会長の”三行日記”

2014.11.12

素敵な町おこしその2 No.2644

衆議院の解散風が漂う昨今ですが、少しはこの町の姿勢を見習ったらどうでしょうか。前回ご紹介したように破綻寸前の町の財政を立て直すため、町長は自らの給与を50%カットし、その心意気にほだされた議員以下、町の職員も給与削減を申し出た島根県・海士町の取り組みの続きです。

立ち上げた第三セクタ-「ふるさと海士」は当初、絶対黒字にはならないと批判されていましたが、町長以下まさに背水の陣で挑んでいった結果、見事に黒字化に成功し2012年度には売上高2億円、595万円の黒字決算となったのです。

これが後で振り返ると、ものづくりの一大革命だったと言われていますが、山内町長は、「島の中だけで経済をまわしてもだめ。島の外からいかにお金を持ってくるか、それが大事です」と話しています。

また「それまでは予算ありきで、国から補助金が下りて終わり。自ら役場が企画しなかった。これからの行政は、特に我々のように小さいところは、営業もやらないと」と続けています。

そしてそれだけに踏みとどまらず、今度は「隠岐牛」ブランド化に挑戦したのです。この町を訪れるとのんびりと草をはむ隠岐牛に出会うのですが、隠岐特有の黒毛和種で急峻な崖地で放牧されながら、ミネラルを含んだ牧草を食べて育つため、足腰の強くおいしい肉質牛が育つと言います。

でもこれまで海士町では子牛のみが生産され、本土で肥育されて松阪牛や神戸牛となって市場に出ていたのです。しかし、公共事業が減ったことで売上が激減した建設業の経営者が、2004年に異業種だった畜産業へ進出し「隠岐潮風ファーム」を立ち上げて、島生まれ島育ちの隠岐牛のブランド化を目指したのです。

そして2年後には3頭を初出荷し、これがすべて高品位の格付けを得て、肉質は松阪牛並みの評価を受けたのです。現在、月間12頭を品質の厳しい東京食肉市場に絞って出荷していますが、今後は新しい牛舎を建設して、出荷頭数を倍の24頭に増やす計画とのことです。

この取り組みに町長も一役買っていて、昨年の10月に東京都中央卸売市場食肉市場で開かれた「東京食肉市場まつり2013」に出張し、自らこの隠岐牛をPRしながら、イベントでは職員がしろイカを始めとする島の特産品を声を上げて販売していたと言われています。

町長以下、職員全員でこの海士町を売り出しているのです。それは「東京のお客さんは舌が肥えているので、良いものは買ってくれます。東京で認められれば、ブランドになる。一見、短絡的な考え方ですが、間違いではなかったなと。また、東京の人たちに食べてもらえるというのが、漁師や農家の人たちの誇りにもなる」という考えからです。

それからこの町の挑戦はまだまだ続きます。「島留学」と言って、ビジネスだけでなく生き残りの戦略として、「島をまるごとブランド化」ということにも取り組んでいます。これはまた次回詳しく紹介したいと思いますが、とにかく行政が町民と一体となっていて、本当にうらやましい限りの話で、どこかの町では耳が痛くなるのではないでしょうか。