社長の三行日記

2013.06.28

ちょっと良い話その108 No.2420

 こんなに踏みにじられても負けない、不屈な闘魂を持つ酒造りのちょっと良い話です。

2011年3月11日。「磐城壽(いわきことぶき)」を造る、日本で最も海に近い蔵といわれる福島県浪江町の鈴木酒造店は、その年の酒仕込みを終了する「甑(こしき)倒し」の日だった。

突然の大揺れに、蔵元の鈴木大介さんは、家族を高台に避難させ、自身は消防団員として町民の誘導に全力を傾ける。3日後、避難先で見たネット映像で、蔵は跡形もなく消え、タンクは1キロ先まで漂流したと知り、廃業を決意した。

隣の山形県の東洋酒造が空いている長井市の蔵を使わないかと声をかけてきた。他県で造るには新しい酒造免許が必要になる。家族の願いは、故郷浪江での再開。地元の免許は残したまま、新しい免許を取るために住民票を山形に移し、福島の義援金は受け取れなかった。

気候や水が変わるなど数々の困難を乗り越え、祈る気持ちで仕込んだ新酒は、年明けに、浪江町役場が移転していた福島県二本松市であった浪江町消防団の出初め式で披露され、「これが浪江の味だ」と感激させ、「早く帰って来い」と激励された。

蔵が蔵を助け、酒が故郷の結束を確認する。東京・代々木上原の居酒屋「笹吟」で飲んだ「磐城壽」は澄みきった味わいに、しなやかな希望と望郷の念を感じさせた。

飲むには理由(わけ)があると題した、居酒屋探訪家の書かれたコラムです。甑とは米などを蒸す道具を指し、これが不要となるからそのように呼ばれているのではないかと思います。造る人から言えば、丹精に酒を仕込み終え、やれやれとする日ではなかったでしょうか。

それが一瞬にして何もなくなってしまったのですから、その大きな落胆は想像以上のものだったと思われます。そして一度は廃業を決意したのですが、培われた酒造りの熱い血が黙っていなかったのでしょう。

思うに、こうした苦労を経て何とか酒造りは再開できたのですが、何よりも、早く故郷に帰って再びおいしい酒を造りたいのではないでしょうか。しかしながら、現実はなかなかままならない苦悩を持ち続けているわけです。

これと同じような苦労をされている方々は数え切れないのではないでしょうか。ものづくりの執念を感じた、ちょっと良い話でした。歳をとるにつれ、どんどんと日本酒好きになってきた私も、このような秘話が隠されていることも思いながら、深く味わなければと感じたしだいです。

2013.06.27

歴史人物に学ぶ2・山田方谷 No.2419

 山田方谷って知らない方が多いのではないかと思いますが、幕末期、破綻寸前だった備中松山藩(現在の岡山県高梁市)の財政を立て直したことで知られている人です。

当時の負債額は10万両、現在に換算すると100億円以上にもなる大金です。それをたった8年で黒字に転換し、しかも余剰金を10万両蓄財させたと言われています。驚くべきその手腕ですが、その改革手法はそのまま現代の企業再生の手法にも通ずるとのことです。

幕末の日本には260余りの藩があり、それぞれの大名による経営で、完全な自己完結型経営でした。でも当時は石高制の崩壊や商人の台頭による貨幣経済が主流で、ほとんどの藩が困窮していたそうです。開国後、力のある大名は商社化し、武士は商人化することで破綻寸前の財政を立て直したのです。

この松山藩も同様で、藩主でもない山田方谷という、農民出身にもかかわらず、後に学問で身を立て藩士となった人物により藩政改革が行われたのです。当時では異例の出世で、養子だった藩主・板倉勝静が幕府の寺社奉行や老中に抜擢された関係から、留守がちな自藩の建て直しを信頼のおける方谷に委ねたのです。

