にここで落とされたみたいですが、何とかきっかけを掴んで欲しいものです。

このように悲喜こもごものそれぞれですが、過日触れた大谷選手も含め、ル-キ-が新しい風を送り出してくれているのは嬉しいことです。マンネリのプロ野球から抜け出すためにも、是非、若い息吹きの大活躍を望みたいものです。

2013.04.16

スーさんの死 No.2379

鈴木建設の社長・スーさんが亡くなってしまいました。ご存知、映画・釣りバカ日誌でこの役柄で親しまれていた、三国連太郎さんなのですが、あの何とも言えない飄々とした演技が心地よかっただけに、寂しい気持ちになるものです。

でもこの役柄は特別だったのでしょう。どちらかと言うと、新聞にも取り上げられていた孤高の人というイメージが強かった方です。スケールの大きい役者で凄みさえ感じられたものです。それだけに全然そのイメージと違ったスーさんは、面白かったとも言えるわけです。

初期の映画作品での役名だった、三国連太郎という名をそのまま芸名につけたということですが、とにかく自分の演技には厳しく、役に忠実だったと言われています。老け役を演じた「異母兄弟」では自分の前歯をすべて抜いて挑んだとのことです。

それから手を抜けない役者で、共演した有馬稲子さんの話では彼女を殴るシーンがあり、本番前のテストから本気で殴るため、顔が腫れ上がってしまうということもあったそうです。そのくらい、いざ芝居に入ると熱中してわけがわからなくなってしまったと言います。

息子である佐藤浩市さんとの関係も普通ではありません。離婚して母方で彼が育てられたとはいえ、三国さんは「おまえ」と呼び、彼は父を「あなた」と呼びかける、普通の親子の会話ではなく、お互い役者としての間柄だったようです。

それも自分で明かした被差別部落出身の生い立ちや、俳優やスターという存在に常々疑問を持ち、世評へも無欲だったという姿勢からのものではないでしょうか。また木下恵介監督から教えられた「いかなる人物を演じても、庶民を忘れてはいけない」という思いがいつも根付いていたと言います。

そうした庶民に寄り添い、演技でも挑戦し続けた三国さんの信念のようなものが、ある意味ではスーさんという役柄に表われていたのかもしれません。我が町・沼津市に住んでいたことから、市の観光大使のような役目も長年にわたり、務めていただきました。

スーさんと絶妙のコンビを組んでいた、浜ちゃんこと・西田敏行さんが話していたように、90歳にもなることから、いつかはこんな日が来ると覚悟していたとはいえ、やはり寂しく感ずるものです。スーさんの死を惜しみながらも、凛という表現がピッタリの三国さんのご冥福をお祈りいたします。

2013.04.15

愛情のお直し No.2378

 愛情のお直しという見出しに、何だろうと読んでいったらワイシャツのリフォ-ムの話でした。襟や袖口がほころんできたシャツでも、長年連れ添うと結構、愛着があるものです。そんな捨てられそうなワイシャツを、何とか救えないかという発想で頑張っている仕立屋さんがいます。

この人は茨城県坂東市にある「梅屋ドレス」の店主である、倉持康男さんです。仕立屋さんの3代目なのですが、7年前にこのシャツの襟とカフス専門のリフォ-ムを始めたら、全国から顧客がつき、気に入っているものを大事に着たいという人たちの支持を受けているそうです。

自宅敷地の一角にある工場には、襟とカフスを取り除いた数十枚のシャツが整然と並んでいます。そこには海外有名ブランドやデパ-トなどで仕立てたワイシャツが多いが、中にはユニクロのシャツも混じっています。

顧客は北海道から沖縄までと幅広く、ほとんどがホ-ムペ-ジを見て郵送してくる人たちです。その仕立て直す形や生地をメ-ルでやりとりし、柄などは同じ生地がなかなかないので、襟とカフスが白い「クレリックシャツ」というものに仕立て直すそうです。

そして出来上がったら宅配便で返送し、料金を振り込んでもらうという仕組みです。元々このお店は祖父の代に紳士物の仕立屋として創業し、先代の父までは高度経済成長時代に併せて順調にお店を進めてきました。ところが3代目の康男さんの代になると、取引先の経営が悪化し、注文が激減するようになってしまったのです。

