社長の三行日記

2015.06.30

少子化 No.2729

 テニスのウィンブルドン選手権で錦織選手が1回戦を勝ち進みました。この試合、3時間を超えるフルセットまでもつれる激戦だったのですが、ストロ-クの差に優る錦織選手がランキング上位の意地を見せてくれました。

テレビ中継があったため、つい引き込まれて深夜まで観てしまったのですが、心配されていたふくらはぎのケガも最終セットテ-ピングを巻き直したりして少し心配したのですが、そんなに大きな影響はないようです。このまま順調に勝ち進んで欲しいものです。

さて現在、少子化がいろいろと騒がれていますが、先日の新聞に出産や子育ての調査で結婚14年以下の男女3000人に問い合わせたところ、2人目以降の出産をためらう「第2子の壁」があるとの回答が75%にも上っていることが載っていました。

経済的な理由の他、第1子の子育ての影響、仕事上の理由を挙げた人が多かったみたいです。確かに自分の娘たちを見ていても、子育てをサポ-トする人の有無などの周囲の条件が大きな要素となっています。

長女などは恵まれていて、たとえ双子と言えども面倒見てくれる彼女の母親がいるからこそ、3歳に満たない上の子と一緒でも子育てが可能となっています。また教員ゆえ産休と育児休暇もしっかり保障されているから、仕事の面でも不安が軽減されているのです。

それでなければ次女みたいに、職業には就かない子育てオンリ-になるしかないのです。このように調査では二人目の出産に大きな不安を抱えている一方で、欲しい理想の子どもの数を2人以上と約8割の人が答えています。

まさに理想と現実との間に大きなギャップがあるのです。この壁を取り除くには記事にあるように、政府、自治体、企業が連携した対策が必要となってくるのです。特に仕事と家庭を両立する上で、影響が一番大きい企業の協力が重要だと言われています。

やはり産休取得や職場復帰のしやすさが大きな要因になることと思われます。また政府や自治体の経済的サポ-トも欠かせない要因となるのではないでしょうか。二人目以降、出産費用の他こうした補助金が出る、出ないではその後の育児や教育関連費用に少なからぬ影響を与えます。

ですから今、国全体が抱えている少子化という大きな問題を解消するのには、国や自治体の施策なくして成り立たないということになるわけです。厚労省が掲げている、創生サポ-トプランにある男性の積極的育児や子育て支援だけでは解決しません。

先立つものがなければどうにもならないのです。3人目以降の教育資金を無料にするなど、思い切った対策が必要となってくるのです。子どもが3人以上いれば兄弟の間でもミニ社会が形成され、情緒教育でもこれ以上のことはありません。

とかく国の安全保障等に偏りがちな現在の政治ですが、日本の将来に目を向けて一番優先しなけれないけないのはこうした現実的問題ではないでしょうか。

2015.06.29

なでしこ No.2728

 女子サッカ-・なでしこジャパンが決勝ト-ナメント・準々決勝で、見事オ-ストラリアを倒しベスト4に進みました。この試合、朝5時からの予定でしたので、休日ではありましたが少し早めに起床し、犬との散歩を事前に済ませテレビ観戦に備えました。

一言で言って、1点差という僅差にはなりましたが日本が圧倒的にゲ-ムを支配し、良いところが目立った試合ではなかったでしょうか。後半42分に大野選手と代わった岩淵選手が決勝ゴ-ルをあげたわけですが、それまでの見事なパス回しなど組織的に洗練された日本の技術が目立った試合でした。

とにかく観ていても気持ちの良いくらい、パスがうまく繋がっていました。逆に言えば予想していたほどオ-ストラリアの詰めが厳しくなかったとも言えるわけですが、これまでの試合に比べて各選手間の連携がうまくとれていたのではないでしょうか。

それにしても現地カナダは気温が30度を優に超えるほど暑かったみたいです。そんな厳しい暑さの中、前半から終始、攻勢に出ていた日本の動きに振り回されたお蔭で、オ-ストラリアは体力を消耗し持ち前のスピ-ドを活かすことができませんでした。

解説者が言っていましたが、攻撃で動き回る方が守備的に振り回され動かされるより、ずっと疲労が少ないそうです。ですから日本のボ-ル支配率が60%と言われていたことからも、相手側の消耗度が増していたとも言えるわけです。

ところでこのW杯では初ゴ-ルとなる決勝ゴ-ルを決めた岩淵選手ですが、元々運動能力の高い選手だと言われています。体は小さいものの、負けん気は人一倍強く小さな時から人目を引く選手だったみたいです。