作家の童門冬二さんはその著書「山田方谷」で、現代で言えば養子社長と農民出身総務部長というコンビで改革を行ったと表現しています。それでは改革前はどのような実態だったかというと、当時の藩の経済力を表わしていた石高(とれる米の量)は、公称5万石と言われていましたが、実際の年貢高は2万石にも満たなかったと言います。

従って石高の半分にも満たない収入で、2倍以上の5万石に見合った税を幕府に収めていたわけですから、10万両もの借金ができるわけです。まさに粉飾決済とも言えるものなのです。ではどうやって藩予算の5倍以上の借金を返したのかは、下記の改革概要に示すとおりです。

① 借金元の大阪商人に藩財政を公開し、返済期限を延期してもらった

② 家中に質素倹約を命じ、上級武士には賄賂や接待を受けることを禁止した

③ 過剰発行で信用を失った藩札を領民の前で焼却、新藩札を発行し兌換を義務化

④ 藩内で採れる砂金から農作業効率のよい「備中鍬」を作り、大ヒット商品となる

⑤ 農産物の特産品化と専売化(タバコ、茶、ゆべし、そうめん、和紙を「備中」というブランドで売り出す)による藩の会社組織化

⑥ 中間マ-ジンを排除するため特産品は船で江戸に直接運び、江戸の藩邸で直販

⑦ 藩士以外の領民の教育にも重点を置き、優秀者は出身に関わらず藩士に登用するという人材育成

このような現代にも通用する手法を実践し、見事、藩の財政再建を行った山田方谷ですが、成功の秘訣は何よりも率先垂範だったと言います。方谷に対するねたみや悪口も多かったものですが、藩の財政ばかりを考え自らの家庭を省みず、山田家は窮乏し、山の中の荒地を開墾して食い扶持を稼いでいたという、身銭を切って藩のために尽くしたという姿に感動する者も多かったからです。

大切なのは率先垂範で、それを下の者に強要しないことだと言います。現在で言えば、「社長の私がここまで努力しているのだから、部下の君たちもそうしろ!」という言葉です。つい口に出したくなる言葉でしょうが、それを言ったらお終いというものです。そうした心を磨くのには自らトイレ掃除をやるのがよいかもしれません。やはり自らに厳しく、実践あるのみです。

2013.06.26

83歳の女性野球部員 No.2418

何と83歳の女性野球部員がグランドに現われたという記事を読みました。以下その記述です。

高校定時制通信制軟式野球の神奈川県大会決勝が23日行われ、高津4年の上中別府(かみなかべっぷ)チエさん(83)が、0―1の6回1死満塁の場面で伝令として登場。背番号12をつけ、三塁ベンチから駆け足で飛び出すとスタンドから拍手が湧き起こった。

「落ち着いて。頑張れ」。マウンド中央でエース小鹿のお尻を2度、ポンポンと叩くとナインに笑みがこぼれた。孫が5人、ひ孫が4人いるが、もっと勉強がしたいと79歳だった10年4月に同校へ入学。

好きな言葉は「生涯現役」で「何でも挑戦したい」と意欲満々だ。昨年10月、クラス担任の中島克己監督(45)から誘われ入部。今年のバレンタインデーには部員に手作りチョコをプレゼントし、お返しにグラブをもらった。週3日、球拾いやキャッチボールで汗を流す。

試合中はベンチの最前列で手を叩いて選手を鼓舞した。0―4で戸塚に敗れ、全国大会出場は逃したが「良い人生経験だよ」と涙を流す部員を励ました。準優勝の銀メダルを首から下げ「一生の宝物です。このチームは日本一」とすがすがしい表情を浮かべた。 

何と素敵な方ではないでしょうか。いわゆる定時制の高校に79歳のとき、もっと勉強がしたいと言って入った人です。そして更に野球部にまで入って、みんなのお手伝いまでされているとのことです。まさに生涯現役そのものです。

