会長の”三行日記”
2017.05.30
加計問題 No.2933
加計学園問題がちょっと政権を揺さぶるところまで発展するかもしれません。文科省の前事務次官だった前川氏が記者会見まで開いて、この問題が総理の意向だったとする、文科省での内部書類が本物だったと証言したからです。
ご存知の通り、この問題は加計学園が国家戦略特区で優遇されて、今治市に獣医学部を新設することになったことです。しかもこの学園の理事長は安倍首相と30年もの友人であり、安倍首相本人もしくは側近が、その意を受けて、ことを早急に進めていったからだと言われているものです。
一旦、文科省ではこの文書についてはなきものと否定をしましたが、急遽、ここにきて官僚のトップでもあった事務次官の前任者がそれを覆す発言をされたのです。その発言については勇気あるものとした肯定意見や、行政の在り方がゆがめられたと話したことに対しての否定的な見方に大きく分かれています。
前川氏は自分の発言で文科省は困ったことになると言いながらも、再就職先や現役に配慮して古巣に不都合なことは言わないのが今までの常識であるにもかかわらず、自らの発言が今までの官僚人生や人間関係を断ち切ってまでも訴えたかったこととして、その覚悟の強さに驚きの声さえ上がっています。
また一方では行政の在り方がゆがめられたと話したことに対し、それではなぜ責任ある立場の現役の時にそれを言わないのかといった違和感や、先の文科省天下り問題で就任したばかりの事務次官の座を降りなければならなかった怨念からの意趣返しとまで言われているところもあります。
でもどうでしょう。一部新聞にも記載されている、ここで急遽、読売新聞などを使っての前川氏が出会い系バ-に通っていたとの下種な報道は官邸からのリ-クに違いないことから、こうしたケ-スでやましいことがなければ出るはずもないとも思えるものです。
このところ総理の一連の強気の発言が目立っている今、先の森友問題といい、今回の加計学園問題にしても火のないところに煙は立たないというものでしょう。まあ言ってみれば自分の思うがままに振る舞っていたところから油断したのではないでしょうか。
こうなれば私たち国民からすれば、その疑惑をとことん追求してもらいたいものです。でも全く頼りない民進党はじめ野党ではこの先どうなることでしょうか。私からすれば今までのしがらみも一切捨て去り、告発をした前事務次官の勇気ある行動を無駄にして欲しくないものです。
このように順風満帆に進んでいるときほど、人間には隙ができやすいものです。私たちも対岸の火事とすることなく、日常生活において十分気をつけなければいけません。蛇足ですが、しばらくカキコミしていなかった私でも、今回のことは書かずにはいられませんでした。
2017.03.31
会長の逝去 No.2932
いつの間にか年度末の最終日になってしまいました。このカキコミもなかなかできず、いつもやり残したような気分におかれています。その間の話ですが、3月14日(ちょうどホワイトデ-の日だったのですが)に私の父でもあります、弊社取締役会長・秋山清一が亡くなりました。
享年95歳、満年齢では93歳を数えていましたから、大往生とも言える最後でした。しかも、とても幸運なことに自宅で亡くなることができたのです。ちょうど2月20日過ぎだったでしょうか、この2年間ぐらい友人の経営する地元の老人介護施設でお世話になっていたのですが、誤嚥性肺炎に掛かってしまいました。
食べ物が食道の方に通らず、肺に入ってしまうからです。元々ヘビ-スモ-カ-でしたから肺気腫の疑いもあったのですが、それ以来、満足に食べることができなくなったのです。こうなると、それまでの介護施設には居られなくなり、他の医療施設に移らなければなりません。
しかし関連の医療施設は御殿場となり、少し遠くなってしまうことから、そのことを聞いた家内がそれでは可哀想だからと、自宅で自分が看てくれると言ってくれたのです。我妻ながら本当に有難い話です。
こうして自宅に移ったのが今月の9日のことです。ただ自宅で看てくれると言っても、今では介護サ-ビスがいろいろと優れていて、自動で起き上がれるベッドには酸素吸入設備も付いていたり、医療ケアをする先生や看護師さんの他、各種ヘルパ-さんのサ-ビスも受けられることになっています。
そして父が好きだった三橋美智也さんの歌が入っているCDを家内が早速買ってきてくれて、寝ている父の枕元で歌を流してくれていました。こんなことが功を奏したのか、帰宅した2~3日は意識もしっかりと戻り、見舞いに来てくれた近所の方にも受け答えができるほどでした。
そして家に戻った6日目に当たる14日の午前中、眠るようにして静かに息を引き取ったのです。ですから大往生とも言える最後ではなかったでしょうか。寡黙ながら穏やかでコツコツと真面目に生き抜いた、父ならでの亡くなり方ではなかったかと思っています。
生前中、父に賜りました皆様方のご厚情に深く感謝申し上げます。そして年度末の大変お忙しい中、17日通夜、18日葬儀にご会葬、並びに霊前にご厚志を賜りました皆様方に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
2017.03.10
石破茂氏講演よりその1 No.2931
元防衛庁長官など政府の重職を歴任している自民党・石破茂衆議院議員の講演会が沼津でありました。地元金融機関の経営者クラブが主催で開かれたものです。と言ってもその前々日は高知で講演されたと話していたくらいですから、次期かその次を睨んでの全国行脚の一環なのでしょう。
でも語り口はさすが政治家そのもので、とても聴きやすいものでした。演題は「我が国が生き抜くために~日本を取り巻く国際情勢と地方創生」ということでしたが、昨年8月まで国務大臣で地方創生を担当していただけに、話の中心はこの地方創生についてがほとんどでした。
まず冒頭、自身が大学卒業後、金融機関に勤めていて融資での失敗談を話されてから、今太閤の田中角栄さんに強引に勧められ政界入りした経緯に触れた後、本題に入りました。
そこではまず日本が直面する人口減少問題について触れています。何と2100年には日本の人口は今の半分以下である5200万人になるというのです。それは現在の出生率から推測される数字で、必ずしも架空のものではなく、恐ろしく我が国が人口減に置かれるというものです。
そして世界の主要都市の中で、東京が断トツの一番で危機に見舞われる都市であると指摘していました。それは一番目には首都直下型地震や災害によるものです。直下型地震もあと30年までには80%の確率で発生すると言われています。
また比較的若い火山と言われている富士山の噴火も、1707年の宝永の噴火以来、300年も噴火していないのは珍しいというのです。この富士山の噴火によって、火山灰は雪の10倍という積もり方ということから首都は機能停止になると指摘します。
次に危機の2番目は超高齢化の問題です。1955~1970年の15年間で地方から東京に500万人の人々が移住したと言われています。1955年当時、一番若い15歳の若者でも今、62歳を迎えています。ですからそれより上の人たちは推して知るべしで、高齢化が深刻な問題となっているのです。
そうしたことから、私たちは今、何をしなければいけないのかということですが、人口や経済が行き詰まり伸びない現在、地方創生が大きな課題でこれに失敗したら日本は終わりとも言えるとも話されていました。
その具体的な内容については次回紹介させていただきます。とにかくやはり総理大臣を目指すような人はよく勉強しているなというのが感想です。それから講演するその土地についても、よく事前学習されていることが話の端々に窺えることから、感心しながら良い印象を持ったものです。