社長の三行日記

2011.08.31

大丈夫 No.2064

よく使われている大丈夫という言葉は、危険や心配がなく安心できたり、間違いなく確かなさまを言い表わします。その言葉は元々、中国で生まれ、立派な男子のことをそう呼んでいたそうです。
 
大丈夫という言葉の中で、「丈」は長さの単位のことで、周尺では約1.7mで成人男性の背丈に当たります。また「夫」は「おっと」という意味合いではなく、男性を意味し、中国では成人男性を丈夫と呼んでいるとのことです。
 
この立派な男子を意味する大丈夫について、孟子は次のような格調高い定義を残しています。
 
天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行く。志を得れば民とこれに由り、志を得ざれば独りその道を行う。富貴も淫すること能(あた)わず、貧賤も移すこと能わず、威武も屈すること能わず、これをこれ大丈夫と謂う。
 
その意味は、天下を広い住居として、天下の真ん中に立って、天下の大道を歩む。目指す地位を得れば人民とともに道を実現し、その地位が得られなければ自分ひとりで道を行う。
 
富貴にも迷わされず、貧賤にも挫けず、威武もものともしない。こういうのが本当の大丈夫なのだ。
 
まさにこれは国のトップに求められているものでしょうが、ここまで望むのは今の世、ほとんど不可能だと思いますので、こうした気概を持たなければいけないと言うことでしょう。
 
休日を除き、雨の日や風の日も25年間、船橋の駅前に立ち人々に訴え続けたという野田さんですから、その気概はとても小さなものではないはずです。継続は力なり、期待を少し持てるのではないでしょうか。
 
この大丈夫を外した例と、見事にその期待に応えた例を、韓国・テグで開かれている世界陸上選手権大会に見ました。絶対大丈夫どころか、その世界記録更新を期待されていた、ウサイン・ボルトがまさかのフライングで失格となったのです。
 
これは今シ-ズンからフライングが1回で失格に変わったとはいえ、会場に詰め掛けた多くの観客のみならず、テレビの前で釘付けとなっていた私たち、多くのフアンを失望させてしまったのです。
 
その反対に、80mを超えたのがここ1~2年なかったと言われる、ハンマ-投げの室伏広冶選手が、1回目から今季自己ベストの投てきで、6投中4投も80m超えの見事な優勝を飾りました。
 
36歳にもなるベテランで、調子を落としていたとも言われていたことから、大丈夫かなと思われていた懸念を見事に打ち払ってくれたのです。その調子を大きな大会である今回に合わせていたようで、インタビュ-からも、堂々たる見事なチャンピオンだったと思います。
 
このように絶対的な大丈夫を外すアクシデントには大きな落胆や失望が、また多少の不安があってもそれを見事に乗り越えた結果には、惜しみない賞賛と感動が伴うものです。でも喜びと感動はいいにしても、今回のボルト選手のような失格はとても寂しく、哀れに思えるものです。

2011.08.30

どじょうの勝利 No.2063

決選投票の行方は野田さんに軍配が上がりました。215対177の票差です。やはり1回目では決着がつかず、予想通りの1位だった海江田さんは票を伸ばせず、珍しいケ-スとなりましたが、2位の野田さんが大逆転勝利で手中にしたのです。
 
この結果を見て、正直、意外と民主党も、まともだなと思ったものです。もし海江田さんだったら、どうだったでしょう。大派閥の小沢さんが後押ししていたのですから、その後は目に見えるようです。
 
海江田さんは操り人形のごとく、裏で糸を引かれていたのではないでしょうか。口の悪い人はそれを海江田政権ではなく、かいらい政権と呼んでいたくらいです。それともう一つ、海江田さんの選挙用の政策パンフレットが小沢さんのときと、瓜二つだと言われているのです。
 
私たちには約束がある。国民の生活が第一。海江田万里」が、昨年9月の代表選で作った小沢さんの「僕には夢がある。国民の生活が第一。小沢一郎」というパンフレットにそっくりだというのです。
 
これを民主党員の多くの人たちが嫌った結果だったのではないでしょうか。こうして今日にも代表となった野田さんが、第95代総理大臣として首班指名を受けるわけです。
 
この野田さん、代表になってから俄かにクロ-ズアップされるほど、どちらかと言うと地味な方なのですが、ご自身をよくわきまえている人との印象を持ちました。知らなかっただけに、以前のパフォ-マンスを繰り返す人たちと違って、少しやってくれるのではないかと期待を持てたものです。
 
