社長の三行日記

2012.10.31

顔写真の取り違え No.2302

早いもので今日で10月も終わりです。年々秋が短くなっているようで、朝晩はもう冬の足音が聞こえてきそうなこの頃です。子どもに感染が多いと言われる、マイコプラズマ肺炎なるものが流行していると言います。くれぐれもご自愛下さい。
 
さて、こんなことが起こってよいのでしょうか。奇怪な事件である、尼崎市の連続変死事件で使われていた、複数の新聞やテレビに掲載の角田美代子被告の写真が全く別人だというのです。
 
23日頃になって読売新聞やテレビに掲載されていた写真に気づき、事件とは全く関係のない尼崎市に住む50代の女性が弁護士を通して発表したのです。
 
まったくあってはならないミスです。何しろ事件そのものが、凶悪極まるものなのです。既に民家の床下から3人の遺体が見つかっていて、その他にも5人ぐらいが行方不明となっている事件ですが、昨日もコンクリ-ト詰めになったドラム缶が岡山県の日生港で見つかりました。
 
日生はひなせと呼び、私も小豆島からの帰りのフェリ-で何度も降りている港です。このフェリ-が着くくらいの港ですから水深も深いゆえ、投棄する場所に選んだのではないでしょうか。
 
またこのドラム缶に入っていると思われる被害者の兄も、2005年に被告らと一緒に出掛けた沖縄旅行の際、万座毛の崖から転落死するという不審なことが起こっています。
 
このように全く理解に苦しむような奇怪な事件だけに、顔写真を間違えられた方の迷惑と言ったら、尋常なものではないはずです。つい先日もここでも触れたように、iPS細胞を使った世界初の臨床応用という、全くでたらめの記事が出たばかりです。
 
それゆえにただ謝って済むという、簡単なものではないはずです。マスメディアの果たす、責任の重さというものが少し軽視されているようにも思えるものです。
 
また重箱の隅を突付くような、揚げ足をとるような記事の多さに辟易しています。もっと読むだけで人々の心の中が明るく楽しくなるような記事がないものでしょうか。マスメディアは私たち読者や視聴者への責任や影響の大きさを、もっとしっかり自覚してもらいたいものです。

2012.10.30

石原都知事辞職 No.2301

石原慎太郎さんが東京都知事を辞職して新党結成するとのことです。80歳の俺にこんなことやらせるなよと言いながらの、新たな挑戦なのですが、誰もそんなことは言っていないはずです。
 
まあその自意識過剰は今に始まったことではないものですが、さてこの先ご本人の思惑通りに事が進むのでしょうか。石原さんは日本の大きな権力を握っている官僚制度の打破を叫び、また橋下さんの維新の会やみんなの党などとの連携を模索しているようです。
 
そして以前からウマの合っている、平沼代表率いる「たちあがれ日本」は早々に名前まで変更し、新たに石原さんを党首にした新党を来月上旬にも結成すると伝えられています。
 
でもみんなの党などとは原発政策や消費税の扱いについても、考えが異なっています。小異を捨て大同を作ると言って、その連合勢力を第3極にして政治を動かしたいというものですが、果たしてまとまるものでしょうか。
 
何しろこの原発政策や消費税はとても小異とは言えないものです。それに一説によると、息子である石原伸晃氏の自民党総裁選の落選が少なからず、都知事を辞した理由にもなっているようです。
 
それと言うのもこの人、結構親バカのようで、産経新聞に載った森喜朗元首相のインタビュ-記事によると、自らの都知事4選出馬に消極的だったのを、森さんと伸晃氏が説得に当たり、次期総裁選候補に自派閥からでなく、伸晃氏を候補に推薦する密約のようなもので収めた経緯があったみたいです。
 
また無派閥だった息子を、「オレは天下を取れずに東京都知事で終わったが、息子を頼む。あんたに預ける」と言って、親交のある日本テレビ取締役会議長であった故氏家斉一郎氏を仲介として、山崎派に入会させた事情も伝えられているのです。
 
というわけで、息子が駄目なら自分自身が動かなければならないと、覚悟を決めたのかもしれません。それにしても元気な80歳です。一部では都知事後継に自民党から出馬するのではないかという、息子・伸晃氏とは根本的に異なる、偉大なる行動力だと思います。
 
でも新進気鋭だった「太陽の季節」からは、余りにも時が隔たり過ぎました。現在の小粒ばかりが揃う政治家に業を煮やしての再出馬でしょうが、まだまだ衰えてはいない思惑とは異なり、歳をとり過ぎました。それは誰あろう、ご本人が一番解っていることではないでしょうか。

2012.10.29

日本シリ-ズより No.2300

土曜日から始まった日本シリ-ズは巨人が2連勝と、良いスタ-トを切りました。やはりCSでの崖っぷちから巻き返した3連勝での良い流れが、そのまま継続できているのではないでしょうか。
 
2試合とも少し眺めていましたが、試合の流れが変わる、それぞれポイントがあったような気がします。初戦は何といっても、2打席目のボウカ-選手への初球です。
 
スライダ-が抜けたような球が高めに入り、日本人なら見逃すような球をライトスタンドに運ばれたのです。これが試合を決めるような3ランとなり、4点目を与えてしまったのです。
 
このボウカ-選手の最初の打席は、1死1-3塁でセカンドゴロのダブルプレ-でチャンスを潰してしまったのですが、キレのある吉川投手のストレ-トには全くタイミングが合っていませんでした。
 
なぜこの打席もストレ-ト中心に組み立てなかったのか、少しキャッチャ-のリ-ドに悔いが残るところです。まあ、ボ-ルにしようと思ってスライダ-を投げたかもしれませんが、1球目から積極的に打ってくる外人だけに、もう少し気をつけたかったところです。
 
