社長の三行日記

2012.11.30

浅草・スカイツリ-への旅その1 No.2322

またまた3連休の話で恐縮ですが、24日は仕事に励みましたが、その翌日の25日の日曜日は金融機関の同友会研修旅行と銘打って、東京スカイツリ-と浅草見物に出掛けました。
 
まず浅草と言えば、何といっても浅草寺です。何回も行っている場所なのですが、今回は今まで訪れていても気がつかなかったことが幾つかあったので、写真を中心に紹介したいと思います。
 
それはご覧のような若いお兄さんのガイドが付いてくれたからで、当日は絶好のお天気にも恵まれ、知らなかった浅草を楽しめたものです。

     

この浅草寺界隈で一番の賑やかな通りと言ったら、まず仲見世通りです。多くの人々でごった返しているのは周知のとおりですが、ここからすぐ西に折れると、ご覧のような白浪五人男の人形が建物の上などに飾れているのをご存知でしょうか。

     

     

それから浅草六区(ロック)通りと言って、ご覧のような喜劇などで私たちを和ませてくれた人たちの、肖像写真が飾られている通りがあります。ここで1つだけ写真の入っていない区画があるのですが、それはビ-トたけしさん用に残されているとのことです。

     

まだ本人が生きているのに、恐れ多いとのことで遠慮しているらしいのですが、しっかりとその予約ができているみたいです。このようにガイドさんが付いてくれると、また違った浅草が楽しめるものです。その他にも幾つか紹介したいものがありますが、また次回にさせていただきます。

2012.11.29

龍沢寺の虫干し No.2321

弊社会長でもある父は今日で満89歳を迎えます。仕事からは離れていますが、まだまだ元気です。足腰がだいぶ弱くなってきたのが少し気になりますが、いつまでも健やかで長生きしてもらいたいものです。
 
さて先の3連休の初日だった23日は同級生の友人に誘っていただき、三島・沢地にある龍沢寺の観楓祭と言って、お寺が所有するお宝の虫干しの見学に出掛けてきました。
 
当日は小雨がぱらつく生憎のお天気でしたが、お宝をこの日に限り、一般公開してくれるとあって、きっと毎年訪れていると思われるマニアの方たちを中心に、大勢が押し掛けていました。
 
龍沢寺は臨済宗妙心寺派のお寺で、現在の住職が後藤栄山さんと言います。私が時々は出掛ける、毎月2日に行われる沼津の東方寺での座禅修養会において、法話を務めていただいている老師でもあります。
 
お寺の実質的な開山は座禅和讃でも知られる白隠禅師です。そして一番の弟子とも言われている東嶺禅師が、この地に伽藍を創建したと伝えられています。
 
その後、一時は廃寺同様とまでなりますが、終戦勅語で知られる「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という文言を進言した山本玄峰老師により、修行道場として復興したのです。
 
虫干しには室内に飾りきれないほどの書や絵画が多数、並べられていました。白隠禅師、東嶺禅師の多くの書画の他、俵屋宗達、良寛さんのものや、伊藤若冲さんの作品まで見つけたくらいです。
 
とにかく撮影禁止であるがゆえに、ここでお見せできないのが残念に思うくらい、ふんだんに高価なものが飾られていたのです。また友人の知り合いでこれらに詳しい方の解説もあって、作品への興味が一層増したわけです。
 
その一部説明によると、東嶺禅師の書画には必ずハマグリの絵が落款と一緒に付いています。これが何を意味するのかまでは解らなかったのですが、ハマグリがついていれば、多少字の解読が困難でも作者が判るというものです。
 
そんなわけで、下世話な話ですが、何でも鑑定団などに出せばいくらの金額がつくか、計り知れないようなものばかりです。またそんなことより何よりも、落ち着いてゆっくり鑑賞できる、その安らぎの気持ちになるのが嬉しいものです。故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る、まさに温故知新そのものです。

2012.11.28

新たな第3極 No.2320

雨の後の筍のように次から次へと出てくる新しい党に、ほとほと困惑しているような昨今ですが、いったい来月16日に予定されている衆議院選挙にはどの党を選んだらよいのでしょうか。
 
そんなことを思っていた矢先、滋賀県の嘉田知事が新党・日本未来の党を結成しました。まず何よりも一番に挙げている政策が脱原発です。京都大学出身のこの知事は、学生時代から滋賀県のみならず、関西地区の貴重な水源となっている琵琶湖の環境保全に大きな興味を寄せていたみたいです。
 
それが3.11後の目を覆うばかりの原発被害をきっかけに、滋賀県に隣接する北陸地方・若狭湾にある原発に何かがあれば、貴重な水源の琵琶湖が汚染されるという危機感を抱くことは至極当然のことでしょう。
 
こうした切実なる地元の事情を思えば、乱立する第3極がいまいち脱原発についての主張が強調されていないだけに、居ても立ってもいられなくなったのではないかと思われます。
 
また当初より脱原発を掲げ、目玉になっていた橋下大阪市長も石原さんと合流した途端、その主張が消えてしまうような情けない結果となっています。
 
それだけにこの嘉田知事の旗揚げはちょっと遅すぎたかもしれませんが、十分国民への説得力があるものではないでしょうか。「脱(卒)原発」の他には「活女性、子ども」「脱増税」を掲げ、会見場ではそれに「守暮らし」「脱官僚」「誇外交」の3項目が加わりました。
 
これからの日本が原発に頼らない政策を進めていかなければならないのは、愛する故郷にいつまで経っても帰ることのできない福島の人々の惨状を見れば、誰が見ても明らかなことではないでしょうか。
 
とかく人の噂も75日ではないのですが、被害に直面していない人々の思いは消えやすく、はかないものです。それゆえに原発より目先の景気の問題の方が優先だと、言われる人が少なくないかもしれません。
 
でも愛する故郷を捨てたいわけではないのに、いつまで経っても戻れない人々の気持ちを考えたら、行き着く我が国がとらなければいけない政策は自明のことと思われます。
 
さてそんなわけで、この日本未来の党に小沢さんの国民の生活が第一や、亀井静香さんや減税日本の河村さんたちが合流し、新たな第3極が誕生したわけですが、私たちの選択肢がある程度、明確になったように思われます。
 
