会長の”三行日記”

2016.03.18

ちょっと良い話128 No.2827

 被災地に住む方々それぞれの復興に向けた前向きな努力には本当に頭の下がる思いですが、「ホワイトデ-の笑顔」というちょっと良い話を見つけました。復興は何よりも自分たちの手で進めたいという意気込みが強く感じられます。

5年前の3月14日、原発事故の影響で静まりかえった福島県いわき市の駅前で1軒の洋菓子店に明かりがついていた――。そうつづった投稿が今月11日の本紙生活面「ひととき」に掲載された。その店は今も同じ駅前でケーキを並べている。

「このお菓子、売ってくれるんですか」「もちろんです、今日はホワイトデーですから」その日、投稿者の井坂美誉(みよ)さん(51)に笑顔で答えたのは、JRいわき駅前にある「アンジェリーク」の伊藤志保さん(41)だ。

店は水道管が破裂し、皿や酒瓶が割れて散乱。3月12日には東京電力福島第一原発の1号機が爆発。南方40キロの所にあるいわき市も一時は人通りが途絶えた。「お店どうしようか」。夫の亨(とおる)さんと相談した。ホワイトデーの予約が十数件入っていたが、電話はつながらず、家を探して訪ねても無人だった。

「もし来てくれた時に、店を閉めていたら迷惑がかかる」と考えた。3月は卒業や門出の季節。お祝いする気になれなくても、少しでもお客さんの気持ちが明るくなればと思った。夫婦2人で店を開けた。市内は断水し、仕入れもできなかったが、電気とガスは使えた。

給水所に通いながら店にある材料で作れるケーキを焼いた。やって来る客は1時間に1、2組ほど。「パンはありませんか」と尋ねる人も多かった。ケーキなんて売っていていいのかな――。無力感が募った。井坂さんが店を訪ねたのはそんな時だった。

14日、2度目の原発の爆発があった。翌日から1週間は店を閉めた。店舗は被災の影響で使えなくなり、県外への移転も考えたが、震災を機に店じまいした隣の花屋の建物を借り、その年の夏に移転した。いわき市は原発の廃炉作業の人も集まり、少しずつ活気が戻った。

伊藤さんは毎年、3月11日の追悼のサイレンを聞きながらホワイトデーの焼き菓子を作る。今年は約30件の予約が入った。「みんなで無事にホワイトデーを迎えたい、と祈りながら焼きました」と話す。井坂さんは12日に店を訪れ、「怖かったあの時、とてもお菓子が食べたくなった。ケーキに励まされました」と涙ぐんだ。

被災者のご苦労に比べたら、とても言う資格はないと思いますが、やはりあきらめてはいけないということではないでしょうか。「朝の来ない夜はない」とも言われています。いつ何時、自分たちの身に降りかかるかもしれない災害に、しっかりと心の準備をしておかなくてはいけないということだと思います。

連休明けの22日は川崎に工事で出張、また23日はお客様から引き合いがあり伊勢原に現場調査で出張します。このためカキコミは休ませて頂きます。

2016.03.17

多湖先生亡くなる No.2826

 ベストセラ-にもなった著書「頭の体操」で知られた多湖輝先生が亡くなられました。昨日の新聞で初めて知ったのですが、今月6日に間質性肺炎のためお亡くなりになり、既に葬儀は近親者で済まされたと聞きました。

多湖先生には私どもも大変お世話になっていて、弊社の第1号乗用モノレ-ルを先生の中軽井沢の別荘に敷設させて頂きました。1号機はウィンチモ-タ-でケ-ブルを巻き取ったり、緩めたりして上昇・下降を繰り返すタイプですが、別荘の入口にある駐車場から中腹の建物玄関までの脚として使用して頂いているものです。

これは奥様の脚がすぐれないことから、折角、軽井沢の別荘に車で到着しても、中腹にある別荘の玄関まで辿り着くのは難儀のことゆえ設置して頂いたものです。また数年後、この別荘の上部の土地を先生が別に購入されたことから、一番上の見晴らしの良い所に展望台を兼ねたゲストハウスを築かれました。

