会長の”三行日記”
2011.07.13
ちょっと良い話part79 No.2045
身近にもいたコロンボという、ちょっと良い話です。新聞に投稿されていたものですが、紹介させて下さい。
「刑事コロンボ」で知られる俳優、ピ-タ-・フォ-クさんが亡くなった。刑事らしくない身なりで、犯人と話しながら事件を解く。好きな番組だった。
12、13年前、息子が小学生のとき、警察と泥棒ごっこ、いわゆる「ケイドロ」がはやっていた。ある雨上がりの夕方、路地裏を走り回っていた息子は財布を発見。中のお札を抜き取り、友達とコンビニでお菓子を買い食いした。
不審に思った店員さんが私に教えてくれ、ねこばばが発覚。「親が教えたように子は育たぬ」と悟った。息子を連れて現場に行った。道ばたに雨にぬれた赤い財布が捨てられていた。
息子の預金を払い戻し、財布と一緒に交番に届けた。年配のお巡りさんは見逃さなかった。財布がぬれているのに、お札がぬれていないことを。息子は正直に話した。私は厳しくしかって欲しいとお願いした。
ワイシャツ姿だったお巡りさんは、制服を着直して帽子をかぶり、姿勢を正して言った。「君に手錠をかけたくないので、本物の泥棒にならないように」と。
以来、敬意を込めてそのお巡りさんを「刑事コロンボ」と呼んでいた。今頃はどうしているだろうか。
誰でもこの話と似たような経験があるものと思われます。そんなとき、このコロンボさんのように、しっかり悪いことだと諭してくれたか、くれないかで、その後の人生が少し変わるような気がします。
拾ったものだから使うのは当たり前だと、人によっては思うかもしれません。でもこの話のように、やっぱり他人の財布を拾ったからといって、勝手に中身を抜き取るのは悪いことで、落とした人はさぞ、こまっているだろうと思うこととは全然意味が違ってきます。
こうした幼児体験というのでしょうか、ここで善悪のけじめをつけることは、とても大切なことではないでしょうか。愚息が最近、ある店で携帯を落としてしまいました。気がついてすぐ戻ったのですが、既に物はなく、その後も一向に出てきません。
もちろん、落とした人間が一番悪いのですが、ちょっと高価なものになると、ネコババされてしまうのが今の日本かもしれません。私たちの小さな頃はここまでではなかったように思えるのですが、古き良き日本に戻ることはできないものなのでしょうか。
明日14日から2日間、私用でお休みを頂きますので、カキコミは休ませて下さい。