嘉田知事が言われているように、国の品格を失わない、まず美しい日本を取り戻すことが第一ではないでしょうか。

2012.11.27

大リ-グ入りする前に No.2319

アメリカ大リ-グ入りを希望している、岩手・花巻東高の大谷翔平投手に、ドラフト1位で指名した日本ハム球団が昨日初めて会って話をしたとのことです。
 
この50分間の会談には栗山監督も同席し、自身の解説者時代に取材した大リーガーの状況などを説明して、日本球界を経由しての大リーグ挑戦を勧めたみたいです。
 
確かにあれだけの逸材ですから大切に扱わなければいけないところですが、聞くところによると、アメリカに行ってもすぐ大リーガーになれるわけではなく、少なくとも3~4年は日本で言うところのファ-ム暮らしをしなければいけません。
 
そのファ-ムというのがなかなか大変で、日本では単なる2軍というところだけなのですが、アメリカでは大リーグのすぐ下が3Aと呼ばれるもので、その下の2A以下のチ-ムもいっぱいあります。
 
ですから高校生からの選手ですと、いきなり3Aのチ-ムからではなく、その下の2A以下のチ-ムからスタ-トを切らなければなりません。そして投手の場合ですと、日本より投球数を重んじていることから、なかなか本人が望んでいるような出場機会にも恵まれないのです。
 
こうしたことからその育成には少なくとも3~4年は掛かるみたいです。でもメジャ-昇格はその期間に目覚しい結果を残した人のみで、チャンスに恵まなければ6年経ってもそれ以上でも昇格はあり得ないのです。
 
また一部には大リ-グを目指した日本と韓国人選手の実例も挙げて、いろいろと説明をしたみたいです。日本からはご承知の通り、日本球界で活躍した選手がほとんど大リーガーを目指して渡っているのですが、韓国はちょっとその事情が違っているようです。
 
過去韓国からの選手は、日本人大リーガーのように球団を経て大リ-グ入りする選手は少なく、今までに2人しかいないそうです。ですからそのほとんどがこうした下積み期間を経て、大リーガーとなっているわけです。
 
でも昇格しても必ずしも大リーガーとして長く働いているわけではありません。また下世話な話ですが、契約金に関しても日本のドラフト1位に与えられる破格の条件など、なかなか少ないのです。
 
こうしたからも、その将来性を考えても大谷投手は直接向こうに渡るのではなく、日本である程度じっくり育ててもらい、それなりの結果を残してからの方がよいのではないでしょうか。
 
そうした意味でも、敢えてリスクを承知で2年続けてドラフト1位を指名した、日本ハム球団に敬意を表したいところです。またそのトップが栗山監督という、頭の良い、気遣いのある方ですから、安心して大谷投手を任せられるのではないでしょうか。

2012.11.26

究極のリサイクル No.2318

3連休の初日は雨にたたられ、そして2日目もはっきりしない天気で夕方からは雨、昨日の日曜日だけは綺麗に晴れましたが、今朝もまた雨模様です。この雨が降るたびに寒さが厳しくなっていくこの頃です。どうぞくれぐれもご自愛下さい。
 
さて今朝も少しでも家内の仕事を減らしてあげようと、回収日のためゴミ出しをしてきましたが、このゴミについて、かつての江戸が世界一ゴミのない清潔な都市であったとの記事を読みました。
 
それによると、当時は100万人の人が生活を営んでいた世界一の大都市だった江戸ですが、世界一ゴミのない都市だったそうです。それから300年、今の東京が世界一ゴミの多い都市になったというのも、何とも皮肉な話です。
 
その世界一の清潔な都市・江戸には最先端のゴミ処理システムがあったそうです。以下、それについの記述を紹介したいと思います。
 
江戸住民の究極のリサイクル
 
早朝、各家庭から生ゴミが出される。収集車が来るまでにカラスがつついたり、悪臭や汁漏れがあったりと、暮らしのなかでの嫌われ者代表が生ゴミだ。自治体では生ゴミの軽減に努めてきたが、家庭からの排出量は増える一方。ところが、遡ること300年、江戸の街にはゴミなど見当たらなかったという。なぜか?

何でもかんでもリサイクルしていたからだ。ときは元禄を迎える直前の1650年ころ、江戸は高度経済成長期に入り、ちょうど「初物を食べると75日長生きする」という初物ブームが到来し、江戸っ子は競って初物を食べた。

近郊の農家は、1日でも早く作物を実らせようと、生ゴミを肥料に使うことを思いつく。江戸の家庭から出た生ゴミを地面に埋めて発酵させ、油紙をかぶせて保温するという方法で作物の発育が早くなった。

それ以後、近郊の農民は、野菜や薪をもって定期的に江戸を訪れ、帰りには肥料となる生ゴミを積んで持ち帰った。その肥料で育てた野菜を江戸住民が食べるという、食物のリサイクルが成立していた。

生ゴミだけではない。人々の糞尿もリサイクルされた。糞尿は中世から畑の肥料として使われていたが、江戸時代には、糞尿専門の回収業者があらわれ、有償で江戸の街から下肥として回収した。それが結局は野菜となって、江戸住民の口に戻ってくるのだから、これぞ人間を巻き込んだ、究極のリサイクルといえよう。

 
江戸住民はリサイクルの天才
 
江戸のリサイクルは、食べ物に関してだけではない。このリサイクルは慈善事業ではない。商売として成り立つからこそ、各種のリサイクル業者が生まれた。

たとえば「灰買い」という業者がいた。当時の燃料は薪なので、当然各家庭から灰が出る。それを「灰買い」が買い集め「灰問屋」に卸す。灰は、清酒の醸造、衣服の染物、紙すき、洗いものなどに使われていたので、酒造業者、紺屋、製紙職人などが「灰問屋」から灰を購入していた。

そのほかにも、街を巡回して紙くずを買い古紙問屋に卸す「紙くず買い」、蝋燭のしずくを買い安い蝋燭を作る「蝋燭の流れ買い」、壊れた傘を買い集め古傘問屋に卸す「傘の古骨買い」など、現代ならばゴミとなるものでも、専門の業者や問屋が存在し、再利用を生業としていた。

着物のリサイクルも忘れてはならない。江戸時代は、布はすべて手織りで、生産量にも限りがあったので、庶民はもちろんのこと、武士階級でも古着を着ていた。何度もリサイクルされ着物として使えなくなっても、雑巾や赤ん坊のおしめとして利用された。江戸の住人にとって古着商は欠かすことのできないリサイクル業者だった。

これだけいろいろなものがリサイクルされれば、ゴミも出ないはずだ。複雑なデジタル家電が溢れる現代は、「直すよりも買ったほうが安い」という時代。江戸時代の生活に戻れといわれても無理な話だが、江戸のゴミ処理システムは、現代の環境問題解決のヒントになるかもしれない。

 
なるほど、先人は無駄なくいろいろなものを再利用していたことを、改めて知らされました。それは何でも捨てる現代への戒めのようにも聞こえます。ゴミの軽減と「もったいない」を今一度見直さなければなりません。