代表選の演説でも、自分をどじょうに喩え、「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」という、あいだみつをさんの詩を引合いに出し、金魚が前原さんのことを指すかどうかは分かりませんが、とても金魚にはなれない自分は泥臭く汗をかいていくしかないと述べています。
 
こうした己を知り抜いている人だからこそ、また落選や、鳩山内閣のときの不遇とも思える副大臣などの経験を経て、今に生かされているのではないかと思われます。
 
とにかく、かつての数や力による政治の選択ではなかったことに、少し明るい兆しを覚えたものです。そして願わくば経済状況をよく見極めた上での、財務官僚主導ではない増税論議を図ってもらいたいと思います。またその慕われている人間性から、いかに脱とか反ではない党内融和を図れるかがポイントでしょうね。

2011.08.29

決選投票の行方 No.2062

いくらコップの中の嵐と言っても、選出された代表は次期総理大臣を担うわけですから、全く無視するわけにはいきません。嫌でも何でも今日の民主党両院議員総会を経て、午後にはその代表が選出されることになっています。
 
大方の予想はまず1回目の投票で、小沢さんが推す力を頼りに、海江田さんの第1位は覆らないというものの、過半数までは達しない為、上位2名による決選投票が確実視されています。
 
この第2位が誰かというのが焦点のようで、昨日と今朝の段階ではもう見方が変わっているくらいです。今朝の新聞では野田さん有利と伝えられていますが、昨日の時点では漁夫の利のような形で、決選投票となれば反小沢の前原・野田の両氏ではなく、中間派をまとめている鹿野さんが手強いようなことが書かれていました。
 
ですから、いくら第1回で海江田さんが票を集めても、2位以降がまとまるような形になれば、決戦投票で勝てるとは言えないわけです。むしろそのキャスティングボ-トを握るのは、どこの派にも所属していない100名余りの人たちではないでしょうか。
 
とにかく誰がなっても大きく変わらないだろうと前回書きましたが、次のことだけは何を置いても、即実行してもらいたいものです。
 
何よりも被災地の早急な復旧・復興の支援です。大きな被害の出た東北の各地では、未だに仮設住宅が足りないなどの話も聞かれ、いったい半年が経とうとしている現在、政治は何をしていたのかということです。
 
そして将来的に被害に遭った土地をどうするのか、やむなく捨てざるを得なくなってもその代替地をどうするのか、これは単なるそれぞれの行政や、自治体に任せておけばいいといったことではなく、国家がきちんとビジョンを示すことだと思います。
 
また福島原発事故の影響を受け、避難している人たちに対しても、いったいいつになったら戻れるのか、戻れないのか、また農産物や畜産等の生産者の具体的な保護対策など、早急に手を打たなければいけないことが山積しています。
 
これらのことに何の対策も打てず、ただ、おめおめと自身の延命依存だけに時間を割き、無駄に過ごしていた菅さんがやっと辞めるわけですから、是非とも早急に手を打ってもらいたいものです。
 
それでなくてはもう民主党など、誰も見向きもしなくなるのではないでしょうか。とにかく、元々無理があったマニフェストの実現など、期待をしている国民は少ないだけに、「今できること」に全力を挙げて取り組む必要があるものです。

2011.08.26

ちょっと良い話part80 No.2061

昨日は終日、試運転の立会いでお客様のところに呼ばれていましたので、カキコミができませんでした。どうぞご容赦下さい。
 
民主党では次期代表選出馬で、前原さんがようやく名乗り出ましたが、一部スポ-ツ誌等新聞ではこのことより、紳助さん芸能界引退の方が大々的に報じられていました。
 
何か今の日本の政治を象徴しているようで、コップの中の嵐というか、国民が全く不在の中、「勝手にどうぞお好きなようにやってくれ、どうせ誰がなっても大きく変わることはないだろう」というのが、大半の見方ではないでしょうか。
 
どちらの話題にも敢えて触れないで、今日は久しぶりにちょっと良い話・譲る気持ちの余裕という、今は亡き法人会の大先輩の話を紹介させていただきます。
 
私たちは生活の中で車を運転することが不可欠となっています。沼津市内を走っていると、横断歩道で渡ろうとしている人を見かけますが、ほとんどの車はただ通り過ぎるだけで、歩行者に気がつく車も少ないのが現状です。

