会長の”三行日記”
2013.07.16
人生の完成 No.2429
死ぬことはこの世から消えてしまうことと思うと、とても耐えられないほど恐ろしいことですが、「死は人生を完成させるもの」と思えば怖くなくなると載っていました。ガンの名医でも知られている神戸の「新須磨リハビリテーション病院」院長の神代医師の話です。
誰にも言っていないみたいですが、自分自身も余命は1年もないとのことです。これまで約200人のがん患者を看取ってきたという先生ですが、末期の肺がんに侵されているというのです。
見つかったのが昨年の5月、手術は7月に親友の医師により行われたのですが、現在は抗がん剤や放射線治療など、一切行っていないそうです。大細胞型のガンではどちらも効果がなく、対応のしようがないからです。
またこれまで患者に言ってきたことと違うことをするわけにはいかないという、思いもあるからです。患者にはその治療を必要最低限にとどめてきました。それは延命ではなく、自分らしい人生を送ることに重点を置いたからです。
神代医師によると、今の医療はやるべき治療を行なっていない一方で、やり過ぎだと思うことも多いと言います。「もちろん何でも放置すればいいというわけではないですよ。でも手遅れなのに手術を重ね、辛い治療を続けることで“最期の時間”を犠牲にしている人も多いんです」
そう言う彼が20年間に渡り提唱してきたのが『完成期医療福祉』という考え方です。冒頭の耐えられないほど恐ろしい死ですが、『死は人生を完成させるもの』と思えば、怖くなくなるという、つまり充実した最期をもって人生を完成させるということなのです。
そのためには、管理された病院で死ぬのではなく、自宅などの自由でいられる場所で最期をすごす必要があると力説します。そのため独居老人が自宅に戻って充実した最期を迎えるのにはどうしたらよいか、ガンを患ったことから自ら体験しようと思ったのですが、今年になって脳への転移が発覚し断念せざるを得ませんでした。
そんな神代医師を支えているのは、家族の存在です。妻の実津子さんがこう振り返ります。「今回の独居をいちばん反対したのは、27歳になるひとり娘でした。『なんで最期なのにパパと一緒にいられないの!最期はパパと一緒にいたい』と強く反対したんです。主人は子煩悩でしたからね。その言葉も心に響いたようです」
そして夫を元気づけようと、実津子さんは日本舞踏の仕事を辞め、夫の介護に専念することを決意、神代医師はいま、妻の作ってくれる手料理を何よりの楽しみにしていると言います。また医師は『いざとなっても救急車を呼ぶな』と実津子さんに言い聞かせているそうです。
「実は24時間ずっと主人が家にいる生活なんて、結婚して30年で初めてのことなんです。がんになったのは残念ですが、その反面、いま初めて主人がいつも家にいる。娘にすれば『パパがいる』生活なんです。きっと神様が最期に幸せな時間を与えてくださったんじゃないでしょうか。そう思うようにしています」こう笑顔で実津子さんは語っていたそうです。
他人のガンをいっぱい治療し、看取ってきた人が最期にこうなってしまうのも、皮肉な話ですが、神代医師はご自身なりに自らの人生を完成させようとしているのでしょう。今、私たちの周囲でも一番耳にし、決して他人事ではないガンという病気について、死との隣接を考えさせられる話でした。