2012.11.22

いい夫婦の日に No.2317

今日は「いい夫婦」の日ですね。「仲良きことは美しきかな」という武者小路実篤さんの言葉がありますが、私たち夫婦も先月で結婚30周年を迎えました。
 
一口に30年と言っても、夫婦で長く居続けるということは結構、大変なことでもあるわけなのでしょうね。朝のテレビでいろいろなカップルにインタビュ-をしていましたが、その中の61年目を迎える年配のご夫婦がこう言っていました。
 
お互いの良いところを認め合って、嫌なところには目をつぶることです」と。なるほど、年輪を重ねているだけに、うんちくのある言葉です。そして継続にはやはり我慢が不可欠だと付け加えていました。
 
我が家ではその言葉は、私よりかは何よりも家内に当てはまる言葉です。家庭を顧みずというと少し大袈裟ですが、自分の好きなことをやり続けていた私に比べ、嫁・姑の関係のある家に遠方より嫁ぎ、誰一人知らない土地からその生活が始まったのです。
 
おそらくその不安は、私なんかの想像の届かないところではなかったかと思われます。そして3人の子育てに追われ、そのうち会社での経理も引き受けなければいけなくなりました。
 
また私の母親は結婚後、一切家事から手を引いてしまった関係で、子育て、家事、会社の経理と、体がいくつあっても足りない毎日を送っていたように思われます。
 
ですから本人の好きだった、お茶だとか絵画、音楽等の習い事もきっとやりたかったでしょうが、とてもやれるような状況ではありませんでした。それに比べ、私の方は言うと、好きなソフトボ-ルやゴルフ、またいろいろな人との付き合い等、何でも遠慮なくやっていたような始末です。
 
改めてこのように考えますと、よく我慢していたものと思います。まさにその言葉がぴったりの結婚生活ではなかったでしょうか。そんな私たちに対して、先日の日曜日に3人の子どもたちから素敵なプレゼントがありました。
 
私は日曜日、箱根に泊まっていた関係で、一日遅いプレゼントとなったわけですが、月曜日家に戻ると3人それぞれからのメッセ-ジが添えられた、プレゼントの時計を渡されたのです。
 
見ると家内の腕にはもう既に収まっているのです。何かもう、グッと来るものがありましたね。もちろん私たち夫婦に頂いたものなのですが、これは永年、わがままな亭主に付き添ってくれた勲章のように思えるものでした。
 
一昨年の母親が亡くなるまでは、10年以上もその介護に追われた毎日でした。そしてここで二人の娘たちが無事に出産を終え、やれやれとは言いながら、まだまだその手伝いに追われている彼女です。そして最近では地域でのボランティアの事業までそれに加わりました。
 
そんなわけで何よりも感謝しなければいけない存在になっています。子どもたちのメッセ-ジにあった、お父さん、お母さんのような素敵な夫婦をめざしたいとの言葉に恥じないよう、来年の秋にはのんびりと二人で旅行にも行ける、今からでも償いのできる夫婦を目指さなければと思っています。

2012.11.21

「能作」社長の講演からその2 No.2316

能作社長の講演の続きです。能作さんは芸大を卒業して新聞記者となります。当時は記者になると、定年にならなければ地元に戻れないという、不文律みたいなようなものがあったそうです。
 
ご本人が言われることには、このため支局を転々としなければいけない新聞社より、この会社のある高岡の方が、地元の福井には近いという単純な理由で見切りをつけ、女系家族だった能作という会社に婿として入ったのです。
 
でもやはりモノづくりが好きだったのでしょう。以来、職人として腕を磨き続け、扱う材質の優れた点や伝統工芸の可能性に着目するわけです。
 
そして原点はこの仕事が好きで楽しくやっているからでしょう。能作さんは楽しく仕事をしていると様々な情報が集まってくると言っています。言い換えれば仕事に没頭していると、貴重な情報をキャッチするセンサ-が発達するということです。
 
こうして売っている人に聞いたほうが手っ取り早いと、多店舗展開のお店からも情報を収集し、素材とデザインを極めていくのです。また展示会にも積極的に出展し、見せるとか知ってもらうというシステムにも努めていくのです。
 
こうして今ではフランスのディオ-ルからも直接、話が舞い込むほどの会社にもなるのですが、能作さんの常に抱いているポリシ-は以下に挙げる事柄です。
 
① 続けること、あきらめないこと。最低でも5年以上は続けなければいけない。今は全盛のAKB48ですが、このグル-プをずっと支援していた企業があったそうです。でも3年間サポ-トしていたのですが、芽が出ないため4年目は打ち切ったとのことです。
 
そして皮肉なもので、その4年目にAKBが花を開かせたのです。これでは後の祭りで、折角の苦労した支援も無駄になってしまうわけです。とにかくバットは振り続けなければ何も当たらないと言っています。
 
② 営業はしないということで、この会社では営業マンを持ちません。来る者拒まず、去る者追わずの信条です。
 
③ 過ぎ去ったことは考えない。今を大事にすれば未来が開ける。
 
④ 常にオ-プンでいて、対立、対抗はしない。今でも会社を訪ねてくるお客が、地元の問屋に取引のあるところなら、そこを通すように勧めているとのことです。
 
ですから今まで扱ってきた商品を直接、県外に持っていくようなことではなく、新しく開発した商品のみ県外に出し、問屋とメ-カ-との共存共栄も図っているわけです。
 
⑤ 仕事を楽しみ、愉しむ
 
まさにその姿勢は地域社会には労を惜しまず貢献するという言葉どおりの、世界に羽ばたいても地元・高岡という地域への愛着と、伝統工芸の伝承を常に頭に置いての展開です。それをGLOCAL(Think Global,Act Local)という言葉で表わしていました。さすがですね。久しぶりに眠っていたものを起こされたような、素晴らしい講演でした。

2012.11.20

「能作」社長の講演からその1 No.2315

日曜日から泊りがけで、同級生の仲間と小旅行に出掛け、昨日は会社を休ませていただいたため、カキコミはできませんでした。ご容赦下さい。
 
それにしても、お天気にも恵まれたせいか、暮れ行く秋を惜しむかのように、紅葉狩りやハイキングに出掛けた人の多さにはびっくりしました。夏が暑かったこともあり、今年の紅葉はどこもみな見事でしたね。
 