そして2戦目、巨人の沢村投手は立ち上がり、やはり日本シリ-ズの重圧があったのか、少しおかしなところがありました。手元での抑えがきかなかったのか、先頭打者と4番中田選手にも死球を与え、2死1-2塁のピンチを背負いました。
 
迎えた稲葉選手の打席でけん制のサインプレ-があり、ショ-ト坂本選手が2塁ベ-スに入ったのにもかかわらず、投手は全然無反応でした。ここで捕手の阿部選手がマウンドにつかつかと詰め寄り、沢村投手の頭をはたいたのです。
 
テレビでは珍しいシ-ンでしたが、叩かれて沢村投手はようやく正気に戻ったのではないでしょうか。もし阿部選手に頭を小突かれなかったら、地に足がいまいち着いていなかったことから、稲葉選手に打たれたかもしれません。
 
そうすると前日に引き続き、殊勲者は阿部さんということにもなるわけです。このように日本シリ-ズのような大試合になると、たった1つの局面でのプレ-が試合を大きく左右することになるものです。
 
その意味でも日本ハムは1戦目の鶴岡捕手から替えて、2戦目に大野捕手を起用したのは成功ではないでしょうか。この大野捕手のリ-ドで初回こそ、先頭の長野選手に外角の球をうまくとらえられホ-ムランを打たれましたが、あとは強気でインコ-スをうまく攻めたような気がします。
 
このように巨人が連勝し、俄然有利になったシリ-ズですが、1つのプレ-や1球で流れが大きく変わることもあります。その意味でも、地元北海道に帰り心機一転、日ハムの巻き返しにより、益々面白い日本シリ-ズにしてもらうことを祈っています。

2012.10.25

貧しさと抗日教育が生んだもの No.2299

沖縄近海に中国海軍のミサイル駆逐艦など艦艇3隻が航行するなど、相変わらず不穏な動きを見せている中国ですが、先の反日デモで逮捕された一人の若者についての記事が昨日の朝日新聞に載っていました。
 
それによると、貧しさと小さな頃から繰り返し教えられてきた抗日教育から、今回のデモがちょうど鬱積したはけ口になっていたみたいです。
 
出稼ぎ先から河南省南陽に戻ってきた21歳の青年は、9月15日に西安で起きた反日デモで、日本車に乗る中国人男性を襲い頭の骨を陥没させ、半身不随にさせた容疑で連行されました。
 
ネット上に、この青年が バイク用のU字形ロックで車を襲う姿が映し出されていたからです。車に乗っていた被害者の妻は「日本車を買った私たちが悪かった。もう二度と買わない」と必死に許しを求めたらしいのですが、容赦なく何度も攻撃したとのことです。
 
彼をここまでの犯行に駆り立てたものが何だったのか、記事は追求していました。気の弱い子だったとの母親の話があるものの、小さな頃から日本軍人が殺人や略奪を繰り返すシーンを強調した、抗日戦争映画などが大好きな子だったと言います。 
 
その頃、村で悪者は誰かと聞くと、子どもたちは必ず「日本人」と答えたそうです。ですから「日本鬼子をたたきのめせ」と言い合ってよく遊んだと言います。
 
そして小学校5年で学校をやめ、1日30元で左官職人の見習いを始め、18歳で西安へ出ますが、収入の安定しない日雇い仕事ゆえ貧しい生活だったようです。事件前の本人のブログには、悲しい人生や勉強したいといった言葉が数多く見つかったそうです。 
 
こうしてちょうど自宅に戻る途中、バスで通りかかったところでこのデモにぶつかり、バスを降りて興奮して輪に加わり、身動きできない車を襲うことになるのです。
 
母親は「学校では日本人は悪いと教わり、テレビをつければドラマの多くが抗日もの。反日感情を持つなと言うのが酷だ」と言います。 このように中国では抗日ドラマが量産されていて、昨年は確認されただけでも12シリーズ、計396回が新たに制作されたと言います。
 
こうした出稼ぎの不満や、幼い頃から培われた反日感情が爆発して、このような残虐的な犯行に及んだのでしょう。また豊かな沿海部に比べ、義務教育も十分に受けられない内陸部の農村では、こうした政府の愛国教育や抗日ドラマの思想に染まる若者が圧倒的に多いと言われています。
 
これが中国の実態なのでしょうが、日本にとっては由々しきことです。この先、深まる経済不安からもっともっと、そのはけ口にされかねません。育てられた環境が人を変えると言われますが、日本は益々中国とは付き合いにくくなるかもしれません。
 
明日26日は追加工事があり、早朝から再度軽井沢に出掛けますので、カキコミは休ませて下さい。

2012.10.24

国民栄誉賞 No.2298

レスリングの吉田沙保里選手に国民栄誉賞が贈られることになりました。至極当然のことと思います。何しろオリンピックではこのロンドンで3連覇、そして9月に行われた世界選手権でも10連覇と、前人未到の大活躍なのです。
 
併せて13連覇ですか、気の遠くなるような数字です。振り返ってみると最初に優勝した世界選手権が2002年、またオリンピックでの最初の優勝が2004年のアテネ五輪ですから、ここ10年以上タイトルを守り続けているのです。
 
それに出場するだけでも大変なのに、勝ち続けていて負けがないということは、とても真似のできない偉業ではないでしょうか。とにかくその集中力と言ったら、おそらく私たちの想像をはるかに超えるものです。
 
吉田選手はレスリングで全日本選手権優勝の実績がある父親と、テニスで国体選手にもなった母親の両親の3人兄妹として生まれ育ったと言いますから、元々潜在能力には恵まれたものがあったのでしょう。
 