以前は体の小さいことから当たり負けするようなことがあったらしいのですが、ドイツに渡って2年半、動き出しが早く体を張った飛び込みなどのプレ-スタイルは変わらなくても、体つきががっちりしてきたそうです。

そしてドリブルの上手さには定評があります。ですからゲ-ムが拮抗している場合は流れを変える選手として打ってつけではないでしょうか。さて次はいよいよ準決勝でイングランドと対戦することになりました。

このイングランドにはなでしこはまだ1回も勝っていないとのことですが、このオ-ストラリア戦のような戦いを見せれば決して屈する相手ではありません。幸い世界ランキング1位のドイツと2位のアメリカは反対側のゾ-ンでお互い潰しあいとなり、決勝まで当たることがありません。

それゆえ是非とも次のイングランド戦にも勝って、ドイツかアメリカとの決勝を観たいものです。サッカ-には素人で、単なる感覚的でものを言っているだけですが、なでしこの試合を観ている方が日本男子サッカ-の試合よりずっと上手いみたいで気持ちがよいものです。

もちろんそのレベルに違いがあるのでしょうが、何か総合力というか、まとまりといった面でなでしこに一日の長があるように感ずるのは果たして私だけなのでしょうか。

2015.06.24

新天地と適材適所 No.2727

 今シ-ズン途中、巨人から日本ハムに移籍した矢野謙次選手が大活躍しています。それはまるで水を得た魚のようで、今まで古巣・巨人では出場機会の少なかった鬱憤を晴らしているようにも見えます。

まさに新天地に活路を見出している姿で、本人にとっては適材適所なトレ-ドだったとも言えるものです。確かにバッティングは巨人時代もチャンスに代打で起用され、しばしば貴重な一打を放っているほど非凡なものを持っている選手です。

しかし選手層の厚さや首脳陣との相性といった問題があるのか、なかなかスタメンでは起用されませんでした。移籍前の今シ-ズンもたった14打席しか立つことがありませんでした。

それが日本ハムに移籍した途端、翌日からスタメンで起用され、いきなりDeNAとの3連戦では10打数5安打の大活躍です。そして昨日現在の打撃成績も21打席、18打数8安打、打率.444、出塁率.524という数字を残しており、全く文句の付けようがありません。

こんな良い選手を巨人はどうして使わなかったのかといった問題はさておき、本人にとってはとても充実している毎日ではないかと思われます。ですから「毎日打席に立たせてもらって感謝しかない」と実感を込めて話す言葉が重く感じます。

今まで代打での1打席に懸けてきたきたわけですから、人一倍準備万端で打席に入っていることでしょうし、栗山監督が言うように「ストライクが1球しかないという心構えは、他の選手にとっても良い手本になってる」ものと思われます。

こうしたトレ-ドにより適材適所に恵まれた良い例になったわけですが、元々この適材適所という言葉は以下のような解説がついています。適材適所とは伝統的な日本家屋や寺社などを建てる際の「仕事ぶり」を称える言葉が語源といいます。

日本は豊富な森林に囲まれ、針葉樹・広葉樹と特徴の違う木材を調達することが可能です。たとえば、ケヤキは硬くて高価。杉は柔らかくて加工しやすい。ヒノキは繊密で独特な芳香。

そこで土台や柱、床など場所によって、必要になる湿気対策や強度の違いに合わせて木材を使い分けて長持ちする建築物を作るのですが、そうした目利きができる職人に対して「適材適所」が効いている、といった意味で使われていました。

そして現在は人の能力や特性などを正しく評価して、ふさわしい地位・仕事に就けることという意味ですが、それに相応しくないといつまで経っても、うだつが上がらないということになりかねません。

やはり正しい人事評価ということが私たちに求められるわけです。中同協の前赤石会長がよく言われていたことに「人間は誰でも伸縮自在な袋を持っているものである」という言葉があります。誰でも広く可能性を秘めているという意味ですが、企業に置いてもそれを見つけてやるのが経営者の責任でもないかと考えています。

明日25日から2日間、名古屋で開かれる中同協・中日本ブロック代表者会議に出席のため、会社を留守にしますのでカキコミは休ませていただきます。

2015.06.23

全米オ-プン No.2726

 今年の全米オ-プンはアメリカの21歳・ジョーダン・スピースがマスタ-ズに続き、メジャ-2戦目を征しました。21歳と言っても今では実力No.1と呼ばれるほどの存在で、特にパットとアプロ-チが群を抜いているみたいです。