さて、先日行われた中小企業家同友会・全県経営フォ-ラムでお聴きした、記念講演について触れさせていただきます。講師は富山県高岡市で会社を営む、能作克治氏です。
 
株式会社 能作という、銅やすず製品を加工して製作・販売している会社なのですが、とても興味深く聴き入ってしまった講演の内容でした。私もこの会社のことを、講演をお聴きするまで全く知らなかったのですが、今では世界まで進出している、なかなかの業績に優れた会社のようです。
 
と言っても10年前まではただのモノづくりの下請けに過ぎず、このような素晴らしい展開など全く予想できないほどの、100%問屋相手の鋳物を作っていた会社だったとのことです。
 
鋳物とは溶かした金属を型にはめこんで作るものですが、能作さんは自ら婿さんとして飛び込んだこの会社に、17年間職人としても腕を磨くことから入り込みました。
 
そこで錫などの素材の持つ、以下に挙げるような利点に気がつき、周囲の協力も得ながら商品開発に励んでいくわけです。錫はさび難く、抗菌作用に優れています。そしてお酒などがこの容器で飲むとおいしいし、金属アレルギ-がありません。
 
また純度100%の錫は軟らかくて曲げやすいものです。この扱い難さを逆に捉えて、曲がる金属ならば、曲げて使う商品を開発すればいいと、食器の常識を覆す「曲がる器」を生み出したのです。
 
そして展示会などを経て、その良さが海外まで認められていくのです。今でも能作さんは朝6時に出社し、会社をしまうのは夜11時頃だと言われます。日中は電話やいろいろな用事に追われるからで、朝の数時間と夜のひと時が落ち着いて仕事ができるからです。
 
そのくらい、今の仕事が好きで楽しいからだと言われます。とにかく長い間3Kと言われ続けていた職場を、別の5K(改革・改良・改善・改修・改進)に変えていった歩みやポリシ-は、興味深いものでまた次回に触れさせていただきます。
 
この能作氏が講演でずっと言われ続けていた、「続けること、あきらめないこと」という言葉は、大きなインパクトを持つもので、必ず道は開けると私たちも信じたいものです。

2012.11.16

森光子さん No.2314

女優の森光子さんが亡くなりました。享年92歳とのことですが、本当に惜しい人を亡くしたような気がします。今朝の天声人語にも書かれていましたが、文化勲章も受けたし、国民栄誉賞にも輝きましたが、何といっても「時間ですよ」の松の湯のおかみさんがピッタリの方でした。
 
また代表作の「放浪記」のお芝居は、その上演回数が2017回を数えたと言います。劇の中では高齢にもかかわらずでんぐり返りまで試みた、まさに体当たりの演技を貫き通した方でした。
 
でもおかみさんだとか、お母さんがピッタリのはまり役でしたが、ご本人には実のお子さんは一人もいなかったと言われます。また女優として芽が出たのがずいぶん遅く、41歳でこの放浪記の主役の座をやっと射とめ、以来89歳まで演技続けたのです。
 
逆に言えばそれだけ長いこと、下積みを続けたからこそ、その経験が生きて周囲の人々から慕われたのでしょう。それでもそんな苦労はおくびにも出さず、いつも明るい方でした。
 
亡くなったのもひっそりと入院先の病院で、長年連れ添った付き人とマネジャーの見守る中、まるで眠っているように穏やかに息を引き取ったと言います。そして皆さんに迷惑を掛けるからと言って、近親者だけで密葬を済ませたそうです。
 
このへんが気遣いのある森さんらしいところです。また入院先の病室には放浪記の台本まで持ち込んで、復帰に備えて毎日運動までしていたというから、凄いものです。
 
ドクタ-ストップがかかり、放浪記の公演を一昨年の10月に中止したのですが、まだまだやれるという、復帰の意欲を持ち続けていたのです。まさに生涯、現役だったのですね。
 
また来週、詳しく触れますが、水曜日に聴いてきた講演でも触れていたように、続けることとあきらめないことが大きな成果をもたらすということです。大女優・森光子さんのご冥福を心からお祈りいたします。

2012.11.15

衆議院解散 No.2313

野田首相による突然の解散宣言です。昨日の党首討論の中で、衆議院解散を迫る自民党・安倍総裁との約束に応じ、16日に解散する旨発表致しました。
 
これにはそれと引き換えに、特例公債法案と、違憲判決の出た1票格差を是正する法案を成立させる条件要求が首相にはあったわけですが、自民党が呑んだことから解散という運びとなったのです。
 
この他、衆議院の定数是正となる比例代表定数40削減と、議員歳費の削減も求めたわけですが、安倍さんが難色を示したため、これは来年の通常国会での確約を自公両党が協力するということで、解散の表明に至ったわけです。
 
これでいよいよ、来月16日に実施される年末選挙となりました。急遽、このような展開に至ったのは、何と言っても第3極の政治勢力と言われる、維新の会や太陽の党などの影響が少なくありません。
 
できればその準備が整わないうちに、選挙を実施したい事情があるのです。と言っても現政権の民主党が大負けするのは誰が見ても明らかです。それなのになぜというものですが、野田さんはこのところずっと言われ続けていた、近いうちにという発言をめぐっての、うそつき呼ばわりが本当に嫌だったのでしょう。
 
それと民主党の中にも、この解散をめぐって、したくないということから野田降ろしというのが始まっていたとも言われ、内閣不信任案可決の可能性がないこともない四面楚歌のような状況で、それなら早く手をうっておこうと、伝家の宝刀を抜いたのです。
 
この解散表明の中で、少し共感を持てたのが条件に出した、定数是正とそれまでの間、議員歳費を削減する「身を切る改革」の確約を求めたことです。以前から国民に消費税増税を求めながら、なぜ自分たちは少しも身を切らないのか、とても納得のいくものではありませんでした。
 
それはさすがに野田首相の頭の中に、いくらかでも引っ掛かっていたのでしょう。こうでなくてはいけません。この最後になって、真のリ-ダ-らしくなったのも、何とも皮肉な話です。さて、かくして年末の選挙になったわけですが、結果はいかなることでしょうか。
 
自民党が再び政権に返り咲いたとしても、大きく世の中が好転するとも思えません。またそういった意味でも次の選挙ほど、誰に、どこの党に、入れてよいのか、全く判らないのも珍しいことです。とにかく各党の政策を、私たちは注意してしっかりと見比べなければなりません。

2012.11.14

涙の勝利 No.2312

ゴルフファンにはちょっと嬉しい話題です。あの石川遼くんが2年ぶりに優勝を遂げることができました。ちょうどその2年前に優勝を飾った、同じ太平洋クラブ御殿場コ-スにおいてです。
 