それに並外れた日々の修練と努力の積み重ねが加わり、磐石のものになったものと思われます。そして人一倍の負けず嫌いではないでしょうか。ロンドン五輪の前の東京大会で、ロシア選手に敗れ連勝が途切れたときの落ち込みようは、尋常ではありませんでした。
 
この凄まじいとも言える勝利への執念が吉田選手を支えているものと思われます。またロンドン五輪の旗手に選ばれたときでも、旗手は金メダルを取れないというジンクスを、いとも簡単に跳ね除けて優勝を手にしました。
 
おそらくこのへんの精神構造が普通の選手との大きな違いではないでしょうか。受賞が決まったときのインタビュ-では今度の五輪がある、4年後のリオデジャネイロでも金メダルを狙うと宣言しました。
 
凄いものです。4年後には34歳になるのですが、おそらく吉田選手なら見事に達成するのではないでしょうか。またこうなると母親が望んでいる結婚も後回しになるものと思われますが、きっとその先、良いご縁もあるのではないでしょうか。とにかく霊長類最強の女とも呼ばれる吉田選手の功績に、心から祝福させていただきます。

2012.10.23

沖縄の苦悩 No.2297

沖縄での米兵2人による集団強姦致傷事件の影響で、全ての在日米軍に夜間外出禁止令が発表されました。この19日から期間は未定で、夜11時から朝の5時までの間とされています。
 
この対象となる米兵は約3万4千人とも言われていますが、普天間基地のある沖縄にはそのうちの2万5千人が駐留するとのことですから、事件や問題も多発します。もちろん今回事件を起こした米兵のように、短期滞在の兵士も対象になるわけです。
 
今回の事件でも、あとちょっと被害者からの訴えが遅れていたら、犯人の2人は痕跡を残さないまま飛び立っていたのですから、短期滞在の兵士にも目を配らなければなりません。
 
それにしても私たちの想像以上に、沖縄県民の受ける被害は甚大とも言えるものです。いろいろと物議を醸し出している米新型輸送機のオスプレイも強行配備されました。
 
街中にいつ落ちるかもしれないオスプレイの飛行に不安を抱きながら、夜は夜でこのような強姦事件が繰り返されているわけです。また近海には怪しげな中国海軍が出没し、普天間から辺野古への基地移設問題も抱えています。
 
そして日米で取り決められている地位協定というのもおかしなものになっています。今回は日本の警察が逮捕したから取調べが通常にできるのですが、もし容疑者の軍人を米軍が先に捕まえれば、日本側が起訴するまで基本的に米軍が拘束する規定となっているのです。
 
従って米軍が日本に好意的に取調べを進めてくれればよいのですが、必ずしもそうばかりとは言えません。十分な捜査が行われないまま、取り逃がすことだって少なくないわけです。
 
これでは沖縄県民は納得できないし、怒りも収まらないのはよく理解できるというものです。冒頭に挙げた外出禁止令にしても、夜11時までというのも甘い措置ではないでしょうか。
 
とにかく日本で唯一内戦が繰り広げられ、多くの犠牲者を出してしまった地域が、終戦から65年以上経っている今日でも、尚多くの犠牲を強いられている現状をこのまま見過ごしてもよいものでしょうか。
 
もしそれが自分の住んでいる地域だったらどうでしょうか。私たちは対岸の火事のように捉え、いたって気楽に考えていますが、当事者にとっては本当に深刻な問題です。なぜ沖縄だけにこのような犠牲を求めるのか、日本国民が真剣に考えなければいけない時が来ているのではないでしょうか。

2012.10.22

世界で通用する人 No.2296

このところお客様からの見積の引き合いやらその他で、出掛けることが多くなっています。周囲はいまいち嬉しい声が聞かれないような情勢の中、お引き合い頂けるのはとても有難いことで、物件の大小に関わらず、小回りを利かせるのは私たち中小企業の使命だと思っています。
 
そんなことで今朝も平塚方面に出掛けたのですが、向かっている途中、ラジオから次のようなことが聞こえてきました。脳科学者の中野信子さんが出ていた番組です。
 
中野さんは東大卒のエリ-トとのことを後から調べたネットで知ったのですが、ラジオから聞こえてくる声はとても物静かに語る人で、いわゆるキャリアという感じがしないお陰で、こちらも自然に耳を傾けていたのかもしれません。
 
そしてネット上の写真ではなかなかの美人です。耳だけで想像しているイメ-ジとは結構違いが出たりするものです。そんなどうでもいいようなことは置いといて、話を進めましょう。
 
中野さんが書かれた著書「世界で通用する人がいつもやっていること」について触れていました。中野さんのかつての経験から、今まで世界で活躍する「頭のいい人」に出会って、それらの人に共通する習慣などを書いた本なのです。
 
番組では次の5つの共通する項目を述べていました。
 
① 周りの空気を読まない
② 決められている儀式をしっかり行う
③ 自分の得だけでなく、相手の得も考える
④ やらない事リストを作る
⑤ 事故診断書を作る
 
 
例えば、日本プロ野球の誘いを蹴って大リ-グ入りを表明した、花巻東・大谷投手のように、大部分の周囲の期待や予想に反しても自分の意思を貫くような、空気を読まないケ-スを挙げていました。
 
家族や高校の指導者は、どちらかと言えば日本プロ球界入りを勧めたのではないかと思われます。でもそうした空気に屈することなく、大リ-グ入りを決めた大谷投手はそうした空気を読めないとも言えるかもしれません。
 
でも世界に通用する人になるためには、一度は潜らなければいけない門であって、そのような場合でも必ず応援してくれる人が出現すると述べていました。また脳科学者ゆえに、リスナ-からいろいろな脳に関する質問も寄せられていました。
 
その答えとして次のようなことも挙げていました。私もその一人ですが、よく歳をとってくると忘れやすいとか、なかなか記憶が定かでないようなケ-スの場合、「人間は覚えなくても生きることに支障がなければ覚えないものである。