多くの激変同様、ここにも経済環境の大きな変化があったのです。それでも倉持さんはめげず、ふと見たテレビでス-ツやシャツを作るのに多くの石油が使われていることを知り、これが捨てられたらまた余分のエネルギ-がかかることに着目しました。

そして前々から生地が柔らかくなって着やすくなる頃に、襟やカフスが傷んでくることにも気づいていて、そのリフォ-ムさえすればきっと需要はあるものと考え出したのです。時はちょうど小泉政権時代、小泉さんはじめ政治家のクレリックシャツ姿が出回っていた頃です。これからの時代に受け入れられていくかもと感じていたのです。

仕立て直すのには月100着程度しかできません。このため今年は一時受付けを止めるほど、注文が入っているとのことです。そんな会うことのない顧客の境遇に思いをはせることもあるそうです。そして「愛着あるものに囲まれたいという人が多いのか。高級輸入シャツだろうと量販店のシャツであろうと、直すときの気持ちは同じです」と倉持さんは語ります。

その倉持さんの工場の中には、「物を大切にすることの大切さを気づかせていただき、ありがとうございました」など、お客さんから届いた手紙やはがきを大事にしまってあるそうです。ここにもしっかりと自分の立ち位置を見つけ、困難な環境にもめげず立派に差別化を図っている人がいます。

今まで培った技術をただ眠らせておくのでなく、新たな分野を開拓し、活かしているのです。やはり動かなければ何も変わらないものです。そして顧客の喜ぶ顔を描きながら仕事を進めることができます。本当に素晴らしい取り組みですね。

2013.04.12

物覚え No.2377

 物覚えというか、物忘れがひどくなっています。これは老化現象だと言ってしまえばお終いですが、本人にとっては結構深刻な問題でもあるわけです。

自分で言うのもおかしいですが、どちらかと言えば記憶力などは良かった方だと思います。人の名前や顔をよく憶えていて、こちらは憶えているため、それなりに接するのですが、相手方から初めてのように名刺を差し出されることなどは、しょっちゅうありました。

それだけに今のように、顔は憶えているのですが名前がなかなか出てこないというのには困ります。まだ顔を憶えているだけよいのではないかと人は言いますが、本人にとってはお会いしたとき、急に名前が出てこないのは何とも辛いものです。

これも老化により脳の機能が低下していることが原因です。このように私みたいな人間でも、訓練さえすれば機能は改善するという記事が載っていました。「場所法」という記憶力アップの方法で、以下のとおりです。

モノを覚えるさいに、ある場所へ行く道順をまずイメ-ジし、頭の中でその各ポイントに順番に覚えたいモノを置いていく。これを「場所法」という。たとえば結婚式の長いスピ-チのさいに、話の順序を覚えておきたいとする。その場合、会社から家に着くまでに乗る電車の各駅に空想のなかでモノを置いていけばよい。

例を挙げると、結婚指輪の話(渋谷のハチ公に指輪をはめる)→三つの袋の話(原宿の竹下通りに三つの袋を置く)→古時計の話(古時計を代々木の競技場に置く)と覚えていく。記憶したいものを置く場所は、駅でなくとも、額や目、鼻など体の部位でもよいだろう。

この「場所法」を続けることによって脳の性能自体が向上し、よりたくさんの物事を正しい順序で覚えられるようになる。実践する人としない人では、高齢になる頃までに、脳力に差が出るとまでいわれているのだ。

ほかには、その日に出会った人の名前を帰宅後に思い出して全部書き出す、おとといの晩御飯はなんだったか思い出して昨夜の晩御飯と比較する、などといった練習が有効だ。これらの練習を普段の生活のなかに積極的に取り入れることが大切だ。

こうしたことをまず実践してみることが大切ではないでしょうか。それから名前などが思い出せないとき、あきらめてしまわないで必死になって思い出すことも効果があるようです。とにかく放っておいては退化はどんどん進むばかりです。こんなはずじゃなかったと情けない話ですが、今一度青春を取り戻す意味でも自分に対し、容赦ない訓練が求められています。

2013.04.11

日頃の成果 No.2376

 ラミちゃんと呼ばれ親しまれているアレックス・ラミレス選手が、先日のヤクルト戦で2000本安打を達成しました。古巣・神宮球場で、元のチ-ムメ-トだった石川投手から本塁打を放ち達成したわけですが、その記事から外人らしくない生真面目さを知りました。