これで次の全英オ-プンと全米プロのメジャ-4大会を1年で征する、年間グランドスラムの夢が繋がったわけです。一方、我ら期待の松山英樹選手は初日と最終日こそイ-ブンパ-で回ったものの、4日間出続けたダブルボギ-が影響し18位に終わりました。

ゴルフで「たら、れば」はありませんが、もしこの4つのがダボがなくパ-で終わっていれば、最終スコアが3オ-バ-ですからト-タル5アンダ-となり、これは優勝スコアと同じになるわけです。

そのくらいこの選手には可能性を秘めているということです。それにしても難しいコ-スだったみたいですね。チェンバ-ズベイと呼ばれるこのコ-スは全英オ-プンのような海沿いのリンクス風で、林間でラフを深くするこの大会では異例と言われています。

8年前に採石場跡地に造られた新しいコ-スとのことで、アメリカのコ-スでよく見られる綺麗な芝ではなく、英国の伝統的スタイルを真似しているようです。またコ-ス内の高低差が大きく、500ヤ-ドを超えるパ-4が4つ以上もあり、長くて難しい7200~7600ヤ-ドのコ-スです。。

それゆえに関係者からはコ-スに対しての不評が相次いで出たようです。グリーンを1ヤ-ドショートしたら、50ヤ-ドも戻ってしまうし、6mのパットを打つのに、6mも右や左に向いて打たないといけないと言われています。

ですから普通のゴルフではなく、ゲ-ムのようなゴルフをしなければいけないというのです。日曜日の朝だったか、テレビで観ていても松山選手が打ったティ-ショットがフェアウェイ真ん中に造られたバンカ-に嵌りました。

バンカ-から1打で出ず、このホ-ル結局ダボを叩いてしまったわけですが、真ん中にあごの高いバンカ-設置というのも、どうもアンフェアのような気がします。それにしても正確なショットを放つジョーダン・スピースの強さが光ります。

そしてもっと嬉しいのはこのスピ-スに対して松山選手が凄くライバル意識を持っていることです。マスタ-ズでもあのスピ-スが優勝できたのだから自分にできないはずがないと、インタビュ-でも答えています。

また優勝したスピ-スもお互い尊敬している間柄と言っています。こうなると二人のライバル関係がきっと相乗効果をもたらすのではないでしょうか。7月中旬に行われる全英オ-プンで二人の優勝争い、そしてできればスピ-スのメジャ-3連覇を凌ぎ、松山選手の輝くメジャ-初優勝を見たいものです。

2015.06.22

父の日 No.2725

 昨日は6月の第3日曜日で父の日でした。私も二人の娘より前から欲しかったショルダ-バッグ、そして息子からは「お父さんありがとう」とラベルに書かれた地ビ-ルの詰合せを贈られました。

やはり嬉しいものです。もうここ何年か続いていることですが、この日が来ると子どもたちの成長を実感するものです。正直、1つ置きに生まれた姉妹、弟だけにその学生時代は入学金やら学費が重なり、かなりしんどかったものです。

それが今は長女は3人の娘の母、次女は娘、息子の二人の母、そして社会人4年目になった息子と、曲がりなりに成長してくれた姿を眺めると、私自身はそんなに苦労はしてないものの、家内共々何となくホッとしたような気持ちになれます。

新聞に載っていましたが、お隣の韓国ではこの父の日ではなく、父母の日というものがあるらしいです。ご存知の通り、日本よりずっと目上や家族・友人を大事にするところが強いことから、例のマ-ズの感染が広がる原因にもなっているみたいです。

親しい人の見舞いにしても、訪問頻度や滞在時間は日本人の常識を超えているからです。とにかくいち早い終息を願いたいものです。少し話題が横道に逸れてしまいましたが、父の日のギフトでは着心地やおしゃれにこだわったポロシャツなどに人気があるようです。

予算は平均で7千円ぐらいのことで、休みの日に着るカジュアルなものなのでしょう。なかなか自分では買いにくい年代になっているので、贈られた方としてはやはり嬉しいものではないでしょうか。

また日頃の疲れを癒やすクッションマッサ-ジ機や、また夏場は飲食の機会も増えることから体調管理を考え、スポ-ツクラブやジム体験ができるプラン提供の贈り物もあるみたいです。

いずれにしても母の日に比べて、比較的軽視されやすい私たち父親にとっては、このように見直される日があるのは嬉しいことです。でも調査結果によると、本当に嬉しい贈り物はやはり手紙やメ-ルが一番だと載っていました。