また脳にはキャパシティがあるわけで、歳が多ければそれだけ情報量も多すぎるわけである。それでも口惜しい思いをしたとか、思いっきり感動したような感情を伴っていることは覚えやすい
」と。
 
最近、以前に比べて人や固有名詞の名前がなかなか出なくて、正直、少なからず心配をしていたのも事実なのですが、中野さんが言うように、生きることに支障がないと捉えれば気が楽になるかもしれません。
 
とにかく世界に通用する人にはとてもなれませんが、せめて生きている限りはボケないで、自分自身で判断できる脳をいつまでも保ちたいものです。

2012.10.19

軽井沢出張から No.2295

3日間会社を空けていましたので、久しぶりのカキコミになります。16日から出掛けていた軽井沢の話をちょっとさせていただきます。
 
今回は多湖輝先生の別荘に新たに自動開閉扉をつける関係で、その電気制御のお引き合いをいただき出掛けてまいりました。ご存知、多湖先生は頭の体操でも知られる、千葉大の名誉教授なのですが、既にこの別荘内にモノレ-ルも2基設置していただき、何回も通わせていただている間柄です。
 
今回のお引き合いの物件は、この敷地内に既に作られていたゲストハウス用の入口の扉なのです。と言っても扉はそんなに簡単なものではなく、左右スライド式の門扉で、それぞれ6mずつある頑丈なものです。
 
ちょうど別荘に来られていて居合わせた多湖先生の言葉では、「これでは赤穂浪士の47士が攻めてきても防げる」との冗談が出るほどの代物なのです。
 
道路に面している、このゲストハウスの入口はちょうどカ-ブに当たるため、車を道路には止め難い場所です。それゆえ、車の中からリモコンで操作してこの扉の開閉を行ったほうが入るのに安全で、世話がないとのことから考えられたのです。
 
0.4kwのギヤ-ドモ-タを左右1ケずつ使い、インバ-タで速度制御させながら開閉をさせようと設計したのですが、頑丈に見えた扉の開閉も思ったよりスム-ズにいきました。
 
ただリモコンの受信感度がいまいち良くないため、もう少し高感度のアンテナに取替えて試してみようとのことで、今回の出張は区切りをつけることになりました。
 
それにしても行ったときから気になっていたのですが、この多湖先生のゲストハウスの道路を挟んだすぐ北側に、巨大な建物が建設されようとしているのです。
 
先生や関係者の話をいろいろと伺ってみると、これが世界一の富豪とも言われる、あのB・G氏(建設中の建物であっても極めてその警備が厳重のため、敢えて匿名にします)の別荘だと言われるのです。
 
地下4階の建物で、地面から60mぐらい掘り下げている関係からか、周辺道路にはダンプカ-が引っ切り無しに通過しますが、中の様子は高いバリケ-ドを張り巡らせて一切覗けません。
 
一説にはデ-タのバックアップセンタ-も兼ねていると言いますから、100億円以上とも言われている総工費もうなづけるかもしれません。とにかく怪しげな巨大な建物が作られようとしているのです。
 
こんな、おまけなようなものが付いていた今回の軽井沢への出張でしたが、先生がいらっしゃった関係で、またいつもの通り声を掛けていただき、ホテルをキャンセルして別荘に泊めさせていただきました。
 
近くのログハウスで豪華な夕食をご馳走になったり、至れり尽くせりのお気遣いに恐縮しながらも、いつもの通り有難く感謝しているものです。またそんな先生の有名人らしくない、いたって丁寧で物腰の柔らかさが、心惹かれる大好きなところです。さすがレイトン教授ですね。

2012.10.15

虚偽報道 No.2294

ゴルフの日本オ-プンは何とか日本人の久保谷選手が後半、大逆転しビッグタイトルを手にしました。途中まで中継を観ていたのですが、フィリピンの選手が良かったので、また外人かと思って所用で出掛けてしまい、後のニュ-スで知り最後まで観なかったのを残念に思ったくらいです。
 
またプロ野球はクライマックスシリ-ズが始まっており、セ・パリ-グそれぞれヤクルトと西武が一矢を報い、何とか今日の一戦まで繋ぎました。このようにさすがはスポ-ツの秋、これらプロ選手に限らず、多くの人たちが体を動かし、楽しんでいる絶好の季節の到来です。
 
さて奇怪なことが起こってしまいました。先にノ-ベル医学生理学賞に輝いた山中教授のiPS細胞を使った、世界初の臨床応用が行われたとの報道がありました。読売新聞を初めとして共同通信などが11日付の朝刊で発表したのですが、これが真っ赤な嘘と判り、後日慌てて訂正記事を出したのです。
 
行ったのは森口尚史(ひさし)氏という日本人とのことですが、同氏が客員講師を務めた米ハーバード大と、患者への治療を実施したとされるマサチューセッツ総合病院が、「森口氏の一切の臨床試験は、我々が承認したものではない」との声明を発表したのです。
 
ハーバード大学によると、森口氏については「99~00年にかけてマサチューセッツ総合病院の客員研究員だったが、それ以来、同病院やハーバード大とは関係がなく、臨床試験は承認されたものではない」としているのです。
 
またその大学院を終了したと言われている東京医科歯科大では記者会見を開き、今回の臨床応用とは別に、森口氏が同大と、iPS細胞を使ってC型肝炎の効果的な治療薬を見つけた、とする2010年5月の読売新聞の記事についても「東京医科歯科大で実験及び研究が行われた事実はない」と発表しています。
 
ですからiPS細胞を使った研究は一切行っていないということなのです。そして国際会議で発表するはずだった資料に名前を連ねている、同大の指導教授もこうした事実をよく把握していなかったというのです。
 
