株式会社 アイソー




2007年06月の日記

これでいいのかニッポンその5

[2007年06月29日(金曜日)|No.1243]

昨日は失礼しました。いくら出張と言えども、毎日のことですので、何か1日やり残したような気がするものです。さてモンスタ−ペアレントという名前はご存知ですか。怪獣でも何でもありません。普通の子ども達の親の話ですが、これが少しも普通でないというお話です。
 
学校では今、理不尽な要求をする親がいっぱい増えているという話を聞き、びっくりしました。学校や教師に対するクレ−ムが急増しているのです。
 
例えば、自分の子どもが学級写真で真ん中に写っていないのはなぜか、他の子どもに比べてその数が少ない、また自分の娘は箱入り娘なので誰とも喧嘩させたくない、従って喧嘩させないという念書を書け、それから部活動のユニフォ−ムは学校で洗ってとか、また子どもが投げてガラスを割ったのは、そこに石が落ちていたから悪いという、とんでもないものまで含まれています。
 
何をかいわんや、あきれた話で開いた口が塞がりません。ここまで来てしまったかというものです。いわゆる教育は買うもの、消費するものといった考えを持つ親が増えているのです。また少子化の影響からか、溺愛型の親が増えているのでしょう。
 
またこの時代の特色でもある、自分さえよければいいといった、自己中心主義の人が少なくなく、メ−ルやパソコン等の影響からか、他人との連携がない世の中になってきたことによるものと思われます。
 
こうした親と対する先生は極めて大変な存在で、その悲鳴が聞こえてきそうです。昔から教師とは無条件に尊敬されるか敬遠されるかの存在だったと、新聞でも作家の藤沢周平さんが回想しています。
 
とにかくこうした理不尽な親に対する先生には同情します。ですがだからこそ、その存在が大切ではないでしょうか。こんな親に媚びることなく、毅然と勇気を持って突き進んでもらいたいと願っています。
 
PTAのとき、先生との対談でも一回触れたことがありますが、学校参観日のとき、後ろでベチャクチャ話をしている親を注意しますかとお訪ねしたら、その数は予想以上に少ないものでした。私なら授業をストップしてでもたしなめます。なぜかと言えば一番の当事者である子ども達に影響が出るからです。
 
新米教師となった長女が毎晩遅くなっている帰宅を眺めながら、先生とは本当に大変なのだと改めて知らされています。また以前に比べ、なぜか家では少しとげとげしくなっているようにも感ずるものです。やはりそれだけ大変なのでしょう。だからこそ、ある意味では誰にでもできない、人生に大きなやりがいがあるというものではないでしょうか。教師は聖職であると信じています。


 


100万人のキャンドルナイト

[2007年06月27日(水曜日)|No.1242]

先週の金曜日の22日は、100万人のキャンドルナイトというイベントが全国のあちこちで開催されました。知らなかったのですが、数年前からテンツクマンさんが呼び掛け、中村文昭さんとか高木善之さん達大勢の方がこの趣旨に共鳴し、地球環境問題について私達に呼びかける大きな運動を開始しているのです。
 
夏至のこの日に何と3000万部の号外を一斉に配信し、夜8時から10時までの間、それぞれの電気を消してキャンドルナイトの下でこの号外を読もうという企画です。
 
人間が今のままの生活を続けていたら、100年先には地球の気温が6、4度も上昇し、人間はもちろん地球の生物は全て滅びると言われています。そして今すぐみんなが気づいて「何とかしよう」って動いたならば2.4度上がるところで止めれるのではないかということです。
 
でも2.4度上がったときには珊瑚礁は全部死に、動物や植物の1/3の生き物は死んでしまいます。また人間も1000万人が水不足になるだろうと言われています。遠い未来の話ではありません。現実はもうすぐそこにやってきています。
 
従ってこの呼び掛けは、私達が今すぐできることから始めようとしているものです。号外を作ってこの地球温暖化の事実をできる限り多くの人に知ってもらい、どうしたらその温暖化が止まるかを伝えたいとの趣旨からです。
 
身近なところから、この温暖化を止めるには様々なことがあることを、この号外から知らされました。その一部を紹介すると、買い物をするときには奥にある賞味期限の新しいものを取り出して買わないこと、生ゴミはコンポストを使って土に返す、割り箸をやめて自分で洗って使うマイ箸にすること等、既に知らされていることも数多くあります。
 
大切なのは知るばかりでなく、一人ひとりが実践していくことです。この素敵な呼び掛けにはもろ手を挙げて大賛成です。号外にも掲げられているとおり、「私達のすることは大海のたった一滴にすぎないかもしれません。でもその一滴の水が集まって大海となるのです」もっともっと、この運動の輪が大きく広がっていくことを願っています。
 
明日(6/28)は朝より出張で1日会社を留守にしますので、このカキコミを休ませていただきます。
 


頑張れ!桑田投手

[2007年06月26日(火曜日)|No.1241]

39歳のル−キ−、パイレ−ツの桑田投手が頑張っています。その投球から、ひたむきな謙虚さが伝わってきて、こちらまで嬉しくなってしっかりと応援したくなるほどです。
 
昨日のエンジェルス戦では1回2/3を投げて、1死満塁とされながら無失点で切り抜け、これで5試合連続で無失点の好投を見せています。
 
またこの3日前にもマリナ−ズのイチロ−選手と対戦し、見事三振に仕留めています。この対戦はちょうどテレビで眺めることができたのですが、あのイチロ−選手が空振りの三振をするほど、見事な投球術を見せていました。
 
その前の日の登板には、自チ−ムと対戦しているにもかかわらず、イチロ−選手はネクストサ−クルで抑えてくれと願っていたと言うものの、いざ自分との真剣勝負ではそんな気持ちはさらさらなかったものと思われます。
 
何よりも素晴らしいのは、その役になりきっていることです。ここ数試合は大事な場面での起用になっていますが、その前は負けゲ−ムでの登板もありました。それでもただ黙々とチ−ムの方針に従い、しっかりと自分の役目を果たしているのです。
 