それと言うのも、助っ人として来日するほとんど外人が、お金欲しさでやってきて比較的日本の野球に溶け込もうというところが少ないのですが、この人は全然違うようです。

ヤクルトに入団したのが26歳の時、当時引っ張り専門で打球がレフト方向しか飛ばなかったのですが、周囲のアドバイスに素直に耳を傾け、外角のスライダ-を右打ちすることを覚えました。

そしてこのバッティングが功を奏し、巨人に移籍した2009年には首位打者を獲得するまでに至りました。そのときの右方向への安打が50本だったのですが、1年目に放った19本に比べても断然その広角打法への取り組みが顕著です。

こうした順応力や適応力にすぐれていたのでしょう。それから人一倍、研究熱心だと言われています。フォ-クなど縦の変化球が多い日本の投手対策には、練習を欠かさず、左投げの打撃投手にワンバウンドの投球を要求し、バウンド直後に打ち返す打撃練習を繰り返しています。

中堅から右方向への打球を意識しているからでしょう。また研究熱心さは捕手の配球を読むことにも表われ、場面場面でのバッテリ-の攻め方を毎日映像で確認しているとのことです。

それから体のケアへの気遣いがすごく、早めに球場にやってきて1時間あまりマッサ-ジを受けてから練習に入るそうです。そして何よりも野球に打ち込む姿勢が素晴らしいと言われています。

来日当初、日本の1線級の投手には手こずり、2軍落ちのピンチがありましたが、アメリカに帰っても居場所がないと自分に言い聞かせ、日本のプロ野球に骨を埋める決心をしたと言います。ですから高額年俸目当てで来日し、結果が出なければすぐに帰国してしまうようなダメ外人とは、根本的に違っているのでしょう。

日本野球と文化は、密接に関係している。だから日本の文化を勉強し、受け入れてきた。『しょうがないね』は、すごくいい言葉」と言って、日本が大好きで将来、日本で監督もやりたいし、日本人になろうという思いもあるくらいだと話しています。

郷に入れば郷に従え」という言葉もありますが、こうしたラミちゃんのような外人も珍しいものです。今に至るまでには人知れない苦労もあったことと思われますが、愛される性格や前向きな努力が実ったのでしょうね。心から祝福したいと思います。

2013.04.10

たった一言 No.2375

 弊社の応接兼会議室に次のような言葉の額が掲げられています。「たった一言が人の心を傷つける たった一言が人の心を暖める」。これはかつて信州上田の別所温泉に旅行したとき、朝の散歩で近くのお寺・聖禅寺を訪れたとき、目に留まり購入したものです。

いつもこの額を眺めるたびに、たった一言の重さを実感しています。それというのも、私自身の生来の無神経さが災いし、長年、交友のあった友人が離れていってしまったのです。それも私から放った、たった一言が原因です。

彼とは竹馬の友とも言えるかもしれません。生まれたのが同じ地で隣近所だったのです。そして小学校は同じところに入学したのですが、入って間もない5月、私の家(当時は借家)が火事で全焼してしまったため、翌年の新年度から今の片浜の地に引っ越してしまったのです。

このため彼とは離れ離れになってしまったのですが、たまたま高校の入学式で、彼の父と私の母が再会したため、お互い幼少時の記憶が薄れていましたが、旧交を温めることになり、それ以来、気心が知れた友人として社会人になってからもずっと付き合っていたのです。

彼の名誉のためにも、私が放った、たった一言は何かとは申し上げませんが、それが彼の心を大きく傷つけてしまいました。私自身は特別他意はなく、いつも言いたいことをお互い言い合える関係からだったのですが、受け取る側はそうはいきませんでした。

その晩、同じ宿に泊まり、電車での帰り道まで一緒だったのですが、1週間ぐらい経って再会しても彼の怒りは収まっていませんでした。こちらも彼への気安さから、電話で1回は謝り半分「まだそんなことを言っているのか」と、少し時間が経てば収まるものと思い、それ以上フォロ-もしませんでした。

そしてそれっきり、もう何年が経つのでしょうか。おそらく5年以上にはなると思われます。私が傷つけた、たった一言を放ったその年の暮れ、こちらの正直な気持ちを伝えようと、詫び状まで書き記して郵送したのですが、それも受け取り拒否で封も開けてもらえず返送されてきたくらいです。

