会長の”三行日記”

2016.06.20

豊臣秀吉 No.2854

 大河ドラマ「真田丸」を毎週、楽しみに観ております。その中に出てくるあの太閤さんこと、豊臣秀吉の役を小日向文世さんが面白おかしく演じているのが実に愉快です。その豊臣秀吉本人について、興味深い記事を読ませて頂きましたので紹介したいと思います。

この人は天下人として栄華を極めていますが、もし武将や天下人になっていなくても、今で言うビジネスの世界で一流の経営者になっていたと言われています。

というのも、皆が知っている懐中に忍ばせた草履のエピソードなどの他にも、纏わる話が少なくないと言います。秀吉は織田信長に仕えるまで、40ぐらいの職業を転々としているそうですが、それは全て長続きしなかったからではないと言われます。

むしろそれぞれについて、器用で独創的であるがゆえに仲間から疎まれ、結局は自らが身を引かざるというのが実情とのことです。ですから何よりも実力が評価される戦国時代にあっては、彼の才能からすればラッキ-だったとも言えるわけです。

あるとき、こんなことがあったそうです。信長が、自らの居城である清洲城での燃料費(薪代)が異様にかさんでいることを知ります。短気な信長は、即刻いままでの薪奉行をクビにし、秀吉にその任をまかせました。

燃料費の削減こそがその使命です。秀吉は清洲城内で燃料の必要な場所に自ら入り込み、その実態を調査しはじめます。台所で米を炊き、野菜を煮付けるにはどれほどの燃料が必要かを自ら実験しました。

また暖房が必要な季節にはどれほどの薪が必要かも詳細にチェックをしてみました。こうして必要な使用量を確認した後に、彼はその流通過程を調べます。すると生産地から城内に運び込まれるまでに、多くの人間が介在しそれぞれがマージンを受 け取っていることを知りました。

そこで彼は、それら古い仕入れルートを切り、村々にある枯れ木を城内に運び込み、無料のまま薪として使うことを決断するのです。いわゆる格安の直販ルートを開拓したわけです。

そしてここまでならちょっと器用な人間なら考えつくかもしれませんが、秀吉の真骨頂はその後にあるのです。本来は無料となった薪代を「苗木代」として支払わせ、城下の 村々に植林を開始したのです。

ということはたんに消費するだけではなく、後代のために木の生育をはじめたのです。こうした発想と行動には、かの信長も感心することしきりであっ たと言います。

また木については、秀吉にはこんなエピソードもあります。信長がある山の木の本数の調査を命令したときのこと、他の家臣たちは草木がうっそうと茂る山中に て、数える途中でわからなくなってしまいました。

ところが秀吉は足軽に縄を持たせ、一本一本縄で木を縛り、用意してあった縄の数から残った縄を引き、見事木の本数を はじきだしたのです。思わず感嘆してしまう発想力です。

こうした秀吉の才覚も信長のもとであったからこそ生かされたと言います。信長は門閥に頼らず、氏素性に関係なく実力ある者を拾い上げ、武将に育て上げたからです。そうした眼力のある上司のもとでなければ、有能な部下の能力が生かされないということです。

こうした人のめぐりあいというのは実に面白いですね。秀吉が信長に出会ったように、私たちの人生においても節目節目において必ず素晴らしい出会いがあるものです。そして能力をしっかりと見極める慧眼を持つことも必要です。

2016.06.17

ここ直近で感じたこと No.2853

 1つには舛添東京都知事が辞職したことですが、あまりにも往生際が悪いということです。無用に高すぎる海外出張費や、公用車の私的使用に始まって会議費と名乗った家族でのホテル宿泊、飲食費、美術品の購入等の政治資金疑惑問題等、どこを取っても言い逃れができないものを散々粘った末での辞職です。

この舛添さん、都知事の給与は今後全面的に返還すると言って、その座に連綿とすがりつこうとしていたのですが、面白いのは辞職すると言った途端、それも全て撤回することになったことです。給与がゼロであれば退職金も加算されず、支払われなかったのですが、やはりそんな器であるはずがありません。