かつては栄光の巨人軍で、18番のエ−スとなった面影はそこにはありません。年齢も39歳となり、昔のスピ−ドやキレもありません。それでは何がそんなにひたむきにさせているのでしょうか。
 
やはり永年の夢であった、大リ−グで投げたいという大きな目標以外にはないものと思われます。その夢が叶った今日、少しでもその場所に長く居たいという思いが人一倍強いのでしょう。
 
そして元々の投手としての器用さと、大リ−グで使用されている公認球の縫目の高さが、得意のカ−ブやスライダ−によい影響をもたらしているのではないでしょうか。また自分の今を知っているからこそ、ボ−ル球をうまく使いながら投球をうまく組み立てているものと思います。
 
自分を知るということはこのように大切ではないでしょうか。昔の栄光に頼りすぎたり、変に背伸びをしているのがその大半です。今の自分をしっかりと見極めているからこそ、残している結果ではないかと思われます。
 
過去の栄光をかなぐり捨て、ひたむきに打者に向かう、今の桑田投手の姿に畏敬の念すら感じています。やはり本人の持つ、感謝の気持ちの表われなのでしょうか。


失うものの大きさ

[2007年06月25日(月曜日)|No.1240 ]

またまた食の安全を大きく覆す事件が起こってしまいました。北海道・ミ−トホ−プ社による様々な問題が露呈されています。
 
まず全国の生協で牛肉コロッケとして売られていた中味が、実は豚肉を混ぜた牛ミンチだったことが判明し、しかも牛肉の赤みを出すため、内臓や血液まで混ぜたと伝えられています。
 
また冷凍食品大手の加ト吉の子会社・北海道加ト吉の工場長が、廃棄処分するはずの冷凍コロッケの余りを、このミ−トホ−プ社に売っていたと言われています。これは何に使われたのか、今のところ分かっていませんが、少ない金でも購入しているのだから、何らかの形で使われたのでしょう。
 
この他、賞味期限切れの商品を新たに詰め替え、期限を6ヶ月以上延ばしていたり、ブラジル産の鶏肉を国産と偽って出荷したりしたことが明らかとなっています。
 
ここまでいろいろな偽装事実が出てくると、一体食品の製造に携わる者として、何を考えて商売しているのか、大きな疑問を持つどころか腹立たしくなるばかりです。雪印や不二家の例にも学んでいないわけでもないでしょうに、そこに少しもその教訓が生かされていません。
 
それどころか、経営者の会見や弁解を聞いていても、少しも事の重大さが解っていないようにも思えるものです。聞けば一代でここまでの会社にしたと言われています。それだけに行動派の社長の存在は絶対的なもので、工場長でも雲の上の存在とまで会見で言っているくらいです。
 
ただ安くできればいいのか、また何をしてでも会社はただ儲かればいいのか、人々に大きな問いかけを残した偽装事件でもあります。おそらく営業の再開はこの先、難しいものと思われますが、こんなにいとも簡単に、営々と築き上げたものを失ってよいものでしょうか。
 
このように永年築き上げたものを失うのは、一瞬でいとも容易いものです。やはり「会社は何のためにあるのか」とか「顧客・社員・地域に対する基本姿勢」を説いた経営理念は、会社にとって不可欠なものであると確信しています。
 


ちょっと良い話part19

[2007年06月22日(金曜日)|No.1239]

頑張れることへの感謝の気持ちが奇跡を起こす。その素敵なタイトルに魅かれ、雑誌「致知」7月号記載のインタビュ−記事を読ませていただきました。
 
赤井英和さん主演の映画「ありがとう」に取り上げられた主人公である、プロゴルファ−・古市忠夫さんの話です。何とこの方、阪神・淡路大震災で家も店も財産もすべて失い、唯一離れた所に置いてあった車のトランクにあったゴルフバッグだけが、手元に残った、たった1つの持ち物でした。
 
そしてそのゴルフバッグに人生を賭けて、果敢にプロテストに挑み、見事59歳で掴み取るわけです。しかもそのゴルフより何より、震災直後からの取り組みが何と言っても素晴らしいものです。
 
震災直後、消防団に所属していた古市さんは、自分の家が倒壊したものの、家族の無事を確かめるや否や、消防服に着替えて外に飛び出し、建物の下敷きになった人々の救出に当たるわけです。商店街を走り続け、2日間で救出した人々の数は何と11人にも及ぶと言われています。
 
また全て焼き尽くされた商店街が鎮火できたのは、翌日の午前零時を回っていたとのことですから、18時間もの長い間、走り回っていたことになるわけです。その間、不思議なことに腹も空かなければ小便も出なかったと言います。
 
この時、人間の3つの顔を見たと言っています。1つは自分のことだけをした顔。隣の人が生き埋めになって「助けてくれ」と言っているのに、自分の家の預金通帳や権利書を持ってさっさと去っていった人です。
 
それから、何をやっていいか分からず、呆然と立ち尽くして燃えていくさまを眺めている顔。そしてもう1つは、自分の肉親を亡くしても、一生懸命人のために尽くした顔です。地獄のような惨状の中で、人間の持つ醜さと美しさを両方垣間見たと言っています。
 
こうして震災直後から、12年間務めている町内会長として町の復興に奔走し、震災の5年後に見事、プロゴルファ−となるわけですが、これも2000人の受験生がいた中、そのほとんどが20代の若者で、合格率3%と言われていた超難関を突破したものです。
 
前年、フェアウェ−の真ん中に落ちたはずのボ−ルが、なぜかなくなるという不運(ご本人が言うところの30年に1度のアンラッキ−)で不合格の後、再度チャレンジした翌年、今度は30年に1度のラッキ−と称した、4日間のうち3日間が台風での大嵐の中のラウンドとなったそうです。
 