こうした前向きな方が本当にいるのですね。自分の孫のような野球部員に混じっての活動は、さぞ素敵な汗をかかれていることではないでしょうか。話はちょっと逸れますが、梅雨もそろそろ明ける時期となり、いよいよ夏の全国高校野球選手権静岡県大会が近づいてきました。

22日にその組合せが決まり、我が母校は15日に清水庵原球場で佐久間高校と対戦します。1回戦それに勝てば強豪と言われる、静清と浜松工の勝者との試合です。大きなヤマになると思われますが、好投手・宮澤くんを擁する我が方にしたって、決して劣っているとは言えない今年のチ-ムです。

是非、後輩たちの活躍を期待したいものです。このチ-ムも現在3年生の女子マネ-ジャ-が抜けてしまうと、一人で頑張っていただけに、後に続く女子マネがいなくなってしまいます。83歳とは言いませんから、何とかこのように素敵なマネ-ジャ-が入ってくれることを願いたいものです。本当に影の大きな原動力となる存在です。

2013.06.25

世界文化遺産 No.2417

 富士山が世界文化遺産に登録されました。地元の静岡県に住む私たちにとっても、大変喜ばしいことです。おまけに三保の松原もその資産に含まれることになりました。富士山から45kmも離れている位置にあることから、当初は問題視されていたのですが、土壇場で良いほうに覆ったわけです。

やはり富士山には松原が切っても切り離せない情景だということです。今はあまりお目に掛かれなくなってしまいましたが、小さなときによく通った銭湯の中に描かれていた富士山にも、必ずと言っていいほど、松原は添えられていたものです。

そうすると我が町にある千本松原も捨てたものではありません。海岸からこの千本松原越しに望む富士山もなかなか素敵な光景です。富士山そのものの形の良さから、むしろ清水方面から望むそれより綺麗だと言われるかもしれません。

特には三津浜や大瀬崎方面からのそれは、絶景とも言えるのではないでしょうか。世界文化遺産登録が決まった週末、三保の松原には多くの人が訪れたということです。普段はガラガラな駐車場が、この日は車の整理で忙しかったと聞きます。

何という現金な話ではないでしょうか。このへんが日本人独特なものを感ずるわけです。このように遺産登録されたことで、今年の富士登山は例年にも増して凄いことになるのではないでしょうか。

今年からその保護の目的で、入山料を1000円とるとも言われています。それでも料金が安いような気がしますが、多くの人々が訪れることから、ゴミのない貴重な自然遺産として、いつまでも守り続けていきたいものです。

一方では遺産登録されたことを記念として、いろいろなイベントが企画されています。清水では史上最高の105万円チケットなるものが売り出されるといい、Jリ-グの清水戦観戦に超ビップなおまけがついているとのことです。

また我が街・沼津でも夜の街の活性化を狙い、飲み歩きパスポ-トなるものが生まれました。市内の飲食店58店舗が名を連ね、パスポ-トを持参すれば800円でその店自慢の料理や飲み物を1品ずつ味わえると言います。

この立ち上げた実行委員会には、同友会でもいろいろと頑張っている、あした葉の望月大樹さんも加わっているようで、いろいろと新しい挑戦を試みています。やはり動かなければ何も変わらないということです。とにかく待ちに待った富士山の世界文化遺産登録で、地域の活性化が少しずつ生まれ始めようとしていて、良い傾向ではないでしょうか。

2013.06.24

奇跡のリンゴ No.2416

 週末、家内と久しぶりに映画に行ってきました。二人で映画を観ることなど、ほとんどなかったわけですが、平日はほとんどボランティア的事業のひだまり亭があることや、週末になっても老いる私の父親の面倒をみてもらっている関係で、彼女が家を離れる機会が少ないからです。

そんなわけで、彼女にも少し気晴らしをさせてやりたいと思い、気分転換を兼ねての映画鑑賞だったのです。観てきたのは「奇跡のリンゴ」という映画です。娘たちからも「お父さん、泣ける映画だよ」と薦められたこともあって、この映画を選びました。