これに伴い中腹の玄関の位置から、今度はゲストハウスのある最上部まで乗用モノレ-ルの2号機を設置して頂いたのです。この2号機は走行するキャビンに自走式モ-タ-を積んだタイプです。ですから人が乗っていない時、キャビンを呼び寄せる方法として、無線による制御なども初めて導入させてもらったのです。

このような設備の導入のお陰で、特に初期の頃など軽井沢まで往復することが頻繁にありました。時には先生が別荘にご在宅のときもあり、そんなときは必ずお顔を出していただき、温かい声を掛けてくれました。

そして工事が夕方近くまで掛かると、必ずと言ってよいほど一緒に夕食に行こうと誘っていただきました。そして何回かご馳走になったこともあったり、その別荘にも泊まらせて頂いたこともありましたが、いつも気さくで千葉大の名誉教授といった、私たちが近寄り難いところなど一切なかったものです。

あるときは「多湖輝」という表札と並んで「レイトン」の名前を見つけ、不思議に思ったこともありましたが、家に帰ってから子どもたちに聞くと、それが「レイトン教授と何々」とかいう、多湖先生が監修した人気ゲ-ムソフトということであることを知らされました。

またモノレ-ルの試運転等の時も立ち会い、専門外なのにかなり技術的に鋭い質問をされたり、ときたまびっくりするようなアイディアを出されたときには、さすが頭の体操の先生だと、柔軟な頭脳を存分に感じさせられたものです。

葬儀は密葬という形で済まされたと言いますが、このように少なからず晩年の先生と関わらせて頂いただけに、何らかの弔意を示したいと思います。関係者にお聞きすると、今のところお別れ会などの予定はないと言われていますが、あれだけの功績のある方だけに、何とかどなたかが音頭をとって開催して欲しいものです。

先生のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

2016.03.16

円陣での声出し No.2825

 昨日は納品等の業務でカキコミができず失礼しました。春が近づいてきたと思ったら朝晩は風も冷たく、まだまだ春の訪れを許してくれません。それでも国道1号線バイパス沿いの原付近には、お花見の提灯がぶら下がり、その訪れを今かいまかと待ち構えています。

さて巨人軍の野球賭博の話が再燃したと思ったら、ここにきて何か円陣での「声出し」という、選手間で金銭授受に絡む新たなやりとりがあることが明らかになってきました。それも巨人だけでなく、阪神や西武までやっていたというのです。

そのやりとりは以下のようなものです。1軍登録された28人(投手12人前後、野手16人前後)が毎試合、投手と野手の「円陣」でそれぞれ1人ずつ「声出し役」を決め、勝てば1人5千円をその選手に支払う。

勝てば約6万~8万円を手にすることもあり、翌試合も継続する。負ければ逆に、声出し役が1人につき1千円、計1万2千~1万6千円を払う仕組みだったと言います。阪神や西武も同様で、多少金額の違いがあるにせよ、5年前から行われていたと言われています。

球団はこれについて「験担ぎ」や「モチベーションの維持」の意味合いを強調し、チ-ムの一体感、士気を高めるためのものとし、賭博とは全く異なる行為で公表するまでもないとしていましたが、果たしてそんなものでしょうか。

また金額が少ないという問題では済まされないように思えます。チ-ム全体で日常的に現金のやりとりをしていたことに問題があるのではないでしょうか。確かに年俸を何千万や数億をもらっている選手にとっては、数千円の金額のやり取りは大したことではないかもしれません。

でもこうした行為が日常的になってしまっては、それこそこうした金銭授受がマヒしてきて、賭け事に繋がりやすくなるのではないでしょうか。現在はやめているとのことですが、あまりにもファンを無視した軽率な行為のように思えます。

それが後から指摘されている、試合前のノックや練習中のミスにまで現金が絡むような問題にまで発展しているのです。もっと野球そのものに集中し情熱を傾けてもらいたいものです。

このような問題が続けばプロ野球を愛するファンを裏切っているとも言えるものです。一部ファンが言っているように、当該チ-ムにはかつてJリ-グであった無観客試合のようなペナルティ-を課しても良いような気がします。

とにかく、日本プロ野球崩壊にも繋がりかねない一連の問題に、いち早く終止符を打てるよう各球団に調査を重ね、はびこる膿を徹底的に出してもらいたいと願っています。そして何よりもファンあってのプロ野球だと自覚してもらいたいものです。