打球が暴風で林の中に入っていくから、若い人たちはオドオドして自分のゴルフができなかったのです。もし晴天の中でのテストだったら受かっていなかったと本人は言われています。
 
才能や努力では若い人たちにはとても敵いません。しかし感謝力だったら負けない自信があると言い切っています。頑張れることへ感謝できる人は、どんなにミスをしてもオドオドしないからです。
 
人生は最後の最後まで分からない。震災であまりにも多くのものを失いました。しかし、それによって大切なのは物ではなく、お金でもなく、地位や名声でもない。人の愛であり、優しさであり、人を思いやる心であり、感謝であり、積極的な心だと分かった。おかげで今、私は夢のような人生を歩んでいる。人生、何がピンチで何がチャンスか、その時点では判断できないと思うんですよ。
 
素晴らしい言葉だと思います。精一杯頑張っていることへの感謝の気持ちが、見えない力を導き、このような奇跡をもたらすのですね。
 


社内バ−ベキュ−

[2007年06月21日(木曜日)|No.1238]

先週の土曜日、出勤日でしたが、仕事もあまり立て込んでいないことから、思い切って休業とし、社内バ−ベキュ−会を開きました。
 
場所は会社の入口で、社員と専属の外注さん、それに中国人実習生の受け入れのお世話を頂いている一部の関係の方のみとさせていただきました。ですから総勢でも15〜16人ぐらいだったでしょうか。
 
それというのも、私は付き合い上、数多くその機会に恵まれていますが、社員さん達とはこのような形でやるのは初めてで、少しでも日頃の感謝の意味で労をねぎらい、仕事以外での交流も深めたかったからです。
 
ですからこちらとしても、できる限りいつものただ食べる人ではなく、作る方に努めるように心がけました。もちろん炭おこしからテ−ブル、焼きグリル等のセットは私を含む比較的若手(私が若手ではありませんが)で準備し、食材もこの際だから社員に全部任せました。
 
これは次回に繋げていきたかったからです。自分達で全て準備すれば、何が足れなかったとか、今度はこれも用意して付け加えておこうという、反省材料が活かされるからです。
 
そしてお金のことも含めて、会社側が全てお膳立てをすると、それに頼るところもあると思うし、自分達の趣味趣向が活かされないことと、つまらない遠慮も生まれるからと思ったからです。
 
この資金の捻出は、日頃の業務で発生する電線等の端材を引きとってもらったときのお金を当てました。ですからこうした資金が貯まってきたら、またやろうということに取り決めました。
 
最近、つくづく知らされて自分に言い聞かせていることは、こうした会社内でも、また組織の中においてでもそうですが、トップが部下やメンバ−のそれぞれに不足を感じているというのは、全て自分自身の能力の至らなさの表れではないかということです。
 
つまり、なぜ自分がこれだけ思い行動しているのに、自分の思うように動いてくれないのか、という不足を感ずるのはそのまま裏返しで、その気にさせていない自分の方に原因があるのではないかということです。
 
やはり、その気にさせる、しくみづくりがトップに求められているのです。任されればその気になるし、責任感や工夫も生まれるというものです。たかがバ−ベキュ−かもしれませんが、人がその気になるようなヒントがそこにあるものと感じたしだいです。


もったいない その5

[2007年06月20日(水曜日)|No.1237]

江上栄子さんといって、江上料理学院の院長が新聞で下記のように述べていました。私達の年代ではこの料理学院の創始者でもあり、母親にも当たる江上トミさんのことが懐かしく思い出されます。
文中は一部省略してあります。
 
顔合わせや歓送迎会など、最近は立食パ−ティ−で行われることが多いようです。私は気になることがあり、なかなか楽しむことができません。それは「何ともったいない」と思ってしまうから。まずは飲みもの。
 
ウェルカムドリンクとして、駆けつけ一杯でのどを潤すところまではいいとして、グラスを置こうものなら、もうあとは大変です。自分のグラスの場所を覚えていたつもりでも、次から次へといろんな方が周りに置いていきます。挨拶の間に、私の飲みかけのビ−ルがどれだか分からなくなってしまいます。
 
新しいグラスにワインを満たしても、料理をとり分ける際にちょっと置こうものなら、今度はサ−ビス係のボ−イさんなどが間髪入れずに下げてしまうのです。「サ−ビスの落ち度になる」と思い込んでいるかのように、無頓着に下げることばかり。
 
外国ではこんなに急いでグラスを下げることはありません。どんどん捨てられるワインやビ−ルが、かわいそうにさえ思えるのです。飲みもの以上にもったいないのがお料理。自分が食べたいものを好きなだけとり、お代わりをするのが立食パ−ティ−ですが、わが国ではなかなかそうはいきません。
 
山盛りとってきた料理を残すことが平気な人がいる上に、人の好みや胃袋の状態も知らない他の人が、勝手に料理を持って来てくれるからです。おかげで料理が欲しくて取りに行った人は「料理がもうない」という不幸な事態に。
 
この無駄なとり分け作業を、お客様だけでなく、サ−ビス担当の方までがされるのですから驚きです。こうして、手を付けていない料理が次々と捨てられていくのです。立食とは本来、多くの人と知り合い、楽しい語らいをする場。食べることや飲むことは二の次として楽しんではいかが。

 
と結んでいます。なるほど、ご指摘のとおり、このような無駄がいっぱいあり、もったいないことだらけです。でも私のように一部の人間には、料理を取りにいくのが苦手という人もいるかもしれませんから、サ−ビスが全くないというのも考えものです。
 
こう考えてみると、そもそも、この立食という食文化は私達日本人には合わないのではないでしょうか。日本人の私達世代は、小さな頃から母や祖母から「食べものを残すと目がつぶれるよ」とうるさく教わってきただけに、どうしても残すことに抵抗があるものです。
 
また地球の裏側ではこの食べものさえありつけず、餓死していく人が少なくないという現実があるのに、あまりにもギャップがあり過ぎるというものです。何度も言うようですが、わが国は食料自給率が極めて低いだけに、食べものを粗末にしていると、とんでもない未来が待ち構えているようで恐ろしくなるものです。
 