ソフトボ-ルの今季最終戦があった私ですが、テレビ放送が3時からでしたので、何とかテレビ観戦には間に合うことができました。観始めた最初には一時16アンダ-までスコアを伸ばしていた遼くんでしたので、これは楽勝かなと思っていたのですが、ドラマは終盤に待ち構えていました。
 
パットが決まらず16,17番とボギ-にした遼くんに比べ、一方の松村選手が17番、バ-ディ-とし、4打差あったその差は1つまで縮まり、最終ホ-ルを迎えていよいよ優勝の行方が分からなくなってしまいました。
 
そして18番の最終ホ-ル、両者ともにフェアウェイからの第2打、先に打った松村選手がちょっと左に引っ掛けたような当たりだったのですが、バウンドがよく見事にグリ-ン左に2オンです。
 
ここで遼くんはどんな攻め方をするのか、興味深かったのですが、何のためらいもなく池越えの2オン狙いです。そして放たれたボ-ルはそんな遼くんの思いが全て乗っていたのでしょう。
 
池越えで真っ直ぐに狙っていったボ-ルは池をわずかに超えた、見事な2オンです。あと1m足りなければ池に落ちたのではないかという、執念のショットで勝利を確定させたのです。
 
このへんが彼の攻め方であり、本人が言うところの、こうでなければアメリカでは勝てないというゴルフです。でもこの2年間、勝てなかった苦しみからか、涙ぐんでのインタビュ-でした。
 
そしてそこでは自分を支えてくれた多くの人々に、しっかりと感謝の気持ちを伝えていました。とかく華々しい存在ゆえに、どうのこうの言われがちな彼ですが、しっかりと自分や周囲を見つめた、好感を持てる話の内容でした。
 
やはり多くのファンを持つ彼ゆえ、こうでなければなりません。共に歩んできたキャディ-の加藤さんは、今回の優勝を今までの9勝とは全く違うと言っています。
 
それは過去全ては、ストレ-トな球で真っ直ぐグリ-ンを狙っていってとったものだが、今回は自在に曲げる球を掴んで、駆使した勝利だったとのことです。ですから着実にレベルアップしているとの証明でしょう。
 
また今季米ツア-にも挑戦し、ここで来季のシ-ド権も獲得できました。これで益々世界に飛躍できるチャンスも広がり、夢のマスタ-ズ制覇に向けて歩みだすことができます。日本人が誰一人として掴むことのできなかった勝利に向け、私たち周囲の期待も大きく膨らむというものです。益々の健闘を祈りたいものです。

2012.11.13

食物繊維 No.2311

第6の栄養素ってご存知でしょうか。炭水化物、たんぱく質、脂肪の3大栄養素は私たちの知るところですが、それにビタミンとミネラルを加えて5大栄養素とも呼ばれます。
 
そしてもう一つが今、見直されようとしている第6の栄養素・食物繊維なのです。ご承知の通り、私たちの周囲では現在、ガンに掛かる人が少なくありません。特にその中でも肉食が増えているためか、大腸ガンが増えています。
 
このため、見直されているのがこの食物繊維なのです。これは人間の消化酵素では消化されず、以前ですと植物のカスとして、見向きもされない存在でした。食べ物として口から入っても、ただ体内を素通りしていくだけで、便秘に役立つ程度だったからです。
 
それが見直されるようになったのは、1960年代に発表された研究論文だったのです。欧米に比べ、アフリカに大腸ガンが少ないのは、モロヘイヤなど食物繊維の多い食べ物をいっぱい摂っているのではないかということからです。
 
そしてそれを機に研究が進み、この食物繊維が便通を良くし、排便量を増やすと同時に、腸管から発ガン物質を排泄していることが分かったのです。また糖尿病や高脂血症の予防や改善に役立っていることも明らかになりました。
 
それではどんなものにこの食物繊維が多く含まれているのでしょうか。大きく分けると水溶性と不溶性の2種類に分かれると言います。水に溶けやすい水溶性は昆布やワカメなどの海藻類、納豆、コンニャク、サトイモなどです。
 
また溶けにくい不溶性としては、ゴボウなどの根菜、シイタケなどのキノコ類、そしてイモやマメ類などに食物繊維が多く含まれています。
 
どれも私が好きなものばかりで安心しました。そしてできれば毎日、この水溶性と不溶性の両方の食物を食べるのが良いそうです。またこれらはお袋の味として、古くから継承されている家庭料理に多く含まれていると言われています。
 
きんぴらゴボウ、具沢山のおから、ヒジキの煮付け、切干ダイコンの煮物、ワカメの酢の物などです。まさにこれは宣伝するわけではないのですが、家内が地元で頑張っている、ひだまり亭の料理にも含まれているものばかりです。
 
やはりこうした昔ながらのものが体に優しいということなのでしょうか。見掛けやグルメなどにはこだわらず、まんべんなく、こうしたバランスの良い食事を心がけたいものです。

2012.11.12

45歳の奮闘 No.2310

フットサルワ-ルドカップで日本は決勝ト-ナメントに進んだものの、惜しくも1回戦でウクライナに敗れてしまいました。それでも予選リ-グは強豪、ブラジルとポルトガルの同じブロックに入り、見事この決勝ト-ナメントに進めたのは大健闘と言えるのではないでしょうか。
 
この躍進の原動力になったのは、何と言ってもキングカズこと、45歳にもなる三浦知良選手です。ご存知のとおり、かつて一度は本職のサッカ-でワ-ルドカップ代表チ-ム入りを果たしたものの、大会直前でメンバ-から外されるということもあって、代表のユニフォ-ムに袖を通すのも初めてのことでした。
 
それだけにカズ選手の今回に賭ける思いというものは、たとえフットサルとの違いがあっても私たちの想像を超えるものがあったのではないかと思われます。
 
大会終了後のいろいろとインタビュ-に答えている内容を読むと、カズさんって結構頭の良い人ですね。サッカ-選手である自分が、いくら華々しい存在だったとしても、その置かれている状況をしっかりと認識しているのはさすがです。
 
ですからフットサルとサッカ-の技術的な差も心得ているから、素直にチ-ムに溶け込めたのではないでしょうか。これがもしサッカ-で一流の選手であっても、そうした心得がなければ、今までフットサル一筋にやってきた人にとっては、当然面白くないことだって生じます。
 
でもカズさんはその違いを認めることができたからこそ、自ら選手交代を監督に申し入れたり、選手それぞれに違った意味での大きな存在感を示すことができたのではないでしょうか。
 
それともう一つの大きな役割は、サッカ-に比べていまいちマイナ-の存在だったフットサルに対して、カズ選手の代表入りのお陰で、人々の関心を引き寄せたことです。ですからご本人も言われているとおり、折角ここまで健闘したのですから、もっとフットサルを盛り上げる工夫やシステムが必要にもなってくるわけです。
 