でも私自身が招いたことですから、非は全てこちらにあると考えています。ですからもちろん、相手の彼のことを悪く言うつもりはありませんし、彼の閉ざされた心が開くのを待つしか仕方がありません。でも私自身は自業自得かもしれませんが、寂しい気持ちには違いないのです。

このように、たった一言が大きく人の心を傷つけることが実際にはあるのです。特に申し上げておきたいのは、親しさが増すほど、その気安さから招きやすいということです。「親しき仲にも礼儀あり」くれぐれも節度を保って気をつけたいものです。

2013.04.09

「寅さん」共演者の素敵な言葉 No.2374

 私も大好きな映画でした「フ-テンの寅さん」ですが、新聞に共演者の以下にあげるような、味わい深い含蓄のある言葉などを集めていました。既に3代のおいちゃん役はじめ、亡くなってしまったの人たちばかりですが、おいちゃんたちの言葉から紹介します。

まず初代は森川信さんです。「あ-いやだ、いやだ。おれはもう横になるよ。おい、枕、さくらとってくれ」。飄々とした感じが花を添えていましたね。この人の「ばかだねー」という、寅さんへの言葉がとても懐かしく思い出せます。

次は松村達雄さんです。「金のねえやつがみんな不幸せだって言うならさ、この寅なんぞ、生まれてからずーと不幸せの連続じゃねえか」。そういう心は全く逆で、幸福は金では買えないと、その生き方をある意味で羨ましく思っていたのでしょうね。

それから3代目は下條正巳さんです。一番長くこのおいちゃん役を務めていた方ですが、何ともいえない味わい深さがあったものです。寅さんが女性に律儀なところをほめて「その手の間違いだけはしたことないんだ、あいつは」。生真面目で小言も多かったのですが、寅さんを信頼していたのでしょうね。

またタコ社長を演じた太宰久雄さんのこの言葉も有名です。「お前なんかに中小企業の経営の辛さがわかってたまるか」。映画を観ているときは全くそんなことを感じなかったのですが、今自分がその立場になってみると実感のある言葉です。

その他、共演者の素敵な言葉が続きます。お寺の御前様だった笠智衆さんは「困った。困った」と言いながら「もともと寅の人生そのものが夢みたいなもんですから」と、寅次郎をとても可愛がっていました。ゲストでも三船敏郎さんは獣医師役で出ていて「俺が行っちゃいかんと言うわけは...。俺がほれてるからだ。悪いか

また、さくらの亭主・博の父を演じた志村喬さんの言葉も、なかなか含蓄のある言葉です。「人間は絶対に一人じゃ生きていけない。逆らっちゃいかん。人間は人間の運命に逆らっちゃいかん。そこに早く気がつかないと不幸な一生を送ることになる。わかるね、寅次郎君

そして宇野重吉さん扮する画家の、かつての恋人役を演じた岡田嘉子さんに至っては、「私、このごろよく思うの。人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。ああすればよかったなあという後悔と、もうひとつは、どうしてあんなことしてしまったんだろうという後悔」という言葉に、ご自身の恋人とソ連に逃避行した波乱の人生が重なるだけに、ずいぶんと重い言葉になるものです。

とにかく、このように映画の中のセリフにすぎませんが、寅さんシリ-ズは人生の機微と味わい深い言葉にあふれていました。またそんな記事を読みながら、映画館で一人、大笑いをしていた自分を懐かしく思い出すことができたものです。素敵な映画でした。

2013.04.08

国民栄誉賞 No.2373

 長嶋茂雄さんと松井秀喜さんが国民栄誉賞をダブル受賞することになりました。ご存知、長嶋さんはミスタ-と呼ばれ、多くの野球ファンから愛され、今のプロ野球人気を王さんと共に築き上げた大功労者とも言える方です。

まだもらっていなかったのかと、大部分の方が不思議に思うほどの人なのですが、ある意味では受賞するきっかけを失っていたのかもしれません。そうした意味ではここで愛弟子でもある、日米で大活躍し引退することになった松井選手の受賞と併せ、やっとそのタイミングができたとも言えるものです。

巨人、大鵬、玉子焼きと言われ続けるほどの巨人軍にあって、やはり長嶋さん抜きにはとても語ることができないものでしょう。私は子どもの頃からアンチ巨人だったのですが、不思議と長嶋さんと王さんは嫌いではありませんでした。