また森口氏は学部で看護学を専攻したため、医師ではないということも伝えられています。それではいったいなぜ?という大きな疑問が湧くのですが、まだ真相は明らかにされていません。
 
現在は東京大学医学部付属病院の特任研究員とのことですが、そこまでのレベルの人間が起こしたこととは、理解ができません。私たちの素人考えで推測すると、うだつの上がらない研究者が、山中教授らへの羨望が嵩じて犯してしまったことではないでしょうか。
 
とにかく山中教授の言われるように、十分な動物実験なしでいきなり人間というのはあり得ないことです。人騒がせなことで、振り回された報道各社も、もっと十分調査した上での検証が求められるものです。
 
明日16日から18日までの3日間は、軽井沢で出張工事等がある関係で会社を離れるため、カキコミは休ませていただきます。ご了承下さい。

2012.10.12

大人げない国 No.2293

本当に大人げない中国にあきれ返っています。東京国際フォ-ラムで9日より開かれているIMF世界銀行総会に、中国はトップである財務相と人民銀行総裁の閣僚級2人が欠席すると伝えられています。
 
またこれに併せ、中国工商銀行、中国銀行、中国建設銀行、中国農業銀行の四大銀行も同じく関連イベントには欠席するとのことです。その理由は明らかにしませんが、尖閣諸島をめぐる日本との対立に、強硬姿勢を示したものとみられています。
 
これが世界第2位の経済大国がすることでしょうか。この総会は低迷する世界経済に各国がどのように協調し、立ち向かうかを話し合う場で、一部の国の国境問題などは棚上げにして臨まなければいけないものです。
 
中国はそうした世界経済の主役であるという責任や認識が欠けていて、国際的な協調などは軽視していると言っても仕方がないものと思われます。
 
これにより世界の主要国のみならず、新興国からも特異な国と見られ、対中ビジネスに関し慎重にならざるを得ないことから、自国にとっても決して得策とは思えません。
 
また中国国内でも必ずしも経済が順調とは言えず、そうした景気減速への世界からの懸念の声に対する意味でも、それなりの人間が出席して答える責任があるのではないでしょうか。
 
とにかくお粗末極まりない国です。今回のデモ騒動で、中国市場での日本車の売上げは失速し、トヨタは昨年比の5割、日産、ホンダは4割減と言われています。今、世界の中でもこの新車市場が15%も占めていると言われていることから、かなり深刻な問題でもあるはずです。
 
また今朝のニュ-スでは、台湾の交響楽団が中国で予定している公演に、帯同する日本人演奏者3人に入国ビザが発行されなかったと聞きました。政治とは何も関係ない芸術や文化の世界にもこの有り様です。
 
この文化に対してまでの中国当局の異常な対応に、過日、作家の村上春樹さんが投稿されていました。その主張される通りですが、残念ながら昨日のノ-ベル文学賞には一番の本命と言われたこの村上さんが選ばれず、中国人作家に決まってしまいました。
 
受賞により変にこの動きが加速されなければよいと思うのですが、天声人語にも書かれていたとおり、中国は体ばかり大きい子どもではなく、「大人の所作」をしっかりと覚えてもらいたいものです。

2012.10.11

格好良過ぎる死 No.2292

41歳という若さで亡くなってしまった金子哲雄さんの話です。流通ジャ-ナリストとしてテレビにもよく出ていた金子さんなのですが、最後まで人々に愛される人生を送りながら、その自身の生涯を閉じたようです。
 
先日行われた葬儀・告別式でも、生前中から自分自身でその段取りを考えていたようで、参列者に向けたユーモアと心温まる手紙まで用意していたとのことです。
 
またここまでの間でも、病状を伏せていて、闘病中にもかかわらず取材相手を気遣うなど、いつもと変わらぬ様子でギリギリまで仕事に取り組んでいたと言います。こうしたことからも交友のあった方々からはその真摯で誠実な人柄を偲ぶ声が寄せられています。
 
参列者への手紙では、生前中の感謝の言葉を述べるとともに、「今回、41歳で人生における早期リタイア制度を利用させていただいた」というユ-モヤや、「第二の現場では、全国どこでも、すぐに行くことができる『魔法のドア』があるということから、お世話になった皆様がいらっしゃる地域にお邪魔し、心あたたまるハッピーな話題、おトクなネタを探して、情報発信を継続したい」と触れています。
 
自分の死に直面している人が、ここまでの気遣いが果たしてできるのでしょうか。また引き際が見事とか、格好いいといったカキコミも多くネットに寄せられているみたいです。
 
お墓や戒名、仕出しの料理まで決めていたそうです。また東京タワ-のすぐ近くの心光院というお寺を選んだのも、東京タワーを見たときに、金子哲雄というジャーナリストがいたことを思い出してほしいという、本人の願いだったそうです。
 
もちろん人間ですから死ぬのは怖かったと思いますが、死と直面しながら自分の美学を貫いたのでしょう。むざむざ自殺などで、自らの生を断つ人に、こうした命の大切さや生きたくても生きられない人の思いを解ってもらいたいものです。
 
そして忘れてはいけないのが、連れ添った愛妻への思いです。「愛している。愛している」を繰り返しながら、もう一度生まれ変わっても一緒にいたいとか、自分の亡くなった後、いつかはきっと再婚するだろうなと、ちょっぴり口惜しがっていた様子も伝えられていました。
 
ここまで愛された奥様も、亡くなったのは残念でしょうが本望というものです。あ-そうそう、今日はうちの愛妻の誕生日です。少しは爪のあかでも煎じて飲まなければいけませんね。心からご冥福をお祈りします。

