会長の”三行日記”

2015.04.08

うつ病 No.2704

 先週から雨が降り続いているわけですが、いくら菜種梅雨と言ってもちょっとうんざりですね。この影響もあってか、社員の一人は先週から全く会社に出てこなくなりました。いわゆる、鬱の症状を抱えている人間で、それまでは休むにしても何らかの連絡がありましたが、今回はそうしたこともありません。

でもこのことは今回に始まったことではなく、4~5年前からずっと繰り返し続いていることです。ただ最近の傾向は今までとはちょっと違い、自分が責任を持って処理している仕事まで投げ出してしまったり、以前にはなかった出張の約束まで反故にするようになってしまったのです。

ですから以前よりずっと当てにならなくなってしまったわけですが、ほとほと、どうしたらよいか手を焼いている始末です。知人の一人からは、そうしたことを繰り返している人間なら辞めてもらった方がよいのではないかと忠告されるのですが、なかなかそんなこともできません。

というのも、元々は真面目で責任を持って仕事も処理してくれる人間だからです。もっとも鬱になるような人はいい加減ではなく、真面目で責任感がある人が多いわけですが、彼にも当てはまるところが少なくありません。

そして年齢もここで61を過ぎているわけで、うちの会社が見放してしまったらどこも雇ってくれるところなどなく、路頭に迷ってしまうと思われるからです。また病院に行って薬も飲むようにと忠告するのですが、最近ではそんなこともしていないようで、症状も一向によくならないみたいです。

こんなわけで以前よりずっとその扱いに困っているものです。こうした鬱病を抱える人間のことが頭にある関係で、同じ悩みを抱える人の記事が目に留まりました。歌手の武田鉄也さんの話です。

武田さんがこの症状を自分で感じ始めたのがちょうど42歳の時、ドラマ「101回目のプロポーズ」の主演をはじめ、複数のドラマに出演して多忙を極めていた頃のことだったと言います。

「ちょっとうつ病っぽくなっちゃって、なにをやっても力が沸かない」「やたら疲れる」「考え方が暗くなる」と当時の状態を明かしています。でもなかなか人には言えず、自分の不調を女房や子どもに知られて、「頑張れ」などと言われると、余計つまづくことがあると話しています。

そうした悶々とした日々を過ごす中、1つの言葉に出会ったそうです。それは、心理学者C・G・ユングの「人生は山登りに似ている。山へ登った限りは降りなければならない。山に登ったということは、登って降りたということ」という言葉です。

これまでいわば「山を登り続けよう」と気を張り詰めていた武田さんにとって、その考えはずいぶん新鮮なものだったようです。20年に及ぶうつ状態の末に辿り着いたのが、この「飾らずに人生を下る」という境地だったということです。

真面目であるゆえにいつも登り詰めようとしていたのでしょう。その考えを少し変えただけで楽になるというのも、この病の持つ複雑さではないかと思われます。こうした次元がうちの社員に当てはまるかどうかは別の話ですが、とにかく病院にも通いながら1日でも早い回復を祈るばかりです。