技能五輪国際大会に向けてその1

[2007年06月19日(火曜日)|No.1236]

快晴の日曜日、「フェスタ・コスタ・デル・ゴミIN千本浜」という、ゴミ拾い清掃活動に参加しました。何か舌を噛みそうな名前ですが、既に今年で7回目を迎えるとのことで、市主催の市民ぐるみで楽しみながらゴミを拾うイベントです。
 
今年はまた11月に沼津市で行われる技能五輪国際大会のPRを兼ねて、技能五輪環境美化ウォ−クも行われ、私たち中小企業家同友会沼津支部も何かお手伝いをと、この清掃活動に参加しました。
 
新聞によると、イベントには1900人、またこの技能五輪関係では私達も含め、約120人が参加したと伝えられています。技能五輪関係はお揃いのTシャツを着て、2班に分かれて、この千本浜から周辺の道路のゴミを拾いながらウォ−キングしたのです。
 
まず気がついたのが、道路は思ったより清掃が行き届き、綺麗になっていたのですが、何といってもタバコの吸殻が多いことです。このイベントのスポンサ−の1つとなってくれたJTさんから配られた、ゴミバサミ(火バサミを少し小さくしたもの)で摘んで拾い歩いたのですが、取っても取っても次から次へと、その数の少なくないことから、まるで昔のモク拾いのように思われたかもしれません。
 
それでも通りすがりの方から、ご苦労さまなどと声を掛けられることもあり、思わず「どうも」と口ずさんでしまうほど、満更気分の悪いものではないものです。私達同友会集団は一部奥様方も加え、総勢でほぼ30人ぐらいだったでしょうか、こうしたこともあり、予定の時間を過ぎてまでもまだゴミを拾い続けていたほどです。
 
折角我が町・沼津で開かれる国際大会なのに、いまひとつ盛り上がりに欠けていることもあって、この日をきっかけに、これから技能五輪が開かれるまでの毎月第3日曜日(7月のみ第4日曜日)に、私達だけでこの清掃活動を続けることを決めました。
 
せめて自分達にできることからまず協力していこうとの趣旨からです。そうした意味では1ヶ月に1回ぐらい容易いことのようにも思えます。そして世界中の沼津を訪れた多くの人たちから、もう一度来たいと思ってもらえる素敵な街に少しでもなれたらと願っています。
 
奇しくもこの日は父の日、社会人となった長女からの素敵なプレゼントに始まり、大阪にいる次女と長男からも、それぞれ温かいメ-ルでの感謝の気持ちを伝えてきました。心地よい疲労も手伝い、のんびりと着いた夕げでしたが、いつにも増して何か満たされているようで、味わう家内の手料理も格別でした。


ゴルフボ-ルの怖さ

[2007年06月18日(月曜日)|No.1235]

熊本県のゴルフ場で、ゴルフボ-ルが頭に当たり死亡するという事故が起きてしまいました。一緒にプレ-していた男性の打球が、それより前にいたこの男性を直撃したからです。
 
こうした事故が起こってみて、改めてその怖ろしさや、少しも改善されないどころか、むしろ悪くなっているプレ-中のマナ-の悪さを感じます。
 
以下述べるような、昔はこうだったと申し上げると、これは老化現象の始まりかと指摘されるかもしれません。それでも敢えて述べさせていただきます。
 
もうかれこれ30年ぐらい前になるでしょうか(と言う割にはゴルフの腕前は少しも進歩していませんが)、私がやり始めたときには教えてくれた方の影響からか、このマナ−ということにはメチャクチャうるさかったような気がします。
 
やれ、服は襟の付いたものを必ず着用するとか、この打っている人より絶対前にいてはいけない、また自分の打った球が林などに入った場合は、必ずクラブを2,3本持って速やかに移動する等、いろいろと教えられたことが多かったように思えます。
 
この教えたくれた方も、既に今は返らぬ人となってしまいましたが、当時のうるさかったことが懐かしく思い出されます。そして意外にしっかりと今でもその教えを覚えているものです。それゆえに最近の巷でのプレ−ぶりを眺めていると、余計目に付くのかもしれません。
 
例えば、意外と知られていないのが、素振りです。最近ではティ−グランドで禁止されている所が多く、それには留意するものの、他は何気なくやっている人が多いようですが、1つだけ絶対やっていけないことがあります。
 
それは人に向かって素振りをしないことです。意外と知らない人が多いものですが、もし万が一クラブヘッドが折れたとき、人に向かってきて危険だからです。過去にきっとそうしたことが起こったからでしょう。
 
とにかくこの他に、マナ-を守る以前の問題もいろいろとあるものですが、せめて最低限のマナ-に努めないと、前記のように命まで落とすことになり兼ねません
 
こう言うものの、この情報化時代ゆえ、テレビから映し出されるプロ等の影響も、少なからずあるものと思われます。それゆえ当事者もしっかりと心がけなければなりません。噂のハニカミ王子から、大人はしっかりとマナ-を守ってくださいと、言われるようでは世の大人達、本当に恥ずかしいものですね。


自覚なく招いたもの

[2007年06月15日(金曜日)|No.1234]

Jリ−グ・ジュビロ磐田の選手の不祥事です。オリンピックにも出場したという、K選手が15歳の女子高生を車に連れ込み、みだらな行為をしたといって逮捕されました。
 
何とも恥ずかしい行為でびっくりしました。私はよく知らないのですが、この選手、サッカ-の能力も高いらしく、22歳ながらこれからを背負っていく有望選手とのことです。
 
おそらくこれでサッカ-人生も絶たれてしまうでしょう。でもこんなに簡単に、自分の不注意で自分の将来を閉ざしてよいものでしょうか。不注意と言っても、事がことだけにちょっと考えれば、こんな馬鹿な真似はしないはずです。
 