2012.10.09

山中教授、ノ-ベル賞受賞 No.2291

今年のノーベル医学生理学賞に、山中伸弥・京都大教授が選ばれました。この医学生理学賞の受賞は87年の利根川進教授以来25年ぶりで、2度目とのことです。
 
イギリス・ケンブリッジ大のジョン・ガードン博士とのダブル受賞ですが、とても喜ばしいことです。その対象となったのはiPS細胞を作り出すことに成功し、いろいろな医療技術に応用できる研究が進んでいることです。
 
そうは言っても何やらまだ解らない話ですが、もっと平たく言えばこのiPS細胞を使っての再生医療の研究が進んでいて、iPS細胞に全ての組織や臓器を作り出す能力があることを証明している点についてです。
 
ですから再生医療として、すでに肝臓や心筋、神経など多くの細胞で、iPS細胞からの分化・誘導する技術に成功しているとのことですから、近い将来、病気や事故などで機能を失った患者の臓器などに移植することにより、難しい治療を可能とすることができるわけです。
 
凄い話です。でもこの山中教授、まだ歳も若く50歳とのことですが、ここまでの歩みは山あり谷ありの人生だったようです。中学・高校と柔道、また大学ではラグビ-と、なかなかのスポ-ツマンだったようですが、その間多くの骨折を繰り返しました。
 
そんなことから目指したのは整形外科医です。でも手術が苦手で、他の医師が30分で終わる手術に2時間も要したと言います。従って自分には向いていないと痛感し、基礎研究の道へと転換したのです。
 
病院を退職後、大学院へと進み直し、基礎研究の魅力に目覚め、実験に没頭したそうです。そしてその後、アメリカへの留学を経て帰国するのですが、研究だけに没頭できる米国の環境との落差に苦しみ落ち込んだようです。
 
こうして研究は諦めて臨床の道に戻ろうと思った矢先、米の研究者がヒトES細胞の作成に成功したというニュ-スに励まされ、最後の砦としていた奈良先端科学技術大学院大の助教授の公募に通ったのです。
 
そして記者会見でも盛んに一緒に研究していた仲間のことを称えていたように、京都大講師の高橋さんたち、素晴らしい研究室仲間にめぐり会うことができたのです。
 
まさに「人間万事塞翁が馬」ではないでしょうか。でもテレビなどの会見を聞いていても、とても爽やかな方ですね。右腕としての高橋さんのこともしきりに触れたり、国が全面的に支援してくれたからと、自分ひとりの手柄でないことを強調していて好感を持ちました。
 
またご本人が言われていたように、これからが大変と、まだ50歳と何よりも若いことに今後に大きな期待を持てるものです。政治や経済が低迷している日本の中にあって、日本医学界ここにありといった、素晴らしい快挙ではなかったでしょうか。
 
明日10日は出張工事で1日、会社を留守にするため、カキコミを休ませていただきます。

2012.10.05

TDL・TDSに学ぶこと No.2290

東京ディズニ-ランド(TDL)とディズニ-シ-(TDS)を経営するオリエンタルランドが、2012年度上半期で過去最高の入場者数を記録したというニュ-スを目にしました。
 
昨年比23.4%増の1325万人という数字らしいのですが、昨年は東日本大震災で休園したという影響もあってか、その巻き返しの意味で新しいアトラクションなどの登場で人気を集めたみたいです。
 
TDSに新たにオ-プンした「トイ・ストーリー・マニア」というアトラクションも人気を呼んでいるみたいです。私は知りませんが、どうもおもちゃの世界のゲ-ムを楽しむアトラクションのようで、長蛇の列とのことです。
 
またお迎えする側の従業員はここではキャストと呼ばれていますが、何よりも夢と魔法の王国に行き、感動すれば必ずそこへもう一度行たくなるという、ゲストへの感動に努めているからです。
 
このお客がまた来たいという裏には、従業員教育のベースとなるマニュアルもしっかり用意されているのです。ネットで見つけたその一部を紹介いたします。
 
チケットブース(入場券販売)とカストーディアル(掃除担当)についてです。300以上もある職種別のマニュアルも、キャストは自分の仕事の分だけを読めばいいとのことです。
 
何かマニュアルで管理されていると、息苦しさを覚えるものですが、ここでは満点を求めず70点を取れればよいように、実例も3つぐらいに抑えて基本だけ教えているそうです。
 
まずチケットブ-スでは、その目的がチケットを売ることではなく、ゲストと最初にコミュニケ-ションをとることと教えます。そしてその形としては、目と目を合わせて、ニッコリ笑って、ひとこと声をかけるとしているだけです。
 
また注意点としては、「いらっしゃいませ」とはいわないで下さい。例えば、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と記しています。日本の習慣では「いらっしゃいませ」には誰も返事がないからです。ゲストに返事をいただいて初めてコミュニケ-ションがとれたことになるからと教えています。
 
それからカストーディアルに対しても、あなたの仕事は掃除をすることではなく、キャスト(役者)としてお掃除というショウを演技することと記しています。
 
ですからその形も、お掃除というショウを演ずるのですから、ちゃんと振り付けがあるとしています。従ってコスチュ-ムをつけてパ-クに出る前に、しっかりと練習して「お掃除という演技」ができるようになっていなければいけないと教えています。
 
このように人々に感動を与えるのには、それなりの用意周到な準備が施されているのです。このTDL、TDSに学ぶことは少なくありませんが、お客様がまた行ってみたくなることや、またあの会社に頼んでみたいと言われるように私たちは努めたいものです。

2012.10.04

あのときあんなに頼った店が No.2289

新聞への投稿文ですが、ちょっと考えさせられる話です。「あのときあんなに頼った店が」という題で寄せられていました。熱しやすく冷めやすいのが日本人かもしれませんが、頂いた恩はいつまでも胸に持ち続けたいものです。
 