結論から申し上げると、夫婦はじめ親や子どもたちまで含んだ家族愛に溢れた、良い映画でした。夫婦役を演じた主演の阿部サダヲさん、菅野美穂さんが、さすが役者だなあと思わせられる、とても素晴らしい演技を見せていたと思います。

この映画は青森県でりんご農家を営む、木村秋則さんの実話をもとに描かれたものです。元々、虫のつきやすいリンゴはその栽培に農薬が欠かせないと言われていました。しかし大量に散布する農薬が、しだいに愛する妻の体を蝕んでいることに気がついた木村さんは、何とか無農薬栽培ができないものかと取り組み始めます。

でも想像以上にその栽培は難しく、初めは力を貸してくれていた青年部の仲間にも次第にそっぽを向かれ、私財を投げ打ってこれに没頭することから、電気を止められたりして生活は困窮を極めていきます。

またそれでも、りんごの木に「何とか育ってくれよ」などと話しかけている秋則さんゆえ、周囲からも白い目で見られ、ほとんど相手にされなくなるのです。そんな彼を支えてくれたのは愛する妻と、婿入り先の親父、そして3人の可愛い娘たちです。

中でも小学生の長女が学校で書いた作文には、父親への信頼と愛情が溢れるもので泣かされてしまいました。こうして10年が過ぎたある日、無農薬のりんごが実ることとなるわけですが、執念と家族のそれぞれの愛がもたらしたものと言えるのではないでしょうか。

このように、言われていた不可能を可能にするためには、家族愛のような、目に見えない要素の占める割合が決して少なくないのではないでしょうか。娘たちが言っていた、やはり「泣かされてしまった」映画でしたが、一見に値するものと思います。それにしても、それぞれ料金が1000円という、夫婦割引の映画鑑賞システムはとても得をしたようで嬉しかったものです。

2013.06.21

無神経な発言 No.2415

 自民党の高市早苗政調会長が「原発事故によって死亡者が出ている状況ではない」と述べ、原発再稼働をめざす考えを示しました。地元の方々の苦しみを知ってか知らずか、ずいぶんと無神経な発言です。

東日本大震災発生後、東京電力福島第一原発に近い双葉病院では、入院患者が取り残されて避難が遅れ、病院によると事故のあった2011年3月中に患者40人が死亡したと言います。

また、福島県須賀川市の農家の男性が野菜の有機栽培に力を入れ、丹精込めたキャベツ7500株の収穫を待つばかりとなっていましたが、この震災の影響で、その13日後に首を吊って亡くなるという痛ましい出来事があったことも、多くの方に知られています。

そして避難所生活でストレスが溜まり、亡くなった方もいることも聞かされています。そんな状況の中、よくそんなことが言えたものか、あきれて二の句が告げません。先日の復興庁職員の暴言同様、聞かされた地元の方々の怒りは増すばかりではないでしょうか。

原発事故から2年過ぎた今、未だに地元に帰ることができない人たちの中には、避難先の一部でも地元住民との間に、いろいろとトラブルがあるようです。過日の新聞が伝えるところによると、事故後、多くの避難者を受け入れているいわき市でも、市民と避難者との間で軋轢(あつれき)が生じているようです。以下がその記述です。

もともといた住民が、市に苦情を送った件数は今年2月で約390件。苦情の具体的な内容は、「賠償金をもらっている避難者で、働いていない人もいる。一方、いわき市民は賠償も少額で、みんな働いている。

公園や道路、公共施設などは避難者も使っているのに、税金が公平に取られないのはおかしい。住民が増えたため、スーパーや病院が混雑している。避難者は医療費が無料になっているのも混雑の一因ではないか」というものです。

避難者にしたって、別に好きこのんでこの場所に来たわけではないでしょうし、賠償金なんかより早く事故前の生活に戻してくれよというのが本音でしょう。でも一方の地元民が持つ「いったい、いつまでこうした生活が続くのか」という不安も解らないわけではありません。

