会長の”三行日記”

2014.05.20

22年ぶりの担任 No.2569

 こんな素晴らしい先生がいるのですね。先日のNHKテレビ・朝の「おはよう日本」で、22年ぶりの担任を持つことになった、埼玉県長瀞中学校の新井淑則先生のことを取り上げていました。

新井先生は28歳の時、目の病気を発症し、34歳で完全に目が見えなくなり教壇に立てなくなりました。でも6年前、様々な困難を乗り越え、中学校の先生に復帰しました。そしてこの春、22年ぶりにクラスの担任を持つことになったのです。

まさに新しく中学生となった生徒と共に新たなスタ-トを切ったのです。番組ではこの新井先生に密着し、その担任ぶりを紹介していました。この日は新学期初めてのホ-ムル-ムです。廊下を盲導犬に導かれて教室に入ってきた先生は、いきなり「特技、リンゴの皮むき」と自己紹介してすぐにリンゴとナイフを取り出し、リンゴの皮むきを始めました。

生徒たちが全盲の自分のことを不安に思わないように、先生なりに考えた自己紹介だったのでしょう。むきながら先生は「視覚障害で担任をやっているのは私だけです、全国でね」と話し掛け、1本につながったリンゴの皮を生徒たちに見せました。

すると生徒たちからは一斉に「すごい」「お-」といった声が上がり、拍手がわき起こったのです。新井先生は完全に目が見えなくなった後、点字を懸命に学んで国語の教師に復帰しました。マグネットで作った、字が曲がらないようにするための添え板を使って黒板に字を書くなど、工夫を凝らしてその障害を乗り越えてきました。

でも先生が一番こだわり目標にしてきたのが、この担任だったのです。 「人生でも一番、人が成長する時期だと思うんですよね、中学校の3年間は。中学生の成長期に、子どもの成長を実感できて、ともに成長出来る」と、その熱い思いを語っています。 

そして一日も早く、生徒全員の名前と特徴を覚えようと必死になっています。先生の場合、皆の名前と声が頼りになるからです。ですから生徒の自己紹介を、ICレコーダーに録音して、これを繰り返し聞いて、一人一人の特徴を掴むのです。

こうして新学期が始まって1週間、生徒はどのように感じているのでしょうか。ある男子生徒はこう答えています。「びっくりしました。目が見えないのに担任ができるのかなって。黒板に字もかけるし、普通に先生らしくやっているのですごいなと思いました」と驚きの様子です。

給食の時間は生徒の隣に座るなど、目が見えないからこそ大事にしているのが、生徒との密接なコミュニケーションです。こうした生徒にかける思いは、普通に目が見える先生以上の熱い思いがあるのではないでしょうか。

素晴らしいの一言です。もし同じ立場に自分が立っていたら、果たしてここまで前向きになれるのか考えてしまいます。この中学の校長先生が言われるように、新井先生がいろいろと乗り越えてきた生き方が、生徒たちのプラスになり、相手のことを思いやる心を育んでくれたらと願います。やはり人間、あきらめてはいけないものです。

明日は急遽、納入盤の仕様変更で厚木に出張となりました。また翌日の22日から2日間、中小企業家同友会の役員研修会で富山に出掛けます。このため明日より3日間、カキコミは休ませていただきます。 

2014.05.19

悲願の優勝 No.2568

 週末の土、日曜日、すこやか健康長寿杯というシニアソフトボ-ルの県大会があり、我がチ-ムの沼津片浜シニアが見事、優勝を果たしました。昨年は決勝で敗れ、惜しくも準優勝で全国まで行けなかったのですが、やっと今年その悲願を達成することができました。

シニア大会といえども、県のここまでの大会となると結構、レベルの高い試合になるものです。土曜日に吉田、藤枝のチ-ムに勝ち、迎えた昨日、準決勝、決勝とどちらも1点差の緊迫した試合でした。決勝は焼津のチ-ムでしたが3-5でリ-ドされていた最終回、相手投手の連投からの疲れもあり、少し乱れ始めた間隙を縫って逆転サヨナラ勝ちを収めたのです。

悔しかったのが5-5と追いつき、なおも、0死満塁で私の打順に回ってきたのですが、打てなかったことです。気持ちの上では追いついたわけですから楽になっていて、よ-し俺で決めてやろうと思って打席に立ったのですが、やはり力んでいたのか、三塁ゴロのホ-ムゲッツ-という最悪の結果になってしまいました。