物より心が大事ということなのでしょう。先週は飲み会が続いた関係で、昨日は休もうと思いお酒を控えましたが、子どもたちの気持ちに感謝しながら、今夜は息子から頂いた地ビ-ルをゆっくりと味わって飲みたいと思っています。

2015.06.19

ちょっと良い話121 No.2724

 あるホテルマンの話ですが、惜しまれてその道を引退するちょっと良い話です。「ミスター・シェイクハンド」と名付けられたこの方は1万人ものお客様を憶えているそうです。やはり一流と言える方なのでしょうね。

都心にある老舗ホテルが43年の歴史に幕を下ろし、一人のベテランホテルマンが引退する。「キャピトル東急」の加藤健二さん(65)。常連客は親しみを込め「ミスター・シェイクハンド」と呼んでいる。

ホテルの前身は「東京ヒルトン」。東京五輪の前年の1963年に、日本初の外資系ホテルとして国会議事堂を望む山王の丘に開業した。米国式の経営で、初来日のビートルズなど国内外のVIPが愛用。84年からは東急傘下に代わって営業を続けた。

加藤さんが入社したのは開業2年後の65年。部屋を掃除するハウスボーイを皮切りに、ベルボーイやフロント勤務を経て、顧客応対の先頭に立つエグゼクティブコンシェルジュに上り詰めた。

その生活は分刻みに進む。午前3時半に起床して新聞に目を通す。5時3分の始発乗車に乗り、50分にホテルに入る。オフィスで顧客の出入りをメモに書き写し、背広のポケットに入れてロビーに立つのが7時ジャスト。チェックアウトが落ち着く11時すぎまで顧客の間を歩き回り、万歩計は1万5000歩を刻む。

「お客さんを何人まで記憶出来るか?」。テレビに引っ張り出され、数え上げたのは1万人。誕生日などの顧客データをメモした手帳は山積みで、クリスマスカードと年賀状は1300通を超える。

ニックネームの由来となった「握手」はヒルトン時代に身に着けた。感謝の心を込め、ゲストの手のひらに控えめに重ねる。そのぬくもりの記憶は数知れず。ちなみに、あまりの小ささに驚いたのはマイケル・ジャクソン。ゴルファーのアーノルド・パーマーは「ゾウのように」大きかったそうだ。

30半ばに腎臓を病み、40歳で移植を受けた。透析が欠かせなかった当時は、ホテルが透析室を設け、同僚が仕事をカバーしてくれた。「足に負担がかからないよう」とゲストがプレゼントしてくれた特注の靴は、いまでは一番の宝物になった。

最終日の30日、加藤さんは午前7時にロビーに立ち、別れと感謝の気持ちを込めて、最後のゲストの手を握る。そして、年明けからは一人のボランティアとして、「臓器移植ドナー参加」を呼びかけて全国を回る計画だ。

やはりその道に携わるプロとも言えます。また一芸にひいでた方は全てに通じるとも言われています。引退してもきっとまた新たな道を切り開くのではないでしょうか。

2015.06.17

信頼 No.2723

 信頼ということを野球のあるエピソ-ドから採り上げていました。ここ数年は少し一時期の強さが鳴りを潜めている常葉菊川高の話題です。このチ-ムを率いているのが、かつて自身が浜松商でも活躍した森下知幸監督です。

チ-ムを救ったのがスランプに喘ぐ主軸の2人という話です。それ以前の準決勝までの4試合で、3番の長谷川は15打数1安打(0割6分7厘)、また1番の高野は17打数2安打(1割1分8厘)と、強打を誇るチームにあって、主軸の2人が鳴りを潜めていました。

しかし、森下知幸監督は動きません。どれだけ打てなくても、決して打順は変えなかったのです。「チームをつくり上げる過程では変えることもありますけど、この形で勝ってきましたから。2人とも春先(開幕前)は良かったですし、いつも打ってる子たち。

甲子園ではハマっちゃう子が1人か2人いるもの。それがたまたま2人だっただけです」と語っています。その結果、7回2死一、二塁。3番・長谷川裕介が左中間へ1点差に迫る二塁打を放つと、同点に追いついた8回には、2死一、二塁から1番・高野敬介がセンター前に勝ち越しのタイムリーを放ったのです。

いずれも、常葉菊川高らしくファーストストライクを逃さず打ったものでした。その決勝戦の土壇場、、大きな重圧がかかる場面で、自分たちの持ち味を発揮できたのには理由があります。キーワードは『信頼』という言葉です。