運転者も歩行者の立場に立てば、ちょっとの時間を歩行者に譲ることによって気持ちの余裕ができます。また、譲ることは歩行者、運転者お互いの交通安全となり、譲ることがお礼を言うことにつながると思います。

先日も市内を走っていて、歩行者に横断歩道の手前で止まったときに会釈をされました。運転している自分が何故かうれしくなりました。また、小学生には大きな声で、「ありがとうございました」と言われたときの清々しさは何とも言えません。

ただし気をつけなければいけないこともあります。譲るときに対向車にも歩行者が渡ることを知ってもらうために、パッシングなどをしなければなりません。

お互いが気持ちよくなるため、また、交通安全のためには気遣いが必要となります。自分が気持ちいい毎日を過ごすために、また沼津市が日本一歩行者に優しく、運転が楽しいまちになれるように、心のどこかに留めておきたいと思います。

 
筆者が言われるように、何よりも余裕を持って運転を心掛けたいものです。時間的にもいっぱい、いっぱいで動いていると、心の余裕など全く持てるものではありません。
 
またそうした時に限って、思わぬ不測の事態を招きがちです。往々にして事故の起きるときはそんなケ-スが多いものです。また歩行者の立場に立ってみると、折角車が停まってくれたのですから、会釈をして、できれば速やかに渡りたいものです。
 
とにかくお互いの思いやりでしょうね。雨の日なども、全く人が通っていてもお構いなしに、すぐ脇をスピ-ドを緩めず通り過ぎていく車が少なくありません。自分さえ良ければいいという類でしょうが、そんな人に限って、今度は逆の立場できっと辛い目に遭っているのではないでしょうか。

2011.08.24

富士山登頂 No.2060

この連休工事でカキコミのお休みをいただく少し前、初めての富士山登頂に挑戦しました。無事、登頂は極めたものの、こんなはずではなかったという結末は、少しあとで述べさせていただきます。
 
夕食を終えて自宅を出発したのが午後10時頃、友人と二人で富士宮口か須走口か迷った挙げ句、比較的空いているだろうと読み、須走口から登ることにしました。
 
と言っても、2台でそれぞれ移動し、1台は御殿場口の駐車場に留め、もう1台で二人が須走口まで向かったのです。でも到着した須走口の駐車場は既に満車となっており、引き返してきて皆が停めている路肩しか留める所かありませんでした。
 
それでも須走口がこんなでは、富士宮口ではとても留める所はなかっただろうと、二人で胸を撫で下ろしたものです。そして車を停めた後、少し仮眠を取り、午前2時過ぎにいよいよ出発したのです。
 
でも眠れたのは私だけで、友人はほとんど眠ることができず、ただただ私のいびきを耳にしていただけと言っていましたが...そんなわけで風もなく絶好のお天気の中、出発できたのです。
 
富士山の4つの登山ル-トのうち、この須走口が標高2000m、そして一番高い所にあり登り易いと言われている富士宮口が2400m、またツア-客などが多く押し寄せる、山梨県側にある富士吉田口が2300mと言われています。
 
従って昨年挑戦して失敗した御殿場口は何と標高1400mと言われていますから、ずっと下方に当たるわけで、その過酷さはやはり初めてでは無理だったんでしょうね。

こうしてまさに晴天のお陰で、星が降ってくるような、近年眺めたことのないような素適な星空を眺めながら、一路山頂を目指したのです。途中、6合目を過ぎた当たりだったでしょうか、山中湖を眼下に見下ろすその先から綺麗な日の出も拝むことができました。

そして8合目からは、今までのまばらな登山客が打って変わって急に賑やかになりだしました。これはここで富士吉田口からのル-トと合流する為です。

静かにいろいろと物思いに耽りながら、叙情的に歩いていた今までとは違い、急に俗化したような人々の群れに入りながら、今度はついて行くしかありません。こうして9合目過ぎあたりからの岩場が続く、最後の難関を乗り越え、何とか頂上にたどり着いたのです。

時は10時45分、須走5合目を出発してちょうど8時間半の所要時間です。ですから途中、朝食を含む休憩を何度か入れたにしても、そんなに早いペ-スではありません。これは初めての富士山でもあるし、慌てて登って起こるという高山病を気に掛けていたからです。

やれやれ、ならなくて済んだと安心して昼食をとり、そろそろ帰り支度をするかと思い始めた頃、ちょっと変なのです。何か少しムカムカするような感じがしてきました。
 
気のせいだろうと、あまり気に掛けず、帰りのル-トにつき下り始めました。帰りは御殿場口に抜ける、途中7合目から大砂走りを通るコ-スです。ですから3時間もあれば下まで着いてしまうのではないでしょうか。