私はある意味では一般の性犯罪より、こうした少しでも名のある人間の淫行の方が、罪深いものと考えます。何よりも社会的影響が大きいからです。また同じチ-ムに所属する、ゴ−ルキ−パ−の川口選手が、「何という馬鹿な真似を」と言っていたくらい、自分の置かれている状況も忘れた、あきれた話だからです。
 
大リ−ガ−やプロ野球選手同様、Jリ−ガ−にしても、子ども達に夢を与える存在ではなかったでしょうか。本人に全くこの自覚がないものと思われます。またこうした有名選手に限らず、社長もそうですが組織のトップに立つものは、常に人から見られているという意識を持たなければなりません
 
それゆえ馬鹿な真似はもちろんのこと、あらゆる言動に注意を払わなければならないのです。見ていないようでしっかりと眺められているものです。社員が社長のことを見ているのはもちろんのこと、有名人となれば尚更のことです。
 
従って今回のようなことも、招くべきして招いたとも言えるでしょう。全くそうした自覚がないからです。とにかく少し話しが逸れましたが、言行一致、置かれている立場や自分の言っていることに、行動が伴わないことのないようしっかりと努めたいものです。


差別化その10

[2007年06月14日(木曜日)|No.1233]

ちょっと素敵な郵便局をご紹介します。沼津市椎路の郵便局です。よく判らないのですが、ここも特定郵便局と呼ばれるのでしょうか、いわゆる民間が経営する郵便局の1つですが、先の小泉さんの郵政民営化の改革影響が少なからぬあるものと思われます。
 
でもそんなことは微塵も感じられないほど、まず窓口の応対が素晴らしいものです。よくここの郵便局に通っている家内から、その評判が良いことを聞いていましたので、一昨日初めて寄らせていただきました。
 
ハガキを20枚ほど購入しただけですが、こちらのインクジェットの有無等の問い合わせに答えて、その種類の説明を丁寧に、しかも極めて感じよく応対してくれました。
 
そして少しも待ったわけでもないのに、帰るときになって「大変お待たせいたしました。またよろしくお願いします」との明るく気持ちよい挨拶で送り出してくれました。しかも麦茶のティ−バッグまで1つおみやげに持たせてくれたのです。
 
こうなったら、こちらは極めて単純なものですから、もうここの郵便局のとりこになってしまいます。帰りがけの挨拶にも、こちらもしっかり応えて、思わず「ありがとうございました」との返事も出るというものです。そしてこんな郵便局なら、また来てみたくなるし、こういう所ばかりだったらよいのにと思うものです。
 
でも考えてみると、そんなにお金を掛けて他所と違ったことをやっているわけではありません。すこぶる気持ちよい挨拶や応対に努めているだけです。聞くと、日中でもこの郵便局はかなり混んでいるそうです。確かに小さな郵便局に違いありませんが、混むのはそればかりが理由でもないものと思われます。
 
人がまた行ってみたくなるというのは、こんなちょっとしたところに差別化された要素があるわけです。かつての武士の商法とまでは言いませんが、窓口でただお定まりのやりとりだけで購入するよりも、同じものを購入するのならここでと思うようになるものです。やはり人だけが持つ、温かな要素なのでしょうか。


アメリカンドリ−ム

[2007年06月13日(水曜日)|No.1232]

パイレ−ツ・桑田投手が永年の夢を果たしました。大リ−ガ−に昇格し、見事そのマウンドに立ったのです。現地10日のヤンキ-ス戦、敵地ヤンキ−ススタジアムで5回からリリ−フで初登板を果たしました。
 
結果は2回を投げ、惜しくも4番・アレックス・ロドリゲスに打たれたホ−ムランで2点を献上したものの、まずまずのピッチングではなかったでしょうか。
 
桑田投手と言えばご承知の通り、PL学園時代から甲子園での優勝投手に始まり、ジャイアンツに入団後もエ-スとして順風満帆の野球道を歩んできました。しかし晩年(と言ったら叱られるかもしれませんが)に近いここ数年、登板機会も少なく、不本意な成績が続いていたのです。
 
こうして今シ-ズンの初め、マイナ−契約のわずかな年俸ながら、小さな頃からの夢を追いかけ海を渡り、この大リーガーを目指したのです。そしてオ−プン戦でもまずまずの成績を残していたことから、大リ−ガ−目前とまで言われていたのですが、運悪く打球を追いかける途中、審判と交錯して右足首を負傷してしまったのです。
 
このケガで一度は挫折しかかったのですが、本人にとって追いかけ続けた夢の実現は半端なものではなかったのでしょう。苦しいリハビリにも必死に耐え、こうして39歳のアメリカンドリ-ムを果たしたのです。
 
試合後、ご本人の口から出た言葉が素晴らしかったですね。何よりも「ありがとうございます」と「登板機会を与えてくれた球団に感謝します」との素直な心境を打ち明けていました。桑田投手のように、一度上り詰めた人が地獄を見るのは、こちらの想像以上に過酷なものと思われます。それだけに、見事その夢を貫き実現したのは偉業ともいえるものです。
 
またパイレ−ツの同僚は、先日やはり復帰を果たした、ヤンキ−スの349勝投手を文字って、パイレ-ツの(ロジャ−)クレメンス的存在となり、チ-ムの精神的支柱になってもらいたいとエ-ルを送っています。一日でも長く、メジャ−リ-グでプレ−し、活躍できることを祈りたいと思います。


忘れてはいけないこと

[2007年06月12日(火曜日)|No.1231]

私事ながら先日こんなことがありました。ちょっと仕事が薄くなっている関係で、お客様に電話で問い合わせをさせていただきました。何かお手伝いをさせていただくことがないかと。
 
今のところ、ちょっとないけどとの返事がありましたので、すかさず、ところで先日出させて頂いた見積はいかがでしょうかとお尋ねしました。
 
そうしたら、見積はもらっていませんよとの返事です。確か5月の連休明け早々にメ-ルでお送りしているはずと思いましたので、その旨告げました。お客様がメ-ルを送ったのに気がついていなかったのです。
 