そのくらい誰からも人間的に愛されていたのでしょう。特に長嶋さんはチャンスに強い人でした。そして天覧試合のサヨナラ本塁打のように、大試合やここ一番という場面で、憎らしくなるくらい活躍したのをはっきりと憶えています。

ですから野球だけでなく、日本の高度成長の時代にあって、国民に活力を与え続けた、時代を象徴する人とも言えるのではないでしょうか。その性格は天真爛漫とも言われ、一部天然とも呼ばれるほどの、訳の分からないところも随所に見られましたが、やはり大人(たいじん)だったのでしょう。

そんな長嶋さんなのですが、気配りに富んでいたとも言われています。そして9年前に脳梗塞で倒れたのですが、不自由な体をおしても相変わらず野球にかける情熱は凄いものがあったようです。

愛弟子の松井さんは不調になると、海を越えた国際電話でよく長嶋さんに問いかけたと言います。すると長嶋さんは「受話器をそこに置いて、バットを振ってみろ」と指示したそうです。そして電話口から聞こえてくるバットが風を切る音で、スイングをチェックしたというのは有名な話です。

そうした二人三脚の努力が実って、ワ-ルドシリ-ズでのMVPという偉業にも繋がったのでしょう。とにかく二人の受賞は喜ばしいことです。できればもう一人、日本人大リ-ガ-の道を切り拓き、ノ-ヒットノ-ランを2回も達成している野茂投手にも、スポットライトを当ててもらえば何の異論もありません。二人の受賞をよい機会に、先駆者たる偉業を見直してもらいたいものです。

2013.04.05

ちょっと良い話その106 No.2372

3日~4日と軽井沢に工事で出掛けていたため、カキコミができず失礼しました。またこのブログの編集が思うようにいかなくなったため、事前にご案内も出来ず申し訳ありませんでした。

昨日の軽井沢は何とか天気を持ち直してくれたお陰で、工事を無事終了することができましたが、その前日は冷たい雨が一日中降り続くようなお天気で、なかなか大変でした。何しろ気温が4度と低く、暖かい静岡から出掛けた私たちにとっては寒くて辛い一日でした。

ちょっと前置きが長くなりましたが、こんな素敵な投稿文を見つけましたので紹介いたします。「よそ孫」の入学祝いという、ちょっと良い話です。

初めての出会いは3年前、我が家の前に幼稚園バスが止まるようになったのがきっかけでした。3歳の男の子と1歳の女の子を連れたママさんと、朝のあいさつをするようになりました。

半年ほど過ぎた頃、「遊びに来ませんか」と声をかけました。戸惑いもあったかと思いますが、自然に親しくなりました。以来、1ヶ月に1度ぐらい、3人で我が家に来るようになりました。約束の日が近づくと、夫は図書館から絵本を借りてきて朗読の稽古です。

手作りのゲームをすると、子どもたちは「じいじに勝った」と満面の笑みを浮かべます。ママに用事があるときは、預かることもありました。我が家では、このかわいい子たちを「よそ孫」と言っています。道路の事情でバスが止まる場所は移動しましたが、付き合いは続いています。

そのよそ孫の一人が、3月に幼稚園を卒園。4月からは小学1年生と、幼稚園入園です。先日、我が家に集い、ささやかなお祝いをしました。小学生になっても遊びに来る、と言ってくれました。お陰様で私たち夫婦は、大いにパワーをもらっています。

本当に素敵な関係ですね。まさに「袖すり合うも他生の縁」を活かした実例ではないでしょうか。たった一言、声を掛けただけで、こんな素敵が関係が生まれるのです。人生はたった1回、できれば勇気をふるって声を掛け合いたいですね。

2013.04.02

親に恩返し No.2371

昨日の選抜高校野球・対高知戦で惜しくも敗れてしまった仙台育英高ですが、このチームのエースとして頑張っていたのが3年生の鈴木天斗(たかと)選手です。この鈴木君、実は2年前の大地震の津波で自宅が損壊していた被災者の一人だったのです。

ですから一時はこの進学さえ、ためらっていたみたいです。自宅は宮城県松島町の海岸そばで、津波で1階部分が泥やがれきで埋まり、震災で親類3人が亡くなりました。そして両親、兄弟とともに祖父母宅に移り住んでいたわけですが、既に同校への進学が決まっていた鈴木君は、目の前の惨状にこのまま野球を続けていいのだろうかと迷いました。