そういった意味でも大貢献を果たしたと言ってもよいのではないでしょうか。そしてこの先、この盛り上がった機会をうまく利用しながら、やはりカズさんの言われるとおり、サッカ-のJリーグなどとのつながりをもっと持てるチームをどんどん作っていく必要があるのではないでしょうか。キングカズは45歳になっても、まだまだ健在です。

2012.11.09

ちょっと良い話part101 No.2309

嫌いな相手に救われるという、ちょっと良い話です。好き嫌いもなく、日頃から周囲にはおおらかに接しなさいという教えです。
 
昔、西洋のある国の皇太子は、ハエとクモが大嫌いだった。ある時、隣国との戦いに敗れて逃げ回っているうち、大樹の根元に腰を下ろした途端、どっと疲れが出て睡魔に襲われ、深い眠りに陥ってしまい、敵の近づいているのも知らなかった。

その時、一匹のハエが皇太子の顔の上を飛び回った。皇太子は無意識に手を払うのだがハエは逃げないどころか、皇太子の鼻の穴に入り込んだ。これでは眼を醒まさざるを得ず、ハッと気付くと敵の足音。危機一髪のところで逃げのびることができた。

その後、またも戦いに負け、ただ一人になって生き延び、とある洞穴に入り、グッスリ眠ってしまった。そこへ敵兵がやって来て、「この洞穴には皇太子がいるかもしれん。入ってみよう」と一人の兵士が言うと、その洞穴の入り口にクモが巣をかけているのを見て、他の兵士が、「クモの巣がかかっているからいないよ」といって敵兵は立ち去った。

そのため、皇太子は命拾いをした訳だが、皮肉にも日頃嫌がっていたハエとクモに助けられたわけである。この世の中、人間万事塞翁が馬で、何が幸いするか分からない。

これはお互い同士の付き合いも同じこと。「あんなやつ二度と顔を見るのも嫌だ」と嫌った相手に助けられることがないとは断言できない。
どんなに嫌いな人に対しても、いつか世話になるかも知れないであろうことを忘れず、おおらかに接することが肝要である
 
中国の万里の長城で遭難し、日本人としてただ一人助かった女性の救出は私たちの想像以上に大変だったようです。一行の動けなくなったのが午後9時ごろ。中国人ガイドが一人で下山し、警察に通報したのが午後11時と言われています。
 
それから現地の総勢150人あまりが捜索隊として、腰まで埋まる雪の中を救助活動に出掛けたと言います。そして翌日の朝になって一行を発見し、救助を終えたのがその日の午後4時だとのことです。また助けられた方はそんな雪の深い道中を、おぶってもらいながら生還できたのです
 
この救出劇は日本ではあまり大きく報道されませんでしたが、尖閣諸島で揉めている日中双方でも、争いは抜きに、こんなにも美しい話が生まれています。決してこちらは嫌いな相手ではないのですが、先方にとっては嫌いな相手だったかもしれません。やはり仲良くしなくてはいけないものです。

2012.11.08

アメリカ大統領選 No.2308

オバマ大統領が再選されました。僅差の勝負だったのですが、ロムニ-候補を破っての勝利です。やはりアメリカ国民は自分たちとはかけ離れた金持ちより、核のない世界を訴えた可能性に賭けたのではないでしょうか。
 
さてこのアメリカ大統領選ですが、日本とは少しその選挙システムが違うことから、以前から知りたいと思っていたところ、ちょうど新聞の「ニュ-スがわからん」という欄に記載されていました。
 
それによると、まずこの6日に開かれた全米の有権者による一般投票があります。これは日本などと同じで、選挙権を持った全ての人が対象になりますが、選ぶのが選挙人というもので、50の州と首都ワシントンごとに行われます。
 
この選挙人というのが538人いて、共和党と民主党それぞれが用意した人たちで、それぞれ誰がどの大統領候補を選ぶかが予め決まっています。つまり、この選挙人を介した間接選挙なのです。
 
ですから場所によっては選挙人ではなく、投票用紙に正副大統領候補の名前だけがあるところも多いと言われます。 またこの選挙人による投票も12月に予定されていて、正式にはここで決まるわけですが、事実上、選挙人を選んだ段階で決着がつくのです。
 
それから州によって選挙人の数がだいぶ違うとのことで、各州に2人いる連邦上院議員と、下院議員の数の合計と同じと言われています。この下院議員は人口に応じて配分されていて、州ごとの選挙人数は3人のところもあれば、最多で55人のところもあると言われます。
 
従って各陣営は州ごとにこの選挙人を奪い合い、過半数の270人以上を獲得すれば勝利となるわけです。ですから獲得票数がそのまま当選と決まるわけではなく、票は多くても選挙人数が少ないという逆転現象も起こるわけです。
 
これは一部の州以外では、わずかな差でも最高票を得た候補者が、その州の選挙人を全員獲得できるという勝者総取りの制度のためです。ですから小さな州で負けても、選挙人が多い大きな州で勝てばよいわけです。
 
このように人口にある程度比例した、合理的な選挙制度のような気がします。ただそれぞれの州が勝者総取りというところに、少し疑問を持たないわけではありませんが、少なくとも日本の首相を選ぶ方法に比べたらずっと民主的ではないでしょうか。
 
こうして選ばれたオバマさんですが、次は選挙のない、これからの4年間です。遠慮のない思い切った政策に着手して、その公約どおり、核のない世界を目指して、広島、長崎にも是非訪れてもらいたいと願っています。

2012.11.07

反日が自滅を招く No.2307

朝日新聞のデジタル記事でユニクロの柳井社長は、中国に現在ある約170店舗を毎年100店舗ずつ増やしてできるだけ早く1千店舗にし、将来は3千店舗にしたいと依然、強気の姿勢を示しています。
 
しかしあの反日デモが続いた9月中旬には、ユニクロのロゴが入っていない透明の袋を渡さなければいけないほど、お客の身の安全を考えなければいけない、逼迫した状況に置かれていたようです。
 
こうした中国における反日政策が、自滅の道に繋がるという記事を読ませていただきました。これは先輩から頂いた、選択という情報誌からのコピ-なのですが、大企業の幹部等、それなりの人が読んでいる情報誌みたいです。
 
それによると、衆目のとおり今回の反日運動は底流にある経済格差の拡大、人件費などの上昇による競争力の低下、産業高度化の遅れなど、中国が直面する政策課題が大きな影響をもたらしているとのことです。
 
