会長の”三行日記”
2011.09.29
ちょっと良い話part83 No.2082
覚えていた電話番号という、ちょっと良い話です。少し長くなっていますが、やはり絆は断ち切れないもので、いつまで経っても親は見守ってくれているという話です。
今は、二人の子どもの母となった私だが、実家に電話するたびに思い出す出来事がある。電話番号はケータイまかせの時代に、困った時に助けてくれたのが、8年間も音信不通にしていた実家の電話番号。
それは、親子の絆となってくれた電話番号でもある。子どもたちにも「家の電話番号だけは、絶対に忘れちゃだめよ」と教えているのは、この出来事があったからだ。
私は、就職を機に家出した。大学生になっても9時以降の電話は取り次いでもらえず、男友達からの電話は、父が出たら最後、有無を言わさずガチャンと切られるという家庭環境は、辛いを通り越して悲劇に近かった。
おまけに、「学生の本分は勉学」ということで門限は9時。9時をほんの少し過ぎただけで玄関先に仁王立ちの父がいた。そんな束縛と横暴に耐えながら、こっそりアルバイトをしてコツコツとお金を貯め、「就職が決まったら家を出てやる」と、その一念だけで大学時代は、勉強もバイトも就職活動もがんばった。
就職が決まると、マンションを決め、梱包した私物を少しずつ宅配便で送り、準備万端整ったところで、両親にいきなりの独立宣言。それは、すごいことになった。鬼のように激怒する父と、ただただ泣いている母。
そんな両親を振りきって、家を飛び出した私の背中に「二度と、帰って来るな!」の父の罵声。「はいはい、二度と帰ってきませんよぉ」と心の中で返事して、住宅街を抜けて駅へ向かう時の晴れ晴れとした気分、「私は自由だぁ~」と叫んでいた。
世はバブルで、自由な時間を楽しんだが、なぜか9時頃になるとソワソワしてくるトラウマに悩まされたりもした。 (中略) 社会人8年目に入った頃、高校の同級生の結婚式に出席するため、実家へ向かう懐かしい沿線に乗った。式場が、実家から4駅先の駅から送迎バスが出ていたからだ。
結婚式、披露宴、二次会に参加した後、駅で切符を買おうとバッグを探したがそれがない。バッグは、引き出物の紙袋の中に入れておいたはずなのに…、どうも二次会のレストランで置き忘れたような気が…。
駅前の交番で相談すると「電話を貸すから、友達に連絡してみては」とお巡りさん。でも、電話番号はケータイの中にあり、そのケータイもバッグの中、友達の電話番号など覚えているわけがない。
その時、ただひとつ覚えていた電話番号が頭に浮かんだ。それは実家の電話番号…。酔った勢いとは恐いもので、そうだ、母に頼んで、この駅まで来てもらい、1000円借りよう…と、頭が回った。
8年前の親への裏切りと不義理をポカンと忘れ、躊躇することなく電話することを思いついたのは、懐かしい沿線の風景のせいで、母の顔が見たくなったのかもしれない。
8年ぶりに回した電話番号からは、母の声がした。「もしもし、私…」の声に、固まったような母だったが、状況と要件だけを言い、今からすぐ駅に向かうという母の返事を聞いて電話を切った。
駅の改札前に立っていると、後から背中をたたかれ、そこに母がいた。「お父さんが、バッグを探してあげるって…、車で来たから、そのレストランまでお父さんが連れて行ってあげるって…」
そう言うとロータリーに止めた車に私を乗せた。運転席で待っていた父に、小さな声で「ごぶさたしてます」と挨拶すると「店はどこや、道を言え」と言う。車の中の会話は、レストランまでの道順だけ。
バッグは二次会のレストランで見つかり、父に「ありがとうございました」とお礼を言うと、車はそのまま実家に向かい、親子3人無言で家の中に入った。
無言のままお茶を入れる母を見ながら、どんどん酔いが醒めていく中で、「突然に電話して申し訳ありませんでした。これからはご迷惑はかけません」と頭を下げると「これからも何かあったら、電話したらええ」と言う父。
「お父さんはね、あんたが社会人になったら、門限も自由にしてあげるつもりやったんよ…真面目にがんばって偉いって、あんたのこと褒めてたんよ。お父さんの気持ちもわからんと、勝手なことして、アホや、ほんまにアホな子や」
と言う母の話に、私は当時の状況を必死に整理しようとしたが、出てきた言葉が「アホな子でスンマセン」これに家族3人が吹き出した。
一通り話をして、それでは今日は帰りますと玄関を出た私の背中に、「親に連絡もなしに、結婚はゆるさへんからな。好きな人がいるなら、ここに連れてきなさい」という父の声に、私は振り向いてテレ笑いした。
住宅街を抜けて駅へ向かう時の晴れ晴れとした気分、「私は、ホンマにぃ~、アホな子やぁ~」と笑おうとしたら、どっと涙が溢れていた。
持つべきものは親ですね。子どもが可愛くない親など、いるわけがありません。でも父親って、というより血が繋がっている間柄って、どこか照れ臭いところがあって、愛情表現が下手になるものです。