要は国がその復興計画で、いついつまでにこうするといった、はっきりとした明確なビジョンを示さないから無用な混乱が生じてしまうのです。ですから怒りの矛先は国に向けるべきです。

でもこうした住民の苦しみをさも知らないかのように、事故の記憶を風化させる発言の議員には何も期待ができないものです。その資格もないでしょうし、人間としての最低限持たなければいけない、相手のことを気遣った思いやりと優しさに欠けていて、大変残念な話です。

2013.06.19

巨人のセカンド No.2414

 ある記事で巨人のセカンドがなかなか定着しないということに触れていました。今シ-ズン、絶好のスタ-トを切ったように見える巨人なのですが、いまいち独走するところまではいきません。それは阪神の頑張りもありますが、そればかりでなく、二塁手が定着しないということが少なからず要因にあるという指摘です。

以下、指摘していた、だいたいの内容です。巨人には2000年代後半から抱え続けている課題に、正二塁手という存在がいないことがあります。今季も脇谷、寺内、藤村、立岡といった面々が起用されるが、確実にレギュラ-ポジションを獲っている選手がいません。

この問題に長い間、巨人の正二塁手として活躍した仁志さんがこう答えています。「常勝を求められている状況で、セカンドというポジションを育てるのは難しい。キャッチャ-と同じように、ある種、特別な育て方をしないと本当のセカンドにならないんです」 

カバ-リングなど、単純だけど欠かせない動きが多く、いろいろなプレ-ができる。だけどその一方で、誰でもそれなりにできてしまうポジションです。プロのセカンドはアマ時代、ショ-トなどをやっていた、守備には定評のある選手が、流れてくるケ-スが多い

でも大学時代、ショ-トをやっていた仁志さんは社会人で失格の烙印を押され、サ-ドにコンバ-トされた、いわば守備が苦手だった選手の一人だったと言います。ですからほとんどのセカンドにコンバ-トされている、プロの選手とはアプローチが違うと言うのです。

苦手意識があったからこそ、活躍しなければ出番がないチ-ム状況の自分にとって、プロに入ってセカンドに挑戦することになったので必死でした。一からのセカンド守備を、当時のコーチの土井正三さんにみっちり教えてもらったのが、自分がセカンドで戦えた理由です」と語ります。

しかし、巨人の場合は常に勝ちを求められている環境から、守備だけでなく、チ-ムに貢献できるだけの打力が絶対必要で、そこでなかなかアピ-ルできる選手が出てこないと指摘しています。また2番セカンドというケ-スが多く、小技の利く2番でしかも打力も求められています。

こういった状況から、なかなか固定できないというのです。野球におけるセンタ-ラインとは昔から重要だとよく言われています。ショ-トとセカンドの守備の連携、センタ-とのポジショニングなど、やはり入れ替わり立ち代わりの人間ではなく、固定したメンバ-だからこそレベルも上げられるというものです。

ですから巨人の場合、キャッチャ-には阿部、ショ-ト坂本、センタ-長野といった絶対的な存在がいることゆえ、これにセカンドが固定したら強さが倍増することは明らかです。アンチ巨人の私にとっては、そうでない現状の方が望ましいわけですが、ご指摘のとおり、今のメンバ-にセカンドが固定されたら、それこそ鬼に金棒となるのではないでしょうか。逆にそうでない現状はプロ野球全体からすればちょうど良いかもしれません。

明日、20日は私用で会社を休ませていただくため、カキコミはお休みいたします。

2013.06.18

ク-デタ- No.2413

 ク-デタ-と言っても、中東シリアや揺れるトルコなどのことではありません。よくドラマなどの世界では見ることがある、社長解任劇の話です。その名も知られた川崎重工という、れっきとした大会社での話なのです。

去る13日、造船・重機大手の川崎重工業は、この日開かれた臨時取締役会で長谷川聡社長ら幹部3人を解任しました。いわゆるクーデターというものなのですが、その背景には、3人が三井造船との経営統合交渉を独断で進めていたことに対する、社内での強い反発があったようです。