最後にこの2人が活躍したことこそ、今大会の常葉菊川野球の象徴でした。調子よりも、それまでの過程から生まれた信頼を重視したのです。だからこそ、ヘタに動くのは避けたのです。

監督は「ベンチでも必ずなんとかできるという雰囲気がありました。信じてました」と語っています。またそんな思いは選手にも伝わり、「甲子園だけじゃなくて、練習試合でも、打てなくても絶対3番から外されたりしないんです。結果が出てなくても使ってくれているんで、なんとか打ちたいと思いました」と長谷川君は話しています。

その両者の思いが一つになった結果が、2本のタイムリーを生み出したのです。デンと構えて、任せるのも監督のさい配の一つと言われています。またこうしたお互いの信頼が象徴されているのが、バントを使わない森下野球です。

その理由は「バントでチャンスをつくるより、打ってチャンスをつくる方が得点の確率が高い」と言っているのです。もちろんこれは常葉菊川のような強豪だから言えることかもしれませんが、1死からでもバントで送ったりしている近年の高校野球を観ていると、もう少し選手への信頼ということも考えてみたいものです。

あえて動かず、選手を信じ切っていたからこそ掴みとった常葉菊川高の初の大旗です。そこには以上のように紹介した監督と選手の強固な信頼関係があったからだと言われているのです。

早いものであと1ケ月も経たないうちに、県下ではこのような熱い高校野球夏の大会が始まります。上記のようなチ-ムのレベルには達していないかもしれませんが、チ-ムの信頼と結束力を更に磨き上げ、我が母校にも是非期待したいものです。

明日18日は一日会社を離れますのでカキコミは休ませていただきます。

2015.06.16

高尾山古墳 No.2722

 高尾山古墳と言っても、八王子の手前にある、皆さんがよく登る高尾山のことではなく、我が街・沼津にある高尾山という地で見つかった古墳のことです。ここで大きな騒ぎになっている問題ですが、恥ずかしながらここに至るまで私はそのことを全然知る由がありませんでした。

聞くと 長さ62mもある大型前方後方墳といい、造営時期の見解に隔たりはあるものの、230年ごろ築造、250年ごろ埋葬という調査結果が昨年公表されています。「古代スルガの王」を埋葬したとみられ、「古墳時代最初頭の重要遺跡」と指摘されているのです。

高尾山古墳は前方後方墳で、本体の大きさ(墳長)は62mと古墳出現期としては屈指の規模を持つとのことです。また前方部、後方部ともに31mで、他の前方後方墳と比べ前方部がよく発達しているのが特徴と言われています。

そして古墳の周囲には幅8~9メートルの周溝が巡らされていて、後方部のほぼ中央で主体部と呼ばれる埋葬施設の跡が確認されました。墳丘の頂きの高さは周溝の底から約4.7メートルあると言われます。

また棺(ひつぎ)は残っていませんでしたが、板状の木片などの残留物の様子から舟の形をした「舟形木棺」が特別な施設を設けずに直接地面に置かれていたとみられ、これが古代スルガの王ではないかと言われているのです。

ですから古代スルガの国は今の静岡ではなく、我が地・沼津周辺にその中心があったとみられています。こんな重要遺跡があったことに驚いていますが、もう一つ更にびっくりしているのがその遺跡が今、取り壊されようとしているのです。

地元の道路渋滞緩和の陳情要請もあり、都市計画道路建設の方針を立てた沼津市は、その道路調査の途中に見つかった今回の遺跡問題について、古墳を残して迂回(うかい)するような対策は行わず、計画通りに道路を整備することを市議会に報告したのです。

つまり昨夏から中断している古墳の発掘調査を今年中に再開し、更地にした後に道路工事を行う予定だと言っています。これでは古墳は跡形もなく消滅してしまうのです。東日本最大級とも言われ、歴史的価値が非常に高い古墳だけに是非守りたいものです。

その重要古墳を整備すれば逆に県外からの見物客を呼び込めるというものです。沼津市は市民から取り残せという声が挙がらなかったからということですが、私のようにこんなに重要なものだと知らなかった人たちは多くいるものと思われます。

それだけに是非再考してもらい、文化の香りのする街という名に恥じない結論を導き出してもらいたいものです。そうでなければ沼津市は末代まで残る失態を演じた街として、人々の記憶に長く留まることは間違いありません。

2015.06.15

山下清さん No.2721

 興津にある清見寺というお寺をご存知でしょうか。徳川家康が幼少時、今川家の人質としてこのお寺に移され、当時の住職からいろいろと学びを受けたことでも知られているところです。