と言っても、これはお客様に何の責任もありません。見積の発送時、私から一言、電話でその旨告げていなかったからです。しかも、もっと悪いことに、メ-ルでの発送時、タイトルにしっかりと見積のご送付とは載せておらず、客先から頂いた別の時点でのメ-ルを、タイトルも変えずに返信してしまったのです。
 
これではお客様が気がつくわけがありません。しかも何ら見積をお送りした事実さえ、連絡してないのだから尚更のことです。そして1ヶ月も経ってからそれに気がつくなんて、本当に何をかいわんや、恥ずかしい話です。
 
昔と違って、良き文明の利器に頼りすぎ、肝心要(かなめ)の伝達という要素を忘れ去ってしまっているのです。それはメ-ルでもFAXでも同じです。仕事上や大切な用事は、必ず先方に電話で一言その旨告げなければいけません。
 
先日この欄でも、自分だけの世界に閉じこもることなく、大いに人と関わって生きていこうと、自分で言っておきながらこの始末です。得てして、メ-ルやFAXで送ったからそれでいいやと、思いがちなものですが、ただ送りっぱなしの無機質なものではなく、そこに人としての温かな要素を盛り込んでいかなければと、つくづく思い知らされました。


はきものをそろえる

[2007年06月11日(月曜日)|No.1230]

はきものをそろえることにどんな効果があるのでしょうか。よく経営者のセミナ-などに出掛けて、比較的耳にすることが多い指摘ですが、いったいそれは何のためにということがよく解っていなかった自分です。書類を整理していたら、次のこんな言葉を目にしました。
 
  はきものをそろえる
 
     はきものをそろえると心もそろう
       心がそろうとはきものもそろう
     ぬぐときにそろえておくと
       はくときに心がみだれない
     だれかがみだしておいたら
       だまってそろえておいてあげよう
     そうすればきっと
       世界中の人の心もそろうでしょう

 
仏教法話の1つです。それによると、仏教徒が守らなければならない「三じゅ浄戒」という3つの誓いがあるそうです。第一は「摂律儀戒(しょうりつぎかい)」であり、他人に注意されなくても自分で自分を自律して、悪いことはやらないという誓いです。ですから自分のはきものは、自分できちんとそろえて、他に迷惑を掛けないということになります。
 
次に第二は「摂善法戒(しょうぜんほうかい)」と言い、自分のはきものをそろえるだけでなく、人のはきものもそろえてあげる善い行いをする誓いです。
 
そして第三は「摂衆生戒(しょうしゅじょうかい)」で、いつでも便所のスリッパを向うむきにそろえて出て来る、世のため人のために、そして世界平和のために尽くす誓いと言われています。
 
こうした「はきものをそろえる」という小さな心がけの中に、仏教の大きな教えが潜み、座禅の心でもあると指摘されています。また自分のはきものをそろえ、人のはきものをそろえ、世界中の人の心を仲良くそろえる修行が仏道であり、仏教徒の誓願とのことです。
 
こうしてみると、たかが「はきものをそろえる」だけのこととは言えないほど、奥が深いものです。まず自分の足下をしっかりと見つめ、自分の行動にはしっかりと責任を持ち、できる限り他の人に対しても思いやりを持って接していく積み重ねが、この世界の平和に繋がっていくという意味だと思います。
 
また、はきものをそろえる心を有していれば、心も落ち着き、スポ-ツや勉強にも長け、自分の運勢が必ず開かれ、幸多きこと間違いないとも言われています。善いことはすぐにも実践していきましょう。「千里の道も一歩から」一人ひとりの行動の積み重ねで、きっと捨てたものではない世の中が作られていきます


ちょっと良い話part18

[2007年06月08日(金曜日)|No.1229]

斎藤佑樹投手の活躍で盛り上がる六大学野球ですが、もう1つ別の話題です。東大の野球部に所属する、手足に障害を持つ加藤善之投手が、リ-グ戦初登板に向け必死に調整しているとの記事が新聞に載っていました。
 
目にしたのがちょっと前でしたので、もう既に登板したかもしれませんが、そのときはご容赦下さい。加藤投手は神奈川県の栄光学園高出身で、2年生の時にはエ−スとして、軟式の全国大会に出場したとのことです。
 
生まれつき左の手足に障害があり、左手は指が2本だけ、左足も甲から先がなく、義足をつけているそうです。そんなハンディキャップにもめげず、お父さんの影響で小学2年生のときより、野球をやり続け今日に至っているとのことです。
 
前述のように、2年生では全国大会に出場しましたが3年の時は叶わず、悔しい思いからもう一度野球をと、東京六大学で、しかも硬式をやりたいと決心しました。こうして一浪した後、少しでも出番をもらえるチャンスのある東大に、見事合格したのです。
 
何とも素晴らしい話ではないでしょうか。生まれつきの障害などに全然へこたれることなく、前向きに、しかも力強く生き抜いています。こうしたご本人の意識の中では、自分が障害者などという思いはさらさらないようにも感じます。
 
ちょっと話が逸れますが、以前この欄にも書きました通り、我が母校の野球部後輩も今春、この東大に見事合格しました。こちらが勝手に思っているだけですが、彼に何とか東大で野球をやってくれないかなという願いから、東大野球部のホ-ムペ-ジを少し覗かせて頂きました。
 
そこで気がついたのですが、やはり天下の東大では学問との両立は、こちらが考えているほど甘くないらしく、本来なら卒業しているはずの部員の中に、留年生らしき人が少なくないということです。
 
従ってこの加藤投手にとっても、なかなかこれからが大変なものと思われますが、是非両立させ、同じような環境に置かれている人たちの大きな励みになってもらえたらと思います。そして野球でも、あの佑ちゃん率いる早大と、満員の観客の前で、堂々と神宮のマウンドで投げ合ってもらいたいと願っています。


これでいいのかニッポンその4

[2007年06月07日(木曜日)|No.1228]