残念ですが退職金も払われることになったようですが、これだけの迷惑を掛けたのですから返上すると言えば、もう少し、とことん落ちた自身の株も上がったというものです。でもそもそもセコイ人に、そんなことはあるはずがありませんね。

2つ目はガラッと変わって明るいイチロ-選手の話題です。先日秒読みだとカキコミしたばかりですが、いとも簡単に更新してしまったからさすがです。でもご本人は至って冷静で、ピ-トロ-ズ選手の指摘もあることから、いつものようにここに目標を設定していないからとサラッと受け流しています。

そのへんがイチロ-選手らしいところですが、私たちばかりか本人も嬉しかったみたいに思えたのが、敵方のパドレスの球場にも関わらず満員のファンから祝福の拍手をいただいたことです。ですから期せずして帽子を取り、その祝福に応えたのです。

これなどは日米などの記録うんぬんを超越して、イチロ-選手の凄さを満員の観客が認めたということではないでしょうか。事後のインタビュ-で特に印象深かったのが、自分は常に「嗤われることをバネに頑張ってきた」と語っていたことです。

ご存知のように幼少のころからプロ野球選手になりたいと言って、毎日欠かさず父と共に練習を重ねてきた姿に周囲は嘲笑があったみたいです。そしてその夢を叶えプロ野球に入ってからも、大リ-グに行って首位打者を取りたいと言ってまた笑われたそうです。

でも掲げた目標を周囲に笑われ悔しかったことをことごとく達成しているのです。「常に人に笑われてきた悔しい歴史が、僕の中にはある。これからもそれをクリアしていきたいという思いはあります」こう語るイチロ-選手はまさに不可能と思えるようなことを実現してきたのです。

ですから私たちが願う、50歳までプレ-するというのも、満更不可能なことではなく、もっともっといろいろな記録を打ち立てるかもしれません。もちろんその陰には計り知れない体調管理とトレ-ニングがあるわけですが...。とにかく、今日は「こうはなりたくない人」と、全く対照的な「こんな憧れの人になれたら」という人を採り上げてみました。

2016.06.15

ちょっと良い話129 No.2852

 友人からラインでこんなちょっと良い話を頂きましたので紹介させて下さい。沼津市内中学生代表による「わたしの主張」大会からの話です。

6月11日市内中学生代表19人の「わたしの主張」を聴いてきました。印象に残った主張は「スポ-ツマンシップについて」語ってくれた二中の生徒の発表です。

「うさぎと亀」を例にあげて、うさぎは競技途中にもかかわらず寝てしまう。その慢心な精神と態度はスポ-ツマンシップがあるとは思えない。それでは亀はどうか。

コツコツとマイペ-スでゴ-ルを切るひた向きな姿勢は賞賛するが、競技途中で寝込んでいるうさぎを尻目にゴ-ルを切るその態度は真のスポ-ツマンシップと言えるだろうか?という問い掛けがあり、思わず黙ってしまいました。

自分の言動や態度には気をつけるが、他人の明らかに不適切な言動や態度に言及しない、現実のコミュニティに通ずるものが「うさぎと亀」の中に感じました。素晴らしい発表でした。

何よりもこうした考えに及びつくことが素晴らしいものではないでしょうか。友人が言われているように、社会全体が自分さえ良ければ他人はどうなってもいいという風潮が蔓延っているように感じます。

そんな世の中への警鐘を中学生が指摘してくれているのです。このことはまさに世の中、そんなに悲観することなく捨てたものではないと感じさせてくれるのです。

散歩していても、道路の途中途中にゴミ袋をそのまま捨ててあるのを見掛けます。私がまだ小さいころの50~60数年前には絶対あり得ないことです。生活レベルの向上と反比例して、人々の意識はこんなにも貧しくなったのかと感ずることです。

でもそんなふうに世の中そのものを疑っていた自分にも、何か一抹の光明が降り注いだようにも感じたのです。若くこれからの時代を背負っていく人たちに、このような思いつきができることはとにかく嬉しいものです。最近は行くことがなくなりましたが、やはりわたしの主張大会はいいですね。

明日16日は私用で一日会社を休ませていただくため、カキコミをお休みさせて下さい。