一番暴動が激しく日本企業の被害が大きかった山東省青島では、世界最長を誇る41.58kmの青島海湾大橋があります。2005年に着工し11年に完成した、中国のインフラ建設を代表するようなものですが、橋の上を通る車の数は決して多くはありません。
 
要は建設資材を大量消費し、作業員の雇用を生み出すためのインフラだったのです。そして完成した今ではこの地域の経済に陰りが出てきて、仕事のなくなった労働者や地元企業の不満が渦巻いているというのです。
 
これが中国内需型成長の実態だと指摘しています。このインフラに多額の資金を要した地方政府は、今では財政が逼迫し、とてもそうしたインフラ建設などの再現は不可能だと言われます。
 
こうした経済状態の中で、政府にとって日本の尖閣諸島国有化は領土問題以上に、悪化の経済から国民の目を背けさせ、日本にその責任を転嫁させる格好の材料だったと言っているのです。
 
また不思議とデモの統制がとれていたのは、共産主義青年団(共青団)と一部の大手国有企業が統率していたからで、前者は大使館など日本政府の施設を対象とし、後者は農民の出稼ぎ等の日雇いを募り、日本企業の工場や店舗への打撃を目的にしたからと指摘します。
 
経営が悪化する中、売上げの伸び悩みの解決を図るのには、ライバル企業の追い落としだと考え、一番のライバルである日本企業が標的にされたのです。そしてその思惑通り、不買運動や破壊などにより日本企業は多大な損失を受けることになりました。
 
でもこのことにより、日本企業にとって、中国は事業展開が今後難しい国としての位置づけが明確になってしまったのです。要するに堪忍袋の緒が切れ、中国撤退を頭の中に描いていた企業にとって、実行に踏み切る機会となったのです。
 
ただそれでも中国市場は、米国と並んで巨大市場であることから、ビジネスに影響のないよう静かに撤退し、ASEAN諸国で生産した商品を、無税や低関税で中国市場に持ち込もうと考えているのです。
 
こうした日本企業の中国撤退は、中国での当局者は、日本が撤退しても欧米や韓国企業が埋めるから痛手にはならないとの考えですが、いろいろと模倣してきた日本のモノづくりや商品・技術開発、また人材育成のノウハウという点では、大きな影響を及ぼすと指摘しているのです。
 
今期、業績が大幅に悪化したパナソニックも、かつては鄧小平氏の来日により、中国の電機産業の近代化を要請され、惜しみなくその技術を提供し、多大な貢献を果たしました。
 
その工場まで破壊しようとする中国の思惑は全く理解できないところですが、情報誌の述べるとおり、自滅の一途をたどりつつあるのではないでしょうか。恩義は犬や猫でも感じているところです。

2012.11.06

ラブリバ-狩野川 No.2306

     

先週土曜日の文化の日には、沼津で「ラブリバ-狩野川」と称した狩野川レガッタが開かれました。これは静岡新聞SBSが主催したもので、狩野川をもう一度見つめ直そうと、レガッタなどのボ-ト競技がメインで行われたものです。
 
たまたまこのイベントの実行委員長を務める、沼津東高ボ-ト部OB会長の小泉さんが、母校運動部支援委員会のメンバ-としてご一緒していることから、一般参加に委員会でも1艇出そうかということになったのです。
 
当日は絶好の晴天に恵まれ、現役の高校時代、当時は開かれていた学校のボ-ト大会でたった1度だけ漕いだことのあるボ-トに、期待と不安が半々の思いで挑んだわけです。
 
競技は午後からとのことでしたが、朝8時に来れば30分ほど練習できると言われ、写真のメンバ-4人で集まり、ボ-ト部OBの方から手ほどきを受けたのです。
 
このコックスとしていろいろと教えてくれた方が、やはり母校の恩師で、先の熊野古道への旅にもご一緒している近藤昭三先生の娘さんだったのも、何となく縁を感じさせる奇遇でもありました。
 
何しろ45年ぶりに、しかも2回目ですから、こちらは全く初心者と言えるものです。でも力ではなく、4人全員がリズムを合わせて漕ぐことが、何よりもボ-トが進むこつだと教わりました。
 
またその他、いろいろと細かな注意事項を受けながら、「さすが皆さん元運動部、うまいですよ」とおだててもらい、ちょっといい気分にさせてもらったところで、練習は終わりです。
 
そして本番、今度は小泉実行委員長をコックスに駆り立て、堂々と他の1艇とのレ-スには勝つことができたのです。さすが息の合っているメンバ-は練習より、本番に強いものです。

     

このように絶好の秋の行楽日和をボ-トで楽しんだわけですが、ちょっと漕いでみただけで、その魅力の虜になるものです。従って来年もまた開かれると聞き、再度チャレンジをその場で誓い合ったものです。
 
とにかくこのイベントは今回が第1回とのことで、今年から始まったばかりでいろいろと準備が大変だったことと思われますが、市民が愛する狩野川だけに、もっともっと大勢の方が楽しめるようになることを祈っています。

2012.11.05

貴重な補欠 No.2305

今朝の朝日新聞に西武ライオンズの平尾博嗣選手の引退記事が載っていました。既に先月の1日に引退を発表しているのですが、阪神・金本選手やソフトバンク・小久保選手らの華やかな引退とはちょっと違っているようです。
 
それと言うのも、ずっとレギュラ-を張り続けていた両選手と違い、あまり出番に恵まれなかった補欠だったからです。それも必要とされ続けていた貴重な補欠だったのです。
 
野球通の人が平尾選手と聞けば、かつて大宮東高時代、高校屈指のスラッガーと言われ、通算68本もの本塁打を放ち、選抜大会でも先頭打者本塁打などで母校を準優勝に導いた、センスあるプレイヤ-だと知られているところです。
 
でもドラフト2位で阪神入団後、ケガなどの影響もあり、周囲の期待通りの成績も収められず、伸び悩んでいました。そして西武へとトレ-ドに出されるのですが、移籍直後に内野ファ-ルフライを追い掛けフェンスに激突しての骨折の影響で、1年以上もリハビリに費やすのです。
 
その後、元々器用だったのでしょう。内野ならどこでも守れる選手として起用されるのですが、一番多いシ-ズンでも227打席しかなく、規定打席(144試合の場合446)には遠く及ばない、フル出場は果たせなかったのです。
 
それでも持ち前の勝負強さを発揮することが多く、2008年の日本シリ-ズでは大活躍し、チ-ムの日本一に貢献するシリ-ズ優秀選手賞にも輝いているのです。
 
そしてここ数年は代打の切り札として貴重な存在だったのですが、やはり度重なる体の故障の影響もあり、満足の行くシ-ズンは送れませんでした。
 
しかし通算打撃成績を眺めると、392安打を放ち196打点と、ヒット2本に1回は適時打ということになります。その勝負強さはどこから来ているものなのか、記事は次のように紹介していました。
 