このお寺に5年ほど前まで、あの放浪の画家で有名な山下清さんの言葉が書かれた看板が立っていたそうです。「清見寺スケッチの思い出」と題した看板は次のように書かれていました。

清見寺という名だな このお寺は 古っぽしいけど上等に見えるな 

お寺の前庭のところを汽車の東海道線が走っているのは どういうわけかな

お寺より汽車の方が大事なのでお寺の人はそんしたな

お寺から見える海は うめたて工事であんまりきれいじゃないな

お寺の人はよその人に自分の寺がきれいと思われるのがいいか

自分がお寺から見る景色がいい方がいいか どっちだろうな

60年代後半、その遺作となった「東海道五十三次」のスケッチで清見寺を訪れ、上記のような言葉を残しているのです。これは山下さんなりに、日本の近代化や経済成長が進むことと、その過程で失われた原風景のどちらが大切なのかと、鋭く投げ掛けている疑問です。

山下さんは少年時代に同級生からいじめられ、戦時中は徴兵から逃れたいと日本各地を放浪しました。また画壇でも異端児扱いだったそうです。山下さんの甥である山下浩さんという方は次のように語っています。

日本は戦時中も戦後も、声の大きな『本流』が少数派を切り捨ててきた戦争に異を唱えれば非国民。経済発展を疑問視すれば異端者。地方の衰退も教育現場でいじめがなくならないのも、この変わらない構造に原因があるのではないか

山下さんの清見寺を描いた絵画には「ふみきりちゅうい」の警告板まで描かれています。それはまさに感じたままに素直に表現する山下さんなりの手法ですが、同時に景観まで損ねてしまう当時の高度成長への彼なりの警告のようにも思えます。

よく山下さんのことをどうのこうの言われていましたが、鋭い指摘ができる、素晴らしき感性の持ち主だったことが判ります。言葉の書かれた看板は台風で割れ撤去されたそうですが、是非また再建してもらいたいものです。

2015.06.12

変形性膝関節症 No.2720

 先日は仲間と山歩きに行ってきました。その詳しい内容は後日触れたいと思いますが、よかったのが心配していた膝の痛みが出なかったことです。やはり65歳を過ぎると体の各部分に少しガタが出るのでしょうか。ソフトボ-ルとか山登りなど少しハ-ドに動くと最近では膝に痛みが出てきます。

この膝の痛みですが、変形性膝関節症という名の症例が中高年に多く見られるとのことです。典型的な例としては加齢や筋肉の衰えとともにO脚が進み、体重が膝関節の内側にかかって、軟骨がすり減り痛みが出るのが特徴です。

そして変形が進んで痛みが強いと、人口膝関節の手術を勧められることも多いそうです。でもそれ以前にできることもたくさんあるとのことが載っていましたので紹介させてもらいます。

この変形性膝関節症はじわじわと進むとのことで、早めに受診した方がよいと言われます。痛みを取ることは大事だが、それで全てよくなるわけではないからです。

痛みの原因は1つではなく、軟骨がすり減った場所の他、荷重のかからない部分は逆に骨が出っ張って棘(とげ)ができるそうです。それが引っ掛かったり、靭帯を圧迫したりして痛みが生ずるとのことです。

またすり減った軟骨が炎症を起こして関節炎が起きることもあり、水がたまって痛みを感じることもあると言われます。こうしたことは年齢が大きな要因となっていますが、個人の体重の影響も大きいと言われています。

初期治療としては次の4つです。① 傷んだ所に力が加わらないよう装具を付ける。 ②  筋力を付ける。 ③ 炎症を抑える ④ サプリメント摂取などで軟骨を少しでも殖やす。

ですから人工関節は最後の手段なのです。治療には鎮痛薬やヒアルロン酸の関節内注射も効果がある他、コラ-ゲン・トリペプチドの摂取も勧めているそうです。また運動療法として専用の装具を使い、痛む箇所に荷重をあまりかけず、歩いて筋肉をつけると正常な歩行に近づき、痛みが取れてかなりよくなる人がいるそうです。

幸い私はこの変形性膝関節症というものではないのでまだ安心ですが、加齢とともに油断はできないものです。このように人間も歳を取ってくると錆びついてくるものです。

従って機械同様、油を差さなければ動かなくなってしまいます。自分には膝や関節の痛みなど無関係だと、少し前まで胸を張っていたものですが、やはり年相応ということでしょうか。いやはや歳はとりたくないものです。

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