近所の青果店に行ったら、奥さんとご主人がしょんぼりしていた。最近お客さんが減り、この日は特にひどくて、朝から数人しか来ないという。

ネギ、ナメコ、豆腐、リンギ、牛乳、食パンなどどれも驚くほど安いのに。「お客さんは1ケ所で肉も野菜も買えるス-パ-が便利なのでしょうね」と奥さん。

1年半前のあの震災のとき、ここが店を開けてくれてどんなに助かったことか、私がそう言うと、奥さんは目を赤くして「あのときは午前4時から準備して、主人は何度も車を出して商品を調達したけど」「あれは何だったのかしら。時たま、お世話になりましたと言ってくれる人もいたけど、来てくれない人も多い」と話した。

震災翌日、長蛇の列をなすお客さんに対して奥さんが「もう少し待てば品物が入ってきますから、一人1個を守って、買い占めないで。分け合えば行き渡ります。辛抱しましょう」と大きな声で繰り返していた姿を私は覚えている。

不安やいらだちで一触即発に近い心理状態だったのに、なぜか心がす-っと落ち着き、平常心を取り戻したのは私だけではなかっただろう。

大規模店の開店や再開は明るく、にぎにぎしく報じられるが、個人商店は取り残され、お客を奪われ、追い込めれていっているように思う。困ったときに一番力になってくれた個人商店を見捨てていいのだろうか。今度は私たちが力を合わせて支える番ではないだろうか。

 
まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはこのことを言うのではないでしょうか。非常時に大型店舗が何をしてくれたと言うのでしょうか。この話に限らず、全国各地においても小さな商店はどんどん大型店に押され、シャッタ通りが増えています。
 
でもその大型店は地域に根ざしていると言えるのでしょうか。たとえ小さくても地域にしっかりと足を着け、災害時には商売抜きでみんなで助け合う、そんなお店を守らなくて果たしてよいのでしょうか
 
中小企業家同友会が提唱している、既に制定されている中小企業憲章の実践と推進が本当に求められているものです。

2012.10.03

栗山日ハムの優勝 No.2288

栗山・日本ハムがパリ-グを征しました。見事な優勝だと思います。1年目の栗山監督にはその人柄もあって多くの人の期待を集めていましたが、手腕に関しては全く未知数でありました。
 
何しろ現役生活はたった7年で、コ-チ経験もなく22年ぶりの球界復帰だったからです。東京学芸大からテスト入団でヤクルト入りし、両打ちの外野手として一時期活躍しましたが、めまいや耳鳴りに苦しむメニエル病にかかり、29歳で引退せざるを得なくなったのです。
 
その後、キャスタ-として爽やかな語り口でお茶の間にも親しまれていました。ですから昨日の優勝も報道ステ-ションで一緒だった古館さんも大喜びだったくらいです。
 
やはり優勝の原動力は栗山監督の人柄なのでしょうか。もちろん何よりも選手の力によるものが大きいわけですが、人心把握に優れていた監督の功績も少なくないものです。
 
思い出してみると、今シ-ズンの開幕戦、多くの人の予想に反し、開幕投手にあの斎藤佑樹投手をぶつけてきました。それに向けては斎藤投手に思いをしたためた手紙を送り、大方の予想にあった有力候補・武田勝投手に対しては謝ったそうです。
 
このへんが選手が言われているように、細やかな気遣いがある、監督らしくない監督と言われる所以でしょう。またシ-ズン初め全く打てなかった中田選手を辛抱してよく使っていました。
 
そのくらい、この選手を大きく育てようという気持ちが人一倍強かったのでしょうが、我慢強く先を見通せる人とも言えるのではないでしょうか。
 
お陰で開幕戦では斎藤投手が見事なピッチングで幸先良いスタ-トを切り、ご存知の通り、中田選手も今では切っても切れない堂々たる日ハムの主力打者に成長しました。
 
そしてご自身の優勝コメントにもあるとおり、「北海道が一番になりました。自分は何もしなかったが、コーチ、スタッフの素晴らしさ、選手も最高の働きをしてくれた」と、周囲に気遣いを施し、自分のことには極めて控えめです。
 
また目指すべき新しい監督のスタイルになるのではないでしょうか。そして地域に根ざしている球団の素晴らしさも感じさせてもらったものです。自分のところさえ強くなれば後のことは知らないという、何処かの球団とは大きな違いですね。

2012.10.02

山田方谷 No.2287

山田方谷って名前をご存知でしょうか。私は知らなかったのですが、幕末期、破綻寸前だった備中松山藩の財政を立て直した方です。この藩は現在の岡山県高梁市に当たるところです。
 
当時の備中松山藩の負債額は10万両と言いますから、現在の100億円以上になります。これをたった8年ぐらいで、黒字に変え、しかも逆に10万両もの蓄財を残したと言います。以下は現代にも通じるその改革手法です。(一部省略)
 
幕末の日本には260余りの“藩”があり、それぞれ大名が経営をしていた。完全な自己完結型財政であり、石高制の崩壊と商人の台頭による貨幣経済の浸透で、ほとんどの藩が困窮していた。

開国後、力のある新進的な大名は商社化し、武士は商人化することで破綻寸前の財政を建て直した。備中松山藩もそのひとつ。その建て直しをわずか8年でなしとげた人物――山田方谷。藩政改革といっても上杉鷹山のような藩主ではない。

備中松山藩の農家の出身だが、学問で身を立て藩士になった、当時では異例の出世をした人物だ。養子藩主板倉勝静が、崩壊寸前の江戸幕府の寺社奉行、そして老中に大抜擢され、幕政に集中。そこで自らの師であり、絶対の信頼をおく方谷に藩の改革をゆだねたのだ。現代でいうと社長の腹心、参謀となる会社役員である。