試合開始の6時間前には誰もいないグラウンドに来て、ランニングやティー打撃を黙々とこなす。2時間後、全体練習が始まるころには、野手最年長はすでに汗だくだった。 

一度、テレビ局がその姿を撮りたいと申し出たが、かたくなに拒んだ。「人に見せるためにやってるわけじゃないから」。ファンの前では“チャラい”男を演じ続け、試合を決める一振りで球場を沸かせた。
 
 
そして1軍選手の平均寿命が約9年と言われる厳しい世界で、「補欠」なのに20年近く必要とされ続ける選手も、そう現れないだろうと結んでいました。いわゆる華々しい活躍は少なかったと思われますが、こうした玄人好みの選手が去っていくのもまた寂しいものです。
 
ケガなどの故障に悩まされ、本来の素質が十分開花することなく去ることになるわけですが、それでも長く必要とされ続けたのは、やはり人知れない練習の賜物ではなかったでしょうか。これからの人生に幸ありと祈りたいものです。

2012.11.02

ちょっと良い話part100 No.2304

久しぶりのちょっと良い話です。「にいちゃんばっかり」という、ちょっと身につまされるような話なのですが、兄弟の育て方の難しさがあるみたいです。
 
次男は3歳年上の長男といつも張り合います。 ゲーム、テレビのクイズ番組、宿題、野球の成績、体力測定の結果などなど。残念ですが、今のところ全てにおいて「にいちゃん」にはかないません。

当たり前です。勝てるはずはないのです。学年、体格、経験は、明らかに長男が次男を上回っているのですから。 

慎重で他人に気を遣う長男と、軽率でわがままいっぱいに育っている次男の性格の差も合わさって、ついつい私は次男を責めてしまいます。

兄弟げんかを叱るとき、宿題をせかすとき、部屋が汚れている時など、気がつけば次男を・・・。新しい野球道具、洋服、自転車は、長男に。次男には長男が使っていた「おふる」を・・・。 

ある時、次男は私にすがりつき、泣きながら拳骨で抗議しました。「なんで、にいちゃんばっかり!」 

その言葉を聞いて、私は頭が真っ白になりました。「悪かった、ママが悪かった!」と、気がつけば私も一緒に泣いていました。反省と改心の意味を込め、家の壁面に「ゆうちゃん(次男)コーナー」を設けました。 

フォトフレームには、笑顔の次男の写真を10枚と、私に描いてくれた「セイウチの絵」を掛けました。次男に不満がたまってくるたび、そのコーナーの前に立ち、心を鎮めるように心掛けています。

長男と次男。この一生変わらない関係を「上下」でなく、「平等」に見る努力を、母親として、これからの私の大きな宿題として心にとめていきたいと思っています。

 
どうしても最初の子どもには親は手が掛かるものです。それは長女から生まれた孫を眺めていても、至れり尽くせりの多くの周囲の協力からも明らかです。
 
それゆえ、別にほったらかしにするわけではないでしょうが、次の子どもに対しては慣れもあって、比較的、手をあまり掛けないというか、掛からないのが通例ではないでしょうか。
 
従って上の子は神経質になりがちで、どちらかと言うと下は心身ともに逞しく育つみたいです。ただ、親としてどちらの子どもに対しても、決して偏った愛情を注いでいるわけではないでしょうが、相手は子ども、その受け取り方に注意しなければいけません。
 
自分の話で恐縮ですが、遠い昔、「にいちゃんはいいなあ、俺は冷や飯小僧だから...」と聞いたような憶えもある弟の立場というのも、しっかり考えてやらなければいけないと肝に据えています。

2012.11.01

手放す寂しさ No.2303

日本シリ-ズは日ハムが本拠地に戻って2連勝し、対戦成績を2-2のタイとし、俄然面白くなってきました。それにしても4時間をゆうに超える昨夜の試合でしたが、本当に息詰まる熱戦で、さすが日本一を決める試合だと感心しました。
 
また決勝打を放った飯山選手に対しての栗山監督のコメントが良かったですね。「裕志にとってそんなにたくさんは無い打席。陰でどれだけ練習をしてきたかが分かります」と。この人、本当に選手の気持ちを捉えるのがうまい方ですね。
 
さて今日は車を買い換えようかなという話です。当時7人家族だった平成11年の5月、思い切って8人乗りのファミリ-カ-であるエルグランドを購入しました。当時は結構、高級車の部類に入っていたのではないかと思われます。
 
以来13年余り、走行距離も13万km近くまで来ました。でもお陰さまでその間、トラブルらしきものは一切なく、今も快調に走り続けています。家族全員で食事やドライブに行ったりするのには、車内も広々として本当に楽だったと思います。
 
それとワンボックスタイプの車の方が普通の乗用車に比べ、シ-トが高く寝転んでいないこともあって、運転するのにもとても楽なのです。ですから仕事でも長距離を走るときには、この車を選ぶことが多くなっていたような気がします。
 
そんな重宝していた車をなぜ手放すのかと、思われるかもしれませんが、一番には使っていない割には維持費が掛かることです。日常的に走る車が他にあることから、このエルグランドを使用するのは休日に仲間を乗せてソフトボ-ルの試合に行く時とか、たまに家族揃って出掛けるときぐらいです。
 
それまではあまり関心がなかったのですが、調べてみると自動車税といって、自動車を保有すると必ず払わなければいけない地方税があり、排気量ごとにその金額が異なります。
 
3300CCのエルグランドの場合はこれで年に58000円もの税金が掛かっているみたいです。またその他にも自動車重量税といって、車検ごとに課せられる税金があり、0.5トンごと年に5000円の税金が掛かってきますから、総重量が2400kg近くあるこの車は割高となるわけです。
 
そしてもう一つの理由は、長男の息子がそろそろ車を持ちたいと言い出したからです。そうすると一家にそう何台も持つわけにはいかなくなり、今なら持つのに取得税と重量税が掛からないエコカ-を希望している理由もあるからです。
 
13年もの長い間、重宝し、今も全く支障なく走ってくれる愛車を手放すことは本当に口惜しいし、またもったいないようで寂しいものですが仕方がありません。
 
やはりこれも時代の波に流されているということなのでしょうか。あと1ヶ月ちょっとの愛車の命ですが、よく尽くしてくれたことに感謝しながら、最後の乗り心地を楽しみたいと思っています。

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