従って川崎重工は同日、三井造船との統合交渉の打ち切りも決定したらしいのですが、ドラマの世界にはある、こうした解任劇が実際に行われているのを知り、結構、驚かされたものです。

その実情は解任された3人だけで経営統合の話を進めており、他の役員が知ったのは、4月時点での報道があったわずか1週間前と言われています。またこの3人を除いては、反対意見が多数を占めていたことから、その後に開かれた会議でも統合交渉打ち切りの方向で話が進められていたようです。

こうしてこの13日に予定していた臨時取締役会で、打ち切りを正式に決議しようとしていたのですが、それを察知した前社長らがその阻止を図り、議長に採決させないよう働きかけ、統合の是非を26日の株主総会後に引き伸ばし、決定しようとしていたらしいのです。

そして予定通り開かれた当日、全員の取締役の出席の下、解任の緊急動議が提出され、3人の解任と統合交渉打ち切りが決定したのですが、わずか35分で終了したとのことです。まさしくドラマの世界ですね。解任された前社長らの慌てぶりが目に見えるようです。

川崎重工と三井造船の統合話が持ち上がった報道直後、川崎重工の株価は下落したそうですが、この13日以降、統合が打ち切りと知らされると川重の株価は上がり、三井造船は下がるという皮肉な結果が表われています。

ですから市場の動きは統合には否定的のように見えるものですが、川崎重工の造船部門は全体の売上高の1割にすぎないということから、造船部門での中国・韓国との国際競争という視点を除けば、全体的にはメリットが小さいと判断されたのではないでしょうか。

また解任の13日以前、会長からも前社長に対し、役員間の対立を収めるため、穏便に解決を図るからと言って辞任を迫っていたようですが、これにも耳を貸さなかったみたいです。ですから3人以外の全てを敵に回してしまったのではないでしょうか。

とにかく、あまり格好の良い話ではありません。これでは当初、今月の26日に開かれる予定になっていた株主総会もどうなることだか判りません。今回のことで独善的にことを進める危うさと、企業内コンセンサスをとらなければいけない大切さを教えられました。それにしても一方的に統合を打ち切られた三井造船は、さぞ困っていることでしょうね。

2013.06.17

大人と子ども No.2412

 静岡県知事選挙は現職の川勝さんの圧勝で終わりました。原発再稼動はNOといった県民の意思表示の表れで、当選確定後のインタビュ-にあったとおり、とても再稼動できるような状態ではないといった、ご本人の正常な感覚による県政を期待したいものです。

さて、こちらの時間で日曜日の早朝、ブラジルで開かれているコンフェデレ-ションズカップで日本は開催国・ブラジルと対戦しました。このサッカ-とゴルフの全米オ-プンがあるため、前夜は早めに休んでこれに備えたのですが、朝5時前にテレビをつけたら早々に1点を奪われていました。

それも試合が始まってから3分ぐらいで得点されたというのです。私が見始めたのが開始後30分ぐらいだったのですが、なかなか日本チ-ムが思うようにボ-ルの支配ができません。また、たまにボ-ルに触っても、相手のようにトラップが足に吸い付いていないため、すぐに奪われてしまいます。

これはビッグマウスの本田選手にしたって同様です。一方、ブラジルの方はというと、さすがに個人技は素晴らしいものがあり、得点のシュ-トもそうですが、まるでボ-ルを手で扱っているような巧さをほとんどの選手が備えています。

それにいつものことながら、決定力にかなりの違いがあるみたいです。ブラジルにしたって、1試合のうち、そう度々決定的なチャンスが訪れるわけではありません。でも限られたチャンスを確実にものにする正確さがあるわけです。

それをキ-パ-・川島選手の好セ-ブもあり、凌いでいたわけですが、前半の本田選手のポストを大きく外したボレ-シュ-トなどにしても、ブラジルの選手だったら決めていたかもしれない、個の違いを見せつけられたものです。