でもその背中を押してくれたのが父の浩市さんです。「好きなことをやったらいい」という言葉のお陰で決心が固まり、がれきの中から見つかった泥だらけのスパイクを磨いて練習を再開したのです。

ですから周囲に支えられていることを片時も忘れたことはないと言います。何よりも苦しい状況に置かれながらも、野球をやれる環境を作ってくれた家族への感謝の気持ちが強く、苦しいマウンドでもそうした気持ちに支えられていたのではないでしょうか。

私も震災後、数ヶ月経ってから出かけた東北へのボランティアの途中で、この松島の海岸線を通りかかったのですが、その被害状況はとても軽いものではありませんでした。それだけに私たちの想像以上に、自分だけ野球をやっていていいのだろうかという気持ちが強かったものと思われます。

この地と同じように傷めつけられた東北の各地の中に、いわき市の海岸線があります。それはかつて「いわき七浜」と呼ばれ愛された景観地ですが、今は除染土を詰めた袋状の黒いバッグや、家々の基礎だけが残る殺伐とした、見るも無残に破壊された光景になっています。

寄せられた投稿に、そんな殺伐とした風景のあちこちにパンジーなどの花が咲いていると載っていました。がれきに花を咲かせる運動を進めているボランティア団体によるものです。そこには「この花を皆で育てましょう。心あらば水をあげてください」というメッセージが添えられているそうです。

そしてその投稿には次のような記述が加えられていました。復興の進まぬ、荒涼としたこの地を見た目に、なんとも温かいものがあふれてきた。いつの日か、この地が昔の姿を取り戻すのを暗示するような、ささやかな、しかし地道で苦労の多いこの運動が、この地で暮らしてきた人々に与える希望は、決して小さくはない

このように私たちには計り知れない苦労がまだまだ続いている被災各地ですが、絶対にその支援の芽を摘んではいけません。そしていち早く元通りの姿に戻ることを祈りながら、風化することのない、このような温かい支援活動や、めげないで精進を積む若者に精一杯応援したいものです。

2013.04.01

やはり大物 No.2370

先々週は暖かい日が続いたため桜の開花を一気に縮めましたが、満開になった途端、先週などはちょっと肌寒い日が何日か続きました。これが花冷えと言うのでしょうが、例年ではこの天気や気温が普通なのかもしれません。

でもその桜も満開の艶やかさがすっかり消えてしまい、緑の葉っぱが目立つようになってしまいました。やはり4月までは持たなかったようです。さて今日からは新年度の4月です。初々しい新入生や新しい社会人にとっては希望のみなぎる時期でもあるわけです。

そんな中にあって、プロ野球でも注目のル-キ-が華々しいデビュ-を飾りました。ご存知、日本ハムにドラフト1位で入った大谷翔平選手です。開幕戦、8番ライトで先発メンバ-として起用された大谷選手、第1打席こそ見逃しの三振に倒れたものの、第2打席では見事なライト線の2塁打を放ちました。

また続く第3打席もランナ-を2塁において、打点1となるライト前タイムリ-を放ったのです。プロ野球に入った新人にとって、最初のヒットを打つということは私たちの想像以上に難しいと言われています。まして高卒ホヤホヤの新人選手です。

それがいとも簡単に相手のエ-ス級の球を打ち崩すのですから、やはりこの選手、大物と言ってよいのではないでしょうか。それにしても栗山監督、よくスタメンで使いましたね。これからのプロ野球の発展のことを考えたら、こうした多少のリスクがあっても、将来性を考えた大きな抜擢は必要ではないでしょうか。

それからこの大谷選手の二刀流について、いろいろな意見が飛び交っていますが、私は本人の持っている可能性を追求する意味で大賛成です。もちろん投手と打者の掛け持ちは、想像以上に大変だと思われます。

現に対西武戦、第3戦の野手としてのスタメンを外れたのは、投手としての準備を図っておかなければいけない事情があったように聞いています。打者はすぐ準備ができますが、投手として起用するのには事前にピッチング練習等、準備に時間が掛かるからです。

でも私たち観てる人間にとっては、今までにない大きな魅力です。何といっても160km近い球を投げるし、打者としても天性の柔らかいバッティングを兼ね備えているからです。とにかく大谷選手、大変ですが日本のプロ野球を大きく変える意味でも、やれるところまで、この二刀流でやってもらいたいものです。

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