でも2死になってしまって、ちょっとム-ドが悪くなりかけたところをネクストバッタ-が救ってくれました。見事センタ-前のタイムリ-でサヨナラ勝ちを収めたのです。ですから打ったこの選手はナインからもみくちゃにされるほど、祝福されたのです。

お蔭で私は助けてもらったのですが、優勝できて嬉しい反面、正直、悔しさも残ったのです。やはりここ一番という場面で打たなければいけません。でも1回戦など私も先制のタイムリ-など2打点も上げて、それなりには貢献したのですが、一番目立つ場面で打たなければいけないものです。おいしいところを全部この選手に持っていかれました。

こうして10月の3~5日の期間、栃木県で開かれる、ねんりんピック栃木に出場することになったわけです。このすこやか健康長寿杯という県大会はこの大会の予選を兼ねていて、ソフトボ-ルの場合は足利市で開かれることになっているのです。

そしてこのように優勝したのはとても嬉しい喜ばしいことなのですが、監督、コ-チには次の頭を痛める問題が待っていました。ねんりんピックの出場登録が1チ-ム15人だと言われるのです。前にも触れたかもしれませんが、我がチ-ムは総勢では30名近い部員を抱えています。

私のようにいつも試合に出させていただける人間はよいのですが、何と言ってもチ-ムを支えてくれているのは目立たない陰での仕事をコツコツとやってくれている人たちのお陰です。もちろん希望する人たち全員で現地に乗り込むつもりでいますが、県からの他の種目の参加者との兼ね合いなどもあって、宿泊や移動方法などに制約が出てくるかもしれません。

このへんがチ-ムの監督たち首脳陣が、頭を悩ます問題になるかもしれないからです。この2日間も一度も試合に出れない人を含め、20数名の方たちが駆け付けてくれています。いわばそうした全員のチ-ムワ-クの力で勝ったとも言えるわけで、何とか良い方法が見つかることを願っています。でも優勝するってやはり気持ちの良いものですね。

2014.05.14

一流選手の夢 No.2567

 小学生の時に書いたイチロ-選手の僕の夢は有名になっていますが、その他にもサッカ-の本田選手やゴルフの石川遼くんが、やはり小学生のときに書いた将来の夢を書いた作文を見つけました。

まず本田選手の「将来の夢」という作文です。ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。だから、今、ぼくはガンバッている。今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。

そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。そしてレギュラーになって10番で活躍します。一年間の給料は40億円はほしいです。

プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。

セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。

次に石川遼くんの「将来の自分」という作文です。二年後…中学二年生、日本アマチュア選手権出場。三年後…中学三年生、日本アマチュア選手権(日本アマ)ベスト8。四年後…高校一年生、日本アマ優勝、プロのトーナメントでも勝つ。

六年後…高校三年生、日本で一番大きいトーナメント、日本オープン優勝。八年後…二十歳、アメリカに行って世界一大きいトーナメント、マスターズ優勝。これを目標にしてがんばります。最後のマスターズ優勝はぼくの夢です。それも二回勝ちたいです。

みんな(ライバル)の夢もぼくと同じだと思います。でも、ぼくは二回勝ちたいので、みんなの倍の練習が必要です。みんなが一生懸命練習をしているなら、ぼくはその二倍、一生懸命練習をやらないとだめです。

ぼくはプロゴルファーになって全くの無名だったら、「もっとあのときにこうしていれば…」とか後悔しないようにゴルフをやっていこうと思います。来年には埼玉の東京GCで行なわれる「埼玉県ジュニア(中学の部)」で優勝したいです。

今は優勝とか関係ありません。中学生になってからそういうことにこだわろうと思います。高校生で試合に優勝すると、外国に招待してくれます。その試合で世界から注目される選手になりたいです。

ぼくは勝てない試合には今は出ません。ぼくの将来の夢はプロゴルファーの世界一だけど、世界一強くて、世界一好かれる選手になりたいです。

どちらもすごい内容だけにビックリしました。小さな時から大きな目標を持ち、そのうえ具体的に何をやっていくか明確にしていることです。こうでなければやはり一流にはなれないのですね。夢を実現させるためには具体的に何をやり、どのように進んでいくかが大切だと知らされました。

明日、15日は私用で休ませていただき、翌16日は朝から納品等で出張のため会社を留守にします。このため両日ともカキコミを休ませて下さい。