過日の新聞に、小学5年生がテレビゲ-ムか携帯型ゲ-ムを持っている割合は92%に達し、56%は両方を所有していると載っていました。
 
これは日本PTA全国協議会のアンケ−ト結果によるものです。またゲ-ムに関わる時間も平日は30分〜1時間、休日は1〜2時間が一番多く、ゲ-ムの長さに制限がないという家庭も31%あったと伝えられていました。
 
時代の流れと言ってしまえばもうそれで二の句が告げませんが、大げさに言えば、これからの日本にとって考えなければいけない由々しき問題のように思えます。
 
最近、電車で静岡までよく出掛けることがありますが、車内の若い人たちを眺めると、ほとんど携帯電話に首っ引きとなっています。おそらくメ-ルか携帯でゲ-ムを楽しんでいるのでしょうが、あまりのその数の多さに何か異常なものさえ感じます。
 
人とは顔を合わすことがないし、自分だけの世界に入って他人が入り込まない世界の方がはるかに楽かもしれません。でもそれでいいのでしょうか。こう言うと、それでは本を読んでいる人も同じではないかという指摘もあるかもしれません。
 
でもそれとは大きな違いがあるものと思います。本には限りなく広がる想像の世界や、単なる視覚や聴覚が主なゲ-ムと違って、人間の脳の持つ機能をふんだんに活用します。この本に夢中になっている人の姿の少なさも気になるものです。
 
国家の品格の藤原正彦さんが今、世界で注目を集めているインドを指して、こう言われていました。インテルとかグ-グルなどのIT産業に多くの技術者を派遣しているインド人のほとんどは、小さなとき貧しくてパソコンとかゲ-ムは手にしていない人たちばかりです。小さなときからパソコンなどと戯れていたら、このパソコンを作る人がいなくなってしまうのです。
 
これもやはり、あまりの豊かさが招いた弊害かもしれません。ただ自分の世界に閉じこもり、面白くなければ簡単にリセットしてしまう、こんな無機質な人間が増えることを懸念しています。それよりも、もっと外に飛び出し様々な人間に触れ合っていくからこそ、人間本来の優しさとか思いやりが養われていくのではないでしょうか。


ちょっと変だなNO.3

[2007年06月06日(水曜日)|No.1227]

今日はいささか苦言を呈したいと思います。仕事でもお世話になっている相手先だけに、ここで述べるのはちょっとためらいがありますが、そうでないとそのうち、ご本人の前で我慢ができなくなって申し上げるかもしれないと思って、ここで敢えて触れさせて頂きます。
 
仕事上での打合せの席で、ガムをクチャクチャ噛みながら話すのはどうでしょうか。遊びでお付き合いしているときには、さして問題にするようなことではないでしょうが、業務上マンツ−マンでお話をさせて頂く時に、もし相手がそのようでしたら、あなたは気にならないでしょうか。
 
私は駄目です。自分も絶対そのようなことはしないだけに、相手がもしそうであったりすると少なからぬ抵抗があるものです。そのケ-スには次の2通りがあることと思われます。
 
1つはご本人に、相手にそのようなことが失礼にあたると全く気づいていないケ-スです。そしてもう1つはあまり好ましいことではないと気づきながら、相手が格下や下請・外注だからと言って、さして気にも留めないものです。
 
さあ、あなたならこの2つのケ-スで、どちらなら許せるでしょうか。前記のケ-スは問題ないと思います。気がつけばきっと改めるものと思われます。考えなければいけないのが、後に挙げたケ-スです。
 
もしこの方にとって、相手が客先ならきっとそのような真似はしないでしょう。なぜかと言えば、それが相手に対して失礼なことと解っているからです。では仕事上での下請や外注ならそれは許されるのでしょうか。
 
大きな間違いだと思います。たとえ自分にとって相手が格下や下請であろうと、仕事上でのパ-トナ-に違いありません。そうされた本人にしてみれば、いかにも見下されたようで、あまり気分の良いものではありません。
 
この仕事上でのパ−トナ−という意識が薄く、自分が仕事を出している立場だからという思いがあまりにも強いからではないでしょうか。もちろん、こう振舞っていても、お互いに永年築き上げた信頼関係があれば何も問題ありません。
 
残念なのは、こうした関係にはいまだ至らぬものの場合です。同友会では自主・民主・連帯の精神で、お互い経営者同士であれば、その規模や年齢等は問わず、極めて紳士的に良好な関係が築かれています。また社員さんとの関係においても、たとえ経営者であっても非があれば潔く認め、共に学んでいくという共育の基本姿勢で接しています。
 
こうしたパ−トナ−という捉え方と何も違いがないものではないでしょうか。そこには力の大小や因果関係もありません。いかに気持ちよく仕事を無事やり遂げていくかは、何よりも司る人のやる気や意識に関わっているものが大きいと考えています。たかがガムの話題から、話がちょっと飛躍しすぎてしまいました。ご容赦下さい。


B−1グランプリ

[2007年06月05日(火曜日)|No.1226]

先週の土曜日、B−1グランプリが開かれた富士宮に行ってきました。これは少しもじったのかもしれませんが、F−1などのスピ-ドレ-スではなく、全国のB級ご当地グルメの日本一を競ったイベントなのです。
 
もっと解りやすく申し上げると、全国各地でその土地の人に親しまれている食文化の競い合いで、例えばご当地の富士宮やきそばとか静岡おでん、浜松ぎょうざ等々、B級なんて謙遜していますが、今ではその土地を代表するような、町おこしに貢献のある食材を来場者に提供し、どれが良かったか順位を決めるものです。
 
今回は第2回、第1回は青森・八戸市で開かれたそうですが、場所は富士宮浅間神社の境内を使って行われていました。私たちが出掛けたのはちょっと遅くなり、着いたときにはもう4時ぐらいになっていましたので、初日とは言えども、ほとんどの店が当日分を使い果たし、クロ−ズとなっていました。
 