これではとてもW杯優勝などは、夢また夢の物語に過ぎません。試合後、長友選手が言っていたみたいですが、「中学生とプロぐらいのレベル差。W杯優勝と言ってきたけど、腹を抱えて笑われる」の言葉どおりです。

そんなわけで、何とか我慢しながら観ていた内容だったのですが、後半も開始早々、やはり3分ぐらいの時間帯で追加点を挙げられてしまいました。しばらく見守ったのですが、いつまで経っても日本の劣勢は変わりません。まるで大人と子どもの試合にように感じられたほどです。

こうしてゲ-ム途中で全米オ-プンに切り替えてしまったわけですが、この大会を通して、一流国との歴然とした力の違いを見せつけられるのではないでしょうか。そして何が足りないのか、よく考えた上で1年先に向け、再スタ-トを切らなければなりません。技術の差はもちろんですが、サッカ-に賭けるハングリ-さを欠いているような気がします。

2013.06.14

櫻井よし子氏講演会より No.2411

  昨日は久しぶりに講演会に出かけてきました。商工会議所が主催する櫻井よしこ氏の講演会です。聞くとこの日は同会議所の議員総会だったとのことで、いつもはその会が終わると定例の懇親会へと流れるらしいのですが、時節柄、自粛したのか、一般向けの記念講演会を開催してくれたのです。

そんなわけで私も参加させていただいたのですが、櫻井よしこさんと言ったらご存知の通り、歯切れのよさで定評のある方です。そしていつも対中国には特に厳しい姿勢を貫いていることでも知られています。

そんなことから、尖閣問題で揺れる日中間だけに、「この国の行方~日本の進路と誇りある国づくり}と題した講演は大いに興味をそそられたわけです。まず先ごろ行われた、オバマと習近平の両氏による米中首脳会談から語り始めました。

8時間もの時間をかけた両者の話し合いでしたが、結局、結論らしきものは何一つなかったと言います。現在、アメリカは国民の1/5に当たる6000万人の人が、病気になっても医者にも診てもらえないのが実情です。

日本のように国民ひとり一人に対する保険制度がないからです。このため来年から施行することになった、国民がこの保険に頼る制度には莫大な費用が掛かり、この先10年間で120兆円もの軍事費を削らなければいけないと言われています。

そんなわけで財政が逼迫してきていることから、むやみやたらに軍事費を掛けるわけにはいかないのが現状のようです。従って北朝鮮問題にしても自国は介入せずその解決を中国に任せるような方式をとったり、シリア問題でもアサド大統領が10万人も国民を殺しているというのに、未だに反政府軍に手を差し伸べようとはしていません。

それはアメリカ国民の間からも、自国民をないがしろにして、他国の防衛や軍事援助もないものだという声が出始めているからです。一方、中国の習近平のめざすものは、偉大なる中華民族の復興という、中国の夢を叶えることにあるみたいです。

従って失ったものを取り返すと称して、尖閣列島どころか日本に対しては沖縄まで、そしてご存知の通り、南シナ海まで足を伸ばしたり、挙句にはインドまで勢力を拡大しようとしているとのことです。全く説得力が何もないものなのですが、軍事力を最優先し平時に活用すべきと声を大にしているみたいです。

こうした内外情勢で日本がめざすことは、ご本人が持論としている、まず憲法を改正して反撃のできる自衛隊にしなければと熱く語っていました。ここが私の考えるところと違っているわけですが、会場から拍手が沸いていたとおり、そうした望む声も少なくないのかなと思ったほどです。

この国を守るということには何も異存がないものですが、だからと言って、目には目をといったやり方が果たして有効なのでしょうか。それこそ、大切にしなければいけない次世代の人間を再度、悲惨な戦争に巻き込むことになるのではないでしょうか。それにしても90分間、よどみなく語った聡明さには感心させられたものです。

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