よし、早めに帰れるかもと思いながら下山していた途中、比較的ゆっくり歩を進めていたとは言え、脚は重くなるし、気持ちはどんどん悪くなってきたのです。そして頭が痛くなってきたわけですから、そうです、これが高山病なのです。
 
従って歩いては休み、また一歩きしては休むという、牛歩の歩みになってしまい、友人には大変迷惑を掛けてしまいました。そして大砂走りも、とても一気にとはいかず、何回か休んだ後、6合目ぐらいだったでしょうか、いよいよたまらなくなって吐いてしまったのです。
 
でも不思議ですね。吐いた後のほうが少し楽になってきたのです。それにしても体調の良い時ならまだしも、大砂走りの長い距離はこたえました。こうして重い脚に鞭を入れながら何とか、5合目まで辿り着いたのです。時既に5時半を回り、辺りはうっすらと暗くなり始めていました。
 
まさに高山病の症状そのもので、5合目ではほとんど何でもないのです。こうして紹介が少し長くなってしまいましたが、富士山への初登頂は一番気にしていた高山病との戦いという、思ってもみない結末となったのです。でもこれで怯んでは癪ですから、再度、万全の備えで、捲土重来を期したいと思っています。

2011.08.23

甲子園大会を振り返って No.2059

長い間、出張工事・試運転等でお休みを頂いていました。ようやく今日は会社にも居ることができるほど、何とか順調な進み具合となっています。でも今まで手掛けたことのない、サ-ボ制御等を含んでいる為、まだまだ安心はできないものです。
 
さて夏の甲子園大会が終わった途端、雨が多い日が続いているようです。ちょっと時間を置いたため、色褪せてしまった甲子園の話題ですが、「がんばろう、日本」をスロ-ガンにした今大会だけに、最後まであきらめない、白熱した好ゲ-ムが多かったものです。
 
特に忘れられないのが、優勝候補の一角であった帝京高を下した、八幡商の試合です。8回まで2塁すら踏ませない完璧なピッチングを続けていた、帝京2年生投手・渡辺くんが、まさかの逆転満塁本塁打を八幡商・遠藤君に許し、敗れ去ったゲ-ムです。
 
この試合、帝京はエ-ス・伊藤投手を温存し、3回戦に備えました。この采配がズバリと当たり、この9回を除いては文句なしの投球でしたので、誰もが帝京の勝ちと踏んでいたのです。
 
でも野球には魔物が棲むと言われているとおり、勝ちをあせったのでしょうか。1死満塁から内野のエラ-で1点、そして右打者にライトポ-ル際に放たれた本塁打が決勝点となったのです。
 
一瞬の油断を突いた、八幡商の最後まで絶対あきらめない、粘りと執念によるものでした。これだから高校野球は人々に大きな感動を与えてくれるのでしょうか。まさにこれぞ、甲子園というドラマでした。
 
またこの帝京と同じく、やはり優勝候補と目されていた日大三高が、予想通り勝ち進み、深紅の大優勝旗を手にしました。戦った6戦、全ての試合に2桁安打の強打と、エ-ス吉永君を中心とした堅守で、文句なしの堂々たる勝利だったと思います。
 
まさに勝つべくして勝ったという、高校球児全てが目指すお手本のチ-ムになっていたのではないでしょうか。とにかくこの日大三高をはじめとして、今大会は好投手が多かったように思えます。そんな中で、秋田・能代商の保坂投手が特に印象的でした。
 
秋田勢としては14年ぶりの初戦突破のみならず、2回戦も勝ち3回戦まで進みました。惜しくも広島・如水館に延長の末、敗れましたが、豪腕投手でもない保坂君に高校野球のヒントを感じたものです。
 
スピ-ドは120km台、最速でも131kmです。昨年、鹿児島実業に0-15と大敗した後、その口惜しさをバネに猛練習の中、ボ-ルのキレを追い求めたそうです。
 
スピ-ドはそんなに変わらなくても、キレのある低めのストレ-トが両コ-ナ-に決まり、対戦した打者が手元で伸びてくるため、振り遅れていることもあったのです。
 
このように豪腕投手でなくても、コントロールや変化球の切れ、配球さえしっかりしていれば強打者でも抑えられるということを、彼が教えてくれました。一握りの投手を除く、ほとんどの投手に言えるだけに目指すべきお手本のように感じたものです。
 