それでも、まだ開いていた室蘭やきとりなどのお店の前には、長蛇の列を成した来場者が並んでいたものです。折角だからちょっと食べていこうと、妻や娘に勧められ、比較的空いていた浜松餃子と静岡おでんのお店に寄りました。どちらも、もうカウントダウン状態で、やっと売り切れすれすれで口にすることができました。
 
どちらも少しつまんだだけですが、とてもおいしかったと思います。ユニ-クなのが日本一を決める投票方法です。使い切った自分の割り箸を、一番良かったと思う味自慢の箱(ゴミ箱兼用)に入れ、最終的にその重さで優劣を決めるのです。こうして第2回も昨年に引き続き、地元の富士宮やきそばが連覇を果たしたのです。
 
2日間で来場者が約25万人と言われ、とても街ぐるみで素晴らしいイベントに感じました。ス−パ−・イオンの近くの臨時駐車場に車を置きましたが、ここも広大なスペ-スが確保されており、市制何周年かの記念事業としての位置づけがあるにせよ、行政の真摯なバックアップを感じたものです。
 
それにしても残念だったのが我が街・沼津の出店等がなかったことです。県下でもご当地・富士宮の他、静岡、浜松、袋井など、各種趣向を凝らして出店されていました。また裾野として4位に入った水餃子などは、地元でもあまり知られていないのではないかと思われたのですが、こうして前向きにチャレンジを図っていました。
 
そこに住みつく人たちが、このように十分楽しめ、さらに我が街を誇れるようなイベントは意義あるものです。帰りがけ浅間神社のすぐ横を流れる川の美しさに目を奪われました。いくら富士山の湧水が注ぎ込まれるという立地条件の良さがあっても、そこに住民のやる気とか町おこしの積み重ねがなければ、ここまで活かすことができません。
 
改めて我が街・沼津とは何か異なるものを感じました。馬鹿の一つ覚えとまでは言わなくても、駅高架一辺倒の施策だけでは人々の心はここまで潤うことができません。やはりいかにその気にさせるか、また我が街に誇りを持てるかはハコモノなどのハ−ドの整備では決してなく、B−1グランプリに見られるようなソフト面での充実が大切ではないでしょうか。


神宮の星

[2007年06月04日(月曜日)|No.1225 ]

月曜日だから爽やかな話題がいいですね。やはり、そういった星の下に生まれているのでしょうか。爽やか佑ちゃんこと、早大・斎藤投手が見事、優勝投手となりました。
 
何とも強運の持ち主です。前日の土曜日に行われた早慶戦1回戦で、早大はエ−ス須田投手で臨み、勝てばこの試合で優勝が決定していたのです。それが思わぬエ−スの不調でこの試合を落とし、昨日の2回戦、斎藤くんの出番が回ってきたのです。
 
この人の凄いところは、前日以上に詰め掛けた大観衆を全て自分の見方にしてしまうところです。本人の試合後のコメントでも、大勢のファンの声援が自分の大きな力になったと言っているくらい、ここ一番という大事な試合でのプレッシャ−など、微塵も感じさせない強心臓ぶりが窺われます。
 
6回にこそ4点を取られ、この回でマウンドを譲りましたが、それまでのピッチングはやはり見事なものがありました。負ければ56年ぶりの早大・慶大・明大の3校によるプレ−オフと言うのもちょっと興味ありましたが、斎藤投手の前にはそんなことも通用しません。
 
これで1年生ながら負けなしの4勝目、強運もされども持っている実力もなかなかのものです。これでは優勝後、監督、主将に続き、ナインから胴上げされるのもおかしくないというものです。1年生では異例なことでしょうが、自然にこうなるのがこの人の素敵な魅力です。
 
六大学野球もお陰で大変な盛り上がりを見せています。それこそ斎藤大明神サマサマなのでしょうが、法大・金光監督が言われているように、斎藤投手が卒業したらまた元に戻ってしまうのではなく、折角火のついたこの人気を絶やさず、うまく活かせていってもらいたいものです。


経営指針発表会その1

[2007年06月01日(金曜日)|No.1224]

早いもので、もう6月になってしまいました。5月の連休の後、残念ながら少し仕事の方は停滞気味となっています。そんなときこそ社内整理をと、私の机の周囲も片付け始めたのですが、いつまでも続けているわけにはいきません。
 
やはり同友会がよく言っているところの、お客様の環境や景気に理由づけすることなく、自主努力によって差別化やオリジナルの商品を提供する、自立型企業を目指していかなければなりません。
 
口で言うのは甚だ簡単なのですが、いざその実行となると、なかなか実現は難しいものです。その為にも重たい自分の尻に無理やりでも鞭打とうと、先月の内に早々と沼津市民文化センタ−の会議室を予約しました。関係する金融機関にもその旨連絡をさせて頂き、やらないわけにはいかないように自分自身を追い込んだのです。
 
そうです、自社の経営指針の発表会を初めて開催しようと思ったのです。経営指針などと言うと、偉そうに格好良く聞こえるかもしれませんが、決してそんなものではなく、ただ漠然と与えられた仕事をこなしていくのではなく、それぞれに何のために仕事を行っているのかとか、この先会社はどこに進んでいったらよいのかという指標を立てなければいけないからです。
 
3年ぐらい前に、稚拙ながら弊社の経営指針をそれなりに成文化致しました。それでも社員さんの前で一度は発表したものの、それぞれの役割とか5年後、10年後の会社の姿などについては、伝えなければいけないこちら側の責任もあり、十分浸透していないのが正直なところです。
 
ですから、たとえ仕事であっても、折角縁あって多くの時間を共有している同士でもあることから、少しでも楽しく有意義に毎日を過ごしていくためにも、この会を実施しなければと思っています。ただ今からの課題なのですが、いかに社員からの素直な声を引き出し、それに耳を傾けることが私に大きく課せられているものです。やはり人の話を聴くことの方が学びは大きいはずです。