作家の童門冬二氏は、その著書において「留守がちな社長の代行者。主人である社長が中央の連合団体の役員を務めたために、会社の業務は重役の方谷が背負って立った」や「養子社長と農民出身総務部長というコンビで改革を行なった」と表現している。

さて、方谷が改革にあたる前の藩の財政を見てみると・・・・・・。当時の経済力はその藩でとれる米の量(単位は「石(こく)」)で表わされた。国でいう税収の総額、会社でいう総売上高である。備中松山藩の場合公称5万石。親会社である徳川幕府には、この5万石に見合った税を納め続けていた。

ちょっとまった! をかけたのが方谷。藩の予算管理をする「大福帳」の整理(彼は日本で最初に簿記を実践した人物ともいわれる)、年貢高の調査を徹底的に行なうと、実質2万石にも満たないことが発覚。公称石高の半分にも満たない収入で、2倍以上の支出を行なっていたことになる。

メンツを重んじる時代だったとはいえ、これでは借金が10万両もありえる話だ。現代でも会社のよし悪しを判断するときに指標とする年商、大きく見せたい気持ちは経営者なら理解できるだろう。備中松山藩が行なっていたのは、まさに粉飾決済。

では、藩予算の5倍以上の借金をどうやって返したのだろうか? 改革の概要をかいつまむと以下である。

1. 借金元の大阪商人に藩財政を公開し、返済期限を延期してもらった
2. 家中に質素倹約を命じ、上級武士には賄賂や接待を受けることを禁止した
3. 過剰発行で信用を失った藩札を領民の前で焼却、新藩札を発行し兌換を義務化
4. 藩内で採れる砂金から農作業効率のよい「備中鍬」を作り、大ヒット商品となる
5. 「撫育局」を設置し、農産物の特産品化と専売化(タバコ、茶、ゆべし、そうめん、和紙を「備中」というブランドで売り出す)による藩の会社組織化
6. 中間マージンを排除するため特産品は船で江戸に直接運び、江戸の藩邸で直販
7. 藩士以外の領民の教育にも重点を置き、優秀者は出身に関わらず藩士に登用するという人材育成

現代でも通用する手法もある。これらを実践し、藩の財政を見事に立て直した。改革断行の裏には、農民上がりの方谷に対するねたみや悪口も多かったが、それもやがて減っていった。藩の財政ばかりを考え家庭を顧みず、山田家は窮乏。仕方なく山の中の荒地を開墾して食い扶持を稼いでいた、という方谷の身銭を切って藩のために尽くした姿に感動する者も多かったからだ。

トップによる改革は率先垂範が肝要だ。ただし、それを下の者に強要しないこと――これが方谷の考えだ。現在でも同じことがいえるのではないだろうか。「社長の私がここまで努力しているのだから、部下の君たちもそうしろ! 」といわれたら部下は反発する。方谷はそれがわかっていて、トップの板倉勝静にもその辺は釘をさしていた。

 
日本資本主義の父と言われる渋沢栄一氏も方谷の影響を強く受けていると言われます。やはりトップ自らの率先垂範でなければ大きな変革は望めないものです。現在多くの企業が置かれている、決して楽とは言えない日本企業再生のヒントとも言えるのではないでしょうか。

2012.10.01

力の差と国民レベルの違い No.2286

いよいよ今日から10月です。全てに良い季節だと思われますが、昨日の台風の影響はいかがだったでしょうか。私どもの地域は比較的雨もそんなに降らなかったのですが、場所によっては強風と大雨の被害があったことと思われます。
 
そんな中、静岡で親戚の不幸からお通夜があったのですが、台風がこれから来るというときでもあったので、早く出掛けてお通夜の前に失礼させていただきました。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。
 
さて日中韓それぞれの国の対決は、中国に軍配が上がりました。と言ってもこれは女子ゴルフの話題です。日本女子オ-プンの最終日、12時過ぎからNHKで生中継があった関係で、日本人の誰でもいいから頑張ってくれとテレビにかじりついていました。
 
中継直後は宮里美香さんとか北田瑠衣さんがスコアを伸ばし、首位に迫る勢いでしたのでこれはいけるかなと思ったのですが、残念ながら後半のINコ-スで失速してしまいました。
 
優勝は中国のフォン・シャンシャン選手が飾りました。4日間とも首位でその体格同様に、堂々たる勝利だったと思います。何しろ日本選手と違って危なげのないゴルフです。
 
やはり日本女子オ-プンという国内最高の大会だけに、距離は長くラフも長く伸ばしている難しいセッティングです。このため日本選手など、パ-オンどころか、ミドルホ-ルなどグリ-ンのかなり手前にセカンドショットを外している始末です。
 
でも優勝したフォン選手や、やはり優勝争いをしていたパク・インビ選手などはそんなことはなく、飛距離の違いや、ラフからのショットの力強さに力の差を感じてしまいました。
 
また190ヤ-ド以上の長いショ-トホ-ルでのクラブ選択にしても、一緒に回っている木戸選手のウッドに比べ、フォン選手は何と5番アイアンです。これでは結果は致し方ないかなと思ったくらいです。
 
もう少し日本選手の奮起を促したいものです。それにしても日本の観客はマナ-がよいですね。尖閣諸島問題でその関係が揺れ動いている両国なのですが、そんなことはおくびも出さないほど、このフォン選手に対しても気持ちよい拍手を送っていました。
 
もしその立場が逆だったらどうでしょうか。おそらくその出場すら危ぶまれたはずです。このへんが中国と違った日本人のレベルの高さです。一部中国内では日本人作家の本を書店から外されるようなこともありますが、このようにスポ-ツや文化の世界にはこうした煩わしい問題を一切持ち込みたくないものです。

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