大会後、準優勝チ-ムに不祥事が発覚し、折角の震災地に希望の灯を点す動きに少し水を差されましたが、高校野球はやはり私たちに大きな感動と教訓を与えてくれるものとして、再認識させてもらった今大会でした。

2011.08.13

ご連絡

8月13日より22日ぐらいの予定で、お客様の連休工事切替期間に当たり、出張いたします。この間、申し訳ありませんが、カキコミは休ませて頂きますのでご了承下さい。

2011.08.12

アッパレ!日韓戦 No.2058

やあ、水曜日に行われたサッカ-・日韓戦練習試合は久しぶりに溜飲を下げる好ゲ-ムでした。本当にやっとというか、攻撃に転じた日本のきめ細かさの良さが出ていたような気がします。
 
特に香川選手が本領発揮という試合で、ようやくチ-ムに打ち解けて本来の実力を発揮していたように思えます。やはり遠慮がなくなったのでしょう。その実力の高さを十二分に私たちに見せつけてくれました。
 
それにしても本田、香川両選手のボ-ル回しのテクニックは見事ですね。この二人のパス回しはまるで他の選手が弄ばれているようです。やっと日本にも、こういった選手が出てきたのですね。
 
とにかく香川選手などはボ-ルに対する突然の反応が素晴らしいですね。利き足などは関係なく、臨機応変に、しかも咄嗟に反応しゴ-ルに結びつけるのは、今までの日本選手の中でも数少ない貴重な存在ではないでしょうか。
 
それから在日韓国人4世として生まれ育った、李忠成選手もよくやったと思います。ゴ-ル前、自分が蹴ってもよかったボ-ルを見事にスル-し、香川選手の見事なゴ-ルに繋げたあたり、プレ-にも余裕が出てきたのでしょうね。
 
何よりもその生い立ちから、この日韓戦に出場しプレ-するのが夢だったそうです。夢を1つ乗り越えたわけですから、今度はもっとそれより大きな夢を、ワ-ルドカップに繋げて欲しいものです。
 
またケガを乗り越え、久しぶりに出場した駒野選手も良い働きをしていました。日本の3点目もバックの駒野選手が良い上がりを見せ、惜しくもシュ-トは外れたものの、それが転じての得点です。
 
このように日本にとっては快勝とも言える勝利ではないでしょうか。今までの韓国戦と言ったら、日本が防戦一方で、なかなかこのような攻撃に結び付けれなかったものです。
 
ですから3-0というゲ-ムも近年なかったのではないでしょうか。これでワ-ルドカップ予選が楽しみになってきました。故障で今回出場できなかった、ドイツで活躍する長友選手も加われば、安心して観ていられるゲ-ムになるものと思われます。
 
でも負けた韓国は大変みたいですね。今までに日本に対し、こんな負け方もなかったでしょうから、マスコミもその不甲斐なさを大いに叩いています。
 
しかし言い換えれば、日本の力が上がってきたということでしょう。また国民栄誉賞まで受賞し、私たちに大きな感動を与えてくれた、なでしこJAPANの存在が少なからず影響したものと思われます。女子と違って、皆大きな報奨を受けている身ですゆえ、うかうかしていてはきっといられなくなるでしょうね。

2011.08.10

犬の熱中症 No.2057

甲子園では連日、熱闘が繰り返されています。我が県代表の静岡高は早々に敗れてしまいましたが、同じ東海地区の4県である、愛知、三重、岐阜の代表校も揃って討死です。どうなんでしょうか、この地区レベルが全体的に下がっているのでしょうか。
 
また先日、愛するヤクルトスワロ-ズのことを久しぶりに書いたら、何と昨日で5連敗です。夏バテかもしれませんが、15もあった貯金が10まで減ってしまいました。また盛り返してくれると思いますが、何とか久しぶりの優勝まで頑張って漕ぎ着けてもらいたいものです。
 
さて前置きが長くなりました。今日はワンちゃんの話題です。毎日うだるような暑さが続いています。また夜も暑くてなかなか寝苦しくなっています。そんな人間同様、熱中症に掛かるペットが急増しているということが女性週刊誌に書かれていました。
 
ある病院によると、今年は前年比2割増しのような状況で、特に多いのが犬とのことです。猫はもともと砂漠の動物ともいわれ、暑さや渇きに強いのですが、犬は冷涼な地域の出身種が多く、暑さに弱いと言われているのです。
 
またその他の理由としても、汗腺があって熱を放出できる人間と違って、犬は口でハ-ハ-と呼吸するか、脚についている肉球で汗を外に出すしかないため、体温調節がしにくいと言われています。
 
そして人間より地面に近いため、その反射熱も受けやすくなるとのことです。このように聞くと、よく炎天下で犬の散歩をしている人などを見掛けますが、考えさせられるものです。
 
真夏のアスファルトは50度にも達すると言われています。それだけに靴を履いている人間様はよいものの、裸足で歩いていると言ってもよい犬にとっては、火傷する危険まである、拷問とも言える行為なのです。
 
我が家では愛するワンちゃんと、5時過ぎには家を出て散歩に出掛けます。そんな時間でも日によっては、もうお日様がギラギラ照り付けていることもあるのです。ですからこの時期、散歩から帰るとよく水を飲むものです。
 
それから犬の場合、5才を過ぎると熱中症のみならず、日々の健康管理が特に重要だと指摘しています。5才というと人間では35歳を過ぎた中年にも当たります。それだけに普段とは違うような症状が見えるときは、早めに獣医師に相談した方がよいそうです。
 
それにしても、糞の片付けをせずそのまま放置していくなど、相変わらずマナ-の悪さが目立ちます。毎日のことだけに、それでは自分が余計、散歩しづらくなると思うのですが...
 
とにかく最低限のル-ルを守らなければ飼う資格もないし、当の犬からも受け入れてもらえなくなるものです。お犬様同様、私たち人間もくれぐれもこの暑さに負けないよう、皆様のご自愛を祈ります!
 
明日11日は私用で1日お休みをいただくため、カキコミを休ませて下さい。

2011.08.09

長崎を最後の被爆地に No.2056

先週土曜日の広島に続き、今日は66回目の長崎の原爆記念日です。1945年8月9日、午前11時2分広島に次いで2発目の原子爆弾が長崎の地に落とされました。
 
長崎市のホ-ムペ-ジには、私たちが伝えなければならないこととして、下記のようなメッセ-ジを投げ掛けています。
 
1945年8月9日午前11時2分、長崎の空が白く輝き、時計の針が止まりました。

青空に噴き上げる巨大なきのこ雲。
なにが起きたのか。人々はどうなってしまったのか。

崩れ落ちた壮麗な天主堂の残骸が、破れた衣服が、熔けたガラス壜が、
今も静かに語りかけてきます。

被爆者が苦難を乗り越えて、語り伝えてきたナガサキからの平和のメッセージをわたくしたちは、これからも伝えていきます。

核兵器のない未来に向かって
世界の人々が共に手をつないでいくために。
 
 
おそらく人類で最悪の出来事ではないでしょうか。何しろ一瞬にして、多くの尊い命を奪ってしまったのですから...あまりにもその罪は大き過ぎます。
 
被爆後66年、現在の素適な街、長崎からはそのかけらも見つけられないほど、見事な復興を果たしています。それだけにいつまでも、この大惨事を後世まで語り継いでいかなければなりません
 
ちょうど3年ぐらい前になるでしょうか。中小企業家同友会熊本の全国大会の後、私たちは現支部長の出身地・長崎を訪れました。
 
ご主人に先立たれ、今は長崎にお一人で住まれているお母さんのところへ寄ったとき、この原爆の話をお聞きする機会を得ました。そのお話は私たちが全く知る由もないところまで触れ、あまりにも凄惨なものでした。
 
何しろ突然の原爆が落とされてから、どうしていいか迷いながら逃げ惑う人たちを、追跡し空から機銃掃射まで放たれたというのです。いくら敵国とはいえ、どこに人間の血が通っているのか、腹立たしく覚えたことを今でもはっきりと思い出します。
 
こうしたお話を少しでも多くの皆さんにお伝えしたいとのことで、会が桑崎支部長のお母さんを長崎からお呼びして、講演会を開きます。会員以外でも自由にご参加いただけます。下記ご案内を参照の上、多くの方のご参加をよろしくお願い申し上げます。
 
講演会  「長崎・被爆体験を語る会」 入場無料

日 時   平成23年8月22日(月) 19:00~21:00

場 所   サンウェル沼津 2F 大会議室

お問い合わせ  株式会社 アイソ- 秋